私は日曜を歩く・前編

 土曜日の次は?はい。そりゃ、日曜日ですね。当たり前でした。

 というわけで日曜日なんですが、昨日は一日歩き回ったもので、今日くらいは休もうかな~……なんて思考が過っている最中なわけだけれども……。


 私はなんだか、本題を忘れているような気がしてならなかった。


 なんだ……?

 なんだろう……。


 ベッドに倒れた状態で、仰向けになりながら、ぼーっと天井を見つめる私。

 そのまま、徐に視線を倒していく。

 なんとなしに、目的があるわけでもなしに、同じ風景ばかり見つめては、疲れるから。同じ筋肉を使ってばかりだと、疲れるから。

 だから、ただ倒しただけ、移動させただけ、理由をつければ、その程度のもの。


 で。私の瞳には、学校用の鞄が映り込む、ぬるりと。


 鞄ね、鞄。


 中には?文房具?はい、他には?教科書とか、ノートとか、はい、で?他は?


 『銃』、ド健在です。

 今もなお、あの中に、私が拾ってしまった、不安の種はしっかり、根を張ってらっしゃります。


 あ。


 そうじゃん。昨日は、そうだよ。

 私、神様を探していたわけじゃん。

 『銃』を落っことした主は、一体いずこへ在らせられるのだろうか、と。

 だから私は、てくてくと川辺まで足を運んだわけで……。


 ……んん~~~。


 そーれーなーら……どうしようか。

 昨日やれなかったことをそのまま後回しするか、しないか、コイントスで決めるか……。

 ……いや、今日、行きますか。


 私は『平凡』なだけであって、決して自堕落な人間ではない。そこは、履き間違えないで欲しいのだ。

 そうと決めたら、私はしっかりと準備を進める。

 面倒くさいからいいや、とは思わない。

 ……え?夏休みの宿題は?あ、あれは、別です……。

 と、とにかく、私は身支度を整える。

 先程まで寝っ転がっていたのだから、髪の毛は少し乱れている。だから鏡の前に立って、人に見せても恥ずかしくないように、下品に見えない程度に整える。エチケットの一環。常識だ。


 あとは、また適当な、動きやすい洋服でも見繕う。

 何にしようか。


 ちらりと、窓の外を見る。

 昨日が曇りで、今日は、なんというか、暗雲?気圧も、低めに感じる。

 全体的に、黒寄りの灰色、という気がした。雲が分厚くなっていっているのだろうか。

 雨が降りそうな雰囲気も、なくはない。だから、汚れてもいいような洋服にしよう。

 どうせ、川辺へ行くのだ。あの叢が生い茂っている、あそこに。だから私の選択肢は、どっちみち一個しかなかった。


 そんなわけで、今この瞬間の環境に適した、パーフェクトな私になったわけなので、憂いも無く威風堂々と、足を運んでいく。

 ショルダーバッグの中には、一応の、念のための折り畳み傘なんかも入れながら、ね。


 ここで、少しだけ違う話題。

 照明の当て方、色味の違いで、物体はドラマを演出することができるらしい。

 例えば、教会があるとする。その教会を暖色系で、鮮やかな色味で、影もなるべく作らないように撮影すると、爽やかで、清らかなイメージを見る者に与えてくれる。逆に、寒色系で、色味もモノトーンに近づけ、影も多めに撮影すると、物寂しげであったり、或いはホラーチックな印象を与えることになる。

 普段、私達が目にする光景も、そんな感じで色々と変わっていく。

 閑休話題。

 昨日見たこの街と、今見ているこの街とでは、私の抱く心象は大きく違う。

 今日の街は、グレートーン多めなような感じがして、どうにも……気分を上げようにも、上げにくい、最上でも、ぼちぼちくらいのテンションがやっとみたいな、そんな気持ちにさせる。


 まぁ、それはそうと、散歩すること自体は楽しいと言えば、楽しいんだけどね。

 視覚から入る情報は、あくまで視覚の情報。脚から伝わるアスファルトの感じだったり、時たま吹かれる風だったりの感触は、そういう感触の情報として楽しめるものだ。

 ただ、ここにプラスの感覚と、マイナスの感覚が混ざり合うことによって、結果的に……無になる。

 相殺し合って、無。

 別にプラスとマイナスの情報がごっちゃ混ぜになって、バグが生じてるようで気持ち悪いとか、そこまで大袈裟な違和感を抱くことはないんだけど、まぁ、とにかく、無な感じ。

 今日は、そんな日だった。



 そして川辺。

 日曜であっても、やっぱりここは、そんな人がいない。

 完全にいないわけではない。ちらほらと、単なる気分でここに来たんだろうなあという、散歩している人がいるくらい。


 こんなにひと気が無いのだから、だからこそ。

 ……私は、『平凡』な頭脳を少しだけ回転させてみる。ブドウ糖をたくさんね、使って。

 考える─────『銃』のことを。

 あの場所に、落ちていた理由、忘れ去られた理由を。

 時間なら、手に余る程あるんだ。何せ今日は、サンデイなんだからね。


 この区域は、治安が悪いだとか、そういうことは特に無い……と、思う。

 なので、指定暴力団とか……そういう、物騒な組織の皆々様方も、いないんじゃない……かな?

