第4話 お調子者の後輩が来たら、甘えたなあいつが豹変した件
01.
大学の図書館。静けさと規律が支配するこの場所で、来斗はいつものようにお気に入りの席に座り、参考書とノートを広げていた。周囲には同じく勉強に勤しむ学生たちが座っており、空気はピンと張り詰めている。
その中にひときわ目立つ存在があった――泰夢だ。彼の席には、いつも人が集まってくる。今日も例に漏れず、泰夢の周りには友人たちがひしめき合い、黄色い声をこらえきれない女子学生たちの微かな響きが、図書館の静寂を破りつつあった。
「ほんま、この図書館でお前だけは静かにしとる姿が想像つかへんわ。」
来斗が冗談めかして言うと、泰夢は笑顔で肩をすくめる。
「俺やって静かにしようと努力してるんやで?」
そう言いながら泰夢が甘えた声で来斗に語り掛けてくる。
「なあなあ、レポート書かなあかんねんけど、ちょっと手伝ってや~」
「なんでやねん、お前の課題やろ?こっちかて忙しいねんから。甘えてくんな」
その言葉に泰夢はぷくっと頬を膨らませる。その仕草に小さく女子大生たちが「可愛い…」とざわめき立った。
そのとき、その微妙な騒ぎにさらに追い打ちをかける出来事が起きた。図書館の自動ドアが勢いよく開き、若い男――浩大が現れた。
「泰夢さーん!」
場違いな大声に、周囲の学生たちが驚いて振り向く。泰夢も顔を上げ、目を丸くした。
「浩大!?なんでこんなとこ来てんねん!」
泰夢が慌てて席を立つと、浩大は息を切らしながら彼に駆け寄った。
「迷子になって、駅で外国人助けたら帰る電車賃なくなってもうて……。泰夢さん助けてくれると思って!」
浩大は息もつかずに早口で説明する。図書館内は一瞬の沈黙の後、静かな笑いが波紋のように広がった。
「ほんまお前……何が言いたいんかわけわからんわ!」
泰夢が額に手を当てる。そのやり取りを見ていた来斗は、ノートを閉じ、深いため息をついた。
「取り込み中悪いけど、君、誰や?」
「俺ですか?小田浩大(おだ・こうだい)と言います!いつも泰夢さんにはかわいがってもらってます」
「可愛がってへんわ」
ため息をつきながら泰夢が代わりに紹介する。
「俺の高校の時からの後輩でな。今はここの大学の法学部におるねん」
「以後お見知りおきを!」
浩大は明るく来斗に会釈す。その様子に来斗は呆れつつも彼の面白さにどこか惹かれていった。
02.
浩大は泰夢の隣にどっかりと腰を下ろし、しれっと図書館の利用者に収まろうとした。だが、当然のごとく周囲の視線が突き刺さる。
「浩大、お前ここ勉強するとこやぞ。」
「俺、資料探すふりして泰夢さんと喋りたかっただけですけど?」
浩大は屈託のない笑顔で答える。泰夢が何か言い返そうとした瞬間、さらに厄介な状況が巻き起こる。
「お前、そんな大声出してたら司書さんに怒られるやろ!」
泰夢が必死に小声で諭すが、浩大は動じない。
周囲の学生たちはチラチラと彼を見ながらひそひそ話している。それに全く気づかない浩大は、無邪気に泰夢へと話しかけた。
「泰夢さん、ここっていつもこんな静かなんですか?」
「そりゃそうやろ、図書館やぞ。お前、ほんまに静かにする気あるんか?」
「いやー、ちょっとムリかもしれないっす。」
浩大はケラケラと笑いながら、机の上に広げられた泰夢の資料をのぞき込んだ。
「これ、レポートの資料っすか?難しそうですね。」
「そうや。お前みたいな奴には無理かもしれんけどな。」
「それどういう意味ですか!」
浩大はムキになって泰夢に詰め寄るが、泰夢は肩をすくめて軽くあしらう。
「いやいや、浩大にはもっと適したことがあるやろ?例えば……」
「例えば?」
「お喋りして周りを困らせる才能とか?」
