第17話

ご主人様と別れた後。私はお母さんと一緒に森を走り抜けていた。


以前は草木の折れる音や遠くで聞こえる魔物の鳴き声一つ一つに怯えていたけれど、今は違う。探知魔法と嗅覚を併用して、全力で走リ続ける。魔法が使えるようになった今ならわかる。私には、前よりもずっと広い世界が見えている。草木の一本一本までもが、私の魔法で感じ取れる。魔物に怯え、人間に怯え、獣人に怯えていた、弱かったあの頃とは違う。


「……そういえば、テュオ?思考が漏れてるけど、大丈夫?」

「え?あ、そっか」


私たち獣人は、他人の思考を読みやすい。細かな体の動き、汗、瞬き、心臓の音とか、あと色々な要素からその人の心理状況を推測できる。その精度にも個人差はあるけれど、人族の考えていることぐらいならみんな読み取れる。盗賊に捕まってから見たことのある人族たちはみんなその思考を守っていなかったから、そもそもの技術が人族には多分ない。

でも、獣人たちはそうじゃない。獣人たちは、生まれてちょっとすると、その思考を守る手段を自然と覚え、何を考えているのか分かりにくくするようになってる。獣人たちがみんなで生活する時、相手の考えていることが分かりすぎると良くない事が多いから、私たちはそんな風になったんだろう。

当然人間と住んでいるとその必要はないから、私も思考を守ることを忘れてた。というか、奴隷商に捕まってたころは、そんなことまったく出来ないぐらい弱ってたから。だから今、昔やっていたように思考を守ろうとしたんだけど……。


「これでいいかな?」

「ええ」


今ようやく気付いた。これの原理、魔法だ。

昔これをやっていた時は、無意識にやれていたからみんな気付かなかったんだ。そりゃ、ご主人様も私が魔法を使えるって思うはず。だって既に使ってるんだもん。私のご主人様は魔力が見えるから、私が昔使っていた魔法の痕跡が見えたんだと思う。私はまだ意識しないと見えないから気付かなかったけど、よく見ればお母さんにも魔力がちょっとだけ散らばっているように見える。だから、私が魔法を使えなくてもずっと教えてくれたんだ。


「……どうしたの、テュオ?」

「ううん、何でもない」


お母さんと走ってると時間がかかる。盗賊が住処にしていた洞窟に入っていったご主人様に追いつくために、速く移動する魔法を使ったことがある。あの時は必死だったけど今は何となく感覚を掴めたから、私一人ならもっと早くいけるんだけど、お母さんを置いていくことは出来ない。


……持ち上げちゃおうか。


「お母さん、持ち上げるね」

「え?……あら」


お母さんを下からすくい上げるように持ち上げて、身体強化で森を走り抜ける。これも、ご主人様から教わった魔法だ。本当は一瞬で移動するあの魔法……転移も教えてほしかったけど、今はしょうがない。帰ったら教えてもらおう。


しばらく走っていると、村の仲間たちの気配がした。かすかに混ざっている匂いに嫌な予感がした。これは……血の匂いだ。

緊急事態なのを察して、お母さんを抱えたまま走り出す。


「──ったぞ!二匹!」

「これ以上は無理だ!助けてくれ!」

「こっちも手一杯……ぐあぁぁっ!」


次に聞こえてきたのは、怒号と悲鳴。何度かみたことのある人達が、魔物と戦っていた。お母さんと仲が良かったはずの女の人と、里にいた薬師の人もいた。みんな親しい訳じゃなかったから、名前は覚えていない。

更に足を強化して、戦っているあたりの中心まで飛び込む。周囲には、あのウサギが四匹と、負傷した人が数人。


「伏せて!」

「!?」


流石は里の戦士たちだ。状況が分からずとも、人の声が聞こえてきたらすぐに行動できる。獣人は最低限魔物と戦えるように里で訓練されるはずだけど、実際にそれを出来るのはすごいことだと思う。


