第7話

テュオが放ったのは雷の魔法。本来の雷はまともな指向性もなく好き勝手に飛んでいくが、テュオが使ったのは拡散せずに飛んでいく雷だ。十中八九、以前俺がテュオを助けるために使ったものと同じ性質のものだろう。

あれは火力が高いから、テュオには使えないと思っていたが……よほど記憶に残っていたのだろうか。あの火力を両手からとはいえ出せるとは……って。


「テュオ、両手見せて」


テュオの手を取り、状態を確認する。やけどはない、体内の器官にも皮膚にも……異常はない。よかった。


手を離しテュオを見ると、テュオは真顔で手を見つめていた。恥ずかしがるわけでもなく嫌がっているようでもないようだけど、どういう反応?

子供とはいえあまり女性の手を無造作に取るもんじゃなかったかな。次からは気を付けよう。


「とにかく、おめでとう。成功だ」


これはいい事だ。いい事なんだが……困った。

正直に言えば、成功してしまったという方が近い。これによって、今まで考えていたプランが崩れた。というのも、雷というのはそもそもが難易度の高い魔法のはずだから。

当初のプランでは、身近な炎から始め、水、土などの基礎的な魔法、次に氷とお湯を始めとした温度変化、最後に治療魔法、と難易度を上げながら教えていく予定だった。テュオは一足飛びに雷の魔法を使えてしまったので、どこから教えればよいものか。……雷を扱える相手に遠慮とかいるか?片っ端から全部教えればいいか。






一度魔法を使えるようになったテュオの成長は目覚ましいものだった。

炎、水は言うに及ばず、氷やお湯、温風も使えるようになった。俺がコンロ替わりに使っている魔法は体から離れた場所で魔法を発動させる必要があるため同じことはまだできないが、焚火ぐらいならテュオでも作ることができる。これで風呂と料理が一人で出来るようになった。一人で生きていけるようになるにはあと合成魔法が欲しいところだが、あれは難易度が高いのでもう少し時間がかかるだろう。


次に習得したいのは治療魔法だが、テュオを傷つけて治させる、というのはあまりに危険すぎる。いや、跡が残らない方法で傷つけるくらいは容易だが、関係的に危険。今までの関係が全部崩壊しかねない。やり方は考えなければならないだろう。


そんなこんなで、テュオとの生活もだいぶ長くなってきた。前世で言えば一か月は過ぎただろうか。


「おはようございます」

「おはよう」


テュオの口数もずいぶんと増え、言葉に詰まることも無くなった。喋るたびに怯えられるのはこっちとしても心配になるから、元気になってくれてよかった。

ちなみに、テュオの『お願い』についてだが、要求されたのは『寝るときに強く抱きしめてほしい』だった。どんな無理難題を要求されるのかと恐々としていたが、軽いものでよかった。日数を重ねるごとに遠慮がなくなってきて、最近は腕に尻尾まで巻きつけてくるようになったが、まあいい。それはいい。


しかし、これは問題だ。


「朝ごはん、できてますよ」


テュオが『出来ることをしたい』と言って料理を始めた結果、朝昼晩の食事が時間になると用意されるようになった。魔法を使えるようになった結果である。最初は断ろうとしたのだが──



『早起きはしんどいだろ?子供は睡眠が大事だぞ』

『……ご主人様のために何かしたいです』

『何か他の仕事があったら任せるからさ?それでいいんじゃないか?』

『でも、練習にもなりますよね?キッチンは使えたほうがいいって、ご主人様も言ってました』

『そんなこと……言ってたっけ?』

『はい』

『……じゃあ、頼む』



という流れで、朝昼晩の食事が用意されるようになってしまった。この状況は非常にまずい。自分がどんどん怠惰になっていく。


あの時は押し切られたが、今思い返してみれば、『この家はキッチンも風呂も魔法が必要なので、一人で出来るようになってほしい』という発言はした気がする。あれは風呂に一人で入ってほしいという意味ではあったのだが、彼女が勘違いしたのか、分かってて利用したのか。どっちでもいいが、子供の睡眠時間は大人より長くないといけないそうなので、これからはテュオが睡眠不足にならないよう俺が気を付けてやらないといけない。あと火傷とかしないようにも。


