第6話
寝ているときのテュオはどうにも寝苦しそうにしている。手を握ってやると一旦は収まるので、しばらくはそうしようか。故郷からも追い出されたようだし、この年齢ですでに孤独の身というのは不安なものなのだろう。
それはそれとして、魔力量の成長は順調だった。
「そろそろ次に進もうか」
数日間、食器の使い方や算数など色々と一般教養を教えつつ、同時にテュオの魔力量を増やした。初日でも実感したが予想外に伸びが早く、数日で魔法を使うのに十分な魔力量になった。もっと時間をかければ更に伸びるだろうけど、あまり多くても持て余すし、同じことばかりやってはつまらない。
だから今日からは、魔法を使うための訓練をしてみようと思う。いくらMPがあっても使える魔法がなければ宝の持ち腐れというものだ。
「……今日は、何をするんですか?」
「魔力量を増やしたならやることは一つだろ?さ、手出して」
魔法の訓練程度なら家の近くでもできなくはないのだが、そうなると周りの凶暴な魔物が確実に寄ってくる。もちろん対処は容易だが、見た目がおぞましいものやテュオを食おうとしていたあの魔物もいるので気を遣ってもっと安全な場所に行くことにする。
テュオは前回と同じように両手を出してきたが、今回は必要ないので片手をつなぐ。
「……前とは、違うんですか?」
「転移だよ。離れた場所に移動する魔法だ。前も使ったけど、あの時は説明してなかったな」
俺にとっては普通の事だったから、説明するのを忘れていた。テュオも自然に受け入れてなかったか?……彼女にとっては地獄となりかねない場所に連れ戻されたんだから、そんなことを気にしている場合でもなかったということか。
「……あ、あの時の」
「お、覚えてたか。で、今日行くのはダンジョンの一階。別にそこまで危険な場所じゃないから大丈夫だ。じゃあ、行くぞ」
テュオを連れてこのダンジョンの一階に転移する。転移とはいえこの家自体がダンジョンにあるので、やっていることはほとんどエレベーターだ。
基本的にダンジョンは深ければ魔物が強く、浅ければ魔物は弱い。そしてここのダンジョンの第一階層は、手頃な弱さとそこそこの味を兼ね備えた、食用に向いている魔物が多く存在する。訓練ついでに飯も確保できる、お得な階層だ。もちろん、美味しい魔物はもっと深い層の方が多いんだけど。この辺の傾向、前世でいえば牛よりもライオンのほうが美味いようなものなので、不思議な感覚だ。やっぱり魔力の影響だろうか。
「……」
隣を見ると、テュオは不安そうに周囲を見渡している。転移のために握った手は、離さないどころかより強く握られた。家の中から急に外に連れてこられたのだし、恐怖もあったのだろう。本当はテュオが逃げ出した時の階層が一番恐ろしい層なんだけど。最下層だし。
この辺りは一面の草原。自宅のある層と同じくここもダンジョン内なのに明るい階層だ。常に晴天で夜がないからここで生活すると時間間隔が狂うが、たまに立ち寄る、それこそピクニックなどにはいい気候だろう。ただし魔物は好戦的なので、それに対処できる実力が必要だ。
この階層で探すのはその魔物である。相手の実力も考えずに突っ込んでくる、考えなしの魔物だ。
「ウサギは……ああ、いたいた」
探知魔法が場所を示した先には、草葉の陰から飛び出た一対の耳と一本の角。ちょっとでかいウサギに角が生えたような見た目の魔物だ。生物を見つけると角を前に出し高速で突っ込んでくる。味はそこそこだが肉の量は多い、このダンジョン全体で見ると最弱クラスの魔物である。魔法の試し打ちには丁度いい。
「ほら、あそこに飛び出てる耳、見えるか?今日はあれを──」
「森の、悪魔……!?」
……なんて?森の悪魔?
