第23話
今はまだあの人の役には立てていないけど、いつかきっとあの人の隣に並び立てるようになるはずだった。
まだやり直せるなんて、何の関わりもなかったなんて、そんなことを言われても分からない。あれだけ私の人生に深くかかわっておいて、これだけの力を身につけさせておいて、無かったことになんてなるわけない。元通りになんて、ならない。
「テュオ?」
でもあの人はもう手の届かないところに行ってしまった。行き先は魔境の奥深く。私一人じゃ、行くことなんてできない。
転移はいつか教えてくれるって言ってたのに、会いに行けないから教えてもらうこともできない。
「ねえ、テュオ?」
私はこれからどうすればいいんだろう。
あの時壊れてしまったネックレスも、新しいものをプレゼントするって言ってたはずなのに貰ってない。嘘つきだ。
デレクを殺したのだって、気付かないわけがない。ご主人様は人の名前を覚えないから、急に名指しで聞かれても誰がその名前の人かなんて本来なら分かるわけがない。
今思えばあの人は、本当に嘘ばかりだった。大事なことを言わずに、隠してばかりで。
でも、全部私のための嘘だった。ずっと、私を大切に思ってくれていた。今ご主人様がいなくなってしまったのも……私のため?だから、私は、言うとおりにしないと……。
「テュオ、お母さんの話はちゃんと聞きなさい。そんなに落ち込んでる暇はないでしょう?あなたはあの人に何を教わったんですか?」
「……え?」
お母さんが叱るように話しかけてくる。でも、何のことを言っているのかよくわからない。あの人に教わったことって……?
「その力は、あなたがあなたのやりたい事をするために与えられたんでしょう?」
「……うん」
「自由に生きろと、そう言われたでしょう?」
「……うん」
「じゃあ、やることは一つでしょう。泣いている暇があるのですか?」
「……うん……うんっ!」
そうだ。私はこの力で、どれだけ時間がかかったとしても、もう一度ご主人様に会いに行こう。入口まで行く力は与えてくれた。これからは、私が、自分の意思で会いに行くんだ。そして。
「追いかけて、捕まえて、殺さなきゃ」
「……あら。間違えたかしら」
間違えた。殺す気でいこうって話だった。
「はぁ?魔境の中心を目指すだぁ?」
「うん。みんなは付いてこなくてもいいよ」
「そんなこと言ったって……なぁ?あんたはリーダーだし」
「そうだよ。それに、あの男にはお礼もまだできてないじゃないか」
魔境に行くことを伝えると、みんな同行しようとしてきた。でも、あのダンジョンの敵を相手にしたら、私でも生きていけるか分からない。仲間たちがそこに付いていっても、足手まとい以上の何かが出来るとは思えない。
「危険だよ」
「そんな危険なところに大将が行くのを見逃して、安全なところで引きこもっていろってか?馬鹿言え」
「でも……やっぱり、魔法が使えないと……」
魔法を使わずに戦うのは?……現実的じゃない。盗賊相手に戦えたのは、相手がダンジョンの魔物よりも弱くて、罠も伏兵もちゃんと準備できたからだ。ご主人様の住むダンジョンに潜るなら、魔法が使えるようになることは必要不可欠だって、かつてご主人様自身が言ってたことだ。
私一人で行く?それが一番話が早いと思うけど、何人かは無理やりにでもついていこうとする意志を感じる。特にお父さんとか。そうなると、やっぱり……。
しばらくしてお父さんが私に近づいてきた。その後ろには何人かの村人が集まっていたから、私が考え込んでいる間にみんなも話し合いをしてたみたい。
「……俺は行くぞ。今度は必ず守らねばならん。二度と手放しなどしない」
最初に付いてくるのを決心したのはお父さんだった。ご主人様に言われたことを、やっぱり気にしてたんだと思う。
ご主人様とお父さんが最初に会った時の関係は、すごくピリピリしていて私もドキドキした。お父さんはご主人様を私を奴隷にしてひどいことをしているんじゃないかって思ってたし、ご主人様はお父さんも私を追いだした人の仲間だと思ってたから。
お父さんが可哀そうだったから私がお願いして抑えてもらったけど、今なら分かる。ご主人様が、本当に私を預けられるかお父さんを試してたんだ。
