第15話
転移で移動してきた部屋は本と紙だらけの書斎。部屋の中央にある机の上にも、何冊かの本と細かく字の羅列された紙が並べられている。
机の奥に座るのは整った顔を持つ若い男、小奇麗で華美な服を身に着けている。名はウッドフォード・ゼレイ・ブラッドリー。俺が王城の中の人間を片っ端から鑑定して見つけ出した、この国の王子、だそうだ。言われてみれば、高貴な雰囲気が漂っている気がしないでもない。
その王子を守るように立つのは執事服の男。面倒なので鑑定はしないが、多分執事であってるはずだ。典型的な白黒の服と整えられた髭に眼鏡をかけたナイスミドルである。しかしオッサンではあるため、空間のオッサン密度がとても高い。助けてテュオ。
そしてその執事は手に持った剣を武器を俺たちに……というか、俺に向けている。だって俺、二人と違って跪いてないからね。あいにく物理攻撃程度では何年かかろうと俺を殺すことは出来ないが。
一切問題がないので、細かい事情の説明は俺じゃない方が早いだろう。
「説明よろしく」
しかし、片方は──
「こ、これが転移か!?まさか生きている間に体感できるとは……」
転移に感動して放心状態となり使い物にならなくなっている。お前だけが頼りだギルドマスター。
「え、ええと……王子殿下、ですよね?」
「それが見て分からぬほど耄碌したのですか?」
「い、いえっ!突然の訪問、誠に申し訳なく……」
ギルドマスターはしどろもどろになりながらも、今まであったことを説明した。その間、執事に抜き身の剣をずっと向けられていた。頑張れ。
さっきの執事の反応を見る限り、ギルドマスターと鑑定師の名前を読んでいたから知り合いだと思うんだけど……そこまで親しい訳じゃないのかな。そりゃそうか、身分が違うし。
説明していく過程で、転移だの攻撃手段だのを色々求められた。実演することで王子や執事をいつでも殺せることを理解したのか、執事も剣を収めてくれた。目つきは鋭いままだが。
今まで静観していた王子が口を開く。
「事情は理解した。優秀な治癒師が診るというならそれほどありがたいことはないし、転移が使えるのだから実力についても申し分ない」
突然訪問した割には思ったよりも冷静な反応だ。転移と治療はジャンルが違いすぎるからそれを見て評価するのもちょっとおかしいのだが、今は突っ込まない。
「しかし、こちらからの返答は待てなかったのか?」
「こっちはやる事があるし、それが終わったらこの国に来るかは分からんからな。知らん集団の知らん文化に付き合う義理もない」
「……そうか。道理だな」
王子は考え込むように腕を組んだ。
「それだけの魔術、まさか慈善だとは言うまい。そなたは報酬に、何を求める?」
「大したもんじゃない。獣人……亜人を奴隷にしようと考えた奴の名前と、盗賊に武器を配ってるバカの名前を教えてもらおう」
王子は驚いたように目を見開く。対して執事は敵意が増し、収めたはずの剣にまたしても手が添えられた。さっきから思ってたけどそれ執事の仕事じゃなくない?