みんなが伏せて動かなくなったところに、魔物だけを狙って雷を走らせた。

本当は私を中心に周りを焼き尽くす方が楽だけど、それはできない。私だって、獣人たち全員が私を追い出そうとしたわけじゃないことはわかってる。ご主人さまにも無駄に殺すなって言われたし。


周りに他の魔物がいなくなったことを確認してから、後ろでウサギに殺されかけていた女の人に振り返る。


「あ、あなた……」


急に現れて魔物を全部倒した私への反応に、女の人は困ってるみたいだ。名前は憶えてない。あんまり話したことないし。うーん、今は聞かなくていいや。後にしよう。目的とは関係ないし。

里から追い出されたのはこの人も知ってるんだろう。私への反応がぎこちなくて、言葉に困ってる感じ。


「……テュオちゃん、よね……?」


私を見るその目は、知り合いの娘を見る目ではなく、昔里にいた頃みたいな出来るだけ関わりたくないという意思を感じさせる目でもない。異質な物を見る、怯えた目だ。

でも、今はどうでもいい。


その女を無視して、倒れていた人のうちの一人のもとに向かう。

腹を刺されたのか、お腹辺りの破れた服が血で染まっている。今にも死にそうな青い顔で倒れているのは……私の、お父さんだ。


「お父さん」

「……テュ、オ?…………幻か?」


お父さんはかすれた声でうわ言のようにつぶやいている。ぐったりしていて、口を動かすのもしんどそう。


「違うよお父さん、本物だよ、テュオだよ」

「……そうか。なぜここに……いや、今はいい。テュオ、よく聞け。俺は、もう長くない」

「お父さん……」


お父さんが、もう生きられないことを悟ったのか、遺言のようなものを喋ろうとしている。


「お前が追い出されるのを、止められなくてすまない。でも俺は、」

「ねえお父さん、お腹」

「聞いてくれ、テュオ。俺は、お前を愛している」

「あのね」

「最期にお前と会えて、よかっ──」

「お父さん話聞いて。お腹の傷はもう治したよ」

「…………え?」


見たところ、その傷はちょっと前にできた外傷。ご主人様によると、私の治癒魔法は最近できた怪我はほとんど無かった事に出来るし、昔できた怪我でも命を繋ぐだけの治療は出来るみたい。だからご主人様みたいに他人の腕や目を取り戻すことは出来ないけど、これぐらいの怪我なら治せる。


「おお、本当だ……どういうことだ?」

「私が治したの。魔法で。もう痛いところはない?」

「ああ……いや、しかしそんな……」


なかなか受け入れようとしないお父さんに、これまでのことを説明していく。ご主人さまの話はごまかしながらだけど。私を奴隷として買った人がいる、ということを話したら話がこじれそうだから。魔法が使える親切な師匠に拾ってもらったことにした。……間違ってるわけでもないね?


私が魔法を使えることを始めは疑っていたけど、手に雷とか炎を浮かべて見せたらようやく納得してくれた。これよりも、治療魔法の方が難易度は高いはずなんだけど……目に見えやすいのは攻撃魔法だから、仕方ないよね。ご主人様も盗賊に襲われたときに目に見えない魔法で攻撃していたけど、首だけになった盗賊の脳内は死ぬまで疑問一色だった。あの魔法は仕方ない。何度か見せてもらった私も、まだ目を凝らさないと見えない魔法だ。


後ろから、走る足音が聞こえてくる。この足音はお母さんだ。


「フレッド……?だ、大丈夫?怪我したって他の人は言ってたけど……」


途中から、後ろに置いてきたお母さんも合流した。血の匂いから良くない状況だと思っていて、破れて血に染まった服を見て泣きそうになっていたけど、元気なお父さんを見て喜んでいた。

自分が死ななくて済んだという現実を徐々に受け入れるにつれ、お父さんの顔も喜びで満ちていく。いや、喜びすぎて少し泣いている。泣き笑いのような表情で、突然私とお母さんを抱き寄せてきた。


