カードゲーム【LOST】

 運動音痴だが、成績は常に学年トップを走り、上級生すらも圧倒するレベルの知能を有し、既に名門大学すらも射程圏内にあるという。だが、本人はそれを望まず、カードショップを経営する店長だという。それにベッタリとくっ付く悪い虫を


 顔が良いだけ。


 そう言う事が出来ればまだ良かった。成績はかなり下の方。1年生の頃は赤点ギリギリを走っていたが、対照的に、得意科目は体育。まさに、異常とも言える身体能力を有し、そして、類稀な格闘技の才能があるという。そして何よりも、彼女もまた、カードゲーマーだという。


 放課後になれば二人は誰よりも早く学校を出る。校門の前に集まれば、突然磁石みたいにくっ付いて、丸の肩に手を添えて、同じ方向に歩いて帰る。

 丸はふと、上を見上げた。

「ねぇ」と、問いかけた瞬間に「あ、なんだっけ…」

 名前が出てこなかった。

「え、何が?」

「なんだっけ。あの人。えーっと…。あぁ、【迎田】って人。知ってる?」

「迎田? あーーー…。1年の。なんか地味そうな子よね。太ももがちょっと太い」

「それはどうかな」

「その人が?」

「連絡先渡してきた。どんな人かなって思って」

「アンタはどう思ったの?」

 親指が口角を抑える。眉間に皺を寄せると、香奈に向けて人差し指を向けた。

「明らかに、君を意識してる」

「アハハ…。まぁご明察。あの人、私に関する妙な噂を広めてるみたいでね…」

「妙な噂?」

「家がヤクザの親分だとか、兄貴が暴走族の総長とか。最近の殺人事件の犯人だとか…。そんな噂」

「止めた方が兄貴居るの!? 初耳」

「居ないのよそれが…。そんな、ある事無い事、尾鰭つけまくって広めてんのよ」

「大丈夫なのそれ」

「まぁ、実際無い事だし? 無い事言われても無いもんは無いし。ニアピンとかなら訂正もするけどね」

「まぁ、それもそうだね」


 まだ、17時を過ぎたばかりだというのに、太陽の光がオレンジ色に変わる。真夏の暑さが残されているが、風は少しだけ冷たく、冬の、水っぽい匂いが鼻の穴を冷やす。そんな季節の移り変わりの次期になって、丸は、香奈との進展を日々謀る。だが、時間はいつも、この登下校中の朝と夕方、合計1時間と、30分も無いくらいの僅かな時間だ。そしてこの日ももう既に、商店街の前にまで帰って来てしまった。

 コトコトと足音が揃って、商店街の中央を歩く。未だ、通行人の少ない商店街には、ふらつく自転車で走る老人と、最近出来た高齢者をターゲットとする整骨院と、和歌教室だけがほんの僅かな賑わいを見せている。そんな中に、身を乗り出して、手を振る女が居た。


「丸くーん。おかーりー」


 バナナに因んで黄色く染めた髪の毛をバズカットにした、煌びやかな銀色のスカジャンを身に着けて店を運営する女。


 バナナジュース専門店 スタッフ 【しるし けい


「ただいま。荊さん」

「どうも」


 丸は、彼女にはとても良く懐いていた。前に立つと、ほんわかと笑顔を作って手のひらを見せる。

「バナナジュースは如何?」

「じゃあ、3つ貰おうかな」

「ほぉんと? やった。お陰様で今日はこれで品切れ終了」

 カウンターに置いたバナナジュースに手を伸ばす。荊はその手を取って、カップを握らせた。

「丸くんはこれから仕事でしょ? 頑張ってね」

「うん。それじゃあ」

 そうして、自分の店を前にする時、正面に既に、客が待っていたらしい。


「お客さん…」

「え? ほんと?」


 香奈と目が合うと、少女が、一礼した。

「…こんにちは」

 声からして、10歳以下だろうと思った。


 黒のバンドTシャツを身に着けて、マグネットで留めるタイプのピアスを付けた、パンキーな気風を放つ少女。


 小学3年生 【片島かたしま 美弓みゆみ


 容姿と一転して、とても礼儀正しく、少し内気なところがあるようだ。

「もしかして…」

「いらっしゃい。すみませんね…。今から開店ですから」

「良かったぁ…」

「中へどうぞ?」

 鍵を開けて、そして、照明を点けた。


 この、四国という地域。【カードを売っている店】はあれど【カード専門店】はそうそう無い。店の端から端まで、好きなカードで埋め尽くされている様は、まさに初めての光景であり、そこで、ガラスケースの中に並ぶカードを眺める半裸の女性が気持ち悪いニヤニヤとした笑みを湛えながら生ハムをしゃぶっている様はまさに、新しい扉と表現してなんら差し支えない。

