第4話

「合わないねぇ」


服の話だ。風呂から出たテュオに適当に作った下着、Tシャツと、尻尾部分に穴をあけたジーパンを着せ、着心地を確かめてもらっている。ファンタジー感あふれる獣耳と尻尾の女の子がTシャツとジーパンを着ている光景には結構な違和感がある。美しい白髪と赤い目を持つ少女がこれだけラフな格好というのは……まあ、逆にアリか?見慣れれば気にならなくなるか。

街を歩く人はもっとファンタジーっぽい服を着ていたから、そういう服がない訳じゃないんだろうけど、あっちは着心地が悪そうだしなぁ。いずれ似合う服でも探すか作るかしなければ。


「乾かすぞー」

「……」


一応声をかけ、手をかざしながら髪と耳、尻尾の水分を飛ばしていく。ドライヤーのような温風で乾かすのではなく、余分な水分を消滅させていく魔法だ。髪に必要な水分と必要でない水分を区別しなければいけないので、扱うのは意外と難しい。その分乾燥にかかる時間はドライヤーより遥かに少ないし、熱も無いので髪が傷みにくい。こういうところ、魔法があるぶん前世よりも環境がいい。

ちなみに普段俺自身は高温で乾かしている。老いる事がない時点で髪が痛むなんて概念はないのだ。


テュオも最初は戸惑っていたようだが、途中で理解したのか耳や尻尾を乾かしやすいように持ち上げてくれた。しっとりと濡れた尻尾が徐々に柔らかさを取り戻していき、白く艶のある尻尾に生まれ変わる。謎の泡立ちにビビるテュオを落ち着かせて丁寧に洗わせたので、艶やかで手触りもよくなった。あまり触れていいような部位でもないと思うのでじっくりとは触れられないが。


「綺麗になったな。さっきまで着てたボロ布は捨てるぞ?」

「……はい」


さて、これからどうしようか。

睡眠が多少短かったとはいえ今からまた寝る気にはならないし、テュオも眠くはなさそうだ。かといって今からずっと雑談の時間というのも、話したくないことの多そうなテュオにはしんどいだろう。風呂の件もあるから魔法を使えるようになってほしいが、簡単に身につく技術でもないし、さっきあんな事があった後でやりたい事でもない。


あ、そうだ。


「じゃあ、この家を案内するか。風呂以外の場所も知っておかないとまずいことになるからさ」


この家は、俺の前世に住んでいた家をベースにしている。だからそこまで大きい建物という訳ではないし、当然居住スペースも広くはない。ただ、地下には計画性もなく拡張し続けた地下室が広がっているし、それを作る前に倉庫にしてしまった部屋も多い。倉庫には危険なものや取り扱いの危険な薬や魔道具が雑多に転がされているので、一度案内して、触れてはいけない物、入ってはいけない部屋を教えておかないと大惨事になりかねない。

ついでに、倉庫になっている部屋のうちどれかをテュオの部屋にして、そこに色々置いていこう。女の子にプライベートな空間がないというのは不快だろうからな。


「そこが地下への階段。危ないから入らないほうがいい」


一階にあるのはリビング、寝室、風呂とトイレ、上下の階段に部屋が一つ。

最初に指差したのは、廊下の途中から不自然に作られた階段だ。地下室が欲しくなって階段を作り終わって初めて雑で奇妙だという事に気付き、しかし修正を諦めた。俺に建築のセンスは無かったようだ。そりゃそうだ、建築学なんて前世で習ってないんだから。

ちなみにこの家自体も構造を考えて作ってはいない。物理を無視して魔法で維持されているので、魔力供給が途切れると多分倒壊する。こっちは俺の魔力じゃなくて空間から魔力を取り入れる構造になってるからほぼあり得ないけど。


「こっちは二階への階段。危ないから入らないほうがいい」


テュオはまだ表情に乏しいが、それでも若干困惑しているような雰囲気は見て取れる。立ち入り禁止の場所ばかりだからな。しかし、しょうがないのだ。このダンジョンで集めたものを雑多にまとめて魔法で無理やり隔離しているので、雑に入ると痛い目に合う。ここは立ち入り禁止ってだけで、それ以上の説明はしない。説明しても扱えないからね。


