第9話
ギルドに向かう道中、古着屋が目に入る。服が雑多に積まれていて、着ていられるほど清潔な服は一つもないだろうが。
そういえば、テュオは服やアクセサリー類はちゃんと持っているんだろうか。俺が最初に渡した服以外を着ているところを見た記憶がない。創造魔法は教えているはずだから、テュオ自身が作れるはずなんだけどな。
俺から服を買い与えてもいいが、それが古着というのもどうなのか。もっと質のいい服を売っている店があるなら、そこに寄ってみるか。
「他の服、欲しいか?いつまでも同じような服だと飽きるだろ」
「私は今の服装で満足ですよ?」
「色々着た方が似合うと思うけど、本当にいらない?」
「じゃあ……お願いします」
ということで、戻って焼き鳥屋のおっちゃんに場所を聞いてみる。
「どこか心当たりない?」
「それなら貴族街のアンバー服飾店だな。そこが最大手だから、すぐ分かる」
しかし、明らかに平民っぽい見た目で貴族街にも詳しいとは、あいつ一体何者なんだ。
言われたとおりに歩いていく道中、街の雰囲気はがらりと変わっていった。ここから見るだけでもやたらでかい家とやたらでかい庭がいくつかある。ちょっと場違いじゃない?元が平民だから気後れする気がしないでもない。
そのまま歩くと、店頭に服が飾られた大きな店が見えた。看板には『アンバー』と書かれているし、ここで間違いないだろう。ガラス張りの奥に展示品としてドレスが飾られて……いや、ドレスが欲しかったわけじゃないんだけど。
よく見れば奥に普通の服も売られているようだ。そっちの品ぞろえが貧弱な可能性もあるが、ひとまずは入ってみようか。こんな服装で入ってもいいのか分からんが。
「大きいですね……私が入っても大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろ」
もしかしたらドレスコード的なものが必要なのかもしれないが……。
ふと、こういう店は店員が話しかけてくる可能性があることを思い出した。普段なら俺が間に入れば問題ないんだけど、試着とかもあるだろうし、それをいちいち見ているのもなぁ。全部お任せにしたい。
「そうだ、人間に近寄られたり話しかけられたりするかもしれないが……そっちは大丈夫か?一応、危害が加えられたら俺に分かるようになってるけど」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、いいか」
テュオは平気そうな顔をしているので、そのまま店内に入っていく。
近づいてきたのは若い女の店員だ。
「いらっしゃいませ。ご案内は必要ですか?」
ドレスコードは必要なかったようだ。
店員が女性なら丸投げしても問題ないだろうと判断し、テュオにかけている認識阻害の魔法を緩めつつ前に出す。
「この子の服を探してるんだけど、いい感じに可愛くできる?予算はこんぐらいなんだけど」
「承知しました。旦那様はこちらでお待ちください」
前回ここに来た時に稼いだ金の入った袋を渡し、すべてを任せる。デザイン面の話は全部他人に丸投げだ。感覚で語る分野はさっぱり分からん。
店内に展示されている服を眺めて過ごす。ドレスにタキシード、カジュアル寄りの名前の分からんふわっとした服、名前の分からん薄めの服……うん、分からん。どれも防御力が低いという感想しか出てこない。
お、ちょっと魔法がかかってる服があるな。特別に内容は……ちょっとした魔法防御か。値札はついていないから価値の程度は分からない。見渡してみればどの服にもついてないな。店員に聞かないと分からないんだろう。嫌な客だったら価格が上がるシステムとかあるのかな。暴れる気はないが、おとなしくしておこう。
「お客様、少々よろしいですか?」
しばらく店内で暇を潰していると、さっきテュオを連れて行った店員が戻ってきた。どうしたんだろうか。
「どうした?何か問題でもあったか?」
「いえ、そうではなく……お嬢様がお召しの服についてですが、あれはどちらで購入されたものか聞いてもよろしいですか?」
「あれか。あれは購入じゃなくて自作だぞ」