「閉めましょう。一旦」

「え、どうかした?」「見ない方が良い」


「……………凄い世界だぁ…」


 そっと、そっと、扉を開いた。そこには、ジャージ姿にエプロンを身に着ける金髪の女性が、手のひらの先を店内に向けた。

「いらっしゃいませ?」

 その笑顔はまさに、女神と呼べるほど麗しい。

「ただいま鯨さん」

「わお! 丸くんおかえり。なにそれ」

「おかえりの後に手土産に食いつくのは品が無いよ」

「失った品性を補う余りある美貌があるから大丈夫。これがただの胸の脂肪だと思った? 違うんだなぁこれがよぉ」

「ったく…。はいどうぞ?」

「やったぁ」


「………………」


「香奈?」

「ふんっ」

「?」


 三人が店内に入る。丸は一度二階に上がって、着替えを済ませる。店としての制服を身に着け、カウンターの前に立った。

「まぁ、好きに見て行ってください」


「あ、はい」


 少女【美弓】は少し緊張するようにお辞儀して、店内を歩いた。


「【SAWAYAKAサワヤカ】。音楽掛けて?」


 丸のスマートフォンに搭載されるAIアシスタント端末【SAWAYAKAサワヤカ】。

『音楽を再生します』という綺麗な女声が、スマートフォンを自動で操作して、淑やかなジャズを店内に広げた。


 店の端に、裸のままカートに詰め込まれた【見切り品】がある。古いカードもあるが、その中に少しの掘り出し物としてレアなカードを格安で入れるのが、丸の趣味だ。

 その横には、木箱の中に何枚もの封筒が陳列している。1000円、3000円、5000円、10000円、値段に応じて強力かつ、高価なカードを得る事が出来る可能性がある、【オリジナルパック】、通称【オリパ】だ。美弓にとってこれは、まさに夢の世界ではあるが、未だ遠い世界。


 近年、この地域一帯、若者向けの誘致が頻繁に行われている。隣のバナナジュース専門店も、また隣のバーも、若手経営者によって開かれ、商店街の中は土日になればPOPミュージックを掛けて賑わいを持たせている。その甲斐は少なからずだがある。子供が増え、僅かだが、子供がこの店を訪れるようになったようだ。丸もほんの少しだけ、店内の設備に対して気を使い、入口から入って右手側に、小さなゲームスペースまで作った。たった、一人だけの客入りだったが、不思議と賑やかになったような気がして、心が湧く。

「良い事だよね。あんな小さな子供がカードに興味を持つなんてさぁ」

 丸の肩に肘を置いて、人差し指の裏で丸の頬を捏ねた。

「だね。デッキも腰に下げてる」

「どんなデッキだろ」

「きっとすぐに分かるよ」

「?」

 その言葉の意味は、彼女の視線だ。チラチラと丸の事を見ては、時々、カウンターの傍を歩く素振りを見せる。

「それより鯨さん。入荷したカードの検品と仕訳、お願い出来る?」

「お、良いね。やるよ」

 だが香奈は、覗き込んだ。

「私やろうか?」

「香奈はお客さんでしょ?」

「それを言い出したらこの人は居候でしょ?」

「居候だから懸命に仕事をしてもらうんだよ。これはお互いのメリットの上での取引だよ。【アビスエッジドラゴン】はインナースリーブまで忘れないでね。どうせすぐに売れるから」

