第14話
テュオと別れてから数日後。久々に準備を整えた俺は、再度カルカン国の王都へ訪れていた。今日は臨戦態勢なので、倉庫から引っ張り出してきた一張羅だ。見た目は大差ないが。
この国のほとんどの市民は獣人の事を知らない。王都に入ってすぐの屋台のおっさんは、『獣人を見たことはない』と言っていた。色々な話を聞けるであろうあのおっさんでさえ知らないのだし、俺も見かけたことはない。獣人が何かを理解しているのは国の関係者と奴隷商、あと盗賊。つまり元凶もその辺のどれかだ。俺に奴隷制を終わらせるなんて正義感は無いが、テュオにあんな扱いをした報いは受けてもらわねば。
……元凶が見つからなかったら、奴隷商に放火でもして帰ろう。
とりあえず情報の得られそうな王城を見に行って、可能なら忍び込もうかと向かっている道中、大通りの脇で立ち尽くしていた何者かと目が合う。やたらとうれしそうな顔をしながらそのまま走って近づいてきたその相手は、この前俺がギルドに行ったときに対応してくれた受付嬢だった。対応してくれたというより疑われた記憶のほうが強いが。
ここはギルドとそれなりに離れているのだが、どうしてここにいるんだろうか。
「何してんの?」
「リットさん!うちのギルドマスターと会ってくれませんか!?リットさんに逃げられると私、クビにされちゃうんですよぉ!」
「……何があったらそうなるんだ」
「それがですね!?うちのギルドマスターに、あの依頼の達成者を連れてこいって言われたんです!」
よくよく話を聞けば、俺に依頼人からもう一つ頼みたいことがあったようで、俺を呼び出す必要があったらしい。しかし俺はあれからギルドに顔を出しておらず、後日説明するという約束も果たしていないので連絡手段がない。約束をすっぽかされたのは受付嬢の応対が悪かったこともあるし、そもそも納品物の鑑定を認めないというのは規則に反する、という理由で罰として俺を探し出すことを命じられた、と。
「結果として印象悪い奴を対応に回してるんだけど、正気?」
「うっ……あの時は、本当に申し訳ありませんでした……」
以前のとげとげしさは鳴りを潜め、前に俺を不審者扱いしていたはずの態度はすっかり改められていた。ギルドマスターに相当怒られたようだ。まあ客観的に見れば結構不審者だったので気持ちもわからなくはない。もう少し慎重だったらよかったんじゃないかな。
「それで、用件は?」
「リットさんに依頼したいことがあるみたいで……内容は極秘扱いで聞かされてはいないんですけど」
おや、意外だ。何の効果もない果実を納品したこと、もしくは後日話す約束をすっぽかしたことで責められるものかと思っていた。
「報酬についてはギルドと依頼主の方から可能な限り支払われるそうです。ですからどうか、一度来ていただけませんか?」
「うーん……とりあえず会ってみるか」
「ありがとうございます!」
それにしても、俺を探すためだけに人を外に立たせておくなんて、よくそんな効率の悪いことをしたな。当然俺はギルドと連絡なんて取っていないので、いつ王都に来るかは分からない。ギルドも人が余っているなんてことは無いだろうに。それだけ必死だったんだろうか。
「やはり、初めて見る顔だな」
案内されたのはギルド二階、その奥の部屋。入った先には歳をとった爺さん……あ、鑑定師か。その横に、爺さんよりは若いがそこそこ歳を取っている、目つきの鋭いオッサンが座っている。多分初対面だ。
「俺がこのギルドのマスターのハンスだ。ハンスでもマスターでも好きに呼べ」
「ああはい、よろしく」
ギルドマスターでした。ここの一番偉い人かな。
相当ガタイが良く、よく鍛えているのだろう。手や顔に残る傷からも、数多の戦闘を潜り抜けてきた事が分かる。ただその反面感じる魔力は貧弱で、鑑定師のおっさんにも劣る。体内にまで魔力を侵入させても大した魔力を感じないため、俺のように抑えているわけでもない。物理攻撃が主体の戦闘職か。魔法に対する防御力がない以上、俺から見れば鑑定師よりも弱い。……ギルドの長とはいえ管理職相手に戦力分析しても意味は無いか。適材適所だな。
「……細かい話はイネスから聞いている。あの果実を納品したのはお前だな?」
「そうだ。何か問題でもあったか?」
あれに治療効果はないから、問題あるのが自然だろうけど。しかしそもそもが鑑定師のお墨付き、文句を言うならあの鑑定師のおっさんに言うべきだ。
「そうではない。聞きたいことは一つだ。あの果実はもう一度手に入れられるのか?」
「不可能じゃあないな」