しかしこの敵意、もしやこの王子が犯人か……とも思ったが、そういう雰囲気でもないらしい。王子の方はそこまで緊張した気配を出していないからだ。もしくは嘘が上手いか。
「それを知ってどうする気だ?」
「まだ未定だな。場合によっては殺す可能性もある。知り合いがそのせいで酷い目に遭わされたみたいでな」
王子からは怯えたような反応は帰ってこない。物騒な発言に驚いた程度だ。もちろん、取り繕うのが上手い男である可能性もあるが、彼が本当に犯人だったらもっと敵意とか恐怖の感情を露骨に……いや、そこまでポーカーフェイスが下手な相手でもないか。貴族だもんね。
王子が執事を含めた三人を呼び、机の周りに集めた。執事は分かるとして、ギルドマスターや鑑定師の爺さんとも仲がいいんだな?内密の話をしているんだろうが、その位置だと魔法を使えば聞けないこともない。彼らとしては聞いてほしくないからこそこそ喋っているんだろう。俺としても普段ならプライバシーを尊重するが──今回は特別という事で。誤魔化す算段を立てていたら真っ先に殴りに行かなきゃならんからな。
『私は、奴を仲間に引き込みたい』
『正気でございますか?例の件で送られてきた刺客の可能性もあるのではないですか?』
『心配せずとも、あれが父上の手の者である可能性は無い。治癒も転移もできる魔術師を父上が手放すはずがない』
『しかし味方である可能性もないじゃろう?あれに勝てる者に心当たりはないぞ、隣国の刺客であったときにはどうにもならん』
『だからこそだろう?敵ならばどう足掻いても甚大な被害を受ける。対策するだけ無駄になるならば敵である可能性を捨てる他ない。ここで治療を依頼し、その結果有用であるならばそれでいい、優秀な治癒師との繋がりを作れる。考えたくはないがもし失敗しても……ターシャの命は、この国にとって重くはない』
『あのような無礼なものを放置しては、国の威信が揺らぎますぞ』
『頼む。ターシャを救うために、今は藁にも縋りたいのだ』
『……仕方ありませんな』
例の件、が何かは分からないが、少なくともこいつが犯人ではないようだ。仲間に引き込むという発言から察するに何かしらの面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いが、あの王子がまともな価値観の持ち主ならば横暴な振る舞いをしてくることも無いだろう。
患者である王子の妹さんはターシャという名前らしい。恐らく大切に思っている相手であろう身内ですら俺が使えるかそうじゃないかの判断材料にするとは、まさに政治の世界って感じだ。そういう血筋のもとに生まれてくると大変だ。
「話はまとまったぞ、冒険者よ……何ゆえにそのような顔をしているのだ?」
「いや、貴族ってのも大変だなって思ってな」
「そうか?確かにままならぬ事も星の数ほどあるが、そう悪いものでもない。それで、そなたには我が妹の治療を頼みたい。報酬は、私が出せる可能な限りの全てだ。もちろん、先ほどの問いに答えることも含まれる。頼まれてくれるか?」
「おう」
「頼んだぞ」
目の前では、王子と執事が黙々と歩いている。俺と王子の間に会話は無い。俺が城内の人間に見られると困るんだそうで、姿を隠すか寝室に転移するかを頼まれたからだ。女性の寝室に直接転移するのはいくら俺でも気が引けたので、こうやって姿を隠してついて行っている。
王子が他の扉とは雰囲気が違う扉の前で立ち止まった。芸術のわからない俺でも感じられるぐらい、豪華で金がかかってそうな扉だ。お洒落かどうかは分からない。異国情緒あふれるなんかいい感じの扉だ。
扉が完全に閉じたことを確認して、俺も姿を現す。部屋の中には、およそ一人で寝るには無駄の多い大きなベッドで寝ている人がいた。何らかの香が焚いてあるのか、かすかにいい香りが漂っている。
「よろしく頼む。病人の前だ、騒ぐなよ」
「はいはい」
横たわっていたのは少し赤みがかった金の髪を持つ美しい少女だ。年齢は見た目から推測するにテュオより少し年上ぐらいだ。しかし十分な食事を取れていないのか若干痩せこけて見える。テュオも俺が買った直後は大差なかったが。
今更ながら、寝ている少女の部屋に忍び込む三人の男って構図、犯罪臭がするな。王子も許可を取ったようには見えなかったし、この少女にとって見られたいものでもないだろう。さっさと済ませてさっさと帰ろう。
ベッドの上から魔力を通して体を診察するが、差し迫った危機でもないようだ。
最悪の場合はテュオの時のように魔力を大量消費する必要もあるかと思っていたが、これなら大丈夫だ。問題のありそうな箇所は……これだな。
「すぐに死ぬことはなさそうだな」
