『平凡』な少女の終わり
私は何をするのだろう
その日は、小雨だった。ざあざあ降りというわけでもないので、足元はさほど汚れることはない。けど、傘がないと普通に濡れる、そんな日。
空は暗雲で覆い尽くされていて、街は全体的に寒色で満ちていた。灰色の街。
そして、何よりも、寒かった。雨の日は、寒い。
月曜日は、おそらくほとんどの人にとっての気怠い日であろうが、私にとってはいつも以上に、そう感じざるを得なかった。
……昨日の今日、なので、ね。
因みに、昨日はというと、『銃』は私の鞄のまま、になった。
何故そうなったかって?
コノトちゃんの頼みだった、からだ。
私は、あの子の頼みにはもう、逆らえない体質になっているんだと思う。
あの子が望めば、ひょっとしたら『銃』で自分自身の蟀谷を撃ち抜くことも、造作も無いのかもしれない。
……。
……いや、それはちょっと、誇張表現過ぎたか。まだまだ私は、生きたいしね……。
希死念慮の衝動には、まだ突き動かされていない。私は、『平凡』なのだから。
ともかく、コノトちゃんは『銃』を、私に託した。
落とし物は、まだ受け取らないらしい。
理由は、訊かなかった。訊ける感じではなかったから。今の私からすれば、訊いてみればよかったって気がするけど、当初の私では無理だった。
そして、コノトちゃんはというと、本日学校お休みだ。体調不良、ということらしい。
なので学校からは、『華』が失われた。全体的に、どんよりとしている。
今まであったはずの、学園の『色』が、一気に失われていくように、枯れていくように。
なんとなく、白と黒だけの世界に見えてしまうほどだった。
お昼休み。
私は、屋上へと来ている。
雨なのだから、当然誰もいない。
ベンチだって、座れるような状態なんかじゃない。
ここで弁当なんて、食べられないだろう。
でも、私はここへ来た。ルーティンのように。
足は自然と、この場所へと向かっていたのだ。
目的も、理由もなく、残り香に誘われる虫のように。
この屋上は、もう私の貸し切り状態だ。
何も嬉しくないけどね。
「よ」
藪から棒に、私は背後から話しかけられた。声質で、相手が誰なのかは分かった。
「……先生」
振り返ればそこには、ばっさりと雑に切った髪に、猫みたいな目付きに泣き黒子、あと前を開けた白衣と中の赤ジャージの成人女性。歩く紅白歌合戦。私のクラスの担任。化学の先生だ。
感動の特に無い仏頂面、癖でそうなってしまっているんだか、眉根を寄せたまま、私に話しかける。
「感心しないな。ぼっち飯するくらいなら、先生と食うか?飯代はそっち持ちな。私今月キツいんだよ、馬に使い過ぎた。あ、馬って分かるか?馬券のことよ、馬券。当てれば一攫千金のやつ、あれだよ」
「いやそんなの生徒に教えなくていいですし、公職が口にしていい言葉の数々じゃありませんよ。てか、優しいですね、初めて聴きましたよ、一緒に飯を食うか?って台詞」
「今月苦しいからな」
ツンデレなんだか、ガチなんだか全然読めないトーン。
「ここ寒ィし、場所変えようぜ。私さ、寒いところ嫌なんだよ、ハッキリ言って無理」
「じゃあなんで先生、ここに来たんですか?」
「お前が変な顔してたからだよ」
「え、ええ……?私、そんな変な顔……してましたか……?」
「してた。ぶっちゃけ引いた」
「引いた!?」
「一応私さ、お前の担任なのな?だからよう、『先生』ってジョブをしっかり勤めないと給料泥棒になるわけよ、分かる?そうなると体裁が良くないんだわ。私は『先生』と名乗るだけ名乗って、金貰って、飯食ってる人間なわけだからさ、だから『先生』らしくしとかないと、その称号が剥奪されかねんの」
「公務員ってクビにはならないんじゃないんでしたっけ」
「ダホ。勤務態度不良で懲戒処分も全然あり得るわ。世の中ナメすぎ。何しても良いなら無敵の職業過ぎるだろ」
「そりゃそうですか……先生は割と好き放題してるような気はしてますが……」
「だからこうして『先生』らしいことを時々してんの。ゲインロス効果で生徒の好感度捥ぎ取り作戦を実行して、今の今まで『先生』名乗るの許されてるんだわ。あと授業は真面目にやってるしな」
うーん、狡いオトナだ。こうはなりたくない。反面教師。
「とりあえずいいから、来い」
ぎゃ~~~~。
首根っこを掴まれて、私はドナドナと連れていかれました。
え、あの、合意は?
