私は日曜を歩く・後編

 コノトちゃん、曰く。こうだった。

 ……いやあ、すみませんね、本来ならね、会話劇で伝えたかったんですけども。

 なんというか……。

 なんと……言いましょうか……。

 内容が内容と言いますか……。


 ……そんなの、アリ?ってものでしたので。


 どうか、ご容赦くださいませ。




 まず、前提として、コノトちゃんは『未来人』らしい。



 ん?え?はい、『未来人』です。

 『未来人』ってなーに?と、突然出てきた謎単語に頭ハテナになっている方々に補足をいたしますとですね、読んで字の如く、未来の人。未来からやってきた人です。それだけです。

 いやまぁ私もさすがに、追加設定がジャンル違いに思いまして、なんて反応すれば良いのか分かりませんでしたよ。


 それで……じゃあ、『未来人』と名乗るからには、そりゃ当然、遠い時間軸の果てからやって来たわけですから、いつ頃から来たのか?というのが気になりましょう。それで訊いてみたら、どうやら、今から44年後の未来から、らしいです。

 ……どうにも中途半端な年数だなあと思う。もう少し頑張って、キリの良い数字にでもすればいいのに。


 でも、そういう細かいところは、一先ずは置いておこう……と、思う。


 そもそも、それ以前に、だ。コノトちゃんを『未来人』であるという、その言葉を私が信じ切るには、『感触』が足りなさすぎる。

 実感が無い。証拠とか、そういうのよりも、『しっくり感』っていうのを、どうにも私は大事にするタチでして、唐突に、脈絡も無く、伏線も布石も何も無い状態でいきなりそんなことを言われても、困惑しかないというものだ。


 それでも彼女は続けるし、私も『訊く』と、そんな言葉を吐いたものだから中断はしない。傾聴を続ける。整理を続ける。



 曰く、その世界は『破滅』を迎えているらしい。


 所謂、終末期。アポカリプスだ。最後の審判が下され、街も、人々も、文明も、社会も、組織も、国も、自然も、大陸も、海も、世界も、総てが壊されてしまった。


 どんな『世界』に成り果ててしまったの? そう私は訊いたけど、コノトちゃんは筆舌に尽くし難そうにしていた。


 稚児の妄言と、何ら大差の無い、『物語』。一部中学生がノートにでもひっそりと書き起こしていそうな、出来の悪い筋書。


 そもそも世界なんてものは、そう簡単に終わらないだろうに。それこそ、シンギュラリティが起ころうが、だ。


 自浄作用が働かないだなんて、そっちの方が非現実的に感じる。不自然だ。


 ネズミ達にとって外敵の存在しない、食糧供給の絶えることの無い楽園実験。ユニバース25は、単なる動物実験での検証に過ぎない。人間に適用されるかもしれないだなんて机上の空論は、杞憂に過ぎないというのに。


 一体全体、何がどうなったそうなってしまうのやら。


 そして、さらにさらに、だ。コノトちゃんの正体は、『未来人』だけではない。

 本来、世界の危機を未然に防ぐ為暗躍する、全世界保全機関の諜報員の一人……だというのだ。

 今回のケースは異例中の異例であり、予防措置が効かず、緊急対応も全面的に行ったというのに、拡大化する事態を止めることも出来なかった……だとか。その為、組織の命を受け、特例措置たるタイムトラベルを実行し、この世界、過去の、この今へと派遣された、というわけだ。黙示録の啓示を、その種を、萌芽する前に磨り潰す為に。何とも難儀な事情だことだ。



