散る生首と、駆ける夜


  *


 一方スガタはムクロが飛び去った後、ふうと息をつきながら正面上方を緩く見遣っていた。そこには耳で羽ばたきゆらゆらこちらへと迫り来る、十数個の生首の姿があった。


「冷静に見ればそこまで恐怖を感じる代物では無いですが……いや、逆の発想からすると非合理の極みといった感もありますね。一種の芸術すら思わせる」


 真顔で呟きながら、スガタは慣れた手付きで端末を操作した。画面に次々と文字が浮かぶ。──『スタレ・スガタ:封印解除:〇一段階限定解除申請:承認されました:解除完了』。最後の文字列を確認し面倒臭そうに息をつくと、スガタは一度目蓋を閉じ、そしてゆっくりと瞳を開く。


 ──その瞳は、透いた血の如く、深く紅く禍々しい色をもって煌めいた。スガタの全身から深紅の霊気が立ち昇る。その唇には、先程までは存在していなかった優雅な笑みが湛えられている。


「退屈な相手でも、敵は敵。狩りを楽しむとしましょうかね」


 そして腕を交差させると、何も無い空間を掴み何かをゆっくりと引き摺り出す。それは武骨な存在感を隠すかの如く、優美な彫刻が施された二丁の銃。鈍い銀に光るショットガンはたっぷりの重量を思わせたが、スガタは軽々と片手でそれらを構えて見せる。霊力に反応して、彫刻と絡み合うかのように彫り込まれた術式が輝き始める。


「手始めはこれです。殺傷力はさほどでは無いですが、さあ、何匹残りますかね」


 不規則に動く的には狙いなど無意味だ。スガタは無造作に二つの銃口を向けると、飛ぶ生首に向かって二丁同時に銃爪を引いた。ダン、ダンッ、と存外軽い音が響き、術を仕込まれた弾が一気に放たれる。


 ギャア、ギャアァ、と幾つもの悲鳴が上がる。生首の群れは先程よりも無秩序に、より激しく蠢いている。──先程、スガタが放ったのは小さな弾がバラバラと散る散弾だ。精密な狙いを付ける必要が無く、一度に広範囲の敵に損傷を与えられる種類のものである。しかしその分貫通力や殺傷能力は低く、一撃で敵を仕留めるのには向いていない。


 弾が多く当たったのだろう、首の一つがふらり力を失い血飛沫を散らしながらゆっくりと落ちてゆく。それは地面に叩き付けられる前に、光の粒子と化して跡形も無く消えていった。しかし落ちたのはその一個だけのようだ。残りの首は結構なダメージを負っているものもいるが、落ちる事無く飛び回りながらこちらへと向かって来る。


「ふむ、やはり散弾は距離があるとあまり損傷を与えられないようですね。ならば」


 スガタが放り出すように空中へとショットガンを投げると、銃は風に掠われ跡形も無く消え失せる。代わりにスガタは空に手を突き入れ、太い筒状の物体を引き出した。


「こちらで一気に片を付ける事にしますかね。少し風情が無いですが、そこはご容赦を」


 狙撃も好みなのですがこの状況では無理ですし──などと零しながら、おもむろにスガタはその重そうな筒状の物体を両手で構えた。左手で筒を下から支え、右手はグリップを握り銃爪に指を掛ける。


 その筒の先端には幾つもの銃口が円状に配置されていた。手持ち式のガトリングガンだ。いや、手持ちと称されているとは言え、こうも軽々と持てるような重量ではない。しかしスガタは銃に霊力を流し込み、またも首達に向かって無造作に狙いをつけた。


「先にお別れを言っておきましょう。さらばです」


 そして銃爪が引き絞られる。筒が回転を始め、その先端の銃口から次々と順番に弾が射出される。ダダダダダッ、と破裂するような音の連鎖の下に低いモーター音が重なる。術式の彫り込まれた弾は真っ直ぐに飛頭蛮立ちへと降りかかり、その顔面を、耳を、頭を貫き砕き吹き飛ばし、無残に破壊してゆく。