あの、あの。
そんなわけで、今私は、生徒指導室にいます。え?生徒指導室……?
暖房が効いてて、ぬくいっちゃぬくいんだけど、でもここって、風紀を乱した生徒を指導員やってる先生が絞めるところじゃないですか……。いや、実際に使われているところは、全然見たことはないんだけど。なんか、場所のチョイスとしてどうなんだって、私は思いました。
「サンキューな焼きそばパン、助かったわ」
そんなこと関係ねえ、つゆ知らずといったご様子で、もさもさとパンを堪能している先生、表情は相変わらず無感動寄り。
「あの、先生。なぜこの教室のチョイス?」
「お前、他のクラスメイト達から目つけられてんじゃん。まぁそりゃ、あの学園のアイドル、ミハミとベッタリだったわけだし、怨みを買われても、道理にそぐわないなんてことはないとは思うが。だから先生からの助け舟だ。ミハミがいない今は、この私が護衛やってやるってハナシ。嬉しいだろ?この教室ならお食事タイムも、じっくりできるだろ」
「……まぁ、確かに、その通りなんですけど……」
困っていたか、困っていなかったかで言われたら、困っていた寄りなので、実際助かっている側面はあるんだけど……それはそうと、お礼はなんか言いたくない。助けてもらってなんだその態度はって感じかもしれないけど、そうしたら負けな気がした。なんとなく。
「にしても先生、金欠なら節制とか、しないんですか?」
「今はその話はどうでもいいわ」
こ、こいつ……。
「浅川、お前なんで変な顔してたんだ?ミハミと喧嘩でもしたか?」
「…………」
この先生は、すぐに核心に触れようとする。遠慮っていうものを知らないんだろうか。繊細な部分なんだぞう。巻き戻しも効かないんだし、こういうのはじっくり丁寧にやるべきでしょ……!『普通』は……!
……まぁ、もしかしたら、私という人間を分かった上での、この態度なのかもしれないけど……。や、この先生の評価を上げるのは癪に障るから、そんな捉え方はしないでおく。
「まぁ……喧嘩。まぁ、喧嘩……そう捉えても、おかしくないんじゃないかなって、思います」
「なんで喧嘩した?」
くそう。ずけずけと。
「……知らない一面を知って、ギクシャクした、みたいな感じ……ですよ」
「ふうん、知らない一面ね。二面性なんて人間誰しもが持ってるもんだと思うけどな、私だって持ってると思うし。で?じゃあなんだ、ミハミの知らない一面でも見て、幻滅したか?」
「幻滅─────それは、どう……なのでしょう」
ちょっと、考える。
電波系みたいなカミングアウトをされて、私は……どう思っているのか。
コノトちゃんは、私を暗殺しようとしている。文字通り、亡き者にしようとしている。
いや、していた、が正しいのか……。
『普通』に考えて、友達から、君のこと殺そうと思ってたんだよねって言われたら、そりゃ吃驚するし、ショックも受ける。
ギスギス言葉じゃん。殺すって。だから、私は『普通』に傷ついているんだと、思う。
でも、だからと言って、金輪際コノトちゃんとのユウジョウ関係は無くして、以降は赤の他人同士にしたいみたいな、そういう気持ちも、起きない。
……むしろ、私はまだ、未練がましくとも、おトモダチでいたいなって、思ってる。
私が『未来』をズタズタにする元凶だとか、黒幕だとか、首謀だとか、そんな実感の無いものなんかよりも、私はそっちの方が気になって仕方ないんだ。
「私は、幻滅はしてないです。ただ……分からなくて」
「何が?」
「……コノトちゃんの、考えてることが」
私を殺す為に来たのなら、どうして……コノトちゃんは、あんなにも私のことを好いていたの?