「分かってるよ」

 事務所の中から、青いコンテナボックスを持ってくる。そして、ゲームスペースにある2つのテーブルの内の一つに置いて、中を開いた。

「事務所でやんなよ」

「音楽があった方が集中出来るでしょうが…」

 この時、美弓の視線が、鯨に向いた事を察する。丸は、美弓に問い掛けた。

「何かお探しですか?」

「あ…。は…はい…。実は…その…。【森林妖精フォレスティア】関係のカードを探していて…」

「【森林妖精】ですか。それなら今日、何枚か入荷しますよ。鯨さん」

「オッケー。最優先で探すよ」

 コンテナの中には凡そ、3000枚近くのカードが、100枚ずつの束になって入っている。これはもう、手当たり次第、だが、丸はその必要が無いとばかりに近付いて、束を4つ、取り出した。そして、100枚の束を上から数十枚捲って、テーブルに投げる。

「【森林妖精フォレスティアなげき】」

「お、一発」

「【森林妖精フォレスティア鱗粉りんぷん

「ん、すげ…え…?」

「【森林妖精フォレスティア標本ひょうほん

「……」

「【森林妖精フォレスティア聖火せいか】【王冠おうかん】。今日来てるのはこれくらいです。見切り品にも少しばかり入ってますよ」

「わぁ…。ひかってる…」

「はい。特に、聖火と王冠は、汎用性が高いですが、コレクションにもオススメです」

「え、ねぇちょっと待って?」

「え?」

「何が何処に入ってるかって、どうやったら分かるの?」

「? 分かるでしょ。普通」

「分かんないよ。決まってんの?」

「カードくらい見えてなくても当てられるよ。なんなら何か引いてみな?」


「……」

 半信半疑。だから鯨は、奥の方から1枚を引く。すると丸はそれを即答した。

「【夜の刃】」

「…おぉ…もう1枚…。ほい」

「【岩石破壊鉄拳】」

「え、マジで?」

「うん。え、逆に鯨さんは何の為にスリーブとデッキケースがあると思ってんの?」

「…保護する為と、持ち歩く為」

「保護ね。隠す為でもあるんだよ。カードの気配っての?」

「……いやいやいやいやいやいや」

「だとしたら鯨さんはまだまだだね。精進する事だ」

「なーーーにを偉そうに」

「ふふっ。如何ですか?」

「あ……えと…」

「私のオススメは嘆きかなぁ。使いやすいし、デッキ採用率は高いはずだよ」

「あ…」

「森林妖精そのものがかなり使いやすいカードが多いですから。売れ行きもかなり良いんですよね」

「え、誰が買ってんの?」

「鯨さんは知らないかしれないけど、此処はネット販売が殆どなんだよ。だから、郵送」

「あ、そうなんだ。あ、だからいつも封筒に入れてるんだ。知らなかったわ」

「状態が良くて安い順からどんどん売れて行くよ。恐らく、聖火、王冠はどちらも来週まで残ってたらラッキーくらいのもので…」

「私も欲しい」

 なんだかもう、買わなければならないような雰囲気が既にあるようだが、美弓にはそんな金銭的な余裕は全く無く、二人が『どれにする?』的な目で見て来る。


「………」

まるっきり…置いてけぼりじゃん…。

「その子、ただ内容が見たいだけなんじゃない?」


 指を差してそう伝えると、二人がきょとんとして言葉を失う。


「「あ」」


「ご…ご…ごめんなさい…。嘆きは…もう…持ってて…使ってて…。それで、王冠と、標本が視たくて…ネットで見て…その…」

「あはは…。すみません。つい舞い上がってしまいました。どうぞ? 自由に見て下さい。状態は5段階評価の最高。S。間違いなく良い品ですよ」

「有難うございます…」


「君って、あまりゲームはしないよね?」

「え、あぁうん。俺は売るのが仕事だから。あまりやらないんだ」

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。良いじゃん。楽しいよやろうよ。君はどんなカードが好きでどんなデッキを使うんだよ」

「鯨さん。仕事進めて?」

「ご…誤魔化した…。あーーー!!! 実は君かなり弱いな? 気にする事は無い。私も仲間内では一番弱かった。君もカードゲーマーなら友達多いんだろ? みんなで集まってトーナメントしようぜ?」