一階にある部屋に向かう。生活に必要な部屋はある程度綺麗に整えられているが、生活に使っていないこの部屋はもちろん倉庫だ。一階にあってアクセスもいいから、出来ればここを片付けてテュオの部屋に──うわぁ。


「もはやジャングルだな」

「……」


テュオの反応は薄くて判別しにくいが、若干怯えているように見える。

扉を開けた中に見えたのは……というか、生い茂る植物や木々で、そもそも中が見えない。表層で取れたものをここに投げ込んでいたら、勝手に成長して手が付けられなくなっていったものだ。その奥には昔投げいれた魔物の素材や鉱石などが転がっているんだろうけど、ここの管理は雑なのでどこになにがあるか分からない。


「……この部屋を片付けてテュオの部屋にする」


片付け……られるよな?最悪全部別の倉庫に移せば……いや、不要な素材を倉庫に入れたくないなぁ。そもそも地下倉庫を作ったのだって、地下に素材ごとに綺麗に分けられたスペースを作りたかったからだ。これを丸ごと放り込むぐらいだったら全部捨てる。

とはいえそれも出来ないからこの部屋が放置されてるんだけどな。

ダンジョン最下層でゴミを捨てるには、ダンジョン中層のマグマに転移させて投げ込むのが一番現実的だ。しかしここの部屋にある素材の中には転移に耐性のある素材だとか、魔法で影響を与えると爆発しかねない魔道具もある。

要するにこの部屋は、扱いに困る素材の貯蔵庫なのだ。


……め、めんどくせぇ~。


「……」


ちらっと俺の顔を見たテュオの顔はものすごく不安そうだった。うん、俺もここを片付けれるか不安だ。


「すぐ片付けるよ……ちょっと待っててくれ」

「……はい」


『リビングで待っていてくれ』という意味でそう言ったが、テュオはその場を動かず立ったまま動かない。

気にせずにリビングでくつろいでくれてもよかったのだが、彼女は奴隷という立場をまだ意識しているのだろう。俺としては隷属魔法を解除した時点でその関係も解消され、今の関係はただの同居人という認識だったのだけど。

リビングで待っているように命令してもいいが、ここはむしろ手伝ってもらうか。


「すまん、やっぱ手伝ってくれ」

「……はい」


最初は正面ですくすく育ってる植物どもをどかす。扉を閉めていたから出てこなかったものの、内部にもそれなりに広がっている。浅い階層に生える植物で、繁殖力が高く傷の治療薬の材料になる。十分な効果の治療魔法を身に着けた時点で使わなくなったが。もう必要ないので、植物をまとめて消していく。消す、と言っても中層当たりにあるマグマだまりに転移させているだけなのだが。


部屋に入れる状況にした後、テュオに部屋に転がっているものを種類ごとにまとめてもらいつつ、様々なガラクタの振り分け作業を進める。大体は魔物から獲った素材や植物素材、鉱石が多いが、その中に自作の魔道具や実験器具が混ざっていて手がつけられない状態だ。

自然物っぽいものは一箇所にまとめて後で地下の倉庫に放り込んで、人工物っぽいものは俺が気分と雰囲気で処理するから毎回俺に聞いてもらうように、テュオにも頼んでいる。ひどくざっくりとした指示だけど、うまくやってくれているようだ。


「……!?」


素材を倉庫に送ったりマグマに送ったりしていると、テュオが驚いたように体を竦ませた。何だ?

テュオの目線の先を追うと、そこには蠢く黒い物体がいた。ああ、浅い層で見つかるクモっぽい虫だな。ここに生えていた植物のうちの一つを巣にして増える。その植物を持ち込んだ時に一緒についてきてしまったんだろう。

レアでも有用でもない虫だからさっさと殺そう。部屋の中で繁殖していたようで、非常にキモい。


「……」

「何してんの」


テュオが虫に手を伸ばそうとしたので、服をつかんで引き戻しつつ虫を消す。何でそんなことを……自然物だからか。とはいえ、明らかに怯えながら対処しなくてもいいだろうに。伸ばそうとした手も震えてたし。


