第11話
「悪いな。若い者が迷惑をかけた」
俺たちが案内された資料室で、爺さんは扉を閉めて早々に謝ってきた。あの受付嬢がいない空間で話すためにここまで俺たちを連れてきたのだろうか。
端から見れば俺たちが不審者なのは変わりないし、受付嬢の態度も理解できなくはないんだけどな。
「ずいぶんあっさり俺たちを信用するんだな」
「あれはあれで悪い人間ではないのだが、少し思い込みが強いのだ。これまでにも何度か、似たような問題を起こしている。何度か言い聞かせて入るのだがな……」
「頑張れ。治ってないと、またこの子が怒っちゃうからな」
「ああ、厳重に注意しておく。では、吾輩はこれで失礼するからな。また時間ができた時に、話を聞かせてくれ」
そう語る爺さんの声は、大分疲れているようだった。
……中間管理職?大変そうだぁ。
「目的は大したことじゃないのに、無駄に時間かかったな」
「私、あの女の人嫌いです」
「テュオが可愛いから俺が誘拐犯か何かに見えたんだろ。仕方ない仕方ない」
「……」
案内してくれた爺さんもカウンターに戻り、二人だけになった資料室。呟くテュオを宥めると、微妙な顔で黙った。
さっきは驚いたな。普段はあそこまで感情を出すことは無いんだが、ずっと家でのテュオしか見ていなかったからな。過去の事もあるし、人間相手に攻撃的になるのは仕方ない。人間に慣れるにはもう少し時間がかかるかな。
「俺は官報とやらを探すけど……手伝うか?他の本を読んでてもいいけど」
「手伝います」
「よし、じゃあ探すか」
案内されたのは受付カウンター横の部屋。明るいと本が傷むからか少し暗い。外からは分からなかったが、想像よりも広い部屋だ。ギルドに置かれた公共の資料なんて一室に収まる程度の量しかないと思っていたが、案外資料が多い。小さな書店ぐらいはある。
それだけの量の資料がいくつかのジャンルに分けて棚別で綺麗にまとめられている。半分ほどは紙の資料で、巻物の形や本の形を取っている。感触は和紙に近い。他の書類は羊皮紙そのままだ、本棚に並べられず平積みされている。ページ一枚が分厚い分、量も多く見えるのかね。
雑に扱うと破れそうなので、一つ一つ丁寧に確認していく。素材自体はコピー用紙なんかよりだいぶ丈夫なのでそこまで神経質になる必要もなさそうだけど。
「『魔物』、『植物』、『戦闘』……お、『情報』だ。ここかな……多いな」
「あまり関係のない題名も多いみたいですね……」
テュオも並べられた本を一つ一つ確認している。一人で探すには骨の折れる量だ、非常に助かる。しかし、大変じゃないだろうか。翻訳魔法は結構幅広く対応できるので、文字を知らなくても読めるようになるが、それでも負担はかかる。文字を知らないまま、音声に近い形で文章を認識しているわけだからな。……いや、元々字が読めるのかな?
「字、読めたのか?」
「いいえ。でも、音に対応した物を自分の中で考えれば、読みやすくなりました」
脳内で文字を作ってるってこと?ゆ、優秀だ……。
「じゃあ、俺は上から探していくから、テュオは下から見ていってくれ。探すのは多分お堅いタイトルが付いてるはずだ。疲れたら休憩していいからな」
「はい。わかりました」
『不思議の国 コントル』、『奈落の秘宝』、『貴族の暮らし』……この辺の資料はタイトルからして違うな。他国の事とか生活の情報とか、目的じゃない資料も多い。しかし、何となく面白そうなので読み込んでしまう。急いでるわけでもないしな。
そのまましばらく探したが、目的の資料は見つからなかった。服を買ったりランク昇格の話で時間を取られてしまったので、時間ももうだいぶ遅くなっている。
「ないねぇ」
「そうですね……ちょっと、疲れましたね」
「一度帰って飯にしようか」
「はい」
外に出ると、日が傾きかけていた。薄暗い場所にいたせいもあって西日が眩しい。……西だよな?