あれは家の倉庫に複数放り込んでいる。ちなみに倉庫の時間は魔法で止まっているので採れたて新鮮です。
「……それは事実か?ならばその果実を、可能な限り早く納品してほしい。報酬は、最低でも白金貨五十枚以上にはなる予定だ」
前回は二百枚だったからだいぶ減ったが、それでも高いんじゃないか?そんなに価値のある物じゃないだろうに。
「そんな欲しがってる依頼人がいるのか?」
「ああ。前回の依頼同様、依頼人は教えられない」
「そうか」
ただ高級な果物を食べたいだけというなら俺も心は痛まないが、万能薬みたいな扱いしてそうだからなぁ。特別な効果は何もないただの果物を、治療を目的にしている人に売りつけるつもりはない。自分で欲しがって自分が痛い目を見るだけならどうでもいいんだが、こいつらは言わば元請けみたいなもんだから、関係ない人が痛い目を見るのはちょっと可哀想だ。というか、あの果実にそんな万能薬じみた効果がないことは、前回学ばなかったのか?病人や怪我人に食わせれば分かることだろ。
「前回納品したのはどうなったんだよ?」
「教えられない」
「はあ?じゃあ、依頼人の目的は?」
「それも教えられない」
なんじゃそりゃ。
あまりに要領を得ない話だ。……もういいか。他にやることもあるし、帰ろう。
「帰るわ」
「待て」
一言断ってから席を立ち上がると、ギルドマスターも立ち上がり肩に手を置いてきた。年齢の割には素早い身のこなしだ。
「これを断るとお前は、敵に回してはならない相手を敵に回すことになる。素直に依頼を受けた方が身のためだ」
急に連れてこられたというのにずいぶんな物言いだな。腕ごと切り落としてやろうか。
「お待ちいただきたい、冒険者殿」
魔力を肩にのせられた側の腕に伸ばして切ろうとしていた時、鑑定師の爺さんが止めに入ってきた。その頭はテーブルに着くほどに深く下がっている。まるで首を差し出しているかのようだ。
「その怒りもごもっともではあろうが、どうかこの老いぼれの首だけで勘弁してもらえないか」
「カルヴァン!?何を言っている。こいつはギルドに楯突いて──」
「力の差が分からんのか!」
鑑定師の爺さんが急に怒鳴り声をあげた。急に音量が上がるからびっくりした。
その顔は声色から察するにひどく険しいものだろうけども、あいにく下を向いているので表情が分からない。しかし、この鑑定師の首で勘弁という理屈も分からない。状況を理解している人間を殺して理解できていない人間を生かすのはとても効率が悪い。結局どっちも殺す事になるからな。
ギルドマスターも声量に驚いたのか黙ってしまったし、俺が何かを言わなきゃいけない場面なんだろうか。どうしようかな。
……ギルドマスターがまだ肩に置いた手を離さない。そんな事してるとやっちゃうぞ。
「……っ!?」
どす、と音を立ててギルドマスターの腕が落ちる。
多少驚いた表情をしつつも、ギルドマスターは冷静に自分の切れた右腕を見下ろし、さっきよりも恐怖の増した顔でこちらを見てきた。しかし、あれで声一つ出さないのは優秀だ。結構な修羅場の経験があるんだな。わめいても自身の生存率は上がらないことを理解できている。
とはいえ俺も後に残る危害を加えたいわけではなく、これで恨まれても後が面倒なので治療だけはしておく。こっちはさっきまでの肉体に戻すだけだから、テュオとは違ってはるかに省エネ、いや省魔力だ。
落ちた腕を魔力に変え、それをそのままギルドマスターの腕に変換する。
「はい治った」
突然切られた腕が、またしても突然治されたことでギルドマスターは更に困惑した様子で、指を一本ずつ動かして動きを確かめている。結果としては上手くいったようで、ギルドマスターは当然として顔を上げていた鑑定師も表情に怯えが増した。これで俺に妙な依頼を押し付けることも無くなるだろう。
というか、この空気じゃ交渉も何もないな。帰ろう。
「これからはあんまり横暴なことするなよ。じゃあ帰るから──」
「お待ちいただきたい!」
「えぇ、まだやんの!?」
席を立ったら、鑑定師の爺さんが目の前に出てきて止められた。粘り強すぎるだろ、命が惜しくないのかこのジジイ。
ついでにさっきの衝撃で出遅れただけで、ギルドマスターも後から立ち上がって目の前に来た。お前もか。
「分かった、全て説明する。どうか話だけでも聞いてくれないか」
「なんだ、説明する気になったのか……最初からそうしてくれればよかったんじゃない?」
「事情が変わったのだ、冒険者殿」
「えぇ……?まあ、いいけど」
二人して説得しに来た。そんな急に変わることある?
