第13話
「間違えたかもなぁ」
盗賊に案内させた拠点は洞窟を少し整えた程度の場所だった。近づくにつれ、鼻が曲がるほどの悪臭が強くなってきた。空気もこもるしろくに掃除もしてないんだろう。そんな場所で盗賊が集団生活をすればこうなるのは当たり前か。
よく考えれば、こんなところに来る意味はなかったのだ。散歩ついでに気になる場所に来ることが目的だったが、ここまで環境が悪いとは思わなかった。お宝を発掘するつもりで来たのがあだになった。
ちょっと後悔しつつも空気を浄化する障壁を俺とテュオの周囲に張っておく。
「ありがとうございます」
「おう」
さて、本来ならこんなとこには入らずに帰ってるところだが、そうもいかない理由がある。
洞窟の奥、感知魔法に反応する、テュオに似通った小さな魔力。感覚が正しければ、テュオと同じ種族、獣人だ。テュオは探知を使っている様子がなかったので、まだ気付いてはいないだろう。
テュオを追い出した奴か、少なくともそれを見て見ぬ振りをしてた奴が彼女を見れば、ほぼ確実に一悶着ある。「お前のせいで盗賊に捕まった」とか、そんな感じで。しかし、テュオにとっては数少ない仲間の可能性もある。それを無視して帰るわけにもいかない。
話を聞いてみないことにはどちらか判断できない以上、そこにテュオを連れて行く気はない。本当に問題のある奴だったら、テュオに知らせずに処理しよう。
「命令。ここで待ってろ」
「え……はい」
直接的に命令をしたのは初めてだな。テュオと俺はゆるい関係を築いてはいるが、それでもテュオが俺の命令に逆らうことはないし出来ないはずだ。元々真面目で従順だし心配はない。
困惑するテュオを放置して、洞窟の奥へと進む。
盗賊たちは結構な大所帯だった。外にいる時から分かってはいたが、内部にも数人の盗賊がいた。あの時襲ってきたのは全員ではなかったんだろう。そういえばここに案内した盗賊は急いで逃げようとしていたが、あれはつまり中の人間を見捨てたという事になるな。洞窟内にいる仲間を呼び出せばもう一戦仕掛けに来れただろうが、さすがにそこまで馬鹿じゃなかったようだ。合計で……13人ぐらいか?ずいぶん多い印象だが、少ないと数の暴力に頼れないしこの辺がちょうどいい数なんだろうか。誰も飢えてはいないようなので生計は成り立ってるらしいし。いやそんなもんで生計を立てられても困るが。
洞窟内にいる盗賊を殺しながら、獣人らしき生命反応のある場所まで進んでいく。ありがたいことに、俺を見た瞬間に全員が攻撃してくるため迷わずに処理していける。敵対しなかったとて洞窟内で自由にしている時点で盗賊の仲間であることは疑いようがないが。
幾つかの部屋ともいえぬ雑なつくりの洞穴を通り抜けた先、小さな空間の壁際に首輪をつけられた人影が俯いていた。首輪は壁と鎖で繋がっている。わずかに崩落した隙間によって入る光が、その姿を映し出す。
頭には狼の耳が、みすぼらしい服からは尻尾が伸びている女だ。どれもテュオと同じ獣人族の特徴で、大きく違うのは瞳と髪の色だけ。この女は茶髪に茶色の目だな。
近付いてくる俺には気付いたようだが、ちらりと視線を向けるとまた地面に視線を落とした。
「おい、お前」
真っ先に耳がこちらを向き、一瞬遅れて顔もこちらを向く。驚愕と困惑の入り混じったような表情だ。
「お前は魔境に住んでいた獣人か?」
「……人間が、なぜ私達の言葉を喋れるんですか?」
「質問に答えろ。お前は、魔境に住んでいた獣人族か?」
相手のペースに合わせて会話をしてやる気はない。一方的に聞きたいことを聞いていく。
「……答える義理はありません」
「髪の白い獣人に心当たりは?」
質問を変える。テュオに何らかの思う所があれば、反応を見せるだろう。
期待通り、獣人族の女は目を合わせないように逸らしていた顔をこちらに向けた。並々ならぬ思いがあるのか、足枷をはめられた足を引きずりながらこちらに這いずってきた。うーん、まだどっちか分からんな。
「あの子を知っているのですか!?あの子は今どこに!?」
「知ってるんだな」
他人じゃないことは確定した。ここから先は返答次第だ。
返答次第では殺すし、関与が薄くても見過ごしていたなら腕ぐらいは持っていってやろう。
「お前はテュオの追い出しに加担したか?」
首か、腕か、と魔力を動かしつつ狙いを定める。
「っ……違います、私は──」
「待ってください!」
その時、テュオが俺と女の間に割り込んできた。
……なんで外に置いてきたはずのテュオがここにいるんだ?
