第12話
「来ましたね」
「ああ、上手く釣れてよかった」
転移するために王都を出た先、門もほとんど見えなくなった頃。
「おい、止まれ」
俺たちの行き先を塞ぐように四人の男が立ちはだかった。声をかけてきたのは、先頭に立つニヤついた笑みを浮かべる薄汚れた服を着た男だ。街中で見かけた人々よりはるかにみすぼらしい見た目をしているが、武器だけはそこそこに手入れされている。何となく湾曲したものを想像していたが、普通に両刃の直剣だな。奪ったものだろうか。
木や草陰の奥に隠れているのは、俺もテュオもだいぶ前からわかっていた。こんな人目につかないような場所で隠れているなんて何か企んでいるとしか考えられないので、予想できていたことだ。
「鞄の中身全てと、横の白い女を置いていけ。そうすればお前の命は取らないでおいてやる」
要求を告げてきたのは先頭に立つ男。こいつがリーダーなんだろう。いいね、これぞ盗賊って感じ。
王都に訪れたのは三回目、テュオを連れてきたのは二回目なのによくもまあこれだけ早く目をつけたものだ。盗賊共の視線から考えると、本命の狙いはテュオで、俺のバッグの中身はついでだろう。例の果実納品のクエスト報酬の白金貨とやらもまだ貰っていないし、金目的ではない。貰う前に逃げたからな。
「逃げようとしても無駄だぜ」
そして、後ろからも三人、退路を封じるように草むらの影から男たちが飛び出してきた。俺たちを尾けていた奴らがこいつらだ。テュオも俺も気付いていたから驚きはない。むしろ、目的があったからこうやって食いつくのを待っていたわけだ。
「昨日はうまく逃げたようだが、今日は逃さねぇぞ?」
昨日転移魔法で家に帰ったのは気付いていないようだ。しかし、得体のしれない逃げ方をする奴に、無警戒で襲いかかるのもいかがなもんかとも思うが、流石は盗賊クオリティな脳みそである。いや、文明レベル由来の学の無さは彼らだけの責任でもないのだが。
こうなることは分かっていたので、テュオと小声で打合せする。
「戦いますか?」
「そうだな。皆殺しにしよう……あ、法律を確認してくるのを忘れてた。まあいいか」
本当は確認するべきだが、多分正当防衛なら無罪だろ。相手も明らかに盗賊だし、殺しても不利益にはなるまい。
「資料室に会った本には、法律上は襲われたら殺しても責を問われないと書いてありました。降伏を認めるかどうかも含めて、基本的には討伐者が処理を決めていいみたいです」
「確認してくれたのか?ありがとう……正当防衛かどうかって、どうやって確かめるんだろうな」
もうこの場には盗賊共と俺たちしかいない。盗賊も周囲に監視の目がないことを狙っての襲撃だ。証拠にするためのカメラとかもないだろうに。
「嘘をついているかどうかを見分ける事ができる魔道具の、真実の宝珠というものがあるみたいです。重大な事件が起こったときには、その宝珠の結果が裁判の証拠になるんだそうです」
「ああ……町の入り口にあったやつの亜種かな。そんな細かい事まで調べてるのか。すごいな」
テュオは誇らしげな表情をしている。
今日テュオが資料室に残りたがったのはそれが理由だったか。昨日法律がどうとか呟いたせいで、変な気を使わせたか?撫でて、と言わんばかりに耳を倒したので撫でてあげる。よーしよし愛い奴め。
さて、法律を気にする必要がなくなったのはちょうどいい。ちょっとためらいつつ皆殺しにするより、すっきり皆殺しにする方が気持ちがいいからな。それに、ルールは出来るだけ守るべきだ。俺は確認し忘れてたけど。
「じゃあ、お勉強の時間だな」
このタイミングでの盗賊共の襲撃は良かった、いや最高と言ってもいい。いつかは教えなきゃいけないと思っていたが、こういう相手がいないと教えられないこともある。
だからこそ、認識を薄める魔法を止めてまでこいつらを釣り出したんだから。
「勉強?」
「こういう時でもないと教えられないからな。これから、テュオに大事なことを教える」