 や、実際に調べてみたわけじゃないから、分からないんだけど……。

 そういう組織が、どこに根城を構えるのだとかは、知識として知っているわけがないし……。

 ただ、猟奇的な事件も、発砲事件も、この街では聴いたことが無い。

 平和だ。平穏だ。


 故に、『歪』。

 そこに存在すること、そのものがノイズ。

 彩り豊かな絵画に、一箇所、たった一箇所にだけ、墨汁がちんまりと使われ、塗られているかのような、異物感、違和感。


 ……なんか、そうなると、やはり、というべきか……?

 オカルトの匂いが、嗅ぎたくなくても鼻腔の奥を突っついてくる。

 私が想定した最悪のケース。あくまで私自身の気を落ち着かせるためだけの、正常性バイアスならぬ、平凡性バイアス、いや、異常性バイアス?であったというのに。神様の落とし物っていうのも、存外……的を外していない、ような気もしてくる。

 だって、そのくらいの奇想天外なことが起こっていない限り、『銃』なんてものは、銃刀法が整備されているこの国では、見つかりっこないのだ。しかも、警察官が携帯を許されるような、コンパクトなタイプのじゃなく、なんというか……スパイ映画にでも出てくるような、しっかりと重みのある『銃』だし……。

 『非凡』な出来事の中でも、最上の『非凡』。


「─────ん?」


 推理ごっこの続きでも興じようとしていたところに、目に映る、コノトちゃんの姿。

 昨日と、全く同じ姿。こちらに背を向けながら、しゃがみ込み、叢を掻き分け、『何か』を探している。

 デジャヴどころじゃない光景なので、素直に驚く。ビックリする。さすがにいないだろうなと思っていたので、出鼻をくじかれた気がする。何故、どうして。


 暗示をしようと思う。我が名は、『平凡』なる、鈍感系主人公。主人公?主人公。


 今度は、忍び足で、彼女の背後へ迫る。


 こんな、まるで不審者みたいな行動を取るのも、この距離からまた昨日と同じように声を掛けても、昨日と全く同じような日を、流れを繰り返すような、そんな気がしたからだ。

 私は一度観た映画は、1年くらいは温めてから、またもう1度観たいのだ。直近でまたすぐに観たいとは思わない。

 だから、私は『別』を取る。

 いいじゃないか。

 私達は、おトモダチ同士なのだ。

 驚かす為の、ほんのイタズラな行動。そういうのは、『普通』でしょう。


 足の裏をしならせる。土をゆっくりと、踏みしめるように。

 べったありと。抜き足、差し足、と。脚に当たる草の掠れる音を少しでも、ボリュームを小さくするように。

 かの完璧美少女・コノトちゃんも、奇襲には勝てぬのだー。わはは。



「う~ん、おかしいなあ……。多分、この辺りのはずなのに……」


 コノトちゃんは、小さくぶつぶつと、つぶつぶと、独り言を呟いてた。

 こちら側からは顔が見えないが、きっとさぞかし困っている顔をしているのだろう。口調が既に困っている風だし。

 ……しかし、この語り口からすると、コノトちゃんも神様と同じように、落とし物、だね。それも、私に対しても、ベストフレンドに対しても誤魔化すレベルの。


 ─────パンドラの箱の、蓋。


 私は、そんな予感がしてならなかった。


 なのに、嫌な予感はしているのに、分からないフリをしている。なんだろう?とすっ呆けている。

 漬物石でも乗せて、開かないようにしている。

 『平凡』の『嘘』で、コンクリート詰めでもしようとしている。


 で!あるのに、さらに私は矛盾した行動を取っている。

 自分から、そのコンクリートにドリルでも入れ、ハンマーで叩き割ろうとしているかのように。

 漬物石を両手で持ち上げ、どっかに放り投げようとしているかのように。

 ─────蓋に、そっと手を添えて、握り始めているかのように。


 私は、息を殺す。




「どこだろう……『銃』」




 きいん。


 耳鳴りがした。

 ただでさえ静かなこの川辺から、もう物音一つすら届かなくなった。

 金切る音だけが、耳の中で谺し続ける。


 今、コノトちゃんの口から、なんて言葉が出た?


 ジュウ?


 算用数字のこと?


 それとも、年明けに食べるやつ?


 それとも聞き間違いで、ジユウ?『自由』のこと?


 『自由』が見当たらず、探し求めているってこと?