後ろから足音と破裂音が混ざったなにかが近づいてきたので一瞬迎撃しかけた、危なかった。魔力の反応から察するに、テュオはほとんど走らず自身を魔力に同化させ、雷となってここまでやってきたようだ。そんな魔法教えてないんだけど。
髪からまだかすかに雷光を放つテュオは、両手を広げて女をかばうように俺の前に立っている。変な同情でかばわれても厄介だし、そもそも待っているように言ったはずなんだけどな。なんで来ちゃったんだ。
じっとテュオを見ていると、急に眉根を下げてさっきまでの勢いを失った。
「ご、ごめんなさい、罰ならいくらでも受けますから……お母さんを傷つけるのは、やめてくれませんか……?」
……お母さん?あ、そういう?
悪臭とゴミの巣窟みたいな場所で会話する気にはならなかったので、彼女……テュオの母の枷を外して洞窟の外に出た。枷からは何やら魔術的な反応を感じたから、これも国から貰ったのかもしれない。落ち着いて話せる環境を用意するためにも家に転移しようとも思ったが、テュオとその母がさっそく話し始めてしまったのでとりあえず椅子を作って待機である。
テュオは母に強く抱きしめられていて、口を挟めそうにない。テュオも嫌がってはないようなので、関係が悪いわけじゃないようだ。でもこっそり清掃魔法を使っていたのは見えてたぞ。
「テュオ、あなた無事だったのね……よかったわ。本当に」
「うん。一度は奴隷になったけど、ご主人さまが買ってくれました」
「……奴隷!?まさかご主人様って……」
「どうも、主人です」
感動の再会ということで会話に入り辛くはあったが、テュオの母がこっちを見てきたので片手を挙げて答えておく。娘を奴隷として買った主人、というのは立場的に微妙なところがあるが、果たしてどうだろうか。
「さっきは聞きそびれたけど、あんたはテュオの追い出しのに加担したのか?」
「……それを止められなかったのは本当に申し訳なく思っていますし、後悔もしています。ですが、私はそれを止めようとしていました。守りきれなかった私が何を言っても、信用できないとは思いますが……」
テュオに目を向けると頷いたので、テュオの母までが追い出すことに賛成していた環境ではなかったようだ。
娘が奴隷として買われたことを知ったテュオの母は思いつめた顔をした後、深く頭を下げてきた。
「お願いします。私はどう扱っていただいても構いませんので、テュオを解放してくれませんか」
なるほど確かにテュオを大切に思っているようだ。これはつまり、自身を奴隷として差し出すから、という交換条件の提示なのだろう。しかしテュオは既に奴隷の身ではないので、あとはテュオの意思次第である。
「違うよ、そうじゃないよお母さん!私はもう奴隷じゃなくなって、だけどご主人さまの家に住まわせてもらってるだけだから!」
「……そうなの?ひどいことは何もされてない?人間は危険じゃないの?」
「人間はダメだけど、ご主人さまなら大丈夫。私は何もされてないよ」
「そう、よかった……。すみません、早とちりしてしまって」
テュオの母は再度こちらに頭を下げた。
そして、テュオにとって人間はダメらしい。さもありなん。それに、少なくとも俺の家に住んでいるほうが嫌われて追い出されるような村に住むより健全じゃないかな。そこもテュオの自由なので、俺が強制することは出来ないが。
……あ、そうだ。
「そういえば、まだ名前も聞いてないっすね?」
「ああっ、申し訳ありません。テュオの母のカイラと申します」
「魔道士のリットです、よろしく」
互いに会釈する。カイラさんの方は未だ俺を信用しきってはいないのか動作は堅いし、微妙に気まずい。
「魔法研究者じゃなかったんですか?」
「テュオと生活してて気付いたけど、別に研究してないし……」
前回の発言をちゃんと覚えているテュオに突っ込まれた。魔法はそれなりに使っているが研究というほどではなく、狩りや魔道具の作成などそれ以外のことも多くやっている。
魔導士と言ったのはただ響きがかっこいいからで、特別な理由はない。実態を見れば、肩書が引きこもりとかになりかねないからな。それはちょっと嫌だ。