「……?はい」
と、ここでしびれを切らしたのか盗賊の一人が襲いかかってきた。
「こそこそ話してんじゃねぇ!とっとと死ぐげぇっ……」
「うるせぇ黙ってろ!」
邪魔なので、元の場所に殴り飛ばしてから魔法で拘束しておく。それ以外の奴らも同時に動こうとしていたので、全員を拘束してテュオに向き直る。
テュオは俺を見ながらも少し首をすくめていた。俺が怒鳴ったからだな。つまりは盗賊のせいだ。俺は悪くない。
「邪魔が入ったな。話の続きだ。教えることってのは、この世界を自由に生きていく上でとても大切なことだ」
「はい」
教えることは一つ。
「自分の邪魔をする奴がいたら、迷わず殺せ」
「……え?」
テュオがまだやっていない、俺が教えられていないこと。そして、必要なときにはやらなきゃいけないことだ。そこで躊躇うと、今度は自分が殺される。個人の持てる力が大きすぎるこの世界じゃ、自分の身は自分で守らなきゃいけない。
人を殺した経験があるというのは、実戦経験とかの技術的な話ではなく、精神的にプラスになる。人間と獣人は見た目は違うが言葉を喋るし意思もある。そんな相手を害することを躊躇うと、それが弱みになる。これはそれを克服するためのいい機会だ。
「必ずしも殺さなきゃいけないわけじゃないけどね。でも、相手の命を握れば相手を自由に扱えるし、当然逆もあり得る。自分の理想を邪魔する奴がいるなら、自分の力でどうにかしなきゃいけない。力量差を分からずに舐めてくる相手がいるなら、事態が悪化する前にそれを分からせないといけない。放置していい事はないからな」
「自分の力、ですか」
「テュオには既にそれをやれるだけの十分な力がある。つまりは躊躇うなってことだよ」
「……はい」
「当然のことだけど、調子に乗って身勝手なふるまいをしたら敵を増やすだけだから、力をふるうのは慎重にな。その責任は、常にテュオにある。今回の場合は気にする必要はないけど」
法も道徳もこちらの味方である今回のようなケースは別だけど、本来敵なんて増やさないに越したことはないのだ。テュオの魔法は大抵の相手を捻り潰せるほどまで鍛えてはいるが、俺が抑止力として存在する以上は道を違えることはない、と思う。
「じゃあ実践だ。俺は前の四人をやるから、テュオは後ろの三人な」
「わかりました。殺していいんですね?」
ここでちゃんと確認を取ってくれた。必ずしも殺すわけじゃない、ということをちゃんと聞いていたんだろう。
「そうだな。いい機会だし、法律もいいって言ってるんだろ?それが一番いいぞ!」
「はい……楽しそうですね?」
「当然。心置きなく相手を殺せると気分がいいからな」
それに、この辺のタイミングで人に危害を加えることをテュオに学ばせられるのは大きい。一般人だとどうしてもモラルに反するけど、襲いかかってきた相手ならそんなに精神的ダメージもないだろう。これに慣れれば同族を殺したときに躊躇わずに済む。同族に敵の多そうなテュオに経験させておきたかったことをここで終わらせられる、やったぜ。
テュオも準備が整ったようなので、盗賊共の拘束を解く。盗賊たちは統率なんてろくに取れないまま、ばらばらに動き出した。何人かは動かずに様子を見ようとしている。そりゃそうだ。奴らにとっちゃ意味のわからない魔法で拘束されたんだ、下手に動けば意味のわからない魔法で殺されるかもしれないのだから。
「とうとう魔力切れかぁ!?覚悟しろガキ──」
「そうだ、一人は残しとくか」
三人の首をまとめて切断する。上に乗っているだけとなった頭は、体が倒れた衝撃で地面に転がっていった。転がりやすい形状なのもあって、辺りに血が飛び散ってスプラッタな光景となってしまった。もっと汚れの少ない魔法の方が良かっただろうか。失敗したな。
せっかくなら拠点ごと滅ぼしたくなったので、リーダーっぽい男だけは生かしてもう一度拘束、黙らせておく。テュオの方は大丈夫かな?