「は、や、く」

「っはぁいはい」


「あ! あの!」

 ずっとソワソワとしていた美弓が突然に、自分でも驚くほど大きな声を漏らす。

「!」

「?」

「じ…実は…その…デッキを…回してみたくて…その…」

「うん。そうなんじゃないかと思ったよ。良いよ。少しやろうか」

「…よ…良かったぁ…」


「どゆこと?」


「ま、軽くゲームをしようってこと」

「え!? するんじゃあん! なんだよぉ!」

「あくまでも練習試合だよ?」

「ま、お手並み拝見かな」


 テーブルに二人が向かい合った。


「……」

久しぶりに見るかも。丸の戦い…。


 背面に7つの星が縦一列に並んだ、8×5cmの小さなカードが65枚。それを1セットとして【山札】または【デッキ】と呼ぶ。


 美弓が右手側に【デッキ】を前に置く。


 丸もまたそっと、右手側に【デッキ】を配置して、ゲームが始まる。


 勝利条件は相手の手札全ての【|消滅『ロスト》】。


 カードには2種類ある。


 やや青み掛かった紫色の背面に塗られた【たましい】と、やや赤み掛かった背面の【呪詛じゅそ】。


 プレーヤーはそのあらゆる【魂】の中から5枚を選出し、【手札】としてゲームを開始する。


 まず【領域】の中央に1枚の【魂】を召喚する。


「召喚します。【カブトドラゴンモドキ】」


 カードの内容は、イラストを中心として、上部左上に【属性】そして【名称】が記され、その強さを数値化した【火力】が右上にある。下部に【能力】が表記される。


 属性【赤】 【カブトドラゴンモドキ】 火力【900】 能力【この魂は攻撃時、火力が100上がる】


「よし。じゃあ召喚。【妖怪ようかい 化猫ばけねこ】」


 属性【青】 【妖怪ようかい 化猫ばけねこ】 火力【500】 能力【相手から受けるダメージが100下がる】


「おおぉぉ…」

ゲームだぁ! アハァッ!! 【妖怪】の【かんむり】とは中々通なものを使うじゃないか…。でもダメだね。こんなんじゃ私達の足元にも及ばないよ。うんうん。


「はぁ…。仕事。私が進める」

「あ、香奈。ごめん」

「んーん?」


 【魂】の周りを囲む形で、5つの【場面】と呼ばれる枠がある。

 【場面】にはそれぞれ【属性】がある。


 【魂】の右側に【赤】

 【魂】の左に【青】


 【赤】の下に【黒】

 【青】の下に【白】


 【魂】の下に【緑】


 上記の順番で1枚ずつ、カードを引いて枠の中に【呪詛】と呼ばれるカードを配置する。


「カード、セット」

「カードセット」


 そして各々、配置されたカードを確認し、ゲームは始まる。


 だが、サイコロや、じゃんけん、コイントス。そんなものから始まる殺し合いなど、この世には存在しない。


 このゲームに【先攻】と【後攻】を決める手段は無い。


 セットされたカードを確認した後、最初に攻撃を仕掛けた方が先攻となる。


 【呪詛】の使用は自由。


 攻撃前、攻撃宣言時、自分も相手も、何枚でも使用可能。


 【魂】の持つ固有の【能力】

 【呪詛】の持つ固有の【効果】


 これらを駆使して相手の手札5枚を【消滅】させる事で、ゲームに勝利する。


 それが、カードゲーム【LOSTロスト】


「じゃあ私から、攻撃します。能力が発動して、火力は1000」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/1000】


「お、好戦的だね」

火力は1000。まぁ当然、一発で落としたいよね。丸君はそうさせない為に、火力を上げて凌ぐか、防御するかのどちらかだ。どうする…?


「此処はまぁ、普通に防御しよう。【赤】の【場面】から【呪詛】を使用する。【シールド】だ」


 属性【青】 【シールド】 通常効果【相手の攻撃を1度防ぐ】


「おおぉぉぉぉ…」

初手にシールドを引くって良い運だね。


「でも上昇の効果は手番きり。手番の終了後に、火力が元に戻ります。100マイナスで、900」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/900】