ところで、何でテュオの母が捕まっていたんだろうか。テュオがあそこで売られていたのだから、時系列的にはテュオの後に捕まったんだろう。テュオの言う里も、もう滅ぼされたのかもしれないな。
「お母さんはなんであそこに捕まってたの?」
「……里はもう、ずっと盗賊から襲撃を受けてるわ。魔境の中に逃げ込んでも追ってくるから散り散りになって逃げてはいるけど、それでも盗賊に捕まるか……あの魔物に、食い殺されているわ。私も仲間と逃げていたけど、魔物に襲われてバラバラになったあと、盗賊に捕まってしまったの」
「里が襲撃?魔境なら大丈夫じゃなかったの?お父さんの怪我はどうなったの!?」
「分からないわ。魔物と人間から逃げ回っている間に、お父さんとは離ればなれになっちゃって、今は無事かどうかも……」
テュオが身内の話を始めてしまって会話に付いていけない。……他人の家庭に干渉する気はあまりないからいいか。
他の家庭の事情だとかを盗み聞きする気はないので、なるべく頭に入れないように後ろを向いておく。暇だな。遠隔で倉庫を整理してようかな。
「お母さんはこれからどうするの?」
「森に戻らないと。痕跡を追っていけばお父さんと合流できるはず」
「……お母さんは戦えないよね?戻ってどうするの?」
「それでも何か出来ることがあるはずよ。それに、まだ怪我が治ってないお父さんを放っておくなんて出来ないわ」
「……そっか。うん、わかった」
それにしても、テュオの母はまともだったんだな。てっきり種族全体、ひいては親からも追い出されたものかと。親がまともとなると、俺の家に住まわせておく必要はなくなるかもしれない。テュオには帰るべき場所があるのだし、基本的に親から子供を奪うべきじゃない。もうその他のちょっかいをはねのけられる力もあることだし。
獣人族の問題が解決したら、俺は──
「あの、ご主人さま?」
「ん……話は終わったか?」
気がつくと、テュオが目の前で俺を呼んでいた。母親との話は終わったようで、普段よりもきりっとした赤い瞳で俺を見つめていた。
「はい。……ご主人さま、お願いがあります」
「聞こうか」
「一度、里に戻らせてください」
「理由は?」
何となくそんな気はしてたけど、あまりいいところとは思えない。
獣人全体が敵なわけじゃなく、少なくとも母親はテュオの味方らしいというのはわかったが……それでも庇いきれなかったのだから、テュオがあんな目に合っていたのだ。それなりの力を手にしたとはいえ、里に敵ばかりだというのなら戻る価値もない。
「里を、お父さんを守るためです。今すぐ行かないと、死んじゃうかもしれないんです。ご主人さまに魔法を教えてもらった私なら、仲間の助けになれると思うんです」
「その仲間に追い出されたんだろ?お前を拒絶してきたらどうするんだ」
「それでも行きます。お父さんを助けたいんです」
「盗賊は国に支援されてたらしいじゃないか。国が敵に回るだろ」
「それでも、行きたいんです。……だめ、ですか?」
あの国は獣人にまともな人権を認めないだろう。害悪である盗賊が相手とはいえ、人間を相手に戦っていれば獣人自体が危険視されかねない。内情はわからないが、国が盗賊と関わりがあるなら尚更だ。
国が相手になると、色々なしがらみだとか市民感情が関わってくる。力だけでねじ伏せればいい魔物とは違う。下手をすれば、国が敵に回るだろう。中途半端な覚悟で考えなしの行動を取ると痛い目を見るんだが……ぶっちゃけると、テュオに魔法を覚えさせたのはその辺を何とかしてもらうためでもある。本当はここで行かせないという選択肢はないのだ。さっきの会話はあくまで覚悟があるのか確認するためだ。そして、それが十分であることは分かった。
じゃあ、俺も動くかな。
「今のテュオなら、大丈夫かな。無理そうだったら早めに逃げろよ」
「はい。ありがとうございます」
見送る前に、一つだけ。テュオなら盗賊相手でも十分にやれることがわかっているが、一応保険をかけておく。
「今すぐ行くか?」