「依頼主は、王子殿下その人だ。内容は、生まれつき体の弱かった王女殿下の治療である。噂ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「ない」
「なんだと?ほとんど公務で見かけないとは思わなかったのか?……ああ、田舎から来たのか」
ギルドマスターはため息を吐いてから、その王女とやらの症状を教えてくれた。
生まれつき運動能力が低く、最近はそれが更に加速している。今は歩くだけでも息切れが激しく、疲労感も強い。食は細いし病気がち。その他多くの体の不調で今はベッドに寝たきりなんだとか。
……話を聞く限り端的に言えば体が弱い、ということになるが、それにも原因があるだろう。この話だけでは何が問題かは分からんな。
「お前の治療技術ならばどうだ?治る可能性はあるのか?」
うーん、分からん。そもそもこの人生で出会ってきた人間は非常に少なく、それはつまり出会ってきた患者や病気の少なさに繋がっている。俺は医者でもないし、治療というのは最近まで専ら自分しか対象にしない行為だった。症状だけを聞いて病名の特定をするなんてできるはずがない。
ただ、治療のノウハウはあるし、治療に必要なだけの魔力もある。脳に異常があると厄介だったが恐らく肉体の以上であろうし、それならば極端な話、頭から下を全部取り替えれば確実に治る。
「何でもありなら、いけるんじゃないか?」
「ほ、本当か!?やってくれるか!?」
「うーん」
出来るとは言ったが、やるかどうかは別問題だ。俺にとってはやる意味がない。王子の依頼してきた王女の治療など……あ。
そうだ、王子なら国の事を色々知ってそうじゃん。知らなくても知ってるやつに取り次いでくれそうだ。
そもそもこいつらが知ってたらそんなことする必要はないけど……と思って奴隷制の件や盗賊への支援について聞いてみたが、やはり結果は芳しくない。獣人の奴隷については急に発表されたためその首謀者については知識がなく、盗賊の件については聞いたことも無いようで『許しがたい』と憤っていた。まだ関係の浅い相手の話を信用しすぎじゃないかと思ったが、『今の王ならば不思議ではない』とのこと。暗愚がすぎるんじゃない?
結論としては、やっぱり王子に聞いた方が早いということになった。王子も知らない可能性もあるが、ギルドマスターや鑑定師の爺さんよりは国についてはるかに多くの事を知っていると期待しておこう。
「一度その王子と話してみないと分からないな」
「ああ。今から王城に連絡を入れるが……この依頼の優先度は非常に高い。数日で王城から使いが来るだろう。それまで待ってもらえるか?」
「なげぇよ。王子の名前は?」
「それすら知らんのか?ウッドフォード王子殿下だ。忘れるなよ。待ち時間が長いのは辛抱しろ」
嫌だね。こちとらせっかちなんだ。
見えない魔力の手を伸ばし、王城までの道を進む。根本の技術は転移と同じだ。自分が移動するか、魔法が移動するかだけ。
王城内部には……人が多いな。片っ端から鑑定して……いたいた。場所は個室。中には男が二人。片方の名前はウッドフォード・なんとかかんとか。多分こいつだろう。
個室なら多くの人の目に触れずに済むしちょうどいい。状況説明に必要だから、二人とも連れて行こう。
「じゃあ今から会いに行くぞ」
「……はぁ?」
ギルドマスターは疑問の声を上げ、爺さんの方も口にはせずとも怪訝な顔をしている。だがしかし、配慮してやる俺ではないのだ。
さあ、ご対面だ。
視界が切り替わる。ギルドマスターと鑑定師の爺さんは腰を浮かせて無意味に周囲を警戒したり、顎が外れんばかりに口を開いたりと異常な状況に驚きを示している。テュオを最初に転移させたときは目を丸くするぐらいだったが、このおっさん達は反応が良いな。
目の前の光景は一瞬で書斎らしき部屋へと変わり、そしてそこには、机に向って何かを書いていたであろう若い男と執事のような服装の男がいて……執事の方は迷わず剣を抜いて突き付けてきた。
「ハンス、カルヴァン。これはどういうことか。今すぐ説明しなさい。返答次第では今すぐ切り捨てますよ」
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