「あら、なんとまあ……店主があの服を作った職人と話をしたがっているのですが、お会いいただけませんか?」
あ、この店員が店主じゃなかったんだな。確かに店主にしては若いか。
テュオの着ている服に目を付けられたか。会いたがっているというのは、素材の話か付与された魔法の話か。見た目はただのTシャツだし、デザイン面じゃないだろう。
「せっかくだし、ちょっとぐらいサービスしてくれよ?」
「ええ、もちろんです。アンバー服飾店はお客様第一を理念にしておりますから」
真面目なことだ。
女の店員に連れられ、店の奥へと向かう。
先導する店員についていくと、その先には黒い服に着替えたテュオがいた。ワンピースのような服装だが、それよりはスカート部分の布量が多い。うん、黒い服を着ていると銀の髪が映えるな。
「似合ってるぞ、かわいいな」
「はい」
テュオは笑顔を浮かべているが、その横で微妙な表情をしている女もいた。やたらゴージャスな服を着ている。体に沿って下半身まで一枚の布で作られているドレスのような服だ。スパンコールドレスというものだっただろうか。店員がそのまま女の横に行って耳打ちしているから、見た目からしてもあれが店主だろう。あのドレス、仕事着なのか?見られる職業は大変だな。
女は店員の耳打ちを聞いて頷いた後、俺のほうに歩いてきた。歩き方まで意識しているのか、その姿は前世のファッションショーを思い出させる。
「なるほどなるほど。あなたがこの子の着ていた服を作った職人さんね?」
「職人ってほどのものでもないけど、作ったのは事実だな」
裁縫技術と魔法技術のどちらに目を付けたかは知らないが、俺の専門分野は戦闘職であって生産系のあれではない。多分。
「私はアンバー、ここの店主よ。あなたのお嬢さんのドレスアップを担当させてもらうわ」
「頼んだ。俺はそっち方面はさっぱりだから、テュオの気に入るようにやってくれ」
「そうみたいね。最初はこんな可愛い子になんてみすぼらしい格好をさせるんだなんて思ったけど、これだけの魔術がかけられた服だもの。この店の服なんか比べ物にならないほどに守る力が強いなんて、思いもしなかったわ。愛されてるわね、お嬢ちゃん」
「はい」
思ったよりも仲良くなっているようで、テュオは女店主の言葉にぎこちなくも頷いている。
そうか、店主は魔法に目を付けたか。実は裁縫も精密なんですよ?魔法で正確に等間隔の縫い目がついているからな。ミシンがあればほぼ同じような出来になるからそんなに惹かれるものでもないか?
「さて、あなたに来てもらった理由は二つ、大事なお話とどうでもいい話があるわ」
なんだその若干アメリカンな話し方は。
「まずは大事なお話から。あなたのお嬢さんの服についてだけど、これだけ強い魔法のかけられた服はこの店にはないわ。だから、違う服を着せたいならあなたが作った方が安全よ。デザインに困ったなら相談に乗るけど、お嬢さんをちゃんと守りたいならここで買っていくのはやめなさい」
大事なお話、と言いつつ自身に不利益になりそうなことを言っている。流石は高級店、卑怯な稼ぎ方はしないという事か。
しかし、それは想定内だ。そもそもこの店に高い防御力のある服があるとは思っていない。
「買った服にも同じ魔法が付与ができるからな、元々効果がなくても関係ない。テュオも遠慮せずに気に入った服を買っていいぞ……ああそうだ、金は足りるか?」
「正直悲しいくらいに足りてないわよ?ここは高級店だもの」
「そうか。手持ちのものを売れば調達できるから、待っててもらってもいいか?」
前回ギルドで売った魔石はそれなりの値段になったが、あの程度の魔石なら倉庫に腐るほどある。
遠慮せずに買っていい、なんて言っておいて金がないというのもみっともないので、さっさと調達するために店を出ようとする……が、店主に呼び止められた。
「ああ、待って待って。そこで、もう一つのお話。お嬢さんの服のお代として、服に魔法を付与してくれない?魔術が付与された服は値打ちが付くものだから、お代としては十分よ」
なるほど。料金として、テュオの服のように魔法が付与された服を欲しい、と。
……ん?