ご主人様は、私を追いだしたわけじゃない。あの頃から、私が獣人族の里で普通に生きていける可能性を探してた。ご主人様は、ずっと私の事を考えてくれていた。すごく頭が固くて、一回も私がどうしたいのかを聞いてくれなかっただけで。本当に頭が固いし私の今の感情を考えてくれてない。
……思い出したら、また感情が高ぶりそうになる。でも、それは怒りや苛立ちじゃない。これはそう、本当にただ寂しいだけなんだ。
また一緒に暮らしたいなぁ。
ああ、そっか。
「お父さん、両手出して」
「なんだ?」
そう言いながらも、お父さんは内容を聞く前に両手を出してくる。私からも繋ぎ返して、前もやったように魔力を回す。少し吸い上げて、真似して、返す。抵抗はあんまりない。多分、血が繋がってるからだと思う。それと、ご主人様にやった時よりももっと感覚が掴めてる。
「おお?何だ、この感じは?」
「私たち獣人もね、本当は魔法が使えるはずなんだって。お父さんもお母さんもみんなにも、その力はある。だけど元の魔力が少ないから、魔法が使えなくて、魔力が育たない。だから、無理やり外から魔力を使ってあげることで、私たちも魔力が使えるようになる」
これも、ご主人様から教わった。ご主人様に貰った力で、もう一度あの人に会いに行く。多分、すごく大変だけど。でも、絶対に会いに行く。
「……つまりなんだ?こうすることで、魔法が使えるようになるのか?」
「これだけだと、出来ないと思う。だから、魔境でちょっと練習しないと」
「魔境で練習か。一昔前なら頭がおかしくなったのかと思える発想だな。だが、やってやろうじゃないか」
みんなが魔法を使えるようになるには時間がかかる。でも、それを諦めて私一人で降りていけるほど簡単なところじゃないと思う。色んな人を、魔物を見て分かったことがある。私たちの強さは、獣人族全体で意思を伝えあうことができるところ。そこだけは、ご主人様にだって引けを取らない。……ご主人様は、魔法を使えば他人の考えも知ることができるらしいけど。でも、生まれつきそれが出来るのは私たちだけだ。連携を取って戦えば、きっとご主人様の元までたどり着ける。
「ところでこれは、全員にやる必要があるのか?」
お父さんはちょっと怖い顔でそう言った。里の男たちに簡単に触れさせたくないんだと思う。私が追い出されるよりも前から言ってたことだけど、最近もっと過保護になってきた気がする。私だってご主人様以外の人と関わりたくないけど、そうしないと会いに行けないんだからしょうがない。
「うん、魔境に入りたい人みんなにやるよ。戦力は多いほうがいいから」
「そうか。俺が代わりにやる事はできるか?」
「無理。慣れてない人がやると死んじゃうみたいだから」
「そ、そうか……」
直観的に分かる。これは簡単なことじゃない。ご主人様に原理を説明してもらって、自分でご主人様にやってもらって、その後にご主人様に同じことをやって、それでようやくやり方が少しだけ分かる。それだけ、よく分からなくて危険なことをしてる。
ご主人様も言っていた。加減を間違えるとすぐに死ぬって。ここで人数を減らすわけにはいかない。
その後、みんなに魔力を回した後、森の奥へ向かうための準備を整える。
絶対に。
絶対に、逃がさない。
***
これは、テュオが奈落に潜る少し前の話。
かつて服飾店店主のアンバーが話してくれた内容を思い出し、テュオは再度店を訪れていた。
「失礼します」
「あれ、この前の……じゅ、獣人!?」
店員の女性が焦ったように店の奥へと走っていく。
この国では獣人を無差別に奴隷化する法律は早々に廃止された。王子が獣人との関係に気を遣ったことに加え、戦闘力が分からないリットという男を敵に回したくはなかったからだ。とは言っても獣人が無防備にうろつくはずもなく、現状獣人を見たことがある国民はごくわずかに留まっていた。店員の驚きもその意味を含んだものだ。
店の奥から出てきた店主も、店員と同様に驚きと困惑の表情を浮かべた。それが意味するものは全く違ったが。