「なんだ、その、森の悪魔って」
「……私のいた里は、あの魔物のせいで誰かが怪我したり、酷いときは死んだりしてました。魔境という、邪悪な魔物が集まる地に近づくと頻繁に出会う魔物で……私たちは、そこに近づかないように暮らしていました」
いや見た目も大きさもウサギだぞ?悪魔というにはちょっとしょぼすぎるんじゃないかな。このダンジョンだと最弱ですよ?
「じゃあここは魔境と近いのか?」
「……魔境は深い森のことなので、違う、と思います」
「そうか」
大昔の記憶だが、このダンジョンの入り口はちょっとした森の中にあったような。今の場所はダンジョンの浅い層だし、ここを抜け出したウサギが『森の悪魔』って呼ばれてたりする可能性はあるかもしれない。第一層は草も生えていない普通の洞窟だから、そこをまたいで分布しているかどうかは怪しいが……いや、このウサギは肉食だから食料の問題はないのか。じゃああり得るかもな。
それより気になるのは、テュオの怯え具合だ。本来は軽い狩りのつもりで連れてきたが、相手を間違えたかな?
「怖いなら一度帰ろうか?」
「……守って、くれますか?」
「当然だろ。そうじゃなきゃ連れてこないよ」
「……それなら、大丈夫です」
「そうか」
相手に恐怖心があると困るのだが……ひとまず一度魔法を見せないと話が始まらないか。そのついででウサギをさくっと殺せば、苦手意識も多少は克服できるだろう。魔法があればあのウサギもこれだけ弱いんだなーって感じで。
ウサギをおびき寄せる前に、矛先がテュオに向かないように一度距離を取って……あ、テュオが手を放してくれない。やっぱり怖かったんだろうか。まあいいか。
地面を踏み鳴らし音を立てる。長い耳は飾りではないようで、やたらと耳がいいんだよな。
「──ギュイィッ!」
音を聞きつけたウサギは、その角をこちらに向けてきたので……
「ほい」
こっちに突っ込んでくる前に手をかざし、ウサギめがけて火の球を撃ち込む。王道だよね、ファイヤボール。
「ギュッ──」
ポフッ、と間の抜けた音とともに魔法が直撃したウサギは、火球の爆炎で火だるまになって死んだ。
火球を選んだのは、一番魔法っぽいことをしているし見た目がミニ太陽だからイメージしやすく初心者にも扱いやすいからだ。毛皮や肉がいい状態で得られないのが難点だけど、そこまで気にすることでもない。
突っ込んできた後に殺してもその勢いまでは消えないので、地面にいるときに最速で殺す方が楽だ。火だるまになって突撃されると熱いからな。防護でも盾でもなんなら転移でも、対処法を考えればいくらでも出てくるが、初心者にそこまで要求するのは酷というものだ。
「こいつは動きが単調だから、自分を見たと思ったらすぐに攻撃を……聞いてる?」
離れて見ていたはずのテュオを見ると、口を半開きにしてウサギの死体を見つめていた。
「すごい……森の悪魔を、そんな簡単に……」
「すごくない」
ここは何としても否定しなければならない。難易度の高い行為だと思われたら後に響く。前世でさえ無理だと思ってやっても成功しない、なんて言説もあったというのに、特に精神が強く影響する魔法という技術体系においてその考えは大きな障害になる。
「……でも、私の里ではそんなに強い人は居なかったです」
「全くすごくない。数日後にはテュオも同じことができるようになる」
「……そう、でしょうか」
魔法が使えるようになれるのか、あまり自信がないのだろうか。実際のところ、テュオの魔力はそれなりに伸ばしたし、時間さえかければ不可能ではない。やりたくはないが、ほぼ確実に魔法が使えるようになる最後の手段もある。
ともあれ、まずはテュオに自力でやらせてみよう。
「じゃあ、早速やってみようか」
「……はい」
「最初にやる事だけど、俺がテュオに魔力を流し込んでたとき、体の中に熱とか変な感覚とかを感じるような、そんな場所があったろ?魔法ってのは、その場所にある魔力で発動するものだ。だから、そこから力を放出する感覚でやれば魔法を使える。場所は覚えてるか?」
