第10話

「ちょっと貰いすぎたか?」

「アンバーさんも貰ったものの価値に合わせると言っていましたし、いいんじゃないでしょうか」


今のテュオは店で着替えたままの黒を基調としたワンピースだが、それ以外にも相当な量の服と、靴や帽子などの小物をもらった。素人目には自分の付与した魔法と貰った服の価値がどれだけ違うのか見当もつかないが、大した手間でもなかったしいいだろう。貰ったものはどれもよく似合っていたしな。

荷物は一度俺が預かって倉庫に放り込んだから邪魔にはならないが、そこそこ時間はかかったな。


「昼飯どうしようか」


服屋で時間をかけすぎたことでもう昼になってしまった。飯を済ませるか、さっさと目的を果たすか、どっちにしよう。


「腹は減ったか?」

「はい、でも我慢できます」

「子供はちゃんと飯を食わなきゃだめだぞ。どこか探そうか」


店を探しに向かおうとするも、テュオの視線は道の反対側にある宝飾店に向いている。横には香水の店だとかこの通りはファッション系の店が集まっているらしい。テュオの視線の先には店頭に飾られているアクセサリーがあった。指輪、ティアラ、イヤリングなどが並んでいるが、視線の向きからしてテュオが見ていたのはネックレスだろう。

銀色の鎖の先に雫型の宝石の付いたシンプルなものだ。魔力的な力は感じない……防御力は低そうだ。


「……いる?」

「い、いりません。さあ、ギルドに向かいましょう」


テュオが急いで歩き始めてしまったので、ついていくことにする。普段ぜいたくを言わないから、あれぐらいは買ってもいいんだけどなぁ。


昼飯をそこら辺の店で軽く済ませてからギルドへと向かった。味は悪くなかったが、やはりテュオは微妙な顔をしていた。


「大きいですね。ここがギルドですか?」

「そう。魔物の素材を売り買いしたり、色々な依頼を受けたりして報酬をもらう場所、らしい。俺も一回しか来てないからほとんど知らない」


今は最初の予定通り冒険者ギルドの中。前回も同じような時間に来たせいで、またしても受付嬢が暇そうにしている。大通りの人の往来からして人口が少ないなんてことはないだろうし、今は人のいない時間帯なのだろう。朝依頼を受けてそれを一日かけてこなしていく、みたいなスケジュールで生活しているんだろうか。


「あまり私の種族とは関係ないと思うんですけど……こんな場所に情報が残っているものなんでしょうか?」

「さあな。受付嬢にでも聞いてみればわかるさ」


受付嬢は前の人と同じ……か?顔はあまり憶えていないので定かではない。


「あら……この前の魔石を納品しに来られた方ですね?お久しぶりです。冒険者登録をする気になりましたか?」

「ここのギルドにあるらしい、官報とか新聞みたいなのを見に来ただけだぞ。あるんだよな?」

「ええ、ありますよ。ただし金級以下の人には閲覧資格がありません。登録してくださいね」

「面倒だな」

「紙というのは貴重ですから、いくら強くても信頼のない人に見せるわけにはいかないんですよね。どうですかお兄さん、この機会に登録をしてみては?ウチも最近騎士団に人を奪われがちですから、人手不足なんですよ」


騎士団か。気をつけろっておっさんが言ってたっけ。

冒険者になると自動的にそっちに参加する義務が発生するとかだったら嫌だな。どうせ逃げるから関係ないと言えば関係ないが。


「騎士って簡単になれるもんじゃないだろ?冒険者がそっちに奪われるものなのか?」

「正確には冒険者が冒険者として騎士団に協力している、という方が正しいですね。景気は悪いのにそこだけ妙に給料がいいんですから、断る人も少ないんです。規則上は断ることもできるんですけどね」


そのせいで、通常の依頼をこなす人材が不足している、と。断れるならどうでもいいな。

そうだ、テュオは資料室には入れるんだろうか。


「資格を持っている人の付き添いとして、資格がない人が資料室に入るのは出来るか?」

「可能ですよ。資料の紛失や破損が生じた場合は資格保持者の責任になりますが」


妥当だな。テュオがなにかする必要がないなら、登録してみようか。どうせ魔石を大量に投げつければランクは上がるだろ。鞄には入らない量の魔石を出したら目を付けられる気がしないでもないが、どうせまた引きこもるんだ。すぐに興味は薄れるだろ。


