第18話

王城内の来客用の部屋を一部屋貰ったことで、数日間をだらだらと過ごした。まるで貴族ばりの至れり尽くせり具合で、待っているだけで飯が出てくるし、おい、と呼びかけるだけで身だしなみを細部まで整えたメイドが要求を聞いてくれる。人によっては夢のような生活だろうが、しかしどうにも性に合わない。テュオも似たようなものだったが、あれはテュオが俺に多少なりとも恩があるだろうから自然に受け入れられた。料理人やメイド、その他のおもてなし担当の人たちは俺に恩などないからな。内心『王族でもないのに何だこいつ』と思われていても不思議じゃない。

そんなにお世話されなくてもいいんだけどな、と王子に愚痴ってみたが、彼らの敬愛する王女を救ってくれたことが理由で、使用人たちの士気は高いらしい。そう言われると断りづらくて困るな。


そして、当の王女は現在俺の目の前でゆっくりと紅茶を飲んでいる。体調に異常はないかの確認のために訪れただけなのだが、折角だからと誘われていつの間にやらお茶会が始まっていた。

体調についてだが、体力は戻ったどころかそれ以上に回復した状態だとのことで。


「急に元気になってしまうというのも問題ですわ。たまには陽の光を浴びたくなってしまいます」

「ん?外に出るくらいならいいんだぞ?」

「不用意に私が外に出ると、お父様に気取られてしまいますもの。体調の悪かった私が元気になっているのを知れば、あの人は文字通り死に物狂いで真実を知りに来るでしょう。そのような些事でお兄様と治癒師様の邪魔をする気にはなりませんわ」

「そうか。運動は適度にした方がいいぞ」

「はい」


王女に礼を言って立ち上がり、部屋を後にする。

この分なら健康状態には問題はないのでこれ以上確認する必要はないんだが、その後も王女から何度か招待を受けた。やる事も無くて暇なんだろう。病み上がりだし、そのくらいがちょうどいい。


別の日には、来客との面会も行っていた。と言っても全く知らない相手ではない。


「こんにちは、付術師さん。ここでは治癒師で通ってるのかしら」

「どっちでもいいぞ。で、服屋の店長が何でここに?」


そう、来客とはテュオと訪れた服屋の店長、アンバーその人である。この話し合いの場を設けたのは王子が提案したからだが、彼によると王女が治ったという話をしていたらアンバーも最近知った名前が出てきて挨拶するに至ったらしい。高級店であることは分かっていたが、王子と直接話す機会があるほどの格式高い店だったとは。


「王女の病状を少しでも改善するために、服を届けてあげるつもりだったのよ。あなたに依頼した服がそれだったんだけど、まさか意味がなくなっちゃうなんてね」

「ああ、なるほど。そりゃちょっと悪い事をしたな」


言ってくれれば王女を治すことぐらいしたんだけど、そもそも彼女は俺が治療を行えることを知らなかったのだから無理か。とはいえ無駄足にさせてしまって少し申し訳ない気持ちにもなる。


「どうでもいいわ。女の子がまた元気になったのなら、それ以上に幸運なことはないもの」


相変わらずぶれない思想をしている。気にしていないのならどうでもいいか。

ちなみに、その服は王女に渡ることもなく一度アンバーが回収したらしい。渡せばいいのに、とは思ったが、諸事情で渡すことにはならなかったようだ。


「それで、あなたはどうしてここに?」

「前に服を見繕ってもらった髪の白い女の子がいるじゃん?」

「ええ勿論。綺麗な子だったからよく覚えてるわ」

「あの娘、獣人なんだ」


事情を把握している相手ならこれだけで伝わるだろう。

女店主は無言のまま何度か瞬きをする。


「あり得ないわ。あの子には耳も尻尾もなかったじゃない」

「魔法で消してたからな」


女店主の表情が納得したものになり、そして苦々しいものへと変わっていく。


「あなた、なんて事を……」

「獣人は嫌いか?」


差別意識が身についているなら、話したのは間違いだったか。記憶を消して帰ってもらうか、うまい事処理するか、どうしたものか。


「違うわよ!姿が違うなら似合う服も変わってくるでしょう!?」


……ん?