「この子が我が妹であるターシャ・ゼレイ・ブラッドリーだ。見ての通り体が弱く、ベッドに寝たきりの状態だ」
「相変わらず名前が長いな」
「今は礼儀を気にしている場合ではないから好きに呼べ。それで、治せるのか?」
「治せるぞ」
「本当か!?」
後ろから肩を強くつかまれた。病人の前なんだから騒ぐなよ。
「多分ね」
「不安だな……」
「我々を謀ったとなれば、あなたの首が飛ぶこととなりますよ」
ずっと黙っていた執事が口をはさんできた。まあ安心しなさいな。
「心配するな。こういうのは慣れてるんだ」
再度寝込んでいる少女を見る。見た目にはなんの異常もない。今まで何人もの医師や薬師がこの子を見てきたらしいが、外見だけを調査しても異常を発見することはできなかっただろう。
ただ、魔力の流れを見ればその異常はすぐに分かる。周囲に放出している魔力が極端に少ない。誰か気付かなかったのかとも思うが、普通の人間との差異は微量だし気付くのも難しいか。
この子の魔石は生まれた時から不良品で、それ自体の成長が出来ない物だったんだろう。体が小さい頃はそれでも出力が足りていたが、体が大きくなるにつれて足りなくなっていった、という流れか。最近になって悪化したのではなく、最初から悪かったのだ。
原因が分かれば治療は簡単だ。より出力のある魔石を用意してやればいい。自力で魔石を作ることもできるが、ありものを移植してやってもいい。自力で作るのは魔力の消費が半端ないのでさすがにやりたくないので後者にしようか。
少女の体に入っている魔石よりも出力の出るものなんて山ほど持っているから、それにこの少女と波長を合わせた魔力をありったけ注いだ後に体内の魔石と入れ替えれば完了だ。自分のじゃない魔石に含まれる魔力は当然拒否反応が出るからな、テュオの時と似ている。
「よし、やるか」
魔力を読み取って……波長を合わせて、注いで……んで、中の魔石を取り出して、入れ替える。
よし終わり。後は経過を観察する必要があるが、そこはこの王子に押し付けても大丈夫だろう。
「……おい、まだ始めないのか?」
「もう終わった」
「は?」
「……ん……」
「ターシャ!目が覚めたか!」
治療を終わらせてしばらく経った後、王子の妹は目を覚ました。体調からすぐ起きるだろうと予想して待機していたが、予想通りだったな。無理に帰ろうとしても帰らせてはくれなかっただろうが。
しかし王子よ、王女が目を覚ましたにデカい声で話しかけるのはいかがなもんか。静かにしろよこいつ。
「……お兄様、うるさいです」
「そ、そうか、そうだよな。すまない」
怒られてやんの。
起き上がった王女は俺を見つけ、話しかけてくる。
「あなたが治癒師様ですか?」
「治癒師じゃないけど、治したのは俺だな」
分かっていたがずいぶんと華奢な体だ。上体を起こすだけでもそれが明白になる。病人だったから仕方ない、これからちゃんと飯を食べればすぐ元に戻る。
「ありがとうございます。素晴らしい技術をお持ちなのですね。体がとても楽になりました」
「おう。ただ、全体的に身体能力が上がってるはずだから、特に魔法使うときには要注意だぞ。暴発するからな」
当然、扱える魔力量が変わっているので魔法の威力も変わる。体内の魔力を多少利用している身体機能もそのほとんどが向上するだろうけど、そっちはさして問題はない。さすがに、コップを持とうとしたら加減が分からず割ってしまう、というほどの劇的な変化ではない。
「おいリット。よくわからんが、それは本当に大丈夫なのか?」
「問題ない。そもそも能力の低すぎる体が原因なんだから、治療すると能力が上がるのは当然のことだ」
「そうなのか」
「それに、俺も何回か同じことをやってるからな」
「そ……そうか……」
めっちゃ引かれた。おい、俺は治癒師様だぞ。なんて目を向けやがる。
「しばらくは安静に過ごした方がいい。三日あれば元に戻る。あと、飯はちゃんと食えよ」
「はい。また何かあったら、治してくれますか?」
「治せるものだったらな。じゃあ俺はさっきの部屋に戻って待ってるよ。あんまり待たせられると暴れるから、早めに戻って来いよ」
他人が女性の部屋に長居するもんじゃないからな。兄はどうだか知らないが、残り二人は他人だ。いや、執事というのは血縁関係者から送られてくるものなんだっけ?どちらにしろ俺は部外者だからな。さっさと離脱したい。
「せっかちな奴め。兄と妹の久々の会話を暖かく見守る広い心はないのか?」
「ない」
非難がましく見る王子を無視し、さっきまでの書斎に転移した。
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