そろそろ日も落ちるというのに妙に人の気配が多い状況に、隣を歩くテュオも眉根を寄せている。
「ご主人さま。……ええと、どうしましょう?」
「下手に触れると違法になりそうだし、一旦放置だな」
不思議そうに首をかしげるテュオを連れ門の外に出て、人目につかない場所で自宅に転移した。
翌日の早朝。今日も時間がかかりそうなので、早めにギルドの資料室に来た。今日は魔法の出力も強めなので受付嬢に声をかけられることはない。鑑定師の爺さんはいなかった。昨日の話の続きも面倒だし、いなくてよかった。
昨日の続きとして書類を漁っていると、早々にテュオが声を上げた。
「……あ!『王国官報』、これでしょうか?」
「ん?お、おお。流石テュオだ!よくやったぞ!」
来て早々、テュオが目的の資料を発見した。平積みされていた羊皮紙の中間ほどにあったようだ。これならこんなに早く来る必要はなかったか?
俺は『魔術の深淵』という題の付いた資料をこっそり棚にしまい、官報を見つけたテュオを撫でる。
「?」
挙動不審な俺を見てテュオが首を傾げる。別に関係ない資料を読んでいたわけじゃないぞ。いや、関係はないけど意味がないって訳ではなくてね?
……この国の魔術、結構遅れてるなぁ。ガッカリ感は強いが、敵が弱い分にはありがたいか。
それは置いといて、テュオの引っ張り出してきた資料を見る。雑に穴の開けられた羊皮紙の束で、保存状態が悪いのか、読めないほどではないもののところどころ字がかすれている。四隅の小さな穴は掲示されていた時の跡だろうか。
「最新の官報は……王歴325年7月?知らん暦だな。地道に遡るか」
積まれている羊皮紙を上からめくって亜人について書かれた記事を探す。テュオも横から覗き込んでくる。
上から一枚ずつ見ているが、どれも聞こえの言い事ばかり書かれているな。出兵で偉大なる成果アリとか、魔術師の新技術によりより強い軍隊がどうとか、何かいいことがあったように見えるものの具体的なことはあまり書かれていない。国の宣伝媒体として使われてるんだろう……おっ。
「『亜人の利用法について』……これだな」
初めて亜人関連の話題が見つかった。
ただ、いくら国が出しているとはいえ素材は羊皮紙一枚、書いてる情報量はそこまで多くない。内容は、亜人は国が買取って実験や素材、儀式に使われること、不要になった亜人は犯罪奴隷が扱われる店に払い下げられること程度。これでも、一文字がかなり小さく、執筆者が相当頑張ったことが感じられる。
詳しく見てみれば、過去見つかった亜人の扱い方が決まった、というような書き方だったため、多分過去に『亜人が発見された』という内容の記事でも出ているんだろう。
さらに官報を遡ると、それも見つかった。
「王国西部森林地帯の魔物について、ですか……」
「発見当時は魔物扱いだったんだな。いや、それは今もそうか」
『王国西部森林地帯の奥地を調査中、人に似た魔物が発見された。一部に獣の特徴を持ち、多種多様な鳴き声で意思疎通する。人間の形をとりながらも下等なる獣の特徴を併せ持つこの生物は、その魂が汚れていると考えられるため、人に成りきれなかったもの、という意味で『亜人』と呼称するものとする。扱いについては後日通達する──』
「……もしかして、俺が亜人って呼ぶの、駄目だった?」
「私は構いませんが、他の亜人……私たちは自分のことを獣人と呼ぶんですけど、他の獣人達は怒るかもしれません」
「そうか。すまん、改める」
「いえ、いいんです。悪意がないのは分っていましたから」
そりゃそうか。何も考えずに亜人って呼んでたけど、人の亜種なんて人本位の考えだな。獣人が自分たちのことをそう呼ぶわけもないか。これからは呼び方変えないとな。
にしても出会ってすぐでボロクソ言いすぎだろ。下等なる獣とか人に成りきれないとか、やたら当たりが強い。見た目はほぼ人なのに、反対する人はいなかったんだろうか。
「ひっどい扱いだな。その方が都合がよかったのかね」
意図があったかは知らないが、魔物扱いを最初から徹底することで、妙な正義感を持った人々を生まないようにしたんだろうか。人扱いを始めてしまうと面倒な問題が大量に出てくるからな。これは考えすぎで、本当に魔物の一種だと思い込んでいる可能性もあるが。
森林地帯の奥地を調査、ね。この書き方だと調査中にたまたま見つけたらしいな。それをわざわざ捕まえて売ったり消費したりしてる、と。
「奴隷売買ってやっぱ利益が大きいのかな」
「どうなんでしょう。でも、私の体は高値で取引されたみたいですし、利益はあるんじゃないでしょうか」
それ、自分で言う?
