第20話
「じゃあ、転移先についての説明を先にしておこうか。向かう先はカルカン王国の王城、その一室だ。色々あって王子と仲良くなったから、部屋を借りている。王子をそこで待たせちゃってるからな」
「……は、はい」
突っ込みどころの多い話ではあったが、テュオはとりあえず頷いてくれた。詳しくは本人に聞いたほうが早いからな、ここで細かい説明はしない。
「王子の目的は、平たく言えば反乱だな。国王が国にとって良くないことをやりすぎたからだ。獣人を奴隷にしようって言いだしたのもそいつだ。何で王族が反乱するのかとか、正規の手続きで相続すればいいんじゃないかとか突っ込みどころは多いけど、とりあえず今回は無視してくれ。向こうにも事情があるらしい」
テュオは少し首を傾げていたが、すぐに一つ頷いた。
「その王を殺すんですか?」
「どうだったかな……忘れた。厳しい処罰を下す、みたいな話だったかな?内容は聞いてないけど……王子の決定が気に入らないならテュオが後からお仕置きしてもいいぞ。俺も止める気はないしな」
王子は暗殺じゃ王位継承の正当性がない、なんてことを言っていたような気もするが、諸々の手続きが終わった後なら問題はない……いや、あるかもしれないがテュオは被害者側の人間だしな。相手のやってる事が事だし、そこまで怒られないだろう。王子には暗殺はしないといったものの、テュオがやるなら俺は関係ない。今すぐ決める必要もないわけだし、とりあえずは王城に向かうとしよう。
王城に用意された部屋に戻ったとき、王子はまだ目の前にいた。待っててくれたんだろうか。ちょっと申し訳ないな。
「すまん、待っててくれたのか」
「ああ。急にいなくなるからとはいえ、想定よりは早かったな。連絡のためにロジャーを走らせたのが無駄になった」
王子には驚いた様子はなかった。まあ、何度も見せていることだしな。急に現れても今更か。
とはいえ予定が若干狂ったことへの対応で、執事の男が走らされているようだ。執事って大変。
「今から始めるのか?」
「ああ、その予定だが……その前に、その女性を紹介してもらえるか?」
王子はまだテュオの存在を知らない。今から反乱だって時に、急に見知らぬ少女を連れてこられてもはいそうですかと仲間に入れるわけもない。
「この子はテュオ。平たく言えば、獣人の奴隷化による一番の被害者だな。……心当たりある?」
今回はテュオには偽装のための魔法をかけていない。だから王子にもテュオの耳は見えるし、注目がそれることもない。言ってしまえば獣人全体が被害者なのだから負い目を感じることもあるんだろうが……それにしては表に出ている感情が大きいように見える。まるで、何かを知っているかのようだ。
そういえば、テュオは一体どこの層に需要があったんだろうな?
「……ああ。国の魔導士が、天使のように白く美しい個体を見つけた、などと騒いでいた噂は聞いたことがある。実際、法外な金額を奴隷商に払っていた記録も残っていたはずだ。そうか、君がか……」
王子はそこで発言を区切って、テュオを見る。
「申し訳ない。この国の王子として、正式に謝罪する。これは、私の失態だ」
そして、王子は謝罪の言葉と同時に深く頭を下げた。正式な謝罪らしい。国って個人に謝罪するんだな、意外だ。
私人としてならばいくらでも頭を下げられるだろうが、本人が言っていたようにこの謝罪は王子としてのものだ。政治だとか交渉事はよく分からんが、自分の非を認めたら賠償とかが発生するんじゃなかろうか。国王を倒し、別の国として新しく生まれたから過去のことは無関係、みたいな卑怯な手段もやろうと思えばできた気もする。非常に卑怯だが。