「登録はどうすればいいんだ?」

「こちらの書類に必要事項を記入していただければ、その時点でブロンズランクの冒険者となります。ここの資料室に入るには、そこから金級まで上げていただく必要があります。あなたの実力なら、すぐ上がると思いますよ」

「楽に上げる方法はないもんかね」

「……たった一つでランクが数段上がる依頼も、実はありますけど」


受付嬢は興味のなさそうな表情で言った。いきなり気になることを言うね?内容次第だと一発でクリアできるぞ?


「その依頼の内容は?」

「噂ぐらいは聞いたことありませんか?寿命を伸ばし、あらゆる病気や怪我を治すと言われる、伝説の果実の納入ですよ。依頼が出された当初はプラチナ以上指定、報酬が白金貨二百枚の依頼だったのですが、長期にわたって達成されなかったので依頼者の意向でランク、素性、経験、経歴など一切全てが不問となりました。同時に、達成時の報酬が100枚にまで増加していますし、ギルドからも無条件のプラチナランク昇格が追加報酬として与えられるんですよ」


当然あなたも達成できれば昇格しますよ~、と付け加え、受付嬢は興味なさそうに手元の資料に目を向ける。白金貨は聞いたこと無いが、その雰囲気からして高い価値があるんだろう。どうせ金貨100枚とかそんなもんだ、知らないけど。それだけの好条件なのに誰も達成できていないという事は、難易度の高い依頼なのだろう。


話によるとその果実の生る場所も見た目もよく分からないらしい。分かるのは名前と伝承に記された少ない情報、そして落書きのような絵だけ。

ここにいるこの魔物を倒せ、とかならいくらでも作戦の立てようもあるし努力と時間をつぎ込めば達成できそうだが、その果実は実在しているかどうかも分からないらしい。それを持って来いって、かぐや姫じゃないんだから。

じゃあどうやってそれが本物か見分けるかというと、なんでもこのギルドの鑑定師なら判別できるんだそうだ。伝承にしか残らない果実の鑑定ができる……うーん、そこそこ高位の魔法だ。


「依頼者も必死だな。何者なんだ?」

「知りませーん。上が教えてくれないので。でもそんなものが本当にあったら皆欲しがるでしょうから、相手が誰でも驚きませんね。過去の歴史に登場するのは五百年以上前の、ほとんど伝説上の存在なんですよ?」


五百年……もはやおとぎ話じゃない?真実かどうかも怪しいものだ。

受付嬢によれば、それ以外の昇給の手段であれば、討伐依頼をこなすのが早いらしい。対象の魔物の部位をはぎ取り地道に納品すれば、十日もあれば金級まで到達できますよ、と。

魔石じゃだめらしい。面倒なルールだ。


「どうしますか、ご主人さま?」


後ろからテュオが小声で話しかけてきた。顔の上半分だけを俺の左側から覗かせている。


「どうしようね。十日は長いよなぁ」

「……妹さんですか?あまりこんなところに女の子を連れてくるべきじゃありませんよ」

「そうだな」


周りを見れば確かに男が増えてきた。注目を逸らすようにこっそり魔法をばらまいているから心配はないが、受付嬢にはそれも分からないので気になるだろう。ちなみに、魔法の強さ自体はあまり強度の高いものではないので、俺がテュオの声に反応した時に受付嬢も気づいたようだ。


「そうだな、その果実の特徴を聞かないと俺が知ってるものかどうかもわからないしな。調べようにも、今はそれが出来ないわけだし。ということで、何か知らないか?」

「はぁ……私も、説明できることは無いですよ。その果実の正式な名前が『アルティードの実』ということぐらいです。絵なら資料室にありますが、それも正しいか分かりません。そもそも、情報がほとんどないから達成されていない依頼なんですし……」


聞いた覚えのない果実だ。それ以前に、俺はほとんどの果実や植物、魔物の名称を知らない。正式名称がどうとかいうのは、ダンジョンで生きていく上では必要のない知識だし、そもそも全部を網羅するのは多すぎて無理だ。鑑定すれば名前は出てくるだろうが、倉庫の素材を全部はあまりにも多すぎる。やりたくねぇ……。