落ち着いてる様子だけど、その内心は未だ傷が癒えていない可能性もある。心配だ。
「あんまり無理はすんなよ?早めに帰ろうか?」
「大丈夫です。私の身を守る力は、ご主人さまがくれましたから。ご主人さま以外の人間は、まだ少し怖いですけど」
そう言って苦笑するテュオ。
短い間に、随分と信頼されたものだ。まあ、同族の中でも差別されてりゃそんなものか。こりゃ、裏切る訳にはいかないな。
「帰りたくなったら言えよ。すぐ家に戻るからな」
「はい」
国の狙いは金か、労働力か、土地か、それとも他の何かか。誰が獣人を襲撃し、国民はどこまで知っているのか。主導者は誰で、敵が誰か。
よく分からないな。俺としてはどこを叩けば元凶を潰せるのか知りたいんだが。
「他の資料も調べてみるか」
「はい」
その後しばらく探したが、これ以上に細かく書かれた情報源はなく、結局、敵が誰かなどの細かい情報は資料にも書かれていなかった。仕方ないので、もう一つ気になっていたことを調べてみる。
「森林西部ってのはどこだ?」
官報を探しても書かれていない。あ、この国周辺の地図がある。こういうの、他国が攻めやすくなるから軍事機密にするのが普通じゃないのか?
……左に木の絵、上と下に家っぽい絵、右には何も書かれていない。ああうん雑だね。こんなのが軍事に役立つわけもないか。
「ものすごく大雑把ですね」
「あんまり細かく書けないだろうから仕方ない。テュオが住んでいた場所ってこの地図でいうとどこかわかるか?」
「……分かりません。私たちは、あまり里から離れることもなかったので。……あ、『奈落』?」
「ああ、昨日も奈落のナントカってタイトルの本を見かけたな。有名な場所なのか?」
テュオが目を付けたのは左にある木の絵、その下に書かれていた文字だ。奈落とだけ書かれている。
わざわざそんな物騒な名前のついた場所。何かエゲツないものがないとそんな名前はつかないだろう。気になるな。
「……これ、私たちの言う魔境と同じ意味みたいですね」
「魔境?ああ、角ウサギのいるところね。獣人の住処の近くの森だっけか?」
「はい。少しだけ違う感じがするので、本当にそうかは分かりませんけど……」
「昨日奈落の本を見かけたし、それを読んでみるか」
テュオの言う『同じ意味みたい』というのは、多分翻訳魔法によるものだろう。違う感じがする、というので若干意味のずれがあるんだろうが。魔力を大盤振る舞いしてやればその辺も簡単に分かるんだけど、細かい操作は面倒なうえに高等技術だからな。仕方ない。
関連情報が得られるであろう本を取りに行き、机の上に広げる。以前見た記憶があったので時間はかからない。
「えー……『奈落とは、あらゆる富と財宝、そして凶悪な魔物が跋扈すると言い伝えられるダンジョンである』……森じゃないな?」
「あう。違ったみたいです」
テュオが渋い顔をしている。耳がへんにょりしていてとてもかわいい。
「……『しかし、現状ダンジョンの探索は、その周囲の森林地帯、通称奈落の森の魔物に阻まれ、その実態は観測不可能である』……森だな。これか」
「それです!」
テュオが顔を上げた。耳がピンと立ってて可愛い。