その売買に王子は関係ないのだろうし、今まさにその状況をどうにかしようとしてはいるのだろうが、それを言っちゃうと言い訳みたいになるものな。そこは王子の誠実さの表れか。許そうと許さなかろうと今から根本を叩きに行くのだから、ぶっちゃけどっちでもよくはあるのだが。
「王子が簡単に頭を下げていいのか?」
「どんな事情があろうと、子供を虐げていい理由になどなるはずがない。これは、正式に謝罪しなければならない国としての汚点だ。これを放置すれば、国としての信頼は塵と消える」
王子は誠実に謝っているように見える。ただ、裏の狙いもあるような。俺がちょっとその気になっただけで転移からの暗殺コンボを決められるのだから、その関係者っぽい相手を敵に回したくはないだろう。偶然ではあるが、時短のために使った転移がいい影響をもたらしているようだ。王子は知らんだろうけど、テュオ自身も敵に回すと結構危険な戦力をしているしな。
「……えぇと」
唐突に知らない相手に頭を下げられたテュオは、困惑するように俺を見る。いや、見られても俺は直接的には関係がないんだけど。
正直、悪いのは国王なのでそっちに復讐すればいいような気もする。今の王子は連帯責任で頭を下げているようなもので、ほぼ無関係の他人だ。獣人としては損害賠償的なものを要求する権利があるとは思うが、今は獣人代表ではなくテュオ個人として話しているのだろうからそれも筋違いか?そっちは仲間とも話し合う必要もあるだろうし。
テュオに任せる、という意味を込めて軽く首をかしげると、テュオは視線を外して王子を見た。
「私は、あなたが原因ではないと思います。あなたに謝られても困ります。罰は、原因になった者たちに与えられるべきだと思います」
「……そうか。分かった」
いい判断だ。諸悪の根源は王子じゃないからな。そっちを罰するのは意味がない。
一度頷いた王子は、俺に話を振る。
「リット。急用というのは、その少女を連れてくることか?」
「いや、ここから送られてきた騎士さん方にテュオが危害を加えられてたようだから、それを相手しに行ったんだよ。こっちに連れてきたのは予定外だ」
「そうか。獣人については心配ないと言っていたのは、そのような理由か。しかし、それについても申し訳ない……」
眉間を抑える仕草を一瞬見せ、すぐに手を下ろして謝罪している。普段と変わらないのにくたびれたように見えるその雰囲気に、王と民に挟まれる中間管理職を幻視する。哀れだ。
「で、同行は許可してくれるんだろ?拒否されても連れていくけど」
「もちろんだ。今日、国王の暴挙を終わらせる。テュオ殿には、それを見届ける権利がある」
「殺すんですか?」
「実の父親を殺したくはない。しかし、国民も獣人たちも、それを許してはくれないだろう。父上はそれだけの罪を重ねてしまった。テュオ殿に、何か望みはあるか?期待に沿えるとは限らないが、可能な限り尊重しよう」
重い選択をさせる。他人の処遇を決めるなんて、そんな重い選択は困ってしまう……いやそうでもなかったわ。晩飯を考えるぐらいの表情で唇に指を当てている。そういえば、盗賊も無慈悲に殺害してたな。敵には容赦しない、という価値観が身についているようで何よりだ。
迷う要素もそこまで無かったのか、テュオはすぐに顔をあげた。
「それなら、実際に見てから決めます」
さくっと殺害を決めるかと思ったが、答えは保留だった。……内見みたいなセリフだな。
変なことを考えていると、テュオがこっちを見て首を傾げた。勘の良さを発揮してないで、そっちの会話に集中しなさい?