「【赤】の【場面】にカードをセット。…うん。ならもう一度【赤】の【場面】から呪詛を使用する。【雷撃らいげき】だ」


「あ!!」

「くぅ! 引くねぇ!」


 属性【白】 【雷撃らいげき】 通常能力【相手魂を火力100で攻撃する】


「う…受けます…」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/800】


「お、良いのが来た。【赤】の【場面】で【凶器】」


 属性【黒】 【凶器】 通常能力【自魂の火力が300上がる。相手魂の火力が300下がる】


「!」

お、結構やる…。この差を一気に埋めたね…。覆した。


 【妖怪 化猫】 火力【800/800】


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/500】


「攻撃しよう」

「んー…。分かりました。私は、緑の場面を使います。【|炎ほのお】」


 属性【赤】 【ほのお】 通常効果【魂の火力が300上がる】


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/800】


「凌いだ…。だけど」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/0】


「呪詛の効果は大抵手番きり。手番の終わりに上昇、減少した火力は元に戻る。俺は300上がっているから、その分が差し引かれ、元の500だ」


 【妖怪 化猫】 火力【800/500】


「私は300下がって300上がったので…0」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/0】


「でも私は此処で、回復します。白の場面で【森林妖精フォレスティアなみだ】」


 属性【緑】 【森林妖精フォレスティアなみだ】 通常効果【自魂の火力が300回復する】


「くぅ…。1000が…たった300になっちゃいました…」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/300】


「俺も此処で、回復だ。黒だ。【いやしの人魂ひとだま】」


 属性【緑】 【いやしの人魂ひとだま】 通常効果【魂の火力を500回復する】


 【妖怪 化猫】 火力【800/800】


「こ…攻撃します。能力発動。100上がって400です」


 【カブトドラゴンモドキ】 火力【1000/400】


「化猫の能力によって、相手から受けるダメージが100下がる。ダメージは300」


 【妖怪 化猫】 火力【800/500】


「うん。じゃあこっちも普通に攻撃しよう」


 【カブトドラゴンモドキ】 消滅。


「…………」

デッキは60枚と手札が5枚。1回の戦いでそれほど多くのカードを使う訳にはいかない。そして、同じカードを2枚入れる事は出来ないという特性上、どうしても、配置されてしまったカードをポンポン使う訳にもいかない…。ここは損切りって事かな。次にもっと火力の高いカードで攻めて来るはず。でも……でも…んー…。何か違うな…。なんだろう…この感じ…。盛り上がらない。


「じゃあ、次です。【森林妖精フォレスティア 魔女ウィッチ】」


 属性【緑】 【森林妖精フォレスティア 魔女ウィッチ】 火力【1200】 能力【手番の終わりに300回復する】


「やっぱり好きなんだねぇ。森林妖精」

「あ、は、はい。可愛いですし、綺麗です」

「うんうん。緑属性の象徴って感じだよね」

「森林妖精は緑属性の中で最多を誇る【冠】だ。コレクション性が非常に高い」

「…森林妖精の、ファイルがあるんです」

「ファイル?」

「大会で、ランキング上位に入ったら、貰えるカードがあって…それを…入れられたらなぁって…」

「【森林妖精フォレスティア友情KIZUNA】だね」


「……だから、勝ちたい」


 純度の高い、屈託のない、カードという1枚の厚紙に対する小学生の執着心だった。鯨はこの時、強い、違和感を得た。それも、深い闇の中心に居るような、凄まじい不安感が押し寄せる。