これは、一度はっきり言っておかなきゃいけないな。


「あのな、そんなに無理するなよ。嫌だったら言ってくれればいいし、それで追い出すなんてしないし、暴力を振るったりもしないから」

「……ごめんなさい」


テュオは相変わらず元気のない様子で答える。

もう少し我が儘になってもいいと思うんだけどなぁ。実際の年齢は12歳らしいが、見た目はそれよりもいくらか幼く見える。まだ嫌な事をやりたくない年齢だろうに、それでも心を押し殺してしまうのは、過去のトラウマがあるからかな。

人間どもめ……いや、同族からも迫害されてたんなら、そっちの可能性もあるのか?どっちも滅ぼしてやろうか全く。


わずかに憤りを募らせながら部屋のガラクタ掃除を続けていると、テュオが何かを持ってきた。


「……これは、どうしますか?」

「おお?懐かしいなぁ」

「……?」


テュオが持ってきたのは、小瓶に入った黄金色の液体だ。内部を漂う光の粒が留まることなく常に渦巻いており、不思議な模様を描いている。爆発物や毒物の類ではないし、放置しても飲んでも明確に害があるとは言い切れないが、それでもこの部屋の中でも頭一つ抜けた危険物だろう。

その効果はずばり、不老の薬だ。正確には、飲んだ瞬間から体の老化と同速度で体細胞の成長が反転し再生、拮抗することで体の成長が止まる。不死の薬ではないのでこれを飲んでも死ぬことはあるが、老いる事はなくなる夢の薬だ。俺はこれで老化を止めてこのダンジョンに引きこもっているわけだ。


私欲のために作って使ったが、どう考えても厄介な代物なのでその正体すら伝える気はない。当然使わせる気もない。こんなものがあると知れ渡ったら絶対に争いの火種になる、害がないのに危険物とはそういうことだ。知っているだけでも巻き込まれかねないから、これはテュオにも秘密。


「危険物だし、預かっておくよ」


テュオから小瓶を受け取り、魔法で倉庫に放り込んでおく。他の魔道具とは違う対応に首をかしげていたが、部屋の片付けもまだ終わっていないのですぐにガラクタの分類作業に戻っていった。




「それで最後か?」

「……はい」


テュオは振り返って最後の素材を渡してくる。黒い曲がった角だ。魔物の素材なので地下倉庫に放り込んだ。ダンジョンの中層、黒い羊から得られるものだ。大して強くはなかったが、この角から作れるポーションには有用なものが多かったから乱獲した記憶がある。

今ではダンジョンの魔物の水準が上がってその羊も上層の方に追いやられているが、なまじ使い勝手がいいから今でもたまに狩りに行く。


もう部屋には細かな汚れやホコリ以外は何もないので、さくっと魔法で綺麗にして、これで掃除は終了。

家具を適当に置いて……何が必要なんだ?


「ベッドとクローゼットと、あとは……机と椅子も置いておくぞ?」

「……はい」


倉庫にある木や金属から魔法で合成してどしどし置いていく。うーん、ちょっと殺風景だが、まあいいや。あとはテュオが勝手に充実させていくだろう。要求されれば出来るだけ応えるつもりではあるし、自分で使えるようになればアレンジなんて思いのままだろう。今は使えないだろうから、いずれは教えないとな。


「他に必要なものはあるか?」

「……ありません。ありがとうございます」


円滑な会話には程遠いけれど、それでもちゃんと返事をしてくれている。時間はいくらでもあるのだし、ゆっくり警戒を解いてもらう事にしよう。






「じゃ、おやすみ」


寝巻に着替えたテュオは、一礼して部屋に入っていく。


結局、今日一日が部屋の用意で潰れてしまった。あの惨状の部屋を住めるレベルまで綺麗にし、加えて家具一式まで用意したのだから、むしろ時間がかからなかった方ではあるが。家具については問題があるなら別のものを用意する、と指示しておいたものの、彼女の性格を考えるとしばらくは言い出さないだろうなぁ。

当面の目標は、物作り用の魔法と、風呂のために使える魔法、あとは各種便利魔法を覚えさせることだな。不満があっても自分では言い出さないだろうし、それなら俺が気を遣うよりも自分で用意させた方が彼女にとっても楽だ。それに、血縁関係もない赤の他人の少女を風呂に入れるのは抵抗がある。

適当な魔道具でも作れば解決はするが、どうせすぐ無駄になる可能性もあるのにわざわざ作るのもなぁ……細かい方針は明日考えればいいか。

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