ああそうだ、火傷の治療だ。それをやらないとな。

火傷含め、多くの怪我は治療魔法があればすぐに治せるが、テュオにはまだ習得させていない。俺がテュオに怪我をさせないようにしているし、あそこまでの怪我とトラウマを抱えていた少女に『治療魔法の練習をさせるから怪我してくれ』なんて言えないからだ。最初は俺が怪我してそれを治療させる方法でいいのだが、対象が他人と自分じゃ勝手が違う。なので、最終的には自分が怪我して自分が治す、という一連の流れを経験しなければならない。感覚を麻痺させる魔法ぐらいは使えるので、それも含めて出来る限りオブラートに包んで話を出してみよう。少しずつ慣れさせて、トラウマも克服できるとなお良いが……。


「……あのさ。俺が腕を治したこと、あったじゃん?」

「はい」

「……うーん」


会話に詰まった。ここからどう展開すればいいんだ。


「私も、それを覚えた方がいいという事ですか?」

「……うん、そういうこと」


察しが良すぎる。彼女から言い出してくれる分には、ありがたいからいいんだけどね。


「じゃあ早速始めましょう。食器、片付けちゃいますね」

「ああ、うん……美味しかったよ、ありがとう」


確かに口数は増えた。怯えることも無くなった。しかし、これはどうなんだろうか。


「そうですか?よかったです」


……まあ、テュオが笑顔なら何でもいいか。


治療に魔物は必要ないので、今回はダンジョンではなく室内での練習である。そしてテュオが向き合っているのは……ホワイトボードである。異世界なのにやってること授業じゃねぇか、と思わないでもないが、これが最も効率がいいだろうから仕方ない。基礎はどこでも大事だ。


ちなみに、この場面以前にもこれを使って授業することは何度もあった。文明レベルが進んでない世界の、それも一つの民族出身だからな。大昔に義務教育を終え、そのほとんどを忘れてしまった俺にも教えられることは多い。国語と社会を教えたところで意味がないので、算数と理科ぐらいしか教えられないが。


そして今教えているのが人体の構造とその治療方法。とはいえ世界が違うので、魔法周りの知識も絡めたオリジナルの知識だ。医者ではないのでそこまで正確ではないだろうが、例によって知識不足は魔力量でどうにかする。


「──つまり、極論を言えば、人間をまるごと全部過去の状態に戻せばあらゆる負傷は治療できる。でもそれだと現在の脳の状態を引き継がないから、記憶や経験も全部消えるわけだな。だから、脳の状態を引き継いだまま過去の体を現在に適合させる必要があるわけだな。だから、えー……」


これをやったのがテュオの治療なわけだが……それを例として挙げるのはちょっと気の毒なので言葉に詰まる。かといってテュオを救出するときに自分の腕を食いちぎられたときの事を例示するのも微妙だ。怪我した直後に治すのと、時間が経った怪我を治すのはほぼ別の魔法だからな。うーん。


「あの……」

「ん?」

「私に気を遣ってもらわなくても、大丈夫です。過去を思い出すと辛いこともありますけど、ご主人様がいてくれれば安心できますから」

「ん、そうか?」


ありがたいことだ。察しがいい事も、それだけ信頼を寄せてくれていることも。俺も、俺の感情は置いといて彼女のためになることをしなければ。


「そう、あの時テュオを治療した魔法がそれだ。テュオの記憶をそのままに体を過去のものに戻した。最終的には、それが出来るぐらいになるのが目標だ。とはいえそれは難しいから、最初は人体の治癒能力を引き上げて治療する魔法を覚えよう。原理は怪我が治る過程を高速で再現する簡単なものだから、習得も簡単だぞ」

「はい。今からそれを練習するんですか?」

「ああ。最初は軽めの切り傷から始めてみようか」


治療の対象をテュオにするのはまだ早いので、最初は俺自身を教材にする。

親指の先に魔法で浅く切れ目を入れる。強い刺激は発生しないように神経系を制御しているので痛みはないが、それを見た瞬間にテュオの顔が険しくなった。目を細めて真顔になっている。今まで見たことのない表情だ……。


