第8話

テュオの魔法は自宅のダンジョンの中層程度なら一人でも安定して生き残れる強さまで来ており、大抵の魔物なら問題なく戦えるほどにはなった。

使える魔法の幅もどんどんと広がり、鑑定、鎮痛、身体強化などの使い所の多い魔法に加え、肉体を復元する魔法についても対象を自分に絞れば使えるようになった。ようやく、一人で生きていくのに十分な水準に達したと判断していいだろう。これからも強くなる余地は十分に残してはいるが、とりあえずここで一区切り。

次はどうしようか、と考えているとテュオから話しかけてきた。以前は珍しかったこれも、最近は増えてきたことだ。


「ご主人さまは、ずっとここに住んでいるんですか?」

「大昔に村で暮らしていたことはあるから、ずっとではないけど……かなり長い事ここにいるのは確かだな。その村ももうなくなってた」

「私たちの仲間だったときは、ないんですか?」


よく分からん質問だ。俺は亜人ではないのだから、仲間だった過去があるはずがない。同族だから助けたと思われてるのかもしれないが、テュオを助けたのはただの興味と同情だ。


「ケモ……じゃなくて、亜人に会ったのはテュオが初めてだな」

「そうなんですか」

「ああ。でも、何で急に?」

「ご主人様の話す言葉は獣人のものではないのですか?檻に入れられていたころ、私を見に来る人間たちは別の言葉を話していました」


言葉?……ああ、翻訳魔法の事か。元々は、地上の街に入る前に、言語が変わってしまっただろうと思って自分にかけたはずの魔法だ。魔力消費がゼロに等しいから忘れていた。

俺にとっては言語は意識すらしていなかったが、テュオからしてみれば俺は人間の言葉と亜人の言葉を使い分けるバイリンガルに見えるわけだ。無意識で使ってたし、ここに住み続けるなら役に立たない魔法だから教えてもいなかった。そりゃ、自分の種族だけが使っている言語を使えないはずの人間が使っていたら、何らかの関わりがあるっぽく見えるな。一切ないけど。


「翻訳魔法の効果だな。自分の言葉を相手に通じる言語に変換する魔法だ。だからテュオの種族の言葉を話せるわけじゃない。地上にいた奴らの言葉も多分話せないけど」


多分、というのは確証がないからだ。子供の頃にいた村で使われていた言葉は話せるが、だいぶ昔の言葉だろうからあの街じゃ通じるかどうかといったところ。よくて古語扱いだがおそらくは滅びているだろう。どうせそっちの言語は使わないからどうでもいいといえばいいのだが。子供時代もそこまで長くはなかったので、自分の中ではずっと日本語を話している。母国語というのはそう簡単には変わらないな。


「そうなんですか。じゃあ……あの人間たちとは仲間じゃないんですね」

「あの人間?」


テュオは覚悟を決めたように、真っすぐ俺を見つめた。


「私のいた里は、人間から襲撃を受けました。私が捕まって奴隷になったのは、それが原因なんです」


あれ、追い出されて路頭に迷ったところを捕まったのかと思ったが、そうじゃなかったのか。


「暗い夜に、何人もの人に村を襲われました。襲撃されたのは私が呪われているからだ、という理由で私が里から追い出された後、人間たちに捕まりました。本当に私が人間を呼び寄せた原因かどうかはわからないんですけど……やっぱり、私の見た目は他の人と違いますから。そういうこともあるのかなって」


いや、ないと思うなぁ。この世界の呪い、というのは知る限りすべてが魔法によるものだ。それがかけられているなら俺が気付けないはずがないが、テュオを最初に鑑定したときに呪いなんてものは出てこなかった。その呪いが俺の知らない未知の技術の可能性もあるが、たまたまだろう。あるいは見た目が珍しく美しいので捕まえるために襲撃されたか。……それを考えると、テュオが原因の可能性もあるのか?わざわざテュオに伝える事でもないが。

確かに、テュオが追い出された原因も人間が元凶ではあるだろう。しかし理不尽な襲撃の元凶を求めてしまったとはいえ、それで迫害が許容されるわけじゃない。根拠もなく一人に責任を押し付けて追い出すような性根の種族なんぞ滅ぼしてもいいんじゃなかろうか。


「その里には戻れないのか?」

「戻っても、また追い出されるだけだと思います。それに、私の居場所はもうここにあります」

「……ああ、そうだな」


平気そうに見えて、それを話すことは辛かったのだろう。テュオが身を寄せてきたので、軽く手を添える。

テュオの過去がちょっとだけ知れたわけだが、どうにも救いのない話だ。人間が敵になったかと思えば、同族まで敵に回るとは。


獣人も悪いのは確かだが、そっちはテュオでも何とかできるだろう。どうせ魔法を使えない種族だ。問題は人間側。国が相手だとテュオには荷が重いか?