「どうでもいい話なのか?この店にとっては大事じゃないか?」
「女の子が好きな服を着られないことに比べれば、この店の品揃えなんてどうでもいいことよ」
彼女は本当に他人の幸福を考えて動いてくれていたようだ。他人、というよりは発言そのままに女の子の味方なのだろう。ここまで一本筋が通っていると好感を持てるな。
「分かった。さくっとやってしまおう」
そう言うと、なぜか店主にため息をつかれた。相手の提案に乗っただけだというのにどうしてだ。
「あのねぇ、少しは取引の内容を吟味して頂戴。お嬢さんの着ている服一着ですらここの服の何十倍も価値があるのだから、お金を取らないというだけじゃ取引として不公平なの。そのうち騙されるわよ?」
「どうせそんなに手間じゃないからどうでもいい。もし気になるんだったらその額の分だけ服を選んでくれ。どれだけ多くても持って帰れるから構わない」
「そう?……じゃあ、そうするわね」
店主は少し考えた後軽く頷いた。
魔法付与の対象として持ってこられた服は、薄い肌着のようなものだ。内側に着ればデザイン面の問題はないし、いい案だと思う。一着でもいいというのは、これを使いまわすからだろうか。自動で汚れを除去する機能ぐらいはあるから別にいいけどね。
「それで、お嬢さんの服には何を付与したの?」
「テュオの服に載ってるのは、防毒、位置特定と危険通知、温度と湿度の調整、精神安定化に自動洗浄、で全部だな。ただ簡易的なものだから、全体的に効果は弱いぞ」
改めて思い返すとかなり多いな。あの頃はテュオの精神面が不安だったから、それも含めて守れるように作ったんだった。
「……本当に優秀なのね。それだけの魔法を同時に付与できるなんて」
「疑わないんだな」
実際に付与されているのだから疑われても何の問題もないのだが、それにしてもすんなり信じられた。見えないから言われたとおりに信じているのかもしれないが、結構とんでもないものばかりだぞ?
「これが仕事だもの。あり得ないほど高密度な魔法が付与されているくらいは感じ取れるわ。それぐらい沢山の効果がないとむしろ不自然ね。それじゃあ、毒に対する耐性を付与してもらおうかしら」
「はいよ」
魔力を感じ取れるということはそれなりに魔法の適正があるんだろうな、とは思いつつも、渡された服に魔法を付与していく。
服への魔法付与というのは、服の上に魔法陣を書き込みそのまま魔道具化するのと同義だ。しかし防毒というのは意外と複雑な魔法で、周囲の攻撃を防ぐだけでいい防護魔法とは働きが異なる。着用者の体内に干渉する必要があるからな。それでいて激辛料理なんかは毒ではないので無害化してはいけない……したい人もいるかもしれないが。
つまりはそれだけ複雑な魔法陣を埋め込む必要があるという、難易度の高い魔法なのだ。しかし俺なら出来る。とてもすごいので。……しかし、あれだけ付与できるのに要求されたのが一つとはどうにも地味だな。ついでに自動洗浄と回復力の強化も突っ込んでおこう。
「よし出来た。おまけもしといたぞ」
「おまけ?」
店主の疑問には答えず、水球を生み出して投げつける。
服は水に濡れたが、その後濡れた跡はすぐに消える。驚きの速乾性である。
「こんな感じ」
「……服に付与された魔法って、着用していないと効果がないものじゃなかったかしら?」
店主が知っているのは着用者の魔力を借りて発動するタイプの魔法だろう。店にはそのタイプの服しか陳列されていなかったからな。当然、俺もそれを利用していないわけじゃない。
「空間中にも魔力はある。効果は落ちるけど、この程度なら独立して発動できる。もちろん、魔力が多い奴が着れば効果はもっと上がる」
この機構も、やりすぎると利用者から魔力を吸い取る呪いの服になりかねない。着用者の魔力が有り余っている場合は余剰分を吸い取るだけなのでそこまで複雑な機構でもないが、体内の魔力と空間中の魔力を併用するのはこれまた難易度が高い。こっちはテンプレートとして毎回使ってるから構造に悩むことはないけど。
「これぐらいなら手間じゃないし、もう何着かやろうか?」
「とても惜しいけど、借りが大きすぎると身を滅ぼしそうだわ。またいつか、別の機会があったらやってもらおうかしら。それよりも!お嬢さんの服を決めないとダメよ。あなたも付き合いなさい」
「だからそっち方面は分からないって……」
「あなたに選ばせるわけじゃないわよ。でも、女の子の服はちゃんと一着一着ほめるのが男の責務でしょう?それに、この子の表情を見てもそう言えるかしら?」
テュオを見ると、少し寂しそうな表情をしていた。店主に言われて顔を引き締めようとしていたが、魔法で隠された耳と尻尾は垂れ下がっている。これを断れるか?いや無理だね。
「分かったよ。ここで見ていればいいか?」
この町に来た目的はどこへやら、店内はテュオの着せ替え会場になっていった。
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