第19話
ご主人様は、後のことを私に頼んでから、座って目を閉じた。
倒れている仲間たちは一言も喋らない。いつもは私に優しく話しかけてくれるお父さんも、今はもう目すらも開かない。
ご主人様から、大きくて綺麗な魔力が放たれる。しばらく見ていると、倒れていた人たちの怪我がだんだん元に戻っていった。
「すごい……。これだけの治療を一瞬で……!」
トス、と後ろで音がした。
見ると、ご主人様が仰向けに倒れていた。
「……ご主人様?」
ゆっくりと息をしているのを確認する。よかった、生きてる……あれ?
「魔力がない……」
胸のあたりの魔力を見ると、魔力がかすかにしか感じられないように見える。普段のご主人様は、その魔力の一切を漏らさないように抑えているから、魔力が感じられないのは普通で、どこもおかしくない。だけどそれなら全く感じないのが普通で、かすかにだけ感じられるのは変。多分、それが出来ないぐらいに魔力が減ってるんだ。
魔力がないと、人は生きられない。ご主人様の言っていたことだ。じゃあ、今こうやって魔力を消費しているご主人様は──
気付いたとたん、目の前が真っ暗になる。
ご主人様が……死んじゃう?私が、どうにかしないと。でも、魔力をあげる方法なんて教えてもらってない……違う。教えてもらったわけじゃないけど、知ってる。
「て、手を……」
魔力がないなら外から補充しなきゃ。
昔、ご主人様が私と手をつないで何かをしていたことがあった。あの時にされた説明は、魔力を私の体に流し込んで慣れさせる、ということだったはず。それなら、魔力をご主人様の体に流し込むことも、きっとできる。
手が震える。失敗したら、どうしよう。
荒れる呼吸を無理やり整える。大丈夫、大丈夫。ご主人様に魔法を教えてもらったんだ。私に任せるって、そう言ってくれた。だから、出来ないはずない。
「あ……な、なんで……」
昔やってもらったように両手をつなぎ魔力を流し込もうとしたけど、思ったように魔力が通っていかない。何か別の魔力に抵抗されているような感覚がある。
なんで……いや、ご主人様のやっていたことを、同じようにやらなきゃ。あの人のやってくれたことは全部覚えてる。
最初は……そう、波長を合わせるんだ。
一度魔力を吸い込んでから、その性質に合わせて魔力を流し込む。
私も同じように、ご主人様から魔力をちょっと吸って……魔力をそれに似せるように変質させて、流し込んで……少しだけ、抵抗感がなくなった。だけど、違う。これじゃない。もっと似せないと。これも違う。
……これだ。
自分の魔力を変えながらご主人様に流していると、魔力がゆっくりと通っていく。祈る気持ちで、そのまま魔力を流し込む。
だから、お願いします。
「……目を、開けてください」
しばらく魔力を流し込んでいると、ご主人様が小さくうめき声を上げた後、目を開けた。
「……おはよう」
***
暗い闇の底から引き上げられるような感覚と共に、目が覚める。普段の目覚めとは違って、外部から起こされたような感じだ。目を開けると、少し曇った空と、テュオの顔が見える。俺はなんで倒れてるんだっけ。……前にもあったな、この感じ。
「……おはよう」
「……」
「待って。何で泣いてるか分からない。謝った方がいいか?ごめん、ごめんな?」
テュオは起きた俺を見て泣き出してしまった。挨拶しただけで泣くって、いったいどういう状況なんだ。
……お、体内に俺のものじゃない魔力がある。ギリギリ俺の物として使える魔力だ。何でそんなものが体内に?