「話によると随分目立つところに耳があるらしいじゃない!全体の仕上がりに関わってくるのよ!?」

「……ああ、確かに」


言われてみればその通りだ。素人目にはその程度の違い誤差だろうと思ってしまうが、プロとっては違うんだろうな。

女店主にとっては、不完全な仕事をさせられたのが気に入らないのか。そういう意図なら納得できる。


「すまん、あの時は状況的に明かせなかったんだ」

「仕方ないわね……でも!もう一度連れてきてちょうだい。今度は本当の姿でね」

「ああ、機会があったら顔を出すよ」


その後、女店主は仕事があるからと慌ただしく去っていった。売れっ子服飾人は多忙のようだ。






メイドたちに差し入れをしたり王女と雑談したりな日々を過ごすうちに、王子側の準備がようやく整った。


「リット。準備はいいか」

「お、ようやく?」

「ああ。といっても、騎士団の出発自体は数日前に終わっている。ここから獣人の集落まではまだかかる。計画の実行は騎士団がこの国からできるだけ離れた時点がいい。日が昇りきるまで待ってから動くぞ」

「俺はここで待ってればいいか?」

「そうだ」


じゃあしばらくはくつろいでいようかな、とソファに向かった瞬間、ポケットの中から強い魔力を感じる。何を入れたんだっけ?ああそうだ、テュオに渡した魔道具の片割れが入ってたな……え。


「まじ?」


取り出すのはテュオに渡したネックレスと対をなすこの魔石。これは、ネックレスの魔法が発動したときに、同調して効果を発揮する。

テュオに渡したネックレスにかけてある魔法は、装着者を守る効果と、その効果が発動した時に対になる魔道具に知らせる効果。テュオが何らかの攻撃にさらされ、自分の力で自分を守り切れなかったときに発動するように作ってある。ついでに魔力を込めても俺に場所が分かるようになっているが、今は関係ない。

テュオはそれなりに強くなっているはずだけど、それでも勝てない相手が出てきたのか?


急に表情を変えた俺に王子は怪訝な表情をしているが、いまはそれどころじゃない。説明している時間も多分ない。


「すまん王子、ちょっと外出てくるわ」

「は?急にどうした?」

「すぐ戻る」


普段よりも雑な転移に、視界が揺れる。








転移先の景色は、一面の黒だった。


「危ないな」


防護魔法が発動した時点で予想はできていた。テュオに渡した魔道具は、防護魔法を発動できなかったとき、あるいは発動できても破壊されたときに一定時間だけ装着者を守るだけで、別に外敵の撃退能力があるわけじゃないからな。

飛んできているのはどう見ても危険な威力を持った魔法なので、周りに被害を出さないように抑え込む。余裕がある時は受け流す選択肢も取れるんだが、今は状況が何も分からないので安全策を取っておく。


視界が黒く染まった原因は、黒い液体の濁流に飲み込まれかけたからだ。丸ごと抑え込み、ようやく収まった時にその魔法の主が見えるが……何だありゃ。何かこう……肉の柱としか言いようがない。見たことのない魔物だ。いや……魔物というよりは、人造の兵器と表現した方が正しいか。感じる魔力と、鑑定の結果からも、あれが自然の生物ではないと断言できる。魔法を絡めて兵器を作るととあんなふうになるのか。生命を冒涜するようなその外見、異形には異形なりの魅力があるとは思うが……いったい何をすればあんな生物ができるのやら。禍々しい呪術じみた禁忌を冒さねば、その領域には至るまい。


肉の柱はゆっくりとこちらへ向かってきている。とりあえず、火の玉を投げつけてみる。


「おお」


火球はその表面を滑るように弾かれた。表面を焦がすことは出来たが、痛覚がないのか反応もないまま前進を再開する。魔力を中心に作られた魔法に対する防御力は高いようだ。元が魔力から作られた生物だからかな。動きの鈍重さからみて、テュオも先制攻撃には成功したのだろうが、そのせいで仕留められなかったんだろう。テュオは雷や炎などの非実体の攻撃を好んで使っていたからな。


さて、物理攻撃はどうだ?


地面を抉り取り、圧縮して弾丸を作る。その形は弾丸というよりも針に近く、直撃した時の貫通力だけを考えるなら最良の形になっている。もちろん、これを発射しただけでは空気抵抗であらぬ方向へと飛んでいくこと間違いなしだが、そこは魔法の世界。魔力で敷かれたレールに導かれるまま、弾丸は魔物の体を貫き風穴を開けた。

いいね、通る通る。


これが通らなかったら、地面に埋めたり魔力を吸い取ったりいろいろ小細工する必要があったからな、楽に終わりそうだ。

……それにしてもしぶといな、ちょっと足りないか?もう少し撃っておこう。


しばらく弾丸を撃ち続け穴だらけになった肉の魔物は、ゆっくりと地面に倒れてその姿を消滅させた。ああ、魔力で作られたから死んだら霧散するのか。見た目は明らかに実態を持った肉だったというのに、なんとも不思議な生物だ。


「よし、終わった。テュオ、無事か?」

「ご、ご主人様ぁ……ひぐっ」


今まではずっと黙っていたのに、俺が振り向いた瞬間にテュオは力が抜けたように座り込み、泣き出した。


「大丈夫か?どっか怪我したか?」

「会いたかったです……ありがとうございます……」

「気にするな。そんなに手間じゃなかったからな」

「あ……でも……」


しかし、再会の喜びとは裏腹にテュオの表情はすぐれない。大切なものを失ってしまったかのようなその暗い表情はいかがなものか……ああ、ネックレスが壊れたから気にしてるのか。金属のチェーンのようなものが、その握った手から見えている。

