第5話
この世界は、個人が持てる力の大きさが異常なまでに大きい。地球であったなら、いくら武術を極めた人間でも武装した兵士を百人も集めれば確実に制圧できるだろうが、この世界ではそうはいかない。極めた魔法であれば、百人でも千人でも、一方的に虐殺できるからだ。それこそが、自分の望みを押し通すための最大の力となる。この世界で不条理を跳ね除けるには、そうするのが一番簡単で、今テュオに求められているのがその力であり、それを提供できるのが俺である。
あとついでに魔法が使えないとこの家はキッチンも風呂も使えない。年端も行かない少女を俺が風呂に入れるのはまずい気がするので、自分でできるようになってほしいものだ。
「という事情があるので、まずテュオには魔法を覚えてもらいます」
ちなみに、今日やる予定の事は室内でもできるので場所は自宅である。外で魔法をぶっ放すのはもう少し先になる予定だ。
テュオは話を聞いている間大きく表情を変えることなく下を向いていた。
「……私には、無理です」
なぜか最初から否定された。そう思い込んでしまうと尚更難しくなるからやめてほしい。そういう思考の癖は本人にはどうしようもないんだろうけど。
「大丈夫だよ出来るって。使えると便利だから頑張ろうぜ?それなりに使えれば、テュオを追い出した奴らを皆殺しにする事もできるぞ」
「……そう、ですか」
「いや、嫌なら皆殺しはしなくてもいいけどね」
反応が薄い。まあ、同族殺しには忌避感があるか。別に今はそれでいい。力ってのは、持っているだけで心に余裕が出るものだし。
とりあえず始めてみよう。やってみたら意外と、という可能性もある。
「じゃあ、まずは魔力量の拡張からだな。ほら、両手出して」
何をするかもわかっていないだろうに、テュオは無言で両手を差し出してくる。その両手を握り、左手からテュオの魔力を抜き取り、右手から自分の魔力を少しずつ流し込んでいく。
「魔物の腹を開くと出てくる魔石ってのは、魔法を扱えるほとんどの生物に存在してる。当然、俺もテュオも持ってるから、体を切って開けば見つけられる。やらないけどね。それで、魔石に魔力が溜まっていて、魔法を使うにはそれを消費する必要がある。だから魔石の魔力容量は大きいほどいい。効果も使える回数も大きくなるからだ。ここまではいいか?」
「……」
黙ってはいるが、一応頷いてくれた。一息に説明してしまって理解が追い付いていないのか、わずかに首を傾げながらだったけど……そこまで重要なことでもないし、理解できていなくても別にいいか。それに、実際に体感した方が早い。
「じゃあその容量はどうやって増やすのかだけど、それは魔力を出し入れするだけだ。だから、魔法を使いまくって、魔力切れになったら自然回復を待つのが魔力量を拡張する一般的な方法だ。魔法使いが熟練するほどに強くなっていくのはそれが理由だな。単純に魔法を使った戦闘への慣れもあるけど」
この世界の魔力というのは、筋肉と似たような成長方法だ。生きる世界は違えど、継続的に鍛えることで成長する、という原則は共通している。それが共通しているのは、今の力では生き残れないと判断した肉体が生き残るために今以上を目指す、ある意味収斂進化に近いものなんだろうか。過酷な環境に適応するために今より強くなる、という能力を獲得した生物が生き残った……うん、生物学は詳しくないからよく分からん。学者でもないのだし、考えるだけ無駄かもな。
大事なのは、時間をかければかけるほど魔法を上手く、より強く使えるようになるという事だ。だから本来は、テュオが魔法を扱えるようになるにはそれなりの時間がかかる。
そして今俺がやっているのが、その原則を捻じ曲げる行為だ。
「ただそれには抜け道があって、魔石は外部からの魔力供給を受け入れる。つまり、魔法を使った後に外部から魔力供給を受け続ければ、魔力量は成長し続ける。それを、今テュオにやってる」
そう、筋肉は筋繊維の修復を待つしかないのだが、魔力なら外部から流し込むことで充電できる。問題なのは、魔力にも個人特有の性質のようなものがあり、無理に他人の魔力を流し込むと失敗するという事だ。最悪の場合は死に至る。
ただし俺は事前に魔力をテュオの魔力と同質のものに変換してから流し込んでいるのでその問題は発生しない。魔石の急速な成長で体調が不安定になることはあるだろうが、その程度だ。
この技術は地上じゃ発達していないんだろう。地上の町に出た時に強い魔力を持つ人間は誰一人としていなかったからな。それが出来るならもっと魔力の強い人間はいるはずだ。俺自身だいぶ長いこと生きているというのにそう簡単に上回られても困るのだが。
「続けてると体調が悪化していくから、全身がだるくなってきたらすぐに言えよ?やりすぎるとしばらく寝込むことになるから」
「……大丈夫、です」
既に相当な魔力を流し込んでいる。魔法を使ったことがない人ならこのぐらいでダウンすると思うんだが、案外大丈夫そうだ。これも亜人という生物の特徴の一つなのかね?
