私のデートは、まだちょっと続く

 前回で、コノトちゃんとの休日デートの内容は総て語り終えました。


 ……なんてことは、なくて。

 実はちょこっとだけ、続きがありました。



 その土曜日は、楽しかった以外だと、一日フルで使ったなあという、身も蓋もないような、そんな感想だった。

 午前中に見かけて、そのまま夕方まで、ずっとコノトちゃんと一緒にいた。

 ずっとだ、ずっと。

 私とコノトちゃんの仲は、まだ出会って数ヵ月とは思えないくらいに、フランクで、フレンドリーで、お互いに遠慮無しにモノを言い合うものになっていたし、今日なんかはもうまるで、昔からの付き合いレベルの、幼馴染級のやり取りが交差したわけで、よりその関係性が強固なものになったような気がする。


 帰り道。

 曇りの夜空は星々が見えないものなので、どうにも若干の薄気味悪さがある。

 ただそれを感じさせないのは、街灯や街明かりの為だ。人が、今この瞬間も、どこかの場所で生きているんだと思わせてくれる証が、技術が、人間に夜を克服させた。

 そんなわけで、あるのはただ暗いという、人間の活動時間を終える天の知らせのみのこの場所で、私とコノトちゃんは向かい合う。

 私達は、T字路に立っていた。

 中央に聳え立つカーブミラーの中には、私達の姿が魚眼レンズみたいに歪んで立っているのが見える。

 右手は私、左手はコノトちゃん。


「じゃあ、また明後日」


 私の言葉。


 それに対し、コノトちゃんはというと、名残惜しそうに、眉を少しだけ顰めながらも、微笑んでいた。


「……」


 見かねた私が、口を開く。


「もう。今日これでもかってくらい遊んだのに、まだ足りないんですかい??クタクタでしょ、コノトちゃんだって。あ、でもコノトちゃんはシャトルラン、鬼のように走れるから、全然疲れてはいなさそうか……」


「うん、足りないよ。まだまだ、良子ちゃんと一緒にいたかった」


 コノトちゃんは、寂寥を顔に浮かばせていた。眉なんかも、ハの字にさせながら。


「さすがコノトちゃん様だ、体力有り余っていらっしゃるようで、少しくらい私にも分けてほしいね、わはは」


「…………」


 彼女はまた、黙する。


 それを、じっと見つめる私。


 別に、また明後日、学校で会えるのに、永遠の別れってわけじゃないのに、どうしてこう、別れの列車を見送る、田舎町に置き去りにされるヒロインみたいな表情をするのだろうかね。


「ねぇ、良子ちゃん」


 すると、コノトちゃんの方から口を開いた。


 神妙な、真剣な表情だった。


「訊きたいことがあるんだけど、いいかな」


「よくないなんて、私の口からは、拷問されても言えないよ。それで、何かな?」


「ん、ありがとう、良子ちゃん」


 コノトちゃんは一拍置いて、私のことを相も変わらず、じいっと見つめながら、ゆっくりと唇を動かす。




「良子ちゃんは、『禁断の恋』って、どう思う?」




 とても唐突に、突拍子もなく、前触れもなく、彼女はそう、私に訊いた。


 ……禁断の恋。

 凡そ、物語の中でしか見たことも、聞いたこともない単語。

 現実世界で『普通』に生きていく上では、まず触れることのない概念。

 範囲が広く、かつあまりにも抽象的過ぎて、完全なるイメージの創出が難しい。

 あまりにも、あんまりな問いで、私は答えに戸惑う。

 何を求められた上での、この問いかけなのか。私は、意図が分からない。

 私は現代文のテストに出てくる『作者の気持ちを答えなさい』が、全然わかんない方の人間だからだ。


「どうして、それが気になっちゃったの?」


 質問に質問で返すのはバッドマナーだとは言うけど、意図を知る為ならその限りじゃないと、私は思っている。


「気になったから」


 どうして気になったの?という質問対するアンサーが、気になったからっていうのは、すごいトートロジーだ。

 気になったから、気になったってことでしょう?

 ますます私は、当惑してしまう。


「えー……?うーん……じゃあ、さ。コノトちゃん。コノトちゃんにとって、『禁断の恋』っていうものに対して、どう思っているの?まずは、言い出しっぺの口から聞かせてほしいな」


「……うん、いいよ」


 コノトちゃんは、続ける。重々しいご様子で。


「私には、関係の無いものだと思っていた。私にとっては、遠いものだと思っていた。それに、『憧れ』を抱いていたのかっていうと、別にそうでも無かったと思う。そもそも、私にとって『恋』すらも、『恋』自体も……『愛』も、縁の無いものだと、思っていたから」