 自分で開いておきながら、今更逃れようとする、情けなくてダサい私。


 もう。


 踏み込む、べきでしょ。


 『非凡』の彼方へと。


 総て、『平凡』を取り戻す為。



「『銃』が、どうしたの、コノトちゃん」


 十でも、重でも、自由でもなく、『銃』。


 私はコノトちゃんの背に、そう訊いた。


 やがて訪れるデジャヴ。またコノトちゃんは破竹の勢いで直立し、吃驚する。

 戦々恐々とした様子で振り返る、彼女。

 動揺が目に見えている。口をぱくぱくさせながら。


「……い、今のは、『自由』って言ってて、あはは!『自由』って、どこにあるんだろうね~!探しても探しても見つからないな~!」

「もう、そういう誤魔化し方が典型的過ぎて、テンプレ過ぎて、逆に確信を得ざるを得ないよ」

 私はしれっと返す。

 コノトちゃんの弁明はスルーする。ノらない。

「『銃』でしょ?『銃』。鉄砲。弾丸を入れて、ばーんって、引き金を引いたら中で、なんか火薬みたいなのが爆発して、音速で鉛の塊が放たれる、皆々様方ご存知の、あの『武器』」

 私の言葉に、コノトちゃんの瞬きの回数が増える。

「……じ、『銃』が……どうかしたの?」

「探してるのかなって」

「い、いやいや~!そんなの、銃刀法が整備されているこの平和な日本国に、まさかそんなのがあるわけないじゃん~!良子ちゃんってば、可笑しい~!それに、そういうテンプレみたいな台詞こそ、漫画とかの世界だけの話だよう!現実で全部適用されるわけないでしょっ!」

「まぁ、確かに。そこらへんに関してはごもっともな意見だし、私もそう思う。やっぱ、なんでもかんでも漫画の尺度で物事を判断しようとするヤツは、いい加減現実を見なよってなるしね、完全同意だよ」

「じゃあ……」

「でも、それはそれ、これはこれ。よそはよそ、うちはうち」

「……」

 コノトちゃんは、黙する。そして、沈黙の後に、続ける。


「どうして……どうして、そう思うの。どうして私が『銃』を探して見つけ出そうとしているって、断言できるの。私の台詞が嘘くさいからだけじゃ、理由にはならないよっ」

 私としては、その科白自体がもう決定的なような気がしてならない、けど。

 それこそ、推理小説とかの読み過ぎだろう。

 さっき自分で言ったことが自分に返ってくる。ダブスタは、よかない。


 だから。こう答える。


「ここで『銃』を私が拾ったからだよ。誰のか知らない『銃』を。そして私は、落し主を探しにここに来ているわけ。条件は、かなりビンゴでしょ?」


「………………」


 コノトちゃんはまた、黙する。僅かに目が見開いたようにも、見える。

 なので、私は続けて。


「ウチ来る?鞄の中にあるんだ、『銃』。大事に大事に眠らせてあるよ、今も。それで、『証拠』になるんじゃないかな。もしコノトちゃんが本当にここで『自由』を探し回っていたのだとしたら、物的証拠を目にした後に、110番でもして通報すると、いいんじゃないかな。私という犯罪者からの繋がりを断つことができるんだ。それこそ、追い求めていた『自由』に近いんじゃないかな」


 いかがかな?なんて付け加える。


 そういえば、コノトちゃんを我が家に招くの、これが初めてかもしれない。


 初めてが、こんなカタチかあ……なんて、思う。


 すると、コノトちゃんは、ゆっくりと微笑む。


「……分かったよ。それなら……そう、させてもらうね」


 今、たった今、この瞬間だけ、照れくさそうに笑うコノトちゃん。可愛らしい笑顔の、コノトちゃん。


 やがて……観念したように、肩を脱力させた彼女は、私の方をじっと見ながら、続ける。


「─────その前に、良子ちゃんには……『真実』をきちんと、伝えなくちゃね。誤魔化せなさそうだもん」


 ……『真実』、と来たか。


 なるほど、『真実』。実に……恐ろしい響きだ。


 それに、展開も実に早いですこと。……まぁでも、そりゃそうか。『異常』の浅瀬どころか、深みまで私は自ら浸かりに行っているようなものなんだし。


 ……私が探し求めていた、落とし物をして困り果てているであろう神様の正体は、コノトちゃん、と。


 そんな私の思考をよそに、コノトちゃんの唇は動き続ける。


「私は……短い付き合いかもしれないけど、良子ちゃんのこと、知ってるから。知ってるつもりだからこそ、もうここまで来たら……誤魔化しが効かないのも、そうだし……何よりも、『誠実』じゃない、そんな気がするから。だから……ここで、話すよ」


 改めて、私の目の前にメニュー画面が現れたような気がする。そんな錯覚。



 『真実』を訊きますか?

 ▽はい

  いいえ



 なお、「いいえ」のコマンドは故障中です。


 だから。


「うん、お願い」



 私達は、世界の風に吹かれた。

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