しばらくそのまま魔力を流し込んでいると、急にテュオがふらつきはじめた。慌てて魔力を止め、体を抱きとめる。
「おっと、大丈夫か?」
「……ごめん、なさ……」
そういうと、テュオは気絶するように眠ってしまった。無理をさせすぎたな。あれだけの魔力を流し込まれれば無理もない。ベッドにテュオを運び込み、寝かせておく。
テュオの魔力量だが、予想以上に伸びがいい。魔力の通りがいいから調子に乗ってしまったのが良くなかったな。
しかし怪我の功名といったところか、初回でこれなら必要な量まで伸びるのも時間はかからないかもしれない。魔法の訓練を含めても、生きるのに十分な力を身につけるのに一か月もかからないだろう。
「……ぅあ……」
寝言ではあるものの、苦しそうな表情をしている。何となく手を握ってみると、表情が少し柔らかくなった。握っている間は平気なようだ。俺が原因でもあるし、今はテュオの手を握りつつ起きるのを待つとするか。
ギルドでの売却やテュオの部屋作りで減少した倉庫の中身を見直しつつ暇を潰すものの、それから半日ほどテュオが起きることはなかった。原因が魔力切れではないから、そこまで時間はかかるものじゃないはずなんだけど。
結局、テュオが目を覚ましたのは日没よりも少し前の時間だった。
「お、起きた」
「……」
寝起きの薄く開かれた目が、自身の握っているものを確かめたことで大きくなる。俺の手を握っていた事を認識したテュオは、弾かれたように身を引いた。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、加減を間違えた俺が悪かっただけだ。ごめんな」
最近生活リズムがぐちゃぐちゃだな。俺は睡眠を取らなくても問題ないからすぐに戻せるが、テュオはどうだろうか。同じように眠ってしまうぐらいに魔力を循環させればまた眠くなるだろうけど、テュオが辛いか?本人の反応を見て決めようか。
しかし、この時間まで寝ているのは予想外だったな。今になってみれば、それを予想できるだけの情報はあったのだろうけど。
「今日の朝も眠そうにしてたな?やっぱり寝付けないか?」
実際、ぐっすり眠るというほうが難しいだろう。自分を散々痛めつけた奴らと同じ種族の、よく分からん男と一つ屋根の下だからな。
本当はもっと警戒を解いて楽にしてほしいが、それが無茶な要求だという事も理解している。何か協力できることでもあればいいのだが。
「……それは……あの」
「うん」
「一人だと……さみしくて……」
「あー、そうか」
困った。未だに十分な信用を得られていない俺に解決できるものではない。
本来その場所に望まれているのが親、または親しい保護者代わりの人だったのだろう。
転移があるのでここに誰かを連れてくることは不可能ではないが、誰を連れてくればいいかが分からない、そもそもテュオのいた里というのも場所が分からない。深くは踏み込めないが、昔は仲の良かった相手が急に追い出してきた、という事情の可能性もある。その場合は連れてくる方がテュオの精神的によくないだろう。どちらにせよ、自宅にあまり他人を連れてくる判断はしたくないが。
困った、困ったなーと考えを巡らせていると、テュオが非常に小さい声で話しかけてきた。小さすぎて聞き逃しかけた、危ない危ない。
「あ、あのっ……」
「なんだ?」
「……ごめんなさい。何でもないです」
「そうか」
何かを言いかけておいて、何でもないってことはないだろう。