 『禁断の恋』に関する見解としては、さすがのコノトちゃんも、そりゃそうか、というものだった。

 近しい存在だったと答えられる人物が、一体どれだけいるのか。いたらビックリだ。稀少な存在だ。

 しかし、その先に続く言葉に関しては、私は意表を突かれたと言える。

 『恋』『愛』という単体に置いては、馴染みある人物はもっと増えていくと思う。

 フィルター条件が単純に、少なくなるんだから。

 特に、コノトちゃんみたいな子に関しては、該当してもおかしくないんじゃないかなって、そう思っていた。

 だって、両親に愛されて、交友関係に恵まれて育たないと、ここまで明るく良い子には、ならないだろうと思うから。憶測だけど。


「意外だね、コノトちゃん。私から見たコノトちゃんは、『愛』に生きる女の子そのものだもん」


「えへへ、そう?良子ちゃんにそう言われると、嬉しいかも。でも、私の本質は、多分……逆」


「逆?」


「うん。どちらかというと、私は─────『憎悪』の人間だと思うから」


 ……憎悪。

 憎むこと、忌むこと、嫌うこと、敵対すること、相容れないこと、怒ること、赦せないこと。

 全然、コノトちゃんという人物像に対しては、相応しくないように思えるものだった。

 だから。


「私からは、そう見えないな。どうしてコノトちゃんはそう思うのさ」


 そう訊く。


に生まれて、育ってきたからだよ」


「そういう風に?」


「うん。地球に生まれた人間が、地球人であるように、日本に生まれた人間が、日本人であるように、実波美家に生まれた人間が、実波美家の人間であるように、そういう『運命さだめ』の下で生まれたのが、この私なの」


 コノトちゃんは、コノトちゃん自身の胸元に、そっと手を乗せる。


 ……何やら、フクザツな家庭の事情でも、あったのだろう。

 そう判断せざるを得ない。

 彼女の言葉は、嘘偽りのものでなければ、少なくとも……『平凡』代表の私が踏み込んで良いものでは、ないような気がする。

 見てはならない気がする、聞いてはならない気がする、触れてはならない気がする、感じてはならない気がする、理解してはならない気がする。


 ……なるほど。

 私が、『平凡』の星に生まれたから、『平凡』であるように、コノトちゃんも、『憎悪』の星に生まれたから、『憎悪』を司っているんだろう。

 そう捉えると、私にとっては理解がしやすかった。しっくり来た。


「だから、コノトちゃんにとっては、『関係無いもの』だった、ということだね」


 『恋』が、『愛』が、そういった類のシロモノが。


 こくりと、コノトちゃんは私の言葉に頷いた。肯定した。


「だから─────」


 私は、続ける。

 憶測を。


「だから、そんな苦しそうな顔をしているの?」


 そう訊く。


「……うん。苦しいな」


 重たい声調。遅々とした喋り。苦悶に満ちる顔。そして、どこか切なそうに。


「私は、『愛』を知ることも、することも、本当はやっちゃいけないの。そうしては、いけないの。そういう存在なの。そういう使命なの。でも、でも─────!私は、愛してしまった。良子ちゃんをっ……!」


「…………」


 『禁断の恋』、というと。

 女の子同士の恋を、指し示しているのだろうか、と思った。

 LGBT的なコトに関しては、私ははっきり言って疎かったし、賛成か反対かの思想も、特に無かった。

 だから、もしそのことを訊かれていたら、答えに戸惑っていたと思う。

 どちらとも言えないんだから。

 『答えられない』という『平凡』に、私はいるのだから。


 でも、『憎悪』だからこそ、『愛』をするという『矛盾』を抱えてしまっていること。

 そのことを、『禁断の恋』と定義するなら、なるほどだと、私はすぐに理解ができてしまう。

 喩えるなら、『平凡』の私が、劇的な『愛』を知り、する、ということだろう。

 これは、大きな『矛盾』と言えるだろう。

 これのどこが『平凡』だ。どう考えたって、『非凡』だ。


 理解は、した。

 

 共感も、した。


 しかし、した、に留まる、私は。


 ……それ以上の答えを、やっぱり私は、用意することができない。

 だから、私は、こんな言葉しか吐けない。


「……コノトちゃんの抱えている気持ち、問題、葛藤、そういうのは、なんとなくだけど、分かったよ。……それは、もう、さぞかし……苦しいだろうね」


 こんな言葉。


 解決案にすらならないもの。


 これを、人はこう呼ぶ。


 『同情』。


 『同情』するなら金をくれ。


 『同情』には、『価値』が無い。


「─────っ……!!」


 ……コノトちゃんの、円らな瞳が、大きく揺らぐ、潤む。

 やがて、大粒の涙が、ぼろぼろと零れ始める。


「あっ」


 や、やってしまった。


 私は、そう思った。


 まずい、どうしよう、と。


「─────ありがとう、良子ちゃん」


 でも、彼女は、コノトちゃんは、微笑んだ。涙しながら。




 ─────そうして、私達は、その場を解散したのだった。


 それ以上、弾む会話も無しに。結局私は、私の『禁断の恋』については、答えないままで。


 「またね」という言葉と共に。


 ……用意、しておかないとなあ。次、再び訊かれた時に、どう答えるか。

 自分の中で、整理しておかないと。『恋』だとか、『愛』だとか。


 ……それにしても私は、またコノトちゃんについて知ることができた、ような気がする。

 気がするけど、でも、肝心なことは、やっぱり分からない。

 『憎悪』として生きるという、その在り方自体は、理解できたとしても、だ。

 ……一体、どうして?何故?そのような生き様となったのか。

 そこは、想像ができない。



 コノトちゃんは、一体どんな人生を歩んできたのだろうか。


 夜の空は、曇り模様。

 雲の隆々とした形がうっすらと、黒い暗闇の奥に見えるだけで、星々の輝きの一切は見えない。


 私は、今この状態で、何万光年先の星を見つけようとしているようなものなのかもしれない。


 ……そう、思ったのだった。


 そして、ふと思う。



 私、コノトちゃんの質問に対して答えてないなって。

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