「……?」

あれ…なんだ…この感じ…。…………違う…今までと全然…知らない…これ…。なんだ…これ…。


「掛かっておいで?」


「……」

相手は500。こっちは1200…。でも1体落としてる…。こっちの攻撃は絶対通したい…。だとするなら

「白を使います。【龍の炎】」


 属性【赤】 【りゅうほのお】 通常効果【魂の火力を500上げる】


「白に、カードをセット。……もう1枚使います。【雷鳴らいめい】」


 属性【赤】 【雷鳴らいめい】 通常効果【自魂の火力が200上がる】


「合計700。1900です」


 【森林妖精 魔女】 火力【1900/1900】


「そろそろ…来て…。……くぅーー…」

「詰まった?」

「……無駄撃ちでも、使います。白。【森林妖精のキス】」


 属性【緑】 【森林妖精のキス】 通常効果【魂の火力を100回復する】


「火力は満タン。なので意味無し」

「何を狙ってるんだろ」

「………。白にカードをセット。よし。来た。【白夜星光撃びゃくやせいこうげき】」


 属性【白】 【白夜星光撃びゃくやせいこうげき】 通常効果【魂の火力が500上がる】


「お!! お! それは…」


「【白】の場面で【白】の呪詛。呪詛の通常効果が強化されて、【相乗効果】を発動します」


 【白夜星光撃】 相乗効果【攻撃時、その攻撃は防御されない】


「よし…。攻撃します」


「……!!」

あれ…声…出なかった…。


 ドクンッ ドクンッ


 鯨の胸が激しく動いている。


『これしかない!! 白夜星光撃!!!』

『ああぁぁぁぁぁぁ!!!』

『わぎゃーーーー!!!! これはキチュい!! ちゅよいよおぉぉ!!!』

『此処で出すぅ!?それぇ!!』


 こんな、数百年の生活の中で、これほど静かな勝負は初めての事だった。


「ん。じゃあ次。召喚【妖怪ようかい 川河童かわがっぱ】」


「……え?」

あ、そっか…。消滅したから次を出したのか…。でも…あれぇ…?

