元勇者は名探偵  ━スチームパンク・メカノイド━

魔石収集家

1 始動する歯車 - 蒸気時計塔の殺人

霧が立ち込める工業都市クラウズタウン。


白煙を吐き続ける蒸気機関の音が空を切り裂き

町全体を包む鉄と油の匂いに、朝の空気が重く湿っている。

町の中心にそびえる蒸気時計塔は、この都市の心臓ともいえる存在だ。

だがその日はいつもの静かな動力音ではなく、奇妙なざわめきが広場を覆っていた。


「一条零さんですね?」

俺を呼び止めたのは、警察の若い役人だった。

彼は焦った様子で巻紙を差し出し、言葉を続ける。

「蒸気時計塔で殺人事件が発生しました……状況が、どうにも理解できなくて」


俺は巻紙を開き、ざっと目を通す。

「時計の歯車が逆回転?」

不審な記述が目に留まり、眉をひそめた。

「それで、その事件について何を知っている?」

警察官はぎこちない様子で口を開いた。

「被害者はこの町の天才発明家、オーガスト・クラフト氏です。時計塔の管理者であり、町の動力システムを設計した人物でした」


足元に座っていたハルが、ふわりと尾を揺らして念話を送ってくる。

「ちょっと怖いけど…なんだかワクワクしてきたかも。時計塔なんて絶対何か隠してるでしょ!」


「そうだな。面白い事件の予感だ」

俺は薄く笑みを浮かべ、警察官の後について時計塔へ向かった。


蒸気時計塔の入り口に立つと、巨大な鋼鉄の扉が目の前にそびえ立っていた。

歯車を模した装飾が施され、蒸気の圧力でゆっくりと開く仕組みだ。

扉が重い金属音を立てて開かれると、中から蒸気の漏れる音と歯車の回転する規則的な音が響いてきた。


中へ一歩足を踏み入れると、無数のパイプと歯車が絡み合い、蒸気機関が生み出す熱気が辺りを覆っている。

時計塔の天井は驚くほど高く、上階まで続く鉄製の螺旋階段が見えた。

警察官は俺を振り返りながら言う。

「被害者は最上階、歯車の中心制御室で発見されました。ですが……現場がかなり奇妙なんです」


螺旋階段を登るにつれ、蒸気圧の計器が異常な振れを見せていた。

赤い針が限界値を示し、蒸気が漏れる音がどこか不安を煽る。

俺は足を止め、階段の手すりに触れる。

その冷たい金属感が、どこか現場の不自然さを象徴しているように感じた。


「蒸気の圧力がおかしい?」

俺が呟くと、ハルが軽い声で念話を返してくる。

「ほんとだね。何か壊れてるとか?それとも……」


最上階に到着した俺を待っていたのは、歯車の迷宮だった。

天井近くまでそびえる巨大な歯車がゆっくりと回り、中央には制御盤が据えられている。

だが、被害者が倒れていた床の周りだけは異様な静けさが漂っていた。


オーガスト・クラフトの遺体は、まるで何かに押しつぶされたように不自然に歪んでいる。

床には高性能な歯車が散乱し、その一部が逆回転しているような異常な痕跡があった。


「歯車が逆回転?これは……」

俺は近づき、遺体を囲む不規則な跡を観察した。

それはまるで、誰かが意図的に歯車を動かし、時間そのものを歪めようとしたかのようだった。


「これ、普通の殺人事件じゃないよね?」

ハルが念話を送り、耳を動かしながら周囲を警戒している。

「そうだな。歯車に触れる術式か、それとも……何か別の仕掛けがある」


俺は霊刃の柄に手を掛けながら周囲を見渡した。


蒸気の音と

歯車の振動が

鳴り響く中


この殺人事件が

単なる人為的なものではないことを

確信し始めていた







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