「うおおぉぉぉっ!テュオ、カイラッ!また、また会えるなんて!」

「く、苦しぃ」

「ちょっとあなた、落ち着きなさい」


お父さんが騒いだ声で、周りに魔物が近寄ってきた。一度離れて周りを綺麗にしに行かなきゃ。


「本当に、本当によかった……お前たちが無事で」

「お父さん、話は後。魔物が来てるよ」

「……本当だ。しかもかなりの数だ」


お父さんにもわかったみたい。絶望した表情をしているけど、大丈夫。私は昔みたいに守られるだけじゃないから。


「お父さんはちょっとそこで休んでて。すぐ終わらせるよ」


ここに走って来たときと同じように、雷を周りに飛ばす。遠いなぁ、何匹かには届かなかった。危ないかもしれないし、周りを綺麗にしないと。


「ちょっと行ってくるね」


寄ってきたのはやっぱりあのウサギだった。昔は『森の悪魔』なんて大げさな名前で呼んでたけど、今はもう何とも思わない。元々、獣人たちが相手をしても一匹ぐらいなら戦えていたぐらいに弱い。皆が怖がっていたのは、戦っている音でどんどんウサギが集まってくるからだ。

ご主人様の住んでいるダンジョンは、地下深くになるほど魔物が強くなってく。それは弱い魔物がどんどん上に追いやられていくって意味で、今倒しているウサギたちはみんなその競争に負けてここに出てきた魔物たちだ。ダンジョンの第一層にもウサギはいたけど、それにすら負けた魔物。注意して戦えば負ける相手じゃない。


周りの魔物を倒してから、お父さんの元に戻る。

皆は、少し開けた広場で集まって話し合っていた。私が魔物を追い払っているから、ゆっくり話し合う時間ができたみたい。

遠くから聞いてみると、その話の内容は私について話しているみたいだった。……うん、そんなにいい話をしているような雰囲気じゃない。『呪いが』とか、『悪魔が』とか、そんな言葉が聞こえてくる。私の事だと思う。でも、昔ほど悲しくはない。あの人たちが拒否するなら、私はここを離れてもいい。一人でも生きて行けるようにってご主人様が育ててくれたし、多分、ご主人様なら戻ってきても受け入れてくれる。

お母さんとお父さんが責められるぐらいなら、もう戻ってもいいんだけど……でもご主人様がお父さんとお母さんを受け入れてくれるか分からないし、そもそもお父さんは。


「ねぇ。あなたたちが私のこと嫌いならそれでもいいんだけど、私はもうここを離れた方がいい?」

「……そ、そりゃ当然──」

「ちょっと!森の悪魔たちを追い払ってくれたのはその子なのよ!死ぬなら一人で死になさいよっ!」

「うっ……でもよぉ……」


私を無視して、里の人たちで揉め始めた。正直、どうでもいい。


「じゃあ、あななたちの決めたことに私は従うから、話し合ってね」


私を仲間に入れようと主張する人たちの多くは、私がさっき魔物を倒したのを見ていた人たちだ。私という安全を手放したくはないんだろう。お父さんは話し合いをまとめるため、渋い顔をしながらもそこに参加していった。不機嫌そうだったのは、私を利用するか追い出すかの二択だったからだと思う。

お母さんはその話し合いには参加せずに私のそばにいる。合流するためにずっと動いていたから、この機会にゆっくり話そう。


しばらくお母さんと話していると、あっちも決着がついたみたいで私のほうに一人の男が向かってきた。


「よぉ、化け物。久しぶりだなぁ、せっかく追いだしたのに戻ってきやがって」


そう、こいつは私を追いだした男だ。

名前は確か、デレク。里では実力者としてそれなりの発言権を持っていた。私を無理やり追い出した後も平気な顔して里に居座っていたみたいだ。

昔は、この男が怖かった。だけど、今はそうじゃない。


「迎え入れてもいいが、多くはお前の力を目にしていない。戦えるだけの力を示してほしい、とのことだ。よって、本人の要望もありデレクとの一騎打ちを行うこととなった。そこで勝利できれば、お前が戻ってくることを認めることとなる」