「許してくれるなら、そうしたいです。早めに行動した方がいいと思いますから。ご飯の用意ができなくなってしまいますけど……」
「どうせ元々は一人なんだから気にするな。それより、今から行くならちょっと待ってな」
自宅からそこそこの大きさの魔石といくつかの魔物の素材を転移させる。魔石にいくつかの魔法を組み込み、それを合成する。しばらくすると、一つのネックレスと、その横に光り輝く魔石が出来上がった。この2つで対になる魔道具だ。
魔石は俺のポケットに雑に突っ込み、出来上がったネックレスはテュオの首にかける。涙型の中心に魔石があしらわれた意匠である。万一の時にはこれが保険になるだろう。
「ほら、首にかけときな」
「これ……あの時の……」
「あれの、模造品だ。品質は上だけどな」
あれ、というのは服屋を出た後、テュオが見つめていたアクセサリーだ。それとは違い多少の能力を持たせたのでこっちの方が実用的だ。防具としては急造のものだから十分な強度があるとは言い難いが、それでも気休め程度にはなる。
「ありがとうございます!大事にします!」
「大事にしてもいいけど、戦闘のときは付けとけよ。多少は役に立つ。それと、魔力を流し込めば俺が気付ける。何かあったらすぐに使いな」
「はい!」
答えるテュオはやたらうれしそうだった。それは消耗品で、役割を果たすと壊れるけど……言ったら外しそうだしやめておこう。
テュオについて行ってあげたいが、俺には他にやらなきゃならないことがある。それに俺が行ったところで、獣人族に疎まれているテュオが連れてきた人間なんて怪しすぎて逆効果にしかならないだろう。
「それで、魔境だっけか。あのダンジョンの上ってことなら大体の場所はわかるし、送ろうか?」
「いいんですか?」
「流石にこんなとこでさようならって訳にもね。それぐらいやるよ。カイラさんもそれでいいっすかね?」
「……なぜ、テュオにそこまで肩入れするんですか?あなたは、人間でしょう?」
そうか、そういえば俺は獣人族を奴隷にしてるやつと同族だった。あまりにも世捨て人みたいな生活を送っていたから意識の外にあった。言語も違うし。言語も住処も違うんだから同じ扱いしないでほしいが……それは相手から見て分かることじゃないな。この後テュオが上手く説明してくれることを願う。
「健気だし可愛いからな。テュオは俺のために色々頑張ってくれたし、それに答えるぐらいはするよ」
実は、テュオが魔法を使えるようになった後、料理だけでなく他の家事のほとんどをテュオがこなしていた。最近はベッドメイクなんてやり始めて、ホテルのサービスかと思ったほどだ。あれだけ甲斐甲斐しく世話されると、何かしてあげたくあるというものだ。
「そうですか、わかりました。あなたを信じましょう」
「やけにあっさり信じるな?」
「人間の嘘を見抜くことぐらい簡単です。人間は誰も隠していないのですから」
……え、獣人って嘘がわかるの?獣人の種族特性?テュオは魔法が使えないなんて言ってたが、やってることほぼ魔法じゃんか。俺が同じことをするには魔法を使うしかないというのに。結構ロクでもない魔法だから、使う気はないけど。
テュオも出来るのか?という意味を込めてテュオを見る。
ふるふると首を振られた。そりゃそうか。分かってたら、治療された直後に逃げ出す必要はないものな。
「じゃあ、地上に出ようか」
「後でまた娘との話を聞かせてください」
「あー、了解です」
全員をまとめて転移させた先は魔境の端。カイラさんによれば、ここからなら獣人族の痕跡がわずかに感じ取れるから他の獣人たちと合流できるんだとか。
少し屈み、テュオと視線を合わせる。思えば、テュオとまともに視線を合わせたのは初めてか。今までの会話は一方的だったからな。
「テュオ。自分も母親も、死なせるなよ。どうしようもなくなったらまた戻ってくればいいからな」
「はい、ありがとうございます。いってきます、ご主人様」
テュオは母親を連れて森の奥に走っていった。
さて、俺も動くか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。