 場所は変わって、私の家。


 少し、クールダウンが必要だった。

 もし、仮に、万が一、今の話が本当だったとすれば、私はもう少し噛み砕く必要がある。『感触』として、覚える必要性がある。

 その為には、あの場所、川辺はどうにも、開け過ぎていた。

 いくら人があまりいないからと言っても、いつ現れるかもしれない第三者の影に備え、周囲に神経を張り巡らさなければならない。まぁ落ち着けない。


 私は、どっちに転んだとしても、だ。

 コノトちゃんの『真意』をまだ、聞き届けていない気がしたから、だから、冷静たるべきだ。冷笑に伏せ。『平凡』たれ、私の心の畔よ。


 ラッキーなことにも、私の家族は外出中だった。なので、我が家は今、私とコノトちゃんの二人だけ。

 まぁなんとも都合の良いことだと、正直なところ思ったが、両親がいたらいたでやること、考えることは増えたので、これでいい。助かった。


「お茶とコーヒーと牛乳、あとオレンジジュースがあるけど、どれがいい?」

 コノトちゃんは小さく、かぶりを振った。

「……ううん、大丈夫。お構いなく」

「そう?でも客人に茶一つも出さないのは、それはそれで『不自然』で私は気になるから持ってくるよ。緑茶だけど、いいよね?少し待ってて」

 私はコノトちゃんを、自分の部屋に置いてきた。

 『銃』の眠る、私の部屋に。

 ……もう少し、警戒したらいいんじゃないのって、自分でも思わなくはないというか……。

 下手すりゃ、通報されてそのまま私は留置所、そして少年院行きだ。だから本当ならこそこそと、コソ泥のように卑屈に、全部全部嘘で覆い隠せばいいのに、どうにもねぇ。

 私は、知らず知らずのうちに、乗せられているんだろうね。コノトちゃんの、『波』に。


 お茶は、冷蔵庫にあった2Lペットボトルに入っている、市販の緑茶を使う。急須と茶葉を使ってもいいんだけど、待たせすぎるのもあまり良くない。それなら、ささっとコップに注いで終わりの、このくらいがいい。それに、客人と言っても、コノトちゃんは私のおトモダチだ。そう、今は、まだトモダチなんだ。トモダチ相手に畏まることは無い。必要最低限程度の配慮があれば、それで人間関係はやっていけるはずなのだから。


 透明なグラスコップに注がれる、とくとくと注がれる緑茶を見やりながら、私は想像をする。


 今、部屋でコノトちゃんは何をしているんだろう。

 大人しく座って待っているのかな。

 それとも、スマホでも弄っているかな、待ち時間って、苦痛だしね。現代っ子にとって、手持ち無沙汰は毒だ。まぁ、コノトちゃんに限っては、現代っ子じゃなく、未来っ子なんだけども。

 あるいは……『未来』との秘密の通信だったり?これは、やっぱり想像が働き過ぎか。映画の観すぎだね。


 あとは……『銃』。

 『銃』を探している。これが、一番あり得る。

 コノトちゃん視点で、私が素直に『銃』を明け渡す保証なんて、どこにも無いんだから。きっと、コノトちゃんにとって、このシチュエーションは不気味以外の、何でもない。

 『銃』を持ってますと口にする女子高生の家に、二人きりになっているんだ。ちょっとしたホラーじゃないか。

 それなら反撃の手段を探すだろう。何でもいいから、対策を練るだろう。それが、きっと『普通』だ。

 どうしようか、私が部屋に戻ってきた時に、コノトちゃんが私に『銃口』でも向けてきたら、さあ、どうする。


 ……はは、その時は、その時だよ。

 私には、隠し設定なんてものは、ないんだから。

 だから、ただその時を、受け入れるしかない。観念するしかない。

 実はCQCを嗜んでいます、なんてことはない。そんなのあったら、皆々様方ビックリだ、『平凡』詐欺じゃないかと、怒り心頭だろう。

 まぁそもそもとして、格闘術を身に着けていたとしても、鉛玉には人間は勝てないよ。

 トリガーが引かれようとしているのを見てからアクションするだなんてことは、フィクションの世界だけでしか通用しない。普通に脳天に穴を空けられて、ジ・エンド。

 だからどちらにしても、私は詰み。そういうわけだ。


 なんだか、こうしてみると私は、ずっとコノトちゃんのことばかり考えているように思える。

 というか、ように、じゃなく、そうなんだと思う。この頃はそんな感じだ。

 私はあの子と出会ってから、あの子のことばかり考えている。コノトちゃんの一挙一動を私は振り返っているし、これからどういうことをするんだろうと、その先のことも考えている。