……やっぱり、情報だけ盗んで帰ろう、と思ったとき、テュオがぼそりと呟く。


「あ……前に食べたことあります、よね?」

「え?」

「一度鑑定魔法の練習で同じ名前を見たと思います」

「テュオ、ちょっとこっちに」


念の為受付嬢に聞こえないようにテュオを数歩下がらせる。そんなのを大量に持ってるなんて聞かれるとまずい気がする。


テュオが家に来てから、果物は食後のデザートとして何度か出した。そして、テュオには鑑定魔法を教えているから、名前を知っていてもおかしくはない。おかしくはないが……そんな身近にあるものか?


「晩飯に出たことある?」

「はい」

「見た目、覚えてる?俺は名前を知らずに食べてるからわからないんだ」

「ええと、白い果物です。最初にご主人さまが私に食べさせてくれたのも、その果物だったと思います」

「……白、白……ああ、これ?」


倉庫の白い果物の中で、最初に食卓に出した記憶のあるものを取り出してみる。梨のような食感で、

テュオが頷いたので、これで間違いないんだろう。味も栄養も上質なのでよく食卓には出ていた果物だ。テュオが鑑定したのも二回目以降のどこかのタイミングだろう。

で、この地域での名前は……『アルティードの果実』。本当だ、既に持ってたのか。


「よく見てるなぁ。ありがとな、テュオ」


軽く頭をなでておく。テュオは気持ちよさそうに耳を伏せる。

よくもまぁここの国での呼び方まで調べたものだ。俺ですら調べてないのに。


「貴重、なんでしょうか。よくご飯の後に出ていたと思うんですけど」

「うちに大量にあるとかデザートに食べたとか、他の人に言いふらしちゃダメだぞ。変なのに狙われるかもしれない」

「はい。でも、その果物にそんな効果があるんでしょうか」

「どうかな」


そんな効果はないと思う。前世にも食べると寿命が伸びる、なんて言われてる食べ物は結構あった気がするし、それと同じだろう。

ひょっとすると、その文献を書いた人がこの果物をやたら好きだっただけの可能性もある。特別好きであればそんな書き方もするものだ。ガンにも効くのかね。


「お話は終わりました?どの依頼を受けるか決まりましたか?」

「ああ。ほらこれ」

「……何ですかこれ?」

「アルティードの果実」

「………………はい?」


さっきまでは営業スマイルを浮かべていたはずの受付嬢が、いきなり詐欺師を見るような冷たい目に変わった。さもありなん。

いずれ鑑定すればその評価も変わるはず……鑑定師はここにいるんだよな?


「このギルドに鑑定ができる人間はいないのか?」

「いえ、いますけど。でも伝説の果実がかばんからぽっと出るわけないじゃないですか。うちの鑑定師はおじいちゃんなんです、わざわざ偽物と分かっているものに働かせるなんて出来ませんよ。あなた、見るからに怪しいですし」


そうか。まいったな。俺に信用なんてないわけだし、俺が鑑定したところでその言葉に信用なんてない。もうギルドで情報を集めるのは諦めるか?


「仕方ないな。他を当たるか地道に上げるか……」

「それより、後ろの子は大丈夫なんですか?あなた、実はその子も誘拐して来たとかじゃないでしょうね」

「いや、うーん……うわ」


住処を追い出されて捕まっていたところを引き取ったのだから、誘拐といっても間違っちゃいないかもなぁ……と言い訳を考えていると、後ろから強い圧を感じた。物理的なものじゃない。背中がじりじりと焼かれてるような、怒りのこもった魔力の奔流だ。

後ろには無表情のテュオがじっと受付嬢を見つめていた。


「おいおい、落ち着け。受付嬢も敵意があるわけじゃないだろ。テュオを心配して言ってるんだろうしさ」

「……」


半目になったテュオが一歩前に出ようとするのをやんわりと止める。不満そうにこちらを見るテュオと見つめあっていると、ドタドタとあわただしい足音が近づいてきた。


「なっ、なにがあった!?とんでもない魔力を暴れさせとるのは誰だあ!?」


カウンターの奥の扉から姿を現したのは一人の老人だった。服は立派であり付けているバッジのような装飾からも地位の高さが分かるが、寝癖のようにボサボサな長い髪がその風格を台無しにしている。寝ている所を起こしちゃっただろうか。