 おぞましく歪んだ悲鳴が、もはや悲鳴とすら呼べないような叫びが空気を震わせる。これぞ末摩を断たれるが如き絶叫、と呼ぶに相応しい。首達は抉られ削がれ割られ、体液と血液と繊維と欠片とぬめりと塊と、そして絶望と思考と記憶を撒き散らしてぼろぼろの玩具のように降り注ぐ。


 それでもまだ、スガタはトリガーを放さない。その細い身体の何処にそんな力があるのか、反動など存在しないかのように軽々と銃を抱えて弾を吐き出し続ける。


 その顔は無意識に、──笑みに歪んでいた。


 セットした弾が尽きるまで、そうしてあやかし達が粉微塵になるまで。スガタの射撃は終わる事無く、またその笑みが消える事は無いのだった。


  *


「お帰りなさい、ムクロ嬢。無事終わったようで何より」


 飛ぶ頭達が全て粒子と化して消え失せ、スガタがガトリングガンを仕舞い限定解除された封印をまた施し終えるのと同時──ふわり、とムクロがタンデムシートに降り立った。


 ドバン、と背後で爆音が聞こえる。追って熱波が後ろからトライクを煽る。どうやら黒いワゴンが爆発炎上したようだ。スガタはちらりと背後を見遣ると、再び前方に意識を戻してムクロに語り掛ける。


「派手にやったようですね」


「そうでもないわ、中身は全然よ。何て言えばいいのかしら……肩透かし?」


「そうだったのですか。いや、実はこちらもでして」


 不服げに口許を歪めるムクロに、スガタは頭部との戦闘の様子をかいつまんで説明する。ふうん、と首を傾げてタンデムシートに腰を落ち着けると、ムクロはパチパチと音を上げながら手足のスナップボタンを付け直し始めた。


「ああ、でも、変なのが出たわね。それから運転手に『結社』の刻印があったわ」


「やはり結社が絡んでいたのですね。それからその、『変なの』についても詳しくお願い出来ますか」


「いいわよ。でも──」


 言葉を途中で切り、ムクロは空を振り仰ぐ。


 天空からは降るように星が瞬き、そして白亜の吊り橋は美しく光に彩られている。遠くには夜景が煌めきを灯し、そして今、海峡には二人しか存在しない世界が広がっている。


「せめて大橋を渡り終えるまで、堪能させてくれるかしら?」


「構いませんよ。時間の許す限り──心のままに」


 トライクは駆ける。心地良い風を運び、魂を揺すぶる振動を響かせながら。二人は柔らかな沈黙を抱いたまま、空と海との間を走り抜けてゆく。


 端正な吊り橋はただ、何事も無かったかのように煌びやかに佇んでいたのだった。


  *


 この世は常に視えぬ脅威に晒され続けている。


 人にあだなす怪異、あやかし、悪意ある呪術、邪神の復活を目論む異能者達──。一般の人間には決して知覚出来ないそれらは、しかし確実に平和を蝕み現実を脅かそうと、常に暗闇から虎視眈々と狙っている。


 それらと日夜戦い続ける者達がいた。人の世の平和を守るべく、霊的な防衛に日々奮闘している術士達が属するのが『組織』と呼ばれる超国家的対魔団体である。


 決して陽向に出る事の無い彼らを待ち受ける運命は、常に苛烈で悲哀に満ちていた。それはさながら、人知れず散りゆく花弁の如く。


 ──これは、そんな者達の中でも更に苛酷な宿命を背負わされた、『奈落』に住まう彼らの物語。


 彼らは闘い走り続ける。残酷な未来に抗うべく、信念と決意、そして希望をその心の内で燃やしながら──。


  *


 第零章:海峡を舞うパルチザン・了


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