「全員が見ているからな。父親に泣きつくことも、小細工で騙すこともできねぇぞ」

「……そう。じゃあ、やろっか」








「降参する?」


男の頭を地面に叩きつけて、上から押さえつける。相手の命を握ることで相手に言う事を聞かせる、ご主人様に教えてもらった、一番大事なことだ。


やっぱり魔法が使えない相手とじゃ、まともな戦いにならなかった。デレクは最初に牽制のつもりで撃ち込んだ雷の魔法を、まともに食らって倒れこんだ。ご主人様が私にあれだけ魔法を教えたがっていたのもよく分かる。魔法は、選択肢の一つじゃない。魔法があって初めて、戦うための準備ができるんだ。


「……ああ、降参だ」

「そう」


デレクの頭から手を放し立ち上がる。

周りを見ると、見ていた獣人たちは喜んでいたり怖がっていたり表情は色々だ。だけど……この人たちの言うことに全部従うなんてことはしない。言いなりになって戦う便利な道具みたいになるつもりはない。ご主人様も、舐められるなって言ってたし。


「じゃあ……みんなも、動かないで」

「待て、何をしている?」


両手に火の玉を浮かべる。

試合が終わって近寄ってきた人も、その足を止める。


「私はあなたたちの命令に従う気はない」

「おい、それは──グッ」

「黙ってて」


一番最初に喋ろうとした人を、魔法で吹き飛ばして黙らせる。水の魔法、教えてもらっててよかった。強さを間違えたから飛びすぎた気がするけど、まあいいか。

一人が水に押されて吹き飛んでいったのを見て、怪訝そうに見ていた人たちの顔にも緊張が浮かんだのがわかる。本当なら近くの人が手を差し伸べるぐらいはするはずなのに、それすらも出来ずに固まっているのは、私の魔法が怖いからだ。脅した効果がちゃんと出ているみたいでよかった。


「私は、私にとって邪魔な相手を殺すよ。それだけは覚えておいて」


結局、この里のほとんどが私の考えを理解してくれて、私の邪魔はしないことを誓ってくれた。私を受け入れることに反対だった多くの人も力の差を理解して、この集団に私が加わることを受け入れた。私を追いだした張本人であるデレクだけは私を睨んできたあと、どこかへ去って行った。お父さんとお母さんは謝罪もせずに逃げていったことに怒ってたけど、私にとってはどうでもいい。

私たちは長い間魔物や盗賊たちと戦ってきたから、最近では盗賊の脅威も大きい。だから、力を持つ人の地位は自然と高くなる。みんなから私への扱いも丁寧になったし、何人かは私を敬うような態度を取ってる。価値があると分かった瞬間に手のひらを返したように見えるからって、お父さんは不満げだった。でも、気持ちはわかる。私も、ご主人様から逃げようとしたけど、守ってもらえるとわかった時から守ってもらえるように行動してたから。




だから、お父さんとお母さんが平和に過ごせる環境を作るために、獣人を脅かす盗賊との戦いに──


「大将。この辺りの獣人たちはこれで全員だ」

「……うん。準備しよっか」


私は、大将として参加することになった。そんなつもりじゃなかったんだけど……。


お父さんが元々皆を率いる立場だったのと、その娘の私が十分な力を示したから、って理由。急だったから驚いたけど、この里の中で私が一番強いんだからそうなるのは当たり前なのかも。一部の人たちは騒がしかったけど。

私も、獣人たちには仲間意識もある。私を追いだした奴らと、それに賛成していた奴らを除いて。だから、盗賊を追い払うことには賛成。さっさと追い払って、ここを安全にしてからご主人様に迎えに来てもらって、その後のことを話したい。そのためにも頑張ろう。