あの国でも奴隷は受け入れられていたようだが、獣人について詳しく知っている様子は無かった。恐らくは犯罪奴隷などの既存のシステムに、獣人を後から放り込んだものなんじゃないか。その辺を主導した奴らをお仕置きでもしようかな。とはいえ誰なのかはさっぱり分からんが。

街に行けば色々聞けるか。亜人を襲撃した集団が何者かも気になるし。あれだけの規模の奴隷商会が大々的に営業しているわけだから、非合法ってことはないだろう。さほど苦労もせずに情報が集められるはずだ。


「もう一回上に出てみるか。図書館とかがあれば楽だけど」


技術的には活版印刷があるかは微妙なところだけど、魔道具で同じことができる可能性もある。入国審査に使われていた魔道具はやたら高度なものだったしな。


「また地上に行くんですか?」

「付いてこなくてもいいぞ、すぐ帰ってくるし。長引くこともないだろうし、家で待っていればいい」

「……私は、連れて行ってもらえませんか?」

「そうは言ってないけど……無理に人間と関わらなくてもいいんだぞ?」


一番の問題である耳と尻尾を隠す魔法ぐらいはあるのだが、それをしたところでテュオにはメリットがない。命令してまでそんなところに連れて行きたいとも思わない。


「一人は、さみしいです」

「分かった、分かったから。……本当にいいんだな?」


テュオは迷いなくうなずいた。決意は固そうだ。

最悪、テュオの体調に問題があっても、すぐに家まで転移すればいい。ここはテュオの希望通りにしておこう。


「あ……でも、耳はどうしましょう……人間に見られたら騒ぎになるでしょうか……」

「魔法で隠せるぞ。明日は俺がやるけど、いつかは使えたほうがいいかもな。いや、人間と関わる気がないなら必要ないのか?」

「ご主人さまがこれから何度も街に行くなら、使えるようになりたいです。いつか教えて下さい」

「ああ、分かった」


俺にとっては、街に行ってもあまりメリットはないんだよな。このダンジョンは素材が豊富で、その素材と創造魔法で大抵のものを造れる。街でしか出来ないことというものはほとんどない。まあ、これからも何度か街に行くかもしれないし、必要になったら教えるぐらいの心持ちでいいだろう。


「よし、じゃあ明日にでも街に行ってみるか。魔法は出かける前にかけるからな」

「はい。お願いします」




翌日。テュオが作ってくれた朝飯を食べ、町に行くための準備をする。といっても、何もすることはないが。必要なものはすべて倉庫に入れてあり、そこから転移で取り出せばいいだけだからな。

普段通りにTシャツを着たテュオも部屋から出てきた。頭には何もかぶっておらず、白い耳がピンと立っている。


「見た目を変えるぞ」

「はい。お願いします」

「耳と尻尾は幻惑魔法で隠すとして……髪と目の色はどうするかね。街でよく見たのは赤か金だったかな」

「亜人でなくても、この髪と目は欲しがる人がいるんでしょうか?」

「うーん?どうだろうなぁ」


そんな今の人間の風習だとか価値観を聞かれてもわからない。ただ、奴隷商がアルビノを売り物として売れていたのは、亜人だからこその扱いだったような気もする。もちろん、奴隷であったら人間であってもどうなるかわからないが、まさか道端を歩く市民がいきなり捕まって奴隷になるなんてことはないだろう。ないよな?


「隠さなきゃいけないものでもないとは思う。でも見た目は目立つから、そういう意味でほしがる人間はいるかもな」

「ご主人さまは……この髪は、好きですか?」

「綺麗だから好きだぞ」

「それなら、私はこの髪のままでいいです」

「そうか」


そういえば、どうせ注目を減らす魔法も併用するのだから問題ないか。ついでにかけておこう。


「よし。じゃあ行くか」


テュオに幻惑魔法をかけて耳と尻尾を隠す。もちろん、見た目が完全に透明なだけで、なくなったわけではないし触れればわかる。しかし、テュオにとってはアイデンティティを隠さなきゃいけないのは、あまりいい気分はしないのかもしれない。


「ご主人さまと同じ……」


そうでもないのかもしれない。

見えなくなった尻尾を見て笑顔を浮かべるテュオを見なかったことにして、街の近くに転移した。本人が喜んでいるのなら、まあいいか。


「この魔法もいつかは教えてくれるんですか?」

「転移か?ちょっと時間がかかるな。概念が複雑で、俺も全部を理解しているわけじゃないからね」

「そうですか。あれば便利だと思ったんですけど……」

「そのうち教える機会があるかもな」


空間をすっ飛ばして移動するのはただの高速移動と違って難易度が高い。当面は高速移動だけで足りるから、教えるのはだいぶ先になる。


「ああ、そうだ。翻訳魔法、いるか?なくても、聞きたくないことを聞かずに済むって利点もあるんだが」


今朝気付かされたが、今のままだとあの町の人の言葉が聞こえないからな。

テュオが頷いたので使ったが、俺と会話するだけでは変化が分からないので、テュオの反応は大きくない。軽く耳を揺らしただけだ。


「じゃ、行くか」

「はい」


後ろを歩くテュオを連れて街に入る。前にもあった入り口の水晶はただの嘘発見器なのでテュオの正体がバレることもない。入り口の人混みも、テュオにとって恐怖の対象とはなっていないようだ。