「やめてください。ご主人様が怪我をする必要はないと思います」

「痛みは無いから平気だぞ。魔法は感覚も制御できるからな」

「それでもです。ご主人様に傷ついてほしくはありません」


今日のテュオは押しが強い。普段は俺のいう事には従うテュオだが、今回のは彼女的にダメだったらしい。

これほどの押しの強さも、これほど強い要求も今までになかった。今日は見たことのない側面をよく見せてくれるなぁ。ちょっと申し訳ないけど、利用させてもらうか。


「じゃあ、次からはそうするからこれ治してもらえるか?」

「はい」


テュオが俺の手を浅く包み込むと、指が元通りに治療される。同時に、テュオの体からごっそりと魔力が減った。発動するのに不足していた慣れや理解をそれで補ったわけだ。無理しすぎだろ。

とはいえ習得が早い。もうちょい苦戦してくれないとやることないじゃないか。


「終わりました」

「……うん」


治された指を眺め、指を曲げたり触ったりしてみる。違和感はなく、失敗したようにも見えない。それどころか本来は多少残る切り傷の跡すらない。

前世の医療でも変な治療を行うと悪い形で定着してしまう例があったが、それは魔法でも起こりうる。むしろ魔法ゆえにただの切り傷の治療でさえ、その傷口から大量出血したり新しい指が生えてきたりと大事故につながりかねない。

だから最初の練習だけは後からどうとでも治せる俺自身を生け贄にしてやらせてみた訳だが……終わってしまった。最近の吸収の早さを甘く見ていた……。


「駄目でしたか?」

「いや全く。完璧すぎて驚いただけだ」

「よかったです」


成功したというのにテュオに喜びはない。多分俺が悪い。


さて、これで失敗したら何かと言いくるめて俺を実験台にし続けるつもりだったがそうはならなかった。

次はテュオ自身が自分の治療魔法を学ぶことになる。自分が怪我した時に対処できるようにするのが目的だからな、気乗りしないが仕方ない。鎮痛魔法だけは強めにかけてあげよう。


「じゃあ、次はテュオの番だけど……どうする?」

「はい。どうやって切りましょうか」


テュオは表情を変えずに聞いてくる。肝が据わってるなぁ。


「俺が魔法で切り傷を作ろうかな。失敗しても俺が跡も残さず治せるから、気楽にいこう」

「はい」


了解を取って、テュオが差し出してきた右手に浅く切り傷を作る。

テュオが片手を添え、即座に治療した。やけに早いな。痛みがないとはいえ、そこまで簡単な魔法ではないはずだけど。才能があるんだろうな。

傷を作った場所を見せてもらって確認するが、もちろん跡は残っていない。俺の時にも残らなかったのだし、当然といえば当然だ。しかし本来残るはずの跡がないというのは、それだけ効果の高い魔法が使えているという事。最初に行き詰っていたのが嘘のように魔法を使いこなしている。


「すごいな」

「ご主人様の魔法のおかげです」

「そうかね」


それも事実だろう。自身の治療というのは痛みで集中が乱され失敗することも少なくないからな。どうせそのうち鎮痛魔法も自身で使えるようになるだろうから関係ないのだが。

そうか、鎮痛魔法も同じやり方で痛みがないことを確認しなきゃいけないのか。その辺の魔法は精神的にやりづらいな。俺が傷つけたくはないが、テュオは空間魔法による切断を行えない。テュオに任せるとなると包丁を渡して自傷行為をしてもらうことになるが、それはそれで鬼畜の所業と言われても否定できない。それに体に傷をつけるなんて行為、俺が俺の責任で行うべきだからな。

テュオが治療魔法を早々に習得できたのは幸いだな。こんな行為、やらないならそれに越したことはない。


「これで、攻撃も回復もできるようになった。防御も覚えれば、テュオも十分な戦闘力を手に入れられる。……そんな顔しなくても、追いだしたりはしないぞ?必要な能力を身に着けてほしいだけだ」


そのうち一人立ちする可能性も見据えて教えているという意図はあるが、それも今すぐってわけじゃないしな。そのうちだ、そのうち。


あと習得したいのは……身体強化と復元と、できれば転移と鑑定と……その他こまごまとしたものを含めれば、まだまだたくさんある。ただ、テュオの習得速度なら時間はかからないだろうな。

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