内容をもっと読み進めていくと、例の角の生えた兎……獣人的に言えば森の怒り、らしき記述も見つかった。これは同じで確定か。そして、奈落の森の魔物はダンジョンの低層から逃げてきたと考えられるから、内部は更に凶暴生物がいると考えられる、と。へぇ。
「あれ?じゃあ、私がご主人さまに連れてきてもらったダンジョンってやっぱり、魔境ですか?」
「そうなるな。魔境は森のことだから、正確にはもっと深い場所か」
記憶だとあのダンジョン、『奈落』とか『魔境』みたいな物騒な名前はついてなかったと思うんだが。所詮場所の呼び方なんて移り変わっていくもんか。
テュオの翻訳魔法が同じ感覚を示しつつもわずかな違和感を訴えていたのはこれが理由か。
「私、そんなすごいダンジョンの魔物を倒していたんですね……」
「そうだぞ?テュオはすごいんだからもっと自信を持とうな」
「ご主人さまのおかげです!」
行き過ぎると宗教みたいになりそうなんだけど、俺たちこれで方向性大丈夫?いや、使用人と主人の関係なんてそんなもんか?
「この本、題名の割には内容が薄かったな」
ざっと目を通し終わったが、内容はさほど多くはなかった。本当かどうかもわからない財宝の噂だとか、奈落の森から生きて返ってきた冒険者の証言だとかがまとめられていたが、内部にまで詳細に立ち入っている記述はない。ダンジョンどころかそれを取り囲む森にすら入れないのだから仕方ないか。
そろそろ知れることは調べ尽くした。これ以上はめぼしい情報もないだろう。結局知りたかった国の狙いなんてのもわからずじまいだ。あとは城に潜入でもしない限りは知れることはないだろう。
「これ以上収穫はなさそうだし、一度出るか?もっと知りたいことがあればここにいていいけど」
「すみません、もう少しだけ調べ物をしていてもいいですか?」
「そうか。じゃあ俺も色々見てようかな」
本来知りたかったことは調べ終わったが、気にならないことがないわけじゃない。今の魔法技術とか、この国の状況とかな。
ということで、テュオと二人でしばし読書タイム。
『戦闘技術』の棚の本を読み進めてしばらく後。テュオが読んでいたらしき本を仕舞って、静かに隣りに座ってきた。
「もういいのか?」
「はい。邪魔してごめんなさい。読み終わるまでここで待ってます」
「いいよ。どうせ大した本じゃない。面白い本はあったか?」
テュオは読書が好きなのか、本を読む視界の端で見えただけでも、様々な本に手を出していた。途中から字を読むのに慣れてきたのか、そのペースはそれなりに早いものだった。家で色々と教えていた時にも思ったが、相当賢いな。
「『魔術基礎』という本です。この国で主に使われている魔法が書かれていました」
「そうか。魔法は好きか?」
「はい。魔法も好きです」
「ん?うん、そりゃよかった」
いまいち受け答えが噛み合っていないけど……まあいいか。
「じゃあ、帰るか」
本を仕舞ってテュオと共に資料室を出る。今日は認識を逸らす魔法を弱めているので、周囲から妙な視線が集まってくる。半分くらいは、見慣れない人間と白い髪の少女が気になっているだけだろう。
しかしもう半分は……。
「どうするんですか?」
「せっかくだから、教材に使おうかな」
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