泰夢がにやりと笑うと、浩大は一瞬むっとした顔をしたが、すぐにまた笑顔に戻った。
「それ褒めてます?」
「さあ、どうやろな。」
泰夢はからかうような口調で言い、再び資料に視線を戻す。
だが、浩大はじっとしていられないらしい。再び身を乗り出して泰夢に質問を浴びせかけた。
「泰夢さん、今日って何のレポート書いてるんですか?」
「環境経済学の課題やけど?」
「えー!めっちゃ難しそう!俺、そんなの無理っすわ!」
「知っとるわ。お前がこんなんやる姿、想像もつかへんしな。」
浩大は冗談を真に受けて、少し落ち込んだような顔を見せる。
「そんなこと言わんといてくださいよ。俺だってやる気出せば……!」
「お前、やる気出したとこ見たことないわ。」
泰夢は笑いながらさらりと言い放つ。
「……そんなことないですよ!俺だって、頑張れば泰夢さんみたいになれるかもしれんし!」
「俺みたいになるって……どういう意味やねん?」
「人に好かれる才能っていうか!」
浩大は真剣な顔でそう言った。その言葉に、泰夢は一瞬驚いた表情を見せた。
「お前、なんや急にまともなこと言うやん。」
「いや、だって泰夢さんって、いつも人を笑顔にするじゃないですか。俺もそんなふうになりたいんですよ。」
浩大の率直な言葉に、泰夢は少し照れくさそうに笑った。
「まあ、そう思ってくれるんやったら、俺も嬉しいけどな。」
「でしょ?だから、俺を弟子にしてください!」
「弟子ってなんやねん!」
泰夢は思わず笑いそうになりながら、浩大の頭を軽く叩いた。
03.
そのやり取りを横目で見ていた来斗は、呆れるようにため息をついた。
「お前ら、ここ図書館やぞ。もうちょい静かにせえ。」
「すんませーん!」
浩大が図々しく謝る声に、再び周囲の学生たちが小さく笑い出す。
泰夢は肩をすくめながら来斗に言った。
「ほんま、浩大と一緒におると図書館の意味なくなるわ。」
「せやな。俺もいつ注意されるかヒヤヒヤしとるわ。」
来斗は半ば呆れながら、浩大を見た。
「でも泰夢さん、俺がいないと寂しいでしょ?」
浩大はまたしても無邪気な笑顔を向ける。それを受け取った泰夢は、苦笑しながら答えた。
「まあ、確かにお前がおらんと静かすぎて物足りへんかもな。」
その一言に、浩大の顔がパッと明るくなった。
「でしょでしょ!俺、泰夢さんに必要な存在やと思います!」
すると浩大は急にしおらしく呟く。
「…でもそういえば泰夢さん、ここ最近慧さんと仲良いですよね?」
「はあ? なんでそこで慧さんの話出てくんねん!」
泰夢の焦る声に、周囲の学生たちは好奇の目を向ける。浩大は無邪気に続ける。
「なんか、慧さんと二人でイチャイチャしてるの、よく見かけるんすよね~。」
「浩大、お前ほんま黙れ!」
泰夢が浩大の口を手で押さえる。その仕草に、図書館中の視線がさらに集中した。
来斗は額を押さえて深いため息をついた。
「もうええから、ちょっと静かにせえ。」
「わかりましたよ……でも泰夢さん、ほんま優しいっすね。」
浩大はしおらしく肩をすぼめて言う。その言葉に、泰夢は少しだけ表情を緩めた。
「お前、図々しいのにどっか憎めんのが腹立つわ。」
その場面を見つめていた来斗の胸には、奇妙な感情が残っていた。
泰夢が浩大をあしらいながらも優しい笑顔を見せるたび、来斗の心にわずかなチクリとした感覚が走る。
(泰夢って、ほんまどんな奴にも好かれるんやな……。)
その感情の正体を知るには、まだ少し時間がかかりそうだった。
図書館の静寂の中で巻き起こった珍騒動は、来斗の心にも一波乱を残していた――。
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