「では、そろそろ行くとしよう。猶予は十分に取ってあるが、騎士団が戻ってくる前に事を……騎士団は、戻ってくるのか?」
「今足止めしてるから、俺が解放するまで動けないな」
「……彼らが無事であることを祈ろう」
王子はため息をついている。おい、働いてきたんだからそんな目で見るなよ。
まあいい、とあきれたようにつぶやいた王子は、表情を切り替えて俺たちを見る。
「ではこれより……革命を始める」
王子の案内で大広間のような部屋に入ると、そこには大勢の兵士がいた。この兵士たちを引き連れて、王の私室になだれ込むのがざっくりとした計画だそうだ。思わず雑だな、と言ってしまったが、そこまでの状況を頑張って整えた結果が今なんだそうだ。細かい計画、というか計略の段階は既に過ぎているのだとか。俺も雑なぐらいが分かりやすいからありがたい。
じゃあ今日は何をするのかといえば。騎士団の全体的な指揮権を持つ国王をこの機会に排除、王位を継承して国王の地位に就き、ついでに国王の証となる王冠やら剣やらを回収。その後、国王を離れの塔に幽閉し、ほとんどの権限をはく奪する、というのが全体の計画らしい。その他の悪いことしてたやつらはどうするんだ、と聞いたところ、既に対処済みという答えが返ってきた。目が笑っていなかったのでそこそこ厳しめの対処になったのだろう。
予定のすり合わせで奔走していた執事のロジャーも戻ってきて、王子の戦列に加わっている。ちなみに彼は俺がどっか行ったとき、戻ってきたときの二回分走らされている。そのせいで仕事が激増したことを根に持っているのか、ここに加わったときには悲しそうな目で見られた。本当にごめん。
執事が戦えるのかと思ったが、執事は王の護衛でもあるためそこらの兵士よりも強い者しかなれないらしい。そこ、分業した方が楽じゃない?王族ならそうもいかないのか。
そうして、国王に悟られずに王が動かせる最大限の戦力を集め、態勢を万全にした上での作戦遂行ではあったのだが……。
「おい、リット」
「なんだ?」
「我々は騎士団の出立を待つ必要があったか?」
俺とテュオは、最初は出る幕もなく兵士たちの最後尾を歩いていた。20人ほどの少人数で動いていたが、王の守りにはこの人数でも制圧できる数の兵士しか残していなかったからだ。どんだけ奈落に戦力をぶっこんだんだよ。俺じゃなくても、今ほかの国に攻められりゃ一瞬で落ちるぞこの国。
しかし、そうやって集めた戦力も今はやることがなくなっている。途中からただ歩くだけの時間に飽きてしまった俺と、それに合わせたテュオが戦闘に参戦し始めたせいだ。
ちなみに、今回は盗賊たちにやったようなスプラッタな状況を繰り広げるなんて事はしていない。王城内の守りを任されているとはいえ彼らは下っ端も下っ端、上からの命令に従っているだけだから、それを殺す道理はない。テュオにも教えたように、こっちのポリシーは無駄には殺さない、だからな。王子は兵士とは王の盾となることが使命であるため死ぬのが道理だ、なんて厳しいことを言っていたが、彼らも逆らえるような状況ではなかっただろうからな。
それよりも、人死にも抑えているというのに、それで王子が文句を言うのはお門違いというものではないだろうか。ちゃんと説明したというのに。
「騎士団と戦うのは余裕だって、先に説明してただろ?」
「……私は騎士団の訓練で鍛えられた兵士と十分に戦えるのかを聞いたのであって、騎士団全体と戦えるかを聞いたのではないのだが?」
そんな非難するような目で見られても困る。
「えっと……王子、さん?」
「どうされたのだ、テュオ殿?」
テュオが王子に話しかけていた。人間に対する恐怖心はもうあまりないのかもな。それならよかった。とはいえ、俺がご主人様、で王子がさん付けなのはどうなんだろうか。そいつ、立場的には結構偉い人よ?
呼び方に思う所はあるが、しかしそれだけ俺を敬っているテュオならきっと俺を擁護してくれるはず。
「ご主人様は変な人なので、こういう所は諦めた方がいいと思います」
「……ん?」
微妙にやさしくない反応だった。まあ、家にいたときはテュオを驚かせたことも多かったからね。仕方ないね。
始まってから緊迫感のある表情をした王子にも、若干の笑顔が戻った。テュオなりの気遣いだったんだろうか。
しばらく歩くと、大きな扉が視界に入る。王城内に兵士がほとんどいないとはいえ、そこは守衛が守る扉だった。しかしその守衛も根回しが済んでいたようで、守衛は王子の顔を見てすぐに道を開けた。
「さあ、お話は終わりだ。では、行くぞ」
王子が先頭に立ち扉を押すと、重々しい音を立てながら開いていく。
部屋の中は薄暗く、奇妙な臭気が漂っていた。相も変わらず変な香でも炊いているのだろう。害があるかもしれないし、そもそも気持ちのいい匂いじゃないのでテュオと俺に臭気を遮断する障壁を張っておく。王子は知らん。
しかしさすがは国王の部屋だ、全体的にゴージャス感がある。語彙力も審美眼もないので、金と赤がいっぱいあって豪華だなぁ、としか表現できないが。金がかかってることは素人にも分かるぞ。
華美な室内をきょろきょろと見まわしていると、奥から低い声が響く。
「……騒ぐな。ここは、王のみに許された場である」
薄暗い部屋で揺らめく火に照らされるのは、やつれた顔をした老人だった。
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