「それで、どうしましょうか?」

「目的の場所はもう少し遠くにあるんだけど……最初は腹ごなしでもしようか。前回やり忘れたことがあってな」

「やり忘れたことですか?」


その時、向かっていた串焼き屋の店主が俺に気付いて声をかけてきた。


「おおっ?あん時の兄ちゃんじゃねぇか」

「よく一回あっただけの男の顔を覚えてたな?あの時串を買い忘れたから、ここに寄るついでに買いに来たぞ」

「屋台とはいえ客商売だからな。そこそこ話した相手を忘れるほどボケちゃあいねぇよ。で、何本だ?塩と照り焼きがあるぞ」


一回寄っただけの人間をよく覚えてるもんだ。……買いに来なかったからって根に持ってるわけじゃないよな?


「じゃ、塩を2本で。テュオも食べるよな?」

「はい」


まだ直接話すほどには人間を信用していないのか、テュオは俺の後ろに半身を隠している。


「ほれ、銅貨十枚だぜ。で、後ろの子どもはどうしたんだ?妹でも連れてきたのか?」

「そんなところだ」


適当にごまかしつつ、串を受け取り銅貨を渡す。一本はテュオに渡して、さっそく頬張る。うん、普通だ。屋台の料理と考えれば意外なほど美味い。前世にあった素材に加えて魔物の肉だとか素材まで料理に使われるわけだし、文明全体で食が発展しているのかな。


「んでお前、結局奴隷は買ったのか?」

「買ってない。品切れだった」


買った奴隷を後ろに連れ歩いてます、なんて言うと問題になる可能性もあるので適当に誤魔化しておく。亜人を連れ歩いていいかどうかは分からないし、隷属魔法とやらも解除しちゃってるからな。


「そりゃそうか。国が欲しがってるらしいし、そっちに回ってるんだろうな」

「国はなんで亜人を求めてるんだ?」


おっちゃんから話を振ってくれたので、ついでにここで情報を聞き出しておく。情報を集めようにも、土地勘のない俺一人じゃいつまでかかるかわからない。


「知らん。今の国がやろうとしてることなんて俺たちにわかるもんじゃねぇよ。もしかすると、何も考えてないって可能性もあるぞ……ああ、冒険者ギルドには官報の写しが残ってるはずだ。あと、奴隷商なら専門だし、その辺をあたれば分かるんじゃねぇのか」


ここでも奴隷商か。何度も寄りたい場所ではないし、まずは冒険者ギルドを当たってみるか。


「じゃあ、その辺で情報を探してみるよ。ありがとな」

「おう、まいど。ついでに言っとくが、都市中心にはあまり近づくなよ?用はないと思うが、最近王城とか騎士団がピリついてるからな。近寄らねぇ方がいい」

「ん、なんかあったのか?」


おっさんが小さく手招きしてきたので、近付いて耳を寄せる。


「大きな声じゃ話せないんだがよ。最近、だんだん税が上がったり色んなモンが徴収されたりしててな?騎士団を動かすために使われてるって噂だ。戦争準備かは知らんが下手に近づいたら何されるかわかったもんじゃねぇ」

「ああ……なるほどね」


そりゃそんな雰囲気にもなるか。妙なタイミングで来ちゃったな。まあ、変に絡まれても問題ないけどな。


見た目のわりに物知りなおっさんの言う通りにギルドへ向かう。方向としては真逆だし、騎士団と関わることはないだろう。万が一遭遇しても転移がある。


テュオも食べ終わったようなので、串を受け取り、自分の分も合わせて家のゴミ箱に転移させる。ゴミ箱がいつでも手元にあるって便利だな。

ちなみに、テュオはそこまで串焼きは好みではなかったようだ。家で食べるご飯のほうが美味い、ってそりゃ比べるのがかわいそうというものじゃないか。家の食卓には、膨大な種類の魔物がいるダンジョンで、俺が長年をかけて厳選した魔物の肉ばかりが並んでいるからな。


「言葉は理解できたか?」

「はい」

「そりゃよかった。というか、テュオから見て、亜人の言葉を喋る俺はどう見えていたんだ?」

「……ご主人さまは、元々私たちの仲間だったのかな、なんて思ってました。だから私はご主人さまの話を聞こうと思ったんです。ご主人さまに怪我を治されたとき、ご主人さまが言葉を喋れていなかったら私は死を選んでいたかもしれません」


ここでさらっと意外な真実が明かされた。俺に翻訳魔法がかかっていなかったらあの時テュオは死んでたかもしれないのか。結構危うかったな。


「そんなことにならなくてよかったよ。行こうか」


俺は重い話で暗くなった空気を紛らわすように、目的地へと向かった。

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