しかし、ここで『一緒に寝るか』とか言い出すのもどうなんだろうか。テュオにとっては俺の提案は断りづらいだろう。飯も住処も提供している、一方的な関係だからなぁ。別に提案を断られた程度で不機嫌になったりしないけど。
「何か要求があれば何でも言ってくれていいぞ。言うだけならタダだし、変なこと言われても怒らないからさ」
「……」
「じゃあ晩飯にするか」
これ以上待つと教養になりかねないので、早めに会話を切り上げる。晩飯は何にしようか。今日は魚でも食べるか。テュオは生魚いけるんだっけ?煮魚のほうがいいかな。
「お、お願いがあります」
晩飯のために立ち上がろうとするも、さっきよりも少し大きな声で呼び止められた。
テュオから話しかけてくれるなら否はないのですぐに腰を下ろす。
「どうした?」
「……寝るときに、隣にいてくれませんか?」
「いいよ」
予想外でもない。さっきのしぐさからして、そうしないと心細いだろうなとは思っていた。しかし、快諾したはいいものの微妙に躊躇われる内容だ。女性の私室に入って寝るのはいかがなものか。
ああ、問題ないか。リビングに大きめのベッドを作ればそれで済む話だ。あとはテュオが勝手に潜り込むなりなんなりするだろう。嫌になれば自室で寝ればいい。ついでに、彼女の許可が取れれば、寝付けない時に睡眠魔法を使うこともできる。荒い対処ではあるが、睡眠不足よりは健康にいいはずだ。
「じゃあ、そこに大きめのベッドを置いておくか」
ということでカーペットや机を撤去して空けたスペースに大きめのベッドを作り、これからはそこで寝ることにする。ちょっと部屋が手狭にはなったが、元々物自体が多くないので支障はない。サイズは……多分、分類するならキングベッドってやつだ。落ちたら危ないからな。
「これでよし。俺はこれからここで寝るようにするから、気が向いたら勝手に潜り込んでいいぞ。一人で寝たいときもあるだろうから、その時は自分の部屋のベッドを使ってくれ」
「あ、ありがとうございます……」
ほんの少しだけだが、安堵した表情を見せてくれた。テュオが自分から何かを要求してくれたのは初めての事だったし、これは大きな進展なんじゃなかろうか。いいことだ。小さな子供が不幸であるべきじゃないからな。
それはともかくとして、今は晩飯の時間だ。さっき刺身の事を考えてしまったのでその気分になっている。
「テュオは生魚は食べられる?」
「……えっと、分かりません」
「そうか?一回食べてみるか」
倉庫の中から魚を出して適当に捌く。当然、獲った時からずっと冷凍しているので新鮮だ。寄生虫の確認もしているのでその危険もない。体内を魔力で強化しているタイプの魚、というか魔物なので内部に入り込んだ異物は自動的に除去されるはずなんだが、一応ね。
普段から出したい食事だ、気に入ってくれるといいが。
「どうだ?」
「……お、おいしいです。ありがとうございます」
結果、刺身は好評だった……と思う。そもそも生魚どころか魚の存在もよく知らないようだったからな、先入観がないのか食べる手つきに躊躇いはなかった。川魚をあまり食べない文化圏の出身なのか?まさか生活圏に水がないなんてことはないだろうし。
ともあれ食後に時間があればまた魔法の修行を……いや、今日はいいか。テュオも一回倒れちゃったことだしな。反省して控えめにしなければ。
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