獣人たちは盗賊に襲われたときに散り散りになって逃げたけど、今それを集め終わったみたい。これ以上の仲間は離れすぎて私たちには感知できないか、あるいは私みたいに捕まって奴隷になっているか、みたいな状況だから集められない。


本当は、お母さんとお父さんを連れてご主人様の下で暮らしたかった。でもお父さんとお母さんは仲間を見捨ててここを離れることは出来ないって言ってるし、そもそもご主人様も受け入れてくれるかは分からない。ご主人様とお母さんが出会ったとき、ちょっとだけ気まずそうにしてたし。だから、盗賊を完全に消さないと、私はここを離れられない。

だって、私が抜けたら明らかに戦力が足りないから。盗賊と魔物に蹂躙されて緩やかに滅亡を迎えるだけだ。


「私が魔法を教えられたらいいんだけどなぁ……」

「……テュオは、誰に魔法を教えてもらったんだ?」


呟いた言葉を聞いて、お父さんが聞いてきた。

会ったはずだけど、お父さんには話していなかったみたいだ。


「ご主人様……えっと、魔境の奥の奥に住んでる人。いろんな魔法を教えてもらったし、魔法以外のこともいっぱい教えてもらった」

「どんな事を教えてもらったんだ?」

「ルールを守ることとか、おいしい魔物とか……あと一番大事なのは、邪魔する奴はみんな殺せってこととか」

「……そ、そうか。さっきのはそういう事か」


お父さんが不安そうな表情をしている意味は分かる。デレクをはじめとした、私を呪いの子だとかなんだとか言いがかりをつけて追いだした奴らのことだ。当然、私にとってあいつらは邪魔だ。あいつらのせいでひどい目にもあった。

だけどご主人様は、不必要に敵を作るなとも言っていた。今は盗賊を追い払うために行動するべきだし、ここで戦力を減らしたくない。さっきやったのはただの脅しで本当はあまり殺す気はないけど、お父さんにはそうは見えなかったんだと思う。


「今はここで争っている暇はないから何もしないよ」

「……すまない。俺が、もっと前からあいつらを黙らせておけば」


お父さんは申し訳なさそうな顔をしている。『今は』という言葉に含まれた意味に気付いたんだと思う。だけど、お父さんも仲間との関係は大事なはずだし、あいつらを黙らせるには力が足りなかったと思うから、もっと前から行動していたとしても多分無理。する必要のない後悔だと思う。

それに、そんなに心配しなくても、私は多分殺さない。ご主人様の元に戻れば、もう関わりがなくなるから。


「大丈夫だよ。準備、続けよう」




私たちは盗賊たちを迎え撃つ準備をして、罠や魔法、時には純粋な暴力で盗賊たちを狩っていった。盗賊たちの連携はうまく取れてなくて、散発的に襲ってくるのを簡単に殺していた。元々、最初に襲撃を受けてから態勢を整える時間がなかっただけで、準備する時間があるなら負ける相手じゃない。私が魔物を追い払えば、その時間に落ち着いて準備ができる。

そして、ある日を過ぎてから盗賊が急に現れなくなった。何人かはそれで盗賊がいなくなったものと思って安心していたけど、本当はそうじゃなかった。


「大将。盗賊が出た。日の出の方角、30人だ」

「多いね。みんなに準備させて。私も戦う」

「ああ、分かった」


迎え撃つ準備をする間に報告を聞く。


森の中を進んでいるのは、盗賊たちの集団。普段が7、8人ぐらいで構成されていたけど、今回の数は30人ぐらいいたらしい。この森には相当な量の罠と待ち伏せした仲間たちがいるけど、それを16人も抜けてきた。