「そ、そ、そんな弱いので良いの…?」


 属性【青】 【妖怪ようかい 川河童かわがっぱ】 火力【300】 能力【相手魂を攻撃した時、相手は場面にセットしたカードを1枚開いて見せる】


「手番が終わって、火力は1200です」


 【森林妖精 魔女】 火力【1900/1200】


「ここは少し火力を上げておこう。そうだな。緑で【炎】」


 属性【赤】 【ほのお】 通常効果『魂の火力が300上がる』


 【妖怪 川河童】 火力【600/600】


「うん。次は黒。【妖眩気ようげんき】」


 属性【黒】 【妖眩気ようげんき】 通常効果【魂の火力が500上がる】


 【妖怪 川河童】 火力【1100/1100】


「……。うん。此処は一旦攻撃してみよう」


「え…あ、あと一回何かで上げれば良いじゃん」


「…【グリーンシールド】。場面は白です」

「ん。まぁ仕方がない。防御されたら、能力は発動しないよ。手番の終わり。火力が300になる」

「よし。たった300。攻撃します」

「でも、緑」

「まさか」

「【命光蛍めいこうぼたる】」


 属性【緑】 【命光蛍めいこうぼたる】 通常効果【魂の火力を2000回復する】


「まぁどっちでも良いんだけど。命光蛍の相乗効果発動。全回復だ」


 【命光蛍】 相乗効果【魂の火力を全回復する】


「1100の回復だ」


 【妖怪 川河童】 火力【1100/1100】


「そして、赤。【熾烈雷電抜刀術しれつらいでんばっとうじゅつ】」


 属性【赤】 【熾烈雷電抜刀術しれつらいでんばっとうじゅつ】 相乗効果【相手の攻撃に合わせてカウンターで攻撃する】


 【妖怪 川河童】 消滅。


 【森林妖精 魔女】 火力【1200/100】


「! これです! 白! 【森林妖精の嘆き】」


 属性【緑】 【森林妖精の嘆き】 通常効果【魂がダメージを受けた時、火力が1000回復する】


「うん。良いカードだね」

「は、はい」


 【森林妖精 魔女】 火力【1200/1100】


「手番の終わり。能力によって300の回復が入ります」


 【森林妖精 魔女】 火力【1200/1200】


「次の手札は、コイツだ。【猫ノ娘番長ねこのこばんちょう 隠傘かくれがさ】」


 属性【赤】 【猫ノ娘番長 隠傘】 火力【1000】 能力【相手の攻撃を防御した時、火力500で攻撃する】


「………」

【熾烈雷電抜刀術】? 良いカードじゃん…。あんなの…。叫んで使う奴じゃん。あぁ分かったこの二人、すげぇ、つまんなそうなんだ…。


「普通に攻撃しておこう」

「……これは受けます。私のデッキは回復が多いですから。多少のダメージは大丈夫のはず」

「それはどうかな。白だ。『夜道暗殺凶器よみちあんさつきょうき』」

「!」


 属性【白】 【夜道暗殺凶器よみちあんさつきょうき】 相乗効果【相手に500のダメージを与える。相手はこの効果を無効化出来ない】


「必ず当たる、500だ」


 【森林妖精 魔女】 火力【1200/700】


「攻撃続行」


 【森林妖精 魔女】 消滅。


「【森林妖精 ドラゴン】 召喚」


「え、あぁ…そうだよね…。次か…」

つまん…ないのかな…。

「ね、ねぇなんか、盛り上がりに欠けない? こうほら、もっと、大声、出したり」


 カシュッ


 カシュッ


 それは、すぐ隣。この音はずっと耳に届いていたものだった。夢中になっていて気付かなかったが、この、つまらない戦いの最中、耳に届き、意識が向いた。

「………亜式ちゃんは、観戦もしないで何やってんの?」

「は? 貴方が仕事をしないから、私が進めてるんじゃない」

「なんでカードを写真に撮ってんの?」

「だからネットに上げる為でしょ? そうして美弓ちゃんも来てくれたんだから。こうして、状態が良いレアカードをネットに上げれば、それだけ買い手が付くのよ」


「…………」

実物を見て買わないってのも…愛が無いよね…。


「ッ良いわね。楽しそうで」


「…………」

楽しく…無いってこと…?


『ねぇ隣町で大会やるって。今から』

『えー!? 見に行こうぜー!?』

『行こー行こー!!』

『おいコラ仕事はぁ!』

『後でで良いじゃーーん!!!』

『アハハハハハハハ』

『アハハハハハハ』


「……」

こんな数百年だったんだぞ…。この時代だって、きっと皆が中心で…。


 属性【緑】 【森林妖精 ドラゴン】 火力【2000】 能力【回復の効果が2倍になる】


「おぉ。ソレを持ってたか。やるね」

「えへへ。勝ちますよー? では、攻撃します!!」

「此処は少し凌ぐか。赤。【雷獣の毛皮】」


 属性【青】 【雷獣の毛皮】 通常効果【相手から受けるダメージを半減させる】


「これは防御とは違う。だから、能力は発動しない。でも、これだ。【|鬼の|金棒】]

「!!」


 属性【赤】 【おに金棒かなぼう】 相乗効果【〖活着〗 魂の火力が1000上がる】


「〖活着〗だと…」

魂が消滅するまで場面に残り続ける特性。それを相乗効果で、この絶好のタイミングで引き当てた。しかもあれ…最高レアじゃん…。これにはあの女の子も…。


「んー…」

つ、ま、りぃ…。火力が2000になって、こっちの攻撃は半減で1000かな。なんとか、『これ』に持ち込みたいけど。


「火力は2000」


 【猫ノ娘番長 隠傘】 火力【2000/2000】


「攻撃を受けて、1000だ」


 【猫ノ娘番長 隠傘】 火力【2000/1000】


「あ、そうだ…」

「じゃあ攻撃しよう」


「あ、上げなよ。火力。だって相手は2000だよ?」


「よし。やってみます。赤の場面。【森林妖精の眼球標本】」


「お! お?」


 属性【緑】 【森林妖精の眼球標本】 通常効果【魂の火力を1000回復する】


「……それ、どうするの?」

火力は満タン…。


「それで、隠傘を回復します」


「相手を…?」

は? なんで…?