ただ、その風貌とは裏腹に他の人間とは段違いに強い魔力を感じる。強い人かな……いや、俺やテュオと比べれば誤差レベルだが。他の人間とは段違いなだけで、テュオの一割にも満たない。


「カルヴァンさん?どうしたんですか急に」

「あ……ああ、仮眠室で寝ていたら、恐ろしいほどに強力な魔力を感じたのだ。一体ギルドで何をやっておる」

「えぇ、知らないですよ、私魔法を使えないですから……あ、あなたがなにかしたんですね?」


矛先がこっちに向いた。悪いのは俺で確定らしい。いや、後ろのテュオが原因なので否定もしづらい。しかしそれより、この爺さん……。


「なあ、これ鑑定できる?」

「どうした?…………どういう事だ?……………いや、そんなはずは……」


爺さんに果実を見せてみると、最初は眠そうな目つきで一度目を向けた。

数秒の沈黙。爺さんは手のひらに差し出した果実を瞬きもせず凝視したあと、恐ろしい速さでそれを奪い取る。手つきの割には乱暴ではなく、握りつぶさないように気を遣っているようだ。


「こっ!これはぁっ!」

「うわぁ、どうしたんですかいきなり大声出して。みんなびっくりしてますよ」


いつの間にか、カウンターで騒ぐ俺たちを周りの冒険者達が遠巻きに見ていた。いやそんなことはどうでもいい。


「なあ爺さん、爺さんは鑑定師だよな?それ、何て出た?」

「すまない、取り乱した。これは一度……一度、返そう」


一度奪い取られた果実は、若干渋られたものの俺の手元に戻ってきた。

老人はどこか呆然としていて、質問の解答がないままに果実が返ってきた。……本当に鑑定師だよな?ただの老人だったら俺が勘違いした恥ずかしい人になるんだけど。


「カルヴァンさん?それは?」

「ああ。信じられんことだが……『アルティードの果実』だ。本当に、実在したとは」

「……本当ですか?見間違いだったりしません?」

「馬鹿を言うな。吾輩の鑑定魔法は神級だ。吾輩がいくらボケようとも、魔法は嘘を吐かん」

「……そうなんですか。じゃあ、本物ってことですか。ふーん」


ええ、それだけ?

受付嬢は未だに俺に胡乱げな視線を向けている。勘違いだったんだし謝罪の言葉とか……いや、別にいいけどさ。


「……」


と思ったら後ろでもっと怒っている子がいた。無言ではあるが、その感情を表すように魔力が漏れ出している。こればっかりは俺でもなだめなれないかもしれない。本気で暴れられても抑えられないことはないけど、あまりやる気がない。そうなったらこの国に止められる人間がどれほどいるのやら。皆無ってほど人材難じゃないだろうけど……。


「ぬう……さっきの魔力もお前たちが原因か。そうだな、その件も含めて詳しく話が聞きたい。これを手に入れたのはお前たちだな?今から、ハンスの部屋に来てくれ」

「ハンス?」

「なんだ、知らないのか。ハンスはここのギルドマスターだ。案内しよう、付いて来てくれるな?」

「断る」

「……何だと?」

「義務じゃないだろ?俺たちの目的は資料室だし、今はランク昇格だけやっといてくれよ。詳しい話は後日にしよう。この娘がこれ以上怒っても困るからさ」


めんどくさそうだったのでテュオをだしにして断っておく。この爺さんの反応を見る限り、普通の冒険者ならギルドのトップに会えるのは嬉しいことなんだろう。偉い人に覚えてもらうチャンスがありがたいのは分かるが、俺はランクだの報酬だのに興味はない。

ついでに今後来る気は今のところないので鑑定師さんがもう一度俺に会える可能性は非常に低い。変な輩に騙されたと思って諦めてもらおう。


「ううむ……仕方ないな。では、資料室へは吾輩が案内しよう」


カウンターの奥からこちら側に出てきた爺さんに連れられ、俺達は資料室へと案内された。

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