突貫で作ったせいで、そういうようにしか作れなかったのが悔やまれるな。


「それ、効果を発揮し終わると壊れるようにしか作れなかったからな……また代わりのものを作るよ。今度はもっとちゃんとした、壊れないやつをあげるから」

「……はい」


テュオは小さく微笑んでくれた。その表情のほうが俺としてもうれしいからな。テュオが悲しい表情をしているのはあまり見たくはない。


「よし。それで、今はどんな状況だ?」


転移してきた直後で何も分かっていない状態だったので、テュオから現状を大まかに説明してもらった。王子を待たせている状況なので、詳しく聞く余裕はない。


俺と別れた後、テュオは獣人たちに合流。文句を言ってきた奴らを力で黙らせたと。厄介な奴らは殺さなかったのか。好みではないが悪くない選択だ。次に、獣人を襲っていた盗賊をほぼ撃退、森を散り散りに逃げ回っていた獣人たちを集め、テュオが魔物を追い払うことである程度安住の地を作り出せたのだとか。テュオは獣人たちをまとめるリーダーとして頑張っていたらしい。獣人は魔法が得意ではないようなので、戦闘力のあるテュオが獣人たちの中心的な存在となるのは不思議じゃない。

あの肉の魔物については予想外だったらしいが、それも俺が来たことで解決した。テュオも、自分のことだけを考えれば勝てない相手じゃなかっただろうが……仲間を守りながらだとちょっと厳しかったか。


「平和に生きていくには、もうちょっと強くならないとだな」

「はい……そうだ、お父さんたちは!?」


仲間のことを話題に出したとたん、テュオが何かに気付いたように後ろを振り返って走り出した。


「……お父さん!」


遅れてテュオについていきながら魔力の反応を見ると、遠くにいる人々の生命反応が弱まっていることが分かる。テュオのものと波長が似ている。こいつらだな。


「飛ぶぞ、テュオ」

「はい!」


テュオを抱えあげてその場所まで転移する。


「こりゃひどい」

「お父さん!みんな!」


現場はまさに死屍累々。テュオが呼びかけている相手も、左半身がほとんどなくなった状態で倒れて反応がない。テュオに渡したネックレスは自分に対する防御魔法しか発動しないから、漏れた攻撃が後ろの森をことごとく焼き尽くしたのだろう。


他の人々も、多くは血を流しながらうめき声をあげ、残りはもはや声も上がっていない。程度の差はあれど、このまま放置すれば大半が死ぬ……いや、そういえばテュオは両腕がない状態でロクな処置も受けずに生きていたな。あれが獣人の生命力の強さに起因するなら、しばらくは生きるのかもしれないが。


俺なら治せないこともないが、いまいちやる気が出ない。


「こいつら、最近仲間になったやつら?」

「はい……」


意図は伝わっているだろう。元から仲間だったのなら、ここで肯定はしない。

テュオは何かを言いかけて、やめたように見える。元々、自分の要求もあまり言えなかった娘だ。なるべく多くを救ってほしいのだろうが、テュオは俺が獣人族全体にいい思いをしていないことを知っている。テュオの母親に対しても、力で脅していたところをテュオに止められたのだから。

それに、治療魔法の難易度の高さは彼女自身がその身で感じていることだ。自身にできないことを、十分な見返りなしに他人に要求するのは非常識だ。テュオはそれを理解している。自分があのくらいの頃はどうだっただろうか。はるか昔の記憶だが、決してここまで利口ではなかったはずだ。


テュオの表情は暗い。最近はあまり見せなかった表情だ。


仕方ない。


王子との約束は、果たせなくなるか?とはいえそもそもの計画は俺なしでもどうにかなるように考えていたはずだ。ちょっと申し訳ないが、元はあの国の王がやらかしたことだし許してもらおう。


じゃあ、またやるか。保険も用意してきたし、そこまで深刻なことにはなるまい。


「テュオ」

「は、はい……?」

「ここは何とかするから、後はよろしく」


ここにいる獣人全員の被害を確認する。これならギリギリ足りるだろう。

地面に座り、目を閉じて体内の魔力をかき集める。


「……ご主人様?」


全ての怪我人の過去を見て、治すべき地点まで遡る。その情報から患者の肉体を再生し、今の肉体と結合する。遡る時間は短いがとにかく人数が多い。今までにない速度で魔力が消えていき、意識も徐々に薄れていく。まあ大丈夫だろう。前と違って、あとのことはテュオがなんとか──

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