「出来ます、よね…」

「問題無いよ。『自分の』とか、『自魂』とかの表記が無い。相手も効果の対象に出来る」


「…で?」


「鯨さんって、今までどんな場所でゲームしてきたの…?」


 【猫ノ娘番長 隠傘】 火力【2000/2000】


「攻撃を受けて、0です」


 【森林妖精 ドラゴン】 火力【2000/0】


「0…。0調整!?」


「此処です。白。【ゼロインパクト】」


 属性【白】 【ゼロインパクト】 相乗効果【火力0の魂の攻撃で、相手魂は消滅する】


 【猫ノ娘番長 隠傘】 消滅。


「わぁ、この戦術、やってみたかったんですよ! 嬉しい」


「……そんなの」

実戦で使い道は無いよ…。


「そして此処で回復。【森林妖精フォレスティア悪食あくじき】 場面は黒です」


 属性【緑】 【森林妖精フォレスティア悪食あくじき】 通常効果【自領域の場面にセットされている呪詛が全て消滅する。魂の火力が800回復する】


「ドラゴンの能力で効果が倍になります。よって1600の回復」


 【森林妖精 ドラゴン】 火力【2000/1600】


「うん。じゃあ次はもっと強いよ。【アビスエッジドラゴン】」

「わ、カッコいい」


「カッコいい…クッソ…」

公平…。公平が好きだったカード…。


『いやあもう此処は!!! 此処はこれだ!!! おらぁ喰らえ!!! ゼロ!! インッパクトオォォォ!!!』

『お前いきなりなんて事すんだよぉ!!!』

『0調整は基本技術だよ岩男くぅん!!』


「……みんな…」


 属性【白】 【アビスエッジドラゴン】 能力【呪詛によって与えるダメージが1000上がる】


「でも、私の手番です。攻撃します」

「うん。受けよう」

「でも、ぐんぐん火力を上げます。赤。【炎王陣えんおうじん


 属性【赤】 【炎王陣】 相乗効果【魂の火力が800上がる】


「まだまだ。緑です。【炎煙螺旋えんうんらせん】」


 属性【赤】 【炎雲螺旋えんうんらせん】 通常効果【魂の火力を300上げる】


「もっと。【獅子強裂襲ししきょうれっしゅう】。緑」


 属性【赤】 【獅子強裂襲ししきょうれっしゅう】 通常効果【自魂の火力を700上げる。相手の火力を100下げる】


「合計、1800です」


 【森林妖精 ドラゴン】 火力【2000/3400】


「よしっ。まだ使いますよ? 緑の場面。【森林妖精のミイラ】」


 属性【緑】 【森林妖精のミイラ】 相乗効果【魂の火力を1000回復する】


「ん、また?」

またそんな実戦向きじゃないやり方を…? 今度はなんだ…?


「鯨さん…素人じゃないんだから…」

「………じゃあ何?」


「緑の場面で、緑の呪詛。そして、緑の魂。魂は【追加能力】を発動します」

「追加能力…あぁ…」


 【森林妖精 ドラゴン】 追加能力【この魂は火力を越えて回復する】


「つまり、回復で【元火もとび】が上がる」


 【森林妖精 ドラゴン】 火力【4400/4400】


「上がった分が、維持される…?」

「これが森林妖精の強いところだね」


「攻撃」


 【アビスエッジドラゴン】 消滅。


「うん。良い感じだね」

「は、はい。思ったよりよく回ってます」

「うんうん」

「でも想像より回復が来ませんね…」

「そうだね。森林妖精ドラゴンを中心に考えるなら後2、3枚は入れても良いかもね。じゃあ最後の手札だ。【餅腹 スライムキャット】」


 属性【赤】 【餅腹 スライムキャット】 火力【300】 能力【この魂の攻撃を受けた魂は消耗する】


「じゃあ、攻撃だ」


 【森林妖精 ドラゴン】 火力【4100/4100】


「攻撃です」


 【餅腹 スライムキャット】 消滅。


「………」

なんだろう…このむなしさ…。これ、ゲーム? 同じゲームをしてるの? 燃えた方が練習になるに決まってんじゃん本気でやらなきゃ練習にならないじゃん。なんでこんなつまんなそうにゲームすんの? 勝つ気あんの? これでどれくらい強くなったの?


 全てがカードだった。カードが無い場所など、あり得ない。煌びやかに光る電光看板には美しいカードのイラストに溢れ、カードイラストをモチーフにして、ショップが産まれる。全ての娯楽はカードから始まり、全ての遊びはカード。スポーツもカード。コミュニケーションもカード。生活がカード。その中央で、【総帥】が両手を広げた。

『良い? みんな。此処が世界の中心だ。此処をこれから俺達の色に染めていく。鯨!』

『は、はい!』

『此処に、『鯨声巫女』のデカいオブジェクトを作ろう』

『鯨声巫女の…?』

『そう』

『そ、それなら、総帥様のカードの、方が…』

『君のカードは、ッ万人受けする!』

『万人受け…』

『君がこの中央の象徴になるんだ』


『私が、象徴…』


「あぁ…そうか…」

過疎ったのか…。


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