「あー……思い出してきた」
テュオは涙を拭いながら後ろに回り、髪や服についた土を優しく払ってくれている。そうだ、獣人たちの治療をした後ぶっ倒れたんだ。
記憶が確かなら、ついさっき魔法で獣人たちを治療して、そのまま寝たはずだ。テュオの治療でも多分5時間程度は寝たんだ、あれだけの大規模な治療となると体内の魔力が全部吹き飛ぶ。だから用意してきた一張羅に付与された魔法により自身を守りつつ、魔力の回復をゆっくりと待つ予定だった。推定だと一日は寝ているはずだったのだが、状況から見て寝ていた時間は五分もない。ほぼ時間を空けることなく覚醒できたのは──
「私が、ご主人様に魔力を注ぎました」
「……おう。ありがとう」
そんなの教えたっけ?テュオに魔力を流し込んだ時の感覚を再現したってことか?無理じゃね?……まあいいか。
体内の違和感はテュオが無理やり流し込んだものだったか。恐ろしいことをするな。俺はテュオと魔力の質が似ていたから違和感程度で済んでいるんだろうけど、関係ない他人に下手にやると重症になりかねない。俺とテュオの魔力が似ているのは、テュオの魔力のほとんどが俺由来のものだからだろう。
危なかった。魔力の質が一致していなかったら、最悪死んでいたところだ。血液型を無視して輸血するようなもので、体内から破壊されかねない。
他人にやるときは注意してほしい所だが……テュオなら分かってるか。それに、起こしてもらった直後に説教というのはちょっと可哀そうだ。
成功体験で感覚を掴んだだろうし、合わない人に流し込んだら強い抵抗があって異常に気付ける。もう俺以外にやる機会もないだろうし、心配はいらないかな。
「そうだ、獣人たちは全員元気か?うまく治せてるといいけど」
「はい。大丈夫だと思います。みんなも……あ」
テュオが見ていた方向に目を向けると、男の獣人がこちらに向かってきていた。負傷していた獣人たちのうちの一人だ。
「テュオ。これもテュオがやったのか?」
「違うよお父さん。全部、ご主人様がやってくれたの。魔法を教えてくれたのも、ご主人様なの」
「どうも」
テュオの紹介を受けてこちらを見てくる男に片手をあげて答える。この人がテュオの父親か。
ガタイはいい。体内の魔力は少なめ。でも男のケモ耳とか誰が得するんだろうな。本人にとっては知ったこっちゃないだろうけど。
「人間か。そうか。貴様がテュオに魔法を教えたのか」
「そうだな」
「それで、テュオがご主人様、と呼んでいるのはどうしてだ?まさか、テュオを奴隷として買ったんじゃ──」
あ、前も見た流れだ。
「違うよお父さん。この人が私を買ったのは本当だけど、私をひどい場所から救ってくれたの。お父さんたちを治したのもご主人様だよ」
「……そうか」
表情からは感情が読めないけど、何となく不満に思っているのは声でわかる。
でもテュオを追い出したのは獣人だからな。文句をいう筋合いはないぞ。いくらあの国の王が獣人を捕らえるように言ったとはいえ、原因の一端を担ったのはテュオを追いだした獣人たちだからな。
俺としてはむしろ、追いだしたのにテュオを便利に使っている獣人たちこそ信用がないように見える。テュオが納得していようと、親子の情を利用しているならばこっちにもそれなりの考えがある。
「年端もいかない少女を追い出すような外道共よりはるかに道徳的だろ?」
「……ああ、分かっている。娘を守れなかったのは私の責任だ」
地面に両こぶしをついて頭を下げる。姿勢は違うが、俺の知る土下座と大して意味は変わらないだろう。
「本当に、感謝している。返し切れる恩ではないことも分かっている。治療のことも含め、私はその恩に報いたい」
「どうでもいい。追い出した馬鹿共にはちゃんと制裁を下しとけよ」
彼も言っていることだが、恩を返せるとは思えないし、返してほしいとも思わない。何より、俺を相手している暇があったら少しでもテュオに罪滅ぼしをするべきだ。
雑にあしらうと、顔をあげたテュオの父は険しい顔で黙り込んだ。
横のテュオは遠慮しがちに手を握ってくる。
「私は、ご主人様とお父さんに仲良くしてほしい、です」