 まぁそりゃあ、コノトちゃんの存在感はあまりにも大きすぎるし、考えようとしなくても、あの濃さには抗えない。足掻けない。

 あの子のことを考えてしまう。


 誰もいない台所で私は、くすりと笑う。

 まるで、『恋』みたいだなって。

 だって、そうじゃないか。『自然』に、特定人物のことばかり考えてしまうだなんて、それってドラマとかでよく見かけるやつじゃないか。

 引力に引かれ、目を奪われ、誘われていく。


 ……だからと言ってね。あ、そっか、これが『恋』かあ……!……なんてことには、ならないんだけどね。

 あくまで、喩えの一環。私の心に起きている事象が、それと似ているかもなあっていう、ちょっとした思いつき。

 私は、『恋』とも『愛』とも、今は無縁でいるつもり。『平凡』な女子高生だもの。


 『平凡』な女子高生にとっては、やっぱり川辺で話してくれたあのお話は、空想ノートから一節を抜粋したようにしか聴こえない。

 鵜呑みにするには、私は……ピュアな年頃から離れすぎてしまっている。

 中学生とか、小学生とか、そのくらいの年齢だったら私は、もしかしたら信じていたのかもしれない。

 今の私のスタンスは、変わらない。半信半疑。どっちつかず。どっちに転んでもいいと構えるだけ。狡い。でも、リスクヘッジは、これからオトナになっていくのなら、持っておくべき観念だと私は、思っているから。だから、実行しているだけに過ぎないのだ。


 私の部屋をノック。

「コノトちゃん、お待たせ」

 いつもと変わらないように接する。

 開けゴマ。開けるまで、中の様子は何一つとして分からない。シュレディンガーのコノトちゃんだ。どんな姿勢を取ってたって、おかしくない。せっかくなら、ワクワクしてやる。

「おかえり、良子ちゃん」

 ─────彼女は、この子は、コノトちゃんは、座って待っていた。手にスマホなり、何かしらのものを持つことなく、奇を衒うこと無く、『自然』に、あるがままに、『当然』のように、大人しく、マナー通りに。


 彼女がそうであれば、私もそうする。

 ……ここから、こういうケースに備えた何かしらのプランでも練っていたわけじゃないけど。

 でも、動ずる必要はないし。


「思考整理する時間設けてくれたおかげで、何となくは私の中でコノトちゃんの立ち位置だとか、この世界に来た理由だとかは、掴めてきているような気がするんだけど、さ」

 私は座る。コノトちゃんの前に。お互いを挟むは、緑茶の入ったグラスコップ2つと、それを乗せたトレイに、さらにそれを乗せた丸テーブルだけ。

「なんかさ、創作とかだとこういうのってバラしちゃいけないルールとかありそうだよな~って、なんとなく思って。ほら、タイムパトロールみたいな、そういうのってありそうじゃん。過去改変は安易にしちゃいけません、とか、過去の人物に先々のことは教えちゃいけません、とか」

「うん、あるよ。そういうのが無くちゃ、みんなみんな、『未来』の人達と遭遇してなくちゃおかしいもん。『未来』に生きる人達は、70億人ってレベルじゃないもん。時間軸×その時空に生きている人間の母数が、遭遇確率として生じるんだから。単純計算したら無限大だよ」

 そりゃそうだ。

「でも、『今回』だけは異例。だって、その『ルール』すらも『破壊』されたようなものだから」

 概念ブレイカーだ。

「恐ろしいことだね。じゃあとりあえず、『今』だけはコノトちゃんは自分のことをベラベラ話しても全然構わないってことでいいだね、安心したよ」

「……気遣ってくれたの?」

「結果的にそうなった、みたいな気がする。単に私にとっての気になることを訊いてみたかっただけだし?」

「そっか。良子ちゃんらしいね」


「さて」

 私は半身を動かす。鞄を引き寄せ、ファスナーをじーっと開ける。やがて、『奥』のそれを取り出す。テーブルの上に、ごとりと重たげな音でも立てながら。


「これが、私の見つけた『銃』。コノトちゃんが探していた場所で、おそらく私の方が先に見つけてしまい、そしてくすねてしまったもの、かと思われるんだけど、実物を見て、どうかな?落とし物で、合ってる?」