「なぁ嬢ちゃん、俺とイイコトしようぜ──あがああああっ!」
「……」
後ろでは、テュオの雷が空気を切り裂くバチバチという音が聞こえてきていた。相手が犯罪者でも、テュオにとっては初めての殺人だ。無意識に威力を抑えている可能性もあるから少し不安だ。しかし何となく不機嫌な雰囲気があるので、逆に威力を高めすぎている可能性もある。もっと不安だ……。
振り返ると、人の形をした黒い塊が三つ転がっていた。高電圧で焦がされ炭化した盗賊たちだろう。
「平気か?」
テュオにとっては初めての殺人だ。人の命を奪うという行為で精神的に負担がかかっていそうなので体調を気にしておく。今回は必要だったとはいえ、俺一人でも処理できるところをテュオにも命令してやらせたのだ。アフターケアはしておく責任がある。
「はい。指一本触れられていませんし、会話もしていません」
「あ、そう……それは良かった、うん」
テュオの様子は普段と変わらない。教えた魔法を使えた時に、それを報告するときのような無邪気な笑顔だ。やけに無言だと思ったけど、あいつらと会話をしたくなかっただけらしい……気にしてないならいいんだけどね。
「じゃあ、後始末をしに行こうか」
「後始末、ですか?」
「そう。必須ってわけでもないけど、こいつらの仲間が残ってたら嫌だろ?」
「はい……なるほど」
変な格好のままで地面に転がっている男に目を向ける。飛びかかってきた時に全身を拘束してるから腕も足も一切動かせていないが、顔だけは恐怖の表情を浮かべている。
拠点の場所を……いや、それよりも先に気になることがあるので、口だけは動くようにしてやる。
「な、何なんだお前ら!ふざけんな、訳わかんねえ魔法を使いやがって!」
「勝手に喋るな。聞かれたことだけに答えろ」
「答えるわけねぇだろ!お前のせいで何人の仲間が殺されたと思っ……」
急に盗賊が俺の後ろを見て黙った。世界の終わりのような表情をしている。振り向くと、テュオが手のひらに雷を纏わせていた。無表情だ。だいぶ怖い。
青い顔で黙った盗賊に聞きたかったことを聞いてみる。この様子ならもう余計なことはしないだろう。ちなみに俺もちょっと怯えてる。
「お前ら、俺たちの事を国内からずっと見てたけど、どうやって入った?水晶玉で犯罪者は入れないはずだろ」
そう、あそこの入国検査はずさんだがこの程度の盗賊が簡単に出入りできるものではないはずだ。ウソ発見器は欠陥はあるが、その魔道具自体に問題はなかったはずなのだから。
「……騎士団の偉いやつが許可した。別の入口から入った」
「おー、内通者か。目的は?」
「国からの支援を受けるためだ。道具を支給するから奈落の森の邪魔なやつを捕まえてこいって命令だ」
国が盗賊を支援してんの?大丈夫かあの国。
「国の狙いは?」
「知らねぇよ、国が一方的に命令してきたんだ。なあ、もういいだろ?あんたらに手出しはしねぇから、見逃してくれよ!」
「お前らの仲間がいる拠点ぐらいあるだろ。ほら立て、行くぞ」
盗賊が堂々と王都内に拠点を構えられるとは思わない。そうなると、あの王都の外、それもここから遠くはない場所にあるはずだ。正直どうでもいいんだが、これも勉強のうちだからな。掃除は隅々までやる事が大事だ。
「そんなの教えられるわけ……わかった、わかった!だからその魔法で脅すのをやめてくれ!」
テュオが効率のいい脅し方を覚えてしまった。それはそれで役に立つ技術だしまあいいか……。
「あそこに見えるのが俺たちのアジトだ……じゃあもういいよな?俺はもう行く、もう関わらないから追わないでくれよ」
「おう」
男に連れてこられたのは洞窟の入り口。ただの洞穴化と思えば、ちゃんと扉が付けられている。中をざっと探知してみたところ、人間のものらしき反応がいくつかあった。間違いじゃないんだろう、多分。
男は逃げるように走り去っていく。その男の背中、心臓がある部位めがけて雷が走る。テュオのじゃなく、俺の魔法だ。
逃げてから妙な動きをされると嫌だからな。後顧の憂いを断つとはこういうことだ。
「なんだ──」
男は後ろからの轟音に勢いよく振り向き、土壇場ゆえの反応の早さか体全体で避けるような素振りを見せた。しかし当然間に合うはずもなく、雷に心臓を貫かれた男は倒れて動かなくなった。死因は心臓麻痺かな?
テュオのように炭になるまでビリビリしてよかったが、周囲に木が多く火事になりそうだったのでやめた。
「雷にしたんですね?」
「こっちの方が汚れないだろうから」
「いいと思います」
喜んでいるような気配はしつつも声が変だな、と振り向くとテュオが自分の鼻を抑えていた。
「なんで鼻押さえてんの」
「臭いがすごいんです」
「あー……」
そういえばかすかに異臭がする気がする。
盗賊、洞窟、換気の悪さ。なるほどね?なんとなく察してしまった。やっぱ帰ろうかな。
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