「どうしたの?怖い顔をしてるわよ」
「ご主人様に逃げられました」
「……一から話してくれる?」
端的に現状を説明されたアンバーは、今度は困惑しつつ問う。
テュオから詳細を聞かされたアンバーは、肩透かしを食らったように脱力した。自身が貴族の端くれであり、その交友関係と行っている商売の関係上様々な色恋沙汰を聞かされるアンバーには、似たような話を何度も聞いたことがある。
「要するに、彼はあなたのために身を引いたという事ね。たまに聞く話だわ。だから来てくれたのね」
きっかけは、リットとテュオが最初に来店した際に、アンバーが二人の関係性に疑問を持ったことだった。試着を理由に二人の距離を離し、その関係が少女にとって不本意かどうかを聞かなければならなかった。最悪の場合、その関係が誘拐犯と誘拐された少女である可能性も考えていた。
テュオが服を脱いだ時点でそれが勘違いであることは判明したものの、それでもアンバーは困ったらこの店に来るように、と話していた。
困る内容が、愛する人に逃げられた、なんてことになるとは想定していなかったが。
「女の子に一人で買い物に行かせるなんて、薄情な人ねぇ」
そう言うアンバーではあったが、男側の気持ちが理解できないわけではない。ダラダラと引き延ばせば引き延ばすほど未練は膨れ上がっていくだろうから、その前に区切りをつけたかったのだろう。
優柔不断な男よりはそのほうが好感が持てるが……と考えつつアンバーは準備をしていく。
「会いに行くとなるとしばらくは戻ってこれないでしょうから、その前に来てみたんです。私を手放したのを後悔させるぐらいに可愛くしてもらおうと思って」
「あら、いい心掛けね。それなら私も頑張らなきゃね。ちょっとくらいは時間があるんでしょう?」
「はい」
巻き尺を手に取ったアンバーは獣耳を周囲から見つつ採寸を行っていく。尻尾はリボンを結び付ける程度のことしかできないように見えたため採寸は行わない。
魔法で隠すのがもったいないほどよく目立つ耳である。リットから話を聞いた際に想定していた、布で覆う案を脳内で即座に却下する。染めて着飾るのも悪くはないが、これだけ美しい銀色を汚すのはむしろ美への冒涜だろう。
アンバーはいくつかのアクセサリーや小さめの帽子なら邪魔しない程度のアクセントにはなるか、という判断の元、事前に用意していたいくつかの装飾品を思い浮かべる。
「ピアスの穴を開けるつもりはある?」
「いいえ。私の体に傷をつけていいのはご主人様だけです」
「そう。じゃあイヤリングかしらね」
その言葉を聞いた店員が、指示を聞かずとも箱を持ってくる。話を聞くに獣人の耳はかなり大きいものであったため、わざわざ知り合いの職人に作らせた特注のものだ。
しばらく無言で様々なデザインを試していたアンバーだったが、ふとリットと王城であった時の事を思い出す。
「あの人、リットさんね。王城にいるときにもう一度会ったのよ。その時あなたが獣人だと急に教えられて、驚いちゃってね。そうしたら、リットさんに『獣人は嫌いか』って聞かれたの。言い方は落ち着いていたけど、肯定していたらどうなっていたか分からないわね」
「……そうなんですか」
「つまりは、それだけあなたが愛されていたということよ」
アンバーの感覚はテュオの考えていることを読み解けるほど優れてはいない。元々感覚の鋭い獣人同士ですら読めないように隠しているのだ、獣人よりも感覚器官の劣る人間に読むことができるはずもない。ゆえに、特別元気づけるような意図を持っての発言ではない。
つまりは、ただこの少女を応援したかった、それだけの話である。
「これがいいかしらね。さ、彼に会いに行って褒めてもらいなさい」
彼女がここで『似合っている』、などということはない。アンバーの価値観からすれば、そのセリフは今はあの男にのみ許されているものだからだ。
テュオはイヤリングとおまけで貰った何着かの服を、持っていたカバンの中に仕舞いこむ。
「では、会いに行ってきます」
「頑張ってね」
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