 コノトちゃんは一瞥だけして、銃口の先を誰もいない側方へと少しズラした後、私の方へ目線を返す。

「……うん、私のだね。私が落としちゃった『銃』で、間違いないよ」

「そう?もっとこの『銃』、触ってみたり、じろじろ眺めたりして鑑定してもいいんじゃないかな。私が見た限りだと、どこにもコノトちゃんのお名前が刻まれていないんだもん。自分のものだって、分かりようが無くない?」

「『銃』には名前なんて彫らないよ」

 くすりとコノトちゃんは可笑しそうに笑う。

「それに、たとえば良子ちゃんはさ、お財布をどこかで落とした後、交番でこれですか?って見せられた時、あ、自分のだって、なるでしょう?中身を見なくても、きっとそうなると思う。だって、日頃手にしていたはずだから、目にしてきたはずだから、些細な傷から自分の持ち物だって、断定できるはずだよ。そういう『匂い』は、物にもつくものだからさ」

「なるほどね。確かにその通りだ。でも、実際に、本当に自分の物かどうか、中身を拝見して確かめる行為くらいは、私はするね。トラブル回避の為だよ。これ私のだと思って持ち帰って、やっぱり違いましたってなったら、元の持ち主さんになんて言われるか分かったものじゃないから」

「そうだね。でも私は、一目でこれが私のだって、分かったよ」

「ふうん?どうして?」

「─────『今の時代』には無いはず型式だからだよ。オーパーツって言えば、いいのかな」

「ああ……」

 私は納得した。『未来人』だからこそできる断定ってわけだ。

 そういう『匂い』の残滓もあるわけね。


「じゃあ、まぁ、分かったよ。とりあえずこれは、私にとって無用の長物だから、コノトちゃんに返す」

 これで私は、唯ぼんやりとした不安から解放される。イマドキの女子高生には、『銃』なんて似合わないのだ。持っていて許されるのは、もっとスタイリッシュでカッコイイ人じゃないとね。

 コノトちゃんが仮に、ここまで述べてきたもの総てが『虚実』だったとしても、それでも……構わない。

 私が持っておくよりも、コノトちゃんが持っておいた方が、『銃』も喜ぶと思うからだ。

 この危険物の後始末方法くらい、コノトちゃんくらいなら全然分かっていそうだなっていう、そういう信頼も私の中にある。

「これで、この話はおしまい、かな?コノトちゃんには、『未来』をどうにかするお仕事もあるわけだし、ここで時間を食い過ぎても仕方ないよね」


「……」


 コノトちゃんは黙する。


 あれ?と私は不安になる。返事が無いと、普通にそうなる。


「えっと、コノトちゃん?」


「……良子ちゃん、話は、それだけじゃないの」


 あれま、続きがありました。


「いいよ。時間はまだまだたっぷりあるし、私も今日はお暇しているから、全然聞くよ。あ、でももし盗んだことに対する慰謝料の話だったら……ちょ、ちょこっとだけ容赦、してほしいかも……。私、全然お金持ってないし……」


 コノトちゃんはかぶりと小さく振る。


「ううん、そういうのじゃないよ。もっと、『深刻』な話」


「『深刻』な話、ですと」


 コノトちゃんの綺麗で、円らな瞳は『銃』へと向けられる。


「……この『銃』はね、暗殺用なの。つまり、44年後の『未来』を壊す元凶が、目を醒ます前に……これで、殺す予定だったの」


「………………」

 こればかりは、私は引かざるを得ない。コノトちゃんのお口から『殺す』などという物騒なワードが出たのだから。

 似合わないよ、コノトちゃんにそんなセリフは。なんてキザなことを言ってられる状況じゃあない。

 私の表情筋は引き攣ったまま、口も連動し、閉ざされたままになる。


「それが、私に課せられた任務……『使命』」


 コノトちゃんは悲しそうに、眉を顰めながら、そう続けた。


 私は、どうにもそんな顔を見てやるせなく、ようやっと口が動き始める。


「……それで、一体全体、誰を殺すつもりだったの?」


 一体誰の命を剥奪する。


 その生命を、無かったものとする。


 『罪』を背負う。


「……」


 コノトちゃんは、私の目を見た。


 ……逡巡している様、のようだった。


 だけど、眉が力んだのを確認して、言う決意ができたのだと、察する。




「良子ちゃんだよ」

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