「……多分、分かります」
おお、幸先がいい。俺は昔その感覚を掴むのにも苦労した覚えがあるが、テュオは感覚が鋭いようでよかった。とはいえ、分からなかったらダイレクトに教える手段も持っているのでここで詰まることはない。
「いいね。そこから体内に流れている力の源流みたいなものを、別の力に変えるのが魔法だ。物は試しだ、一度やってみようか」
「……はい」
テュオが練習を始めてから数時間が経った。この階層だから日が傾くことはないが、時間的にはもう夕方と言っていい。テュオの疲労具合から考えてもそろそろ引き際だ。腹も減ってきたことだしな。
何より、テュオの表情がさっきから気の毒なほど追い詰められているように見える。彼女にとっては言われたことをできていない現状に苦しんでいるのかもしれないが、こちらとしてはそれほど重要でもない。そんな顔をしないでほしいものだ。子供なんて、幸せに生きていればそれで十分なのだから。
「今日は帰らないか?明日もう一度ここに来よう」
「でも……」
テュオは苦しそうにしながらもまだ続けようとしている。俺の思いが全く伝わっていない。
ここはいっそ、正直に全部言ってしまおうか。
「あのな?正直に言うぞ。俺は、テュオがどうなろうがどうでもいい。魔法が使えようと使えなかろうと、どっちでもいいんだ」
厳しい言い方だが、俺の偽らざる本音でもある。テュオを無理に追い出すつもりはないのだし、自分が老いる事もないから俺の死後どうするのかというどこかで聞いたような問題もない。食料はダンジョン内であり余るほどに獲得でき、魔法がないと困るような場面も魔道具を作れば解決できる。
「確かに魔法は便利だって言ったのは俺だけど、そんなに必死にならなくてもいい。俺はテュオを苦しめるために治したわけじゃないし、そんな顔は出来れば見たくない」
テュオはしばらく俯いていた。フォローはしたつもりだが、傷つけてしまっただろうか。
そして、テュオは珍しく顔を上げ、俺と目を合わせながらゆっくりと話し始める。
「でも、それでも私は、ご主人様が望んでくれたから、そうしたい、です」
「テュオ自身の望みとして、か?」
「はい」
テュオがそれを望むなら、それをやめさせる権利は俺にはない。行動を縛るような関係でもなく、そのために隷属の魔法を解除したのだから。
気持ちがわかっていないのは俺の方だったな。
「ごめん、余計だったな。とはいえ、無理はさせないからな」
「はい」
「もう少ししたら晩飯の時間になる。そうなったら一度帰ろう」
「分かりました……あのっ!」
「ん、なんだ?」
テュオは思い切ったようにこちらを向く。何を言うつもりか、随分と意気込んでいるように見える。どうしたどうした。
「魔法が使えたら、一つだけ、お願いを聞いてくれませんか?」
「ええ?そんなことしなくても、言ってくれたら出来る限りやるぞ?」
「分かってるんですけど……ちょっと、難しいです」
「……お、おう。出来る限り頑張るよ」
「ありがとうございます!」
お願いは出来るだけ叶える、というのは以前にも言っていたことだし、実際に言われたことを出来る限り実現しているはずなんだが……それだと言えないくらいに難しいってのは、特大の厄介事を要求されたりするんだろうか。
何にせよ、了承したなら何とか頑張ってあげないとな、と覚悟している間に、テュオは再度魔法を使うための練習に戻っていた。以前と違うのは、テュオが目を閉じていることだ。
テュオの魔力がうねるように体内をめぐっていく。体内に宿した膨大な魔力が、前に掲げた両手に集まり凝縮されていく。
ここまではさっきまでも出来ていた。問題はここからだ。
それ自体では力となりえない魔力を、実世界へと干渉できる現象に変換しなければならない。
そう、丁度そんな感じに──
ん?
次の瞬間、轟音と共に眩い光が放たれた。それは、荒れ狂う雷だった。
……まじかよ、成功しちゃった。
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