「しょうがないな。貸しは俺とテュオにゆっくりと返してもらおう」
「あ、ああ。分かっている」
テュオ本人のお願いならば仕方ない。
意見を一瞬で翻した俺に、テュオの父は眉間にしわを寄せる。心の中を言葉にするなら、『なんだこいつ』だろう。おっさんの言うことはどうでもいいが、テュオが言うなら仕方ないだろ?子供の望みは優先されるべきなのだから。
実際、俺もこの男が悪くないのだろうとは思う。テュオを便利に使わないように、釘を刺しておきたかっただけだ。テュオも過去に言っていたように、獣人族は魔法が使えない。ちょっと気を抜けば、すぐにテュオの魔法に頼ろうとするだろうから。
そして本当に悪いのは、根本の原因を作った奴だ。具体的にはあの国の王とか。本当に責められるべきはあちらなのだ。
……あ。
「そうだ忘れてた。王子との予定が入ってたんだった」
本来は、魔力の回復を待ちつつ起きるのを待ち、その時間によって動きを考えるつもりだった。王子がまだ動いていないようであれば合流するが、時間的には間に合わないだろうから、詫びでも入れつつ様子を見に行くつもりだった。
しかし、テュオのおかげで予定がずいぶん早まった。それならあっちの約束を果たしに行こうか。向こうも俺が説明もなしにいなくなって困惑しているだろうし、早めに戻らないと話が進められないだろう。無視して先に始めている可能性もあるが。
それに今、テュオ側の問題がほとんど解決したのはありがたいな。テュオにもその元凶の顔を拝んでおく権利はある。結果テュオが王を殺しても、俺は困らないし止めもしない。そもそもあの国が王を止めきれずに多方面に恨みを買ったのが問題なのだから。
「テュオ、今からあの国の王に会いに行くけど、テュオも行くか?獣人を奴隷にしたやつらしいぜ」
「行きます」
「よし、決まりだな」
じゃあ、早く戻らないとな。王子も心配していることだろう。
急に立ち上がった俺たちに、テュオの父が疑問符を浮かべる。
「テュオ、どこへ行くんだ?」
「ご主人様についてくよ!」
「すんませんね、お父さん。テュオを連れてすべての元凶に会いに行ってきます。また後で話しましょう」
「そうか。娘を頼む」
頷くことを返答として、すぐに王城への転移を……いや、その前に。
「……あっちの方向にいる奴らは、知り合いか?」
探知に引っかかっているのは、かなり離れた位置にある人の群れだ。森の外側、カルカン王国の方角から、やたら大勢がゆっくりと近づいてきている。そろそろテュオの探知できる範囲にも入るだろうか。
魔力的には人間っぽいが、実は獣人も大きな違いはないので個人差と言われれば否定できないくらいに似てはいる。獣人をそこに避難させている、とかなら問題はないが……。
「え?……あ、本当だ。でも、この方向には、誰も配置してないです。獣人はこんなに人数はいないですし、こんなにきれいな隊列も組みません」
じゃあ部外者だな。とはいえ、予想はついている。王子はそろそろ騎士団が奈落に到着するといっていたわけだし、そいつらがそれなんだろう。本来なら獣人たちが相手するのが正しいのかもしれないが……彼らは肉体的なダメージからは回復しているが、精神的には疲れているだろうから、今回はサービスして俺が対処しておこう。
とはいえ殺すわけではない。彼らの大部分は命令されてここに来ているのだろうし、そこで虐殺しても後がこじれるだけだ。
とりあえず、その騎士団がいるあたりの地面を陥没させ、魔力で蓋をしておく。空気も光も通す親切仕様なので、これで死ぬことはないだろう。
……それにしても、テュオの『配置してない』という発言。しっかり指揮官やってるなぁ。
「これでよし」
「ありがとうございます」
「しかし、あいつら何であんなとこにいるんだ?盗賊と繋がってるなら、盾にして後ろから突っ込めばいいのにな」
「……あの魔物に巻き込まれたくなかったのではないでしょうか」
あ、それ正解かも。
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