しかも、その装備も今まで見た盗賊たちよりずっと良いらしい。多分、今回の襲撃が最後だ。そいつらを殺し切れば、これだけ準備をしても勝てない相手だと思い知らせることができる。まだ盗賊が残っていても襲ってくるなんて馬鹿なことをしてくるやつはいなくなると思う。逆に、ここで逃げられるといつ勢力を増やして復讐しにくるかわからない。


だから──ここで、全員殺す。


「……来た」


木の上で潜んでいると、盗賊たちがゆっくりと歩いてくるのが見えた。今までよりもはるかに数が多い。あの数だと盗賊ってより、一つの部隊みたいに見える。でもそれは、今はいい。いや、その量を国内でのさばらせていたのかとか、どうしてそんなにいい装備を付けているのかとか、気になることは多いけど、今はどうでもいい。でも、気になるのはそいつらの最後尾の男が牽いているものだ。荷台に乗せられた、平たい木箱のように見える。どう見ても戦いに活用できるようなものじゃない。……何だろう、あれは。


今はどうでもいいか。殺してから、その中身を確かめればいい。

上から飛び降りて奇襲して、一度の魔法で半数の息の根を止めた。盗賊のくせにやけに小奇麗な装備をしていると思ったけど、そこまで上等なものじゃなかったみたい。少し攻撃の通りが悪いような感覚はあったけど、その程度。


「ひ、ひぃぃ!割に合わねぇ、逃げ──」

「逃がさん!」


私を見て逃げようとしていた盗賊たちも、仲間たちが上から襲い掛かって仕留めて、全滅させた。お父さんも、中心で剣を振るって大暴れしている。私が加勢すればすぐに終わりそうだけど、お父さんたちは私に頼りきりになることを嫌って仲間たちを動かしていたから、ちょっかいをかけないほうがいい気がする。


しばらくして、お父さんたちが盗賊を殺し切った。この場に残されたのは、平たい箱だけだった。

近づいてみると、濃い血の匂いがした。これは……仲間の、獣人族の血だ。棺桶?いやそんなはずない。そんなものをここに牽いてくる意味はない。

ぐるぐる回って見てみるけど、完全に釘で閉じられているみたい。戦利品の箱かとも思ったけど、そもそも開けるように作られていない?


「……っ!」


外側から観察していると、その箱から急な魔力の反応があった。反射的に、炎で燃やし尽くす。


「……死体の魔力が、消えた?」


転がっていたはずの盗賊の死体から、その魔力が一気に吸われていった。それでも、箱からの妙な魔力反応は止まらない。違う……止まらないどころか、増えていってる!?


「……下がってっ!」


嫌な予感がしたので箱から全力で距離を取って、仲間にも下がるように呼びかけた。同時に、箱から強力な生命反応が発生する。


メリメリと箱がきしむような音がした後、爆発するように中から何かが飛び出してきた。


「何、あれ」


肉の、塊……?どす黒い血にまみれた、肉の塊だ。脈打つように動いて、まだ成長を続けてる。地面に広がって、倒れている盗賊の体すら飲み込んでいく。それと同時に、その肉塊から放たれる魔力もどんどん大きくなっていっている。


試しに魔法を撃ちこんでみたけど、効いてるようには見えない。

どうしよう。あいつ、強い。


「逃げないと」


全員に号令をかけて逃げようとしたとき、その肉塊がこっちを向いたような気がした。


「GAAAAAAAAOOOOOOOOOO!!!」


不快になるような音を立てながら肉塊の一部に魔力が集中していく。


「まずいっ……」


肉塊の表面に浮かぶ黒い物体が一か所に固まった瞬間、そこから漆黒の炎が私たちに向かって伸びてきた。私のことだけを考えれば防ぎきれるかもしれないけど、後ろにはまだお父さんたちがいる。

魔力を大きく広げて壁を作ったけど……突破された。もう、逃げることも、防ぐこともできない。視界いっぱいにどす黒い炎が映る。これを食らって、生き残れる?……直観でわかる。多分、無理だ。


ああ……ごめんなさい、ご主人様──

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