あれは、演技だったの?ハニートラップだったの?
もしそうなら、最悪のケースを想定して、そうだとするのなら、どうして……私を昨日、殺さなかったの?
どうして、『銃』を受け取らなかったの?
どうして─────?
「……今も、全然分からないんです」
「あーあ、訊いて大損した。そんだけかよ」
「……は?」
……これは、トサカに来た。
私にとっては、大きな悩みなんだ、これでも。
人生の分岐点に立っていると言っても過言じゃないのに、それをそんな態度って、無いんじゃないの。
「浅川、お前な、それならよ」
先生はそれでも、私のことをじっと見つめてくる。真っ直ぐと、堂々と……。
「ミハミに訊けよ。今日、見舞いついでに」
ばっさりと、先生はそう言い放って、もうおしまい、といった態度を取った。
私はむかっ腹が立っているから、睨んでいる。
でも先生は、そんな私を見ると眉を吊り立てて、続ける。
「お前はよ……『平凡』なガキなんだよ!」
「……っ!」
そ、それは……。
「だからよ!相手の考えてることを察するなんて器用な真似はできねぇんだよ!つーか、大人になっても無理だわ!それこそ、相手の心を読めるサイコキネシス的な、エスパー的な能力でも持ってないと、無理なんだわ!憶測しようとしても、絵に描いた餅でしかねーの!分かるか?だからよ、お前ができるのはよ!訊くこと以外なんでもないだろ!ぶつかるしかねぇだろ!こいつを精神論として見なすんなら、本当にここで話はお終いだよ。一生迷路に突っ立ってろ。だがよ、お前はミハミと、まだ『友達』でいたいんだろ?知らんけど、仲直り的なの、したいんだろ?違うか?あ?」
「………………………………」
「黙られると分かんねぇよ!お前のしたいことはなんだ、言ってみろ」
ぎりりと、両拳を強く、握り締める。
あー、もう、なんか、ムカついてきた!
眉尻を立て、眉間に皴を寄せ、喉に力を込め、私は、発する。
「─────そうですよ!コノトちゃんと!……コノトちゃんと……!!」
……『友達』。
でも、あの子は……私に言った。
『
それなのに、私はずっと、キープのままでいる。解答用紙は、白紙のまま。
進路希望調査票は、未提出。
……それで、いいのか?
良くない……!!!
「『ケリ』を、つけたい!」
だから、それが、これが─────私の答えだった。
『平凡』な、『普通』な、『汎庸』な、ただの女子高生なりの、意地っ張り。
私は、『平凡』である以前に、『心』のある人間だ。
『恋』だの、『愛』だの、私は謳うことはできなくても、それでも……。
私の信じたいものを信じたい!!!!
「浅川にしちゃ、上出来な答えだ。なら、慣れねぇこと考えずに、小さい脳みそなんか使わず、手足動かせ、ガキ」
「ふんだ!ありがとうございました!!」
私はかんかんに怒ったので、指導室の部屋を出ていく。ぴしゃりと、わざと大きな音を立てながら。
もういい。そうだ、私はね、怒ったんだ。
コノトちゃんの取り巻き?関係無い。今の私には、全然関係無い存在だ。邪魔立てするなら、一切容赦なんかしない。
全部全部、ぶっ飛ばしてやる。
全部、『破壊』してやる。
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