第2話
冒険者ギルドに案内されたとおりに道を歩くと、大きな白い建物が見えてきた。2階建ての小綺麗な建物であり、識字率の関係か、入り口には店名ではなく人のマークが描かれた看板が掛かっている。それなりの立地で堂々と営業できていることからも、この国での奴隷商という職業の地位が伺える。
中へ入ると支配人らしき人物が出迎えてきた。俺を一目見て訝しげな顔をする。
「いらっしゃいませ。ご用件を承りましょう」
「亜人を見に来たんだけど、ここで見れるのか?」
「申し訳ありません。現在、亜人は売り切れておりまして、お客様にお出しできる商品がございません。恐れ入りますが、次回の入荷までお待ち下さい」
端的に目的を告げると、同じように奴隷を求める客が多かったのか、定型文のような返答をぞんざいに返してきた。いないのか。まあそんなこともあるか。しかし、入荷だとか商品だとか、完全にモノとしての扱いだな。奴隷を売り物にしているのだから不思議でもないが。
「いないならしょうがないか。見たことないんだけど、亜人ってのはどういう存在なんだ?魔物なのか?」
「外見は人とほぼ変わりませんが、端々に魔物としての特徴の出ている生物です。人として生まれながらも、穢れた魂により魔物に身を堕としてしまった存在として、ここでは犯罪奴隷として取り扱っています。野蛮で危険なため、殺害するか、確保し使役魔法で奴隷化することを国が推奨しております」
大まかに人型なだけで、会話の通じない野生生物だったりするんだろうか。俺も、言葉の通じない二本足で立つ人っぽい魔物なら相当数殺してきた。
……いや、使役魔法を使ってるのか。記憶が正しければ対象が主人に絶対服従となる魔法だ。昔も使われていたが、理不尽な差別に用いられることはなく、犯罪者を裁いた結果の罰として使われる魔法だった、はず。だとしたら、野生生物の可能性はない。言語が理解できなきゃ命令の意味もないからな。そうなると種族差別っぽい話なんだろうか。
「分からんな。ここには亜人はいないんだな?」
「……ええ、そういう事になります。国が頻繁に買い取りますから、一般市民は中々運がよくないと巡り合えません」
「へぇ」
最初だけ少し歯切れが悪かった。何だろうか……お?
「そこの扉の奥にいるのは?」
支配人の反応が気になったので軽く周囲を探索する。すると部屋の奥にある扉の先から、限りなく人間に近い、しかしわずかに違う魔力の波長が伝わってくる。ほとんど感じ取れないほど微弱なので、死にかけの感じもあるが。
「おや。もしや、かなりの腕がおありですか?ええ、ええ、おっしゃる通りですとも。そちらには一匹、亜人が檻に入っていますがね」
「いないんじゃなかったのか?」
「一部もう売れてしまいまして、売り物としてお出しできる状態にはないのですよ。あの見た目で売れるとは思えませんし、そろそろ処分する予定だったのですが……見て行かれますか?」
一部?見せてもらわないと何言ってるのかわからないな。
「それでいいから、見せてくれ」
「では、こちらです」
支配人に案内されたのは、想像よりも明るい部屋だった。左右には、ガラスで区切られた空間が存在しており、大きさこそ違うがまるでペットショップのようだ。罪人を捕らえておく牢屋というのは普通、鉄格子だと思うのだが、こんなんじゃ割られて脱走しないか?ああ、脱走禁止を命令すればそもそも必要ないのか。
「奥にいるのがその奴隷です。……どうされますか?」
ガラスの奥には、両腕を二の腕の半ばほどから切り落とされ、乱雑に包帯を巻かれた人影が転がっていた。体つきからして少女だが、部屋に人が入ってきても身動き一つせず、まるでマネキンのようだ。顔にも目隠しをするように包帯が巻かれており、腕と顔の包帯はどちらも赤く染まっている。
……なるほど。一部ってのは腕と目ってことか。
これが同じ人としての扱いか?いや、人としての扱いはしていないんだっけ。
「売れたのは目と腕か?」
「はい。天の使いとも称される珍しい個体でございまして、その肉体には大いなる力が秘められてると言い伝えられているのですよ。魔除けや薬に使われることが多いようでございます。もっとも、その部位は既にありませんが」
よその宗教や信仰に興味はない。だけど、これを見逃すほど人間として道徳を失ってもいない。
「他の奴隷もこんな売り方をしてるのか?」
「いえいえ、これ以外の個体はそのものが大切な商品ですから。傷つけるような行為はいたしませんとも」
じゃあ、この少女が特別ひどい扱いを受けているわけだ。可哀そうな子供が何人もいないというのはまだ救いが……いやない。ないわ。この少女にしてみればそんなこと知ったこっちゃないだろうし。
とりあえず、この少女は買って帰るか。
「おーい、聞こえるかー?」
ガラスをコンコンと叩きながら呼びかけるが、少女は部屋の奥で微動だにしない。返事をする気がないのか、動く体力すらないか。
「彼らは彼らの鳴き声で意思疎通するようですから、聞こえたとしても通じませんよ。使役魔法が通じるように見えるのは、調教によって覚えさせた芸だけです。まあ、ペットに話しかける気持ちは分からなくもないですがね?」
「ああ、そう」
支配人は雑談でもするかのように軽く笑う。悪意や皮肉などのマイナスな感情は欠片も含まれていない、ただの笑みだ。うーん。
「この奴隷、値段は?」
「……買う気ですか?奴隷としての価値はありませんし、あまりおすすめはできませんよ?」
「いいんだよ。で、値段は?」
「……そうですね。可用部位が既にほとんどございませんし、金貨一枚丁度でいかがですか?」
「ほい。これでいいか?」
値段も確認せず買うと言っちゃったけど、ギルドで稼いだ金で十分足りた。別に、足りなくてもまた偽造すればいいだけなのだが。というか、価値がないってのにずいぶんと高いな。手数料とか税金だろうか。
金貨をバッグから取り出し、押し付けるように渡す。支配人は面食らったような顔をしていたが、その後すぐに取り繕い金貨を胸ポケットに入れた。支配人は一礼した後、書類を持ってくると言ってどこかの部屋へ引っ込んでからペンと一枚の紙を持って戻ってきた。
「お客様は奴隷を購入するのは初めてですか?……では、規則なので内容を軽く説明いたします。契約の内容なのですが、大まかには3つ。一つ、この奴隷の所有権を購入者に引き渡すこと、2つ、不要になった場合は法に基づいて処理するかここに返すこと、3つ、奴隷の行いは所有者の責任となる事。内容の問題がなければこちらにサインをどうぞ」
他にも、奴隷が死んでも責任は取らないとか、国の許可を得ずに解放するのは違法だとか、そういった細々とした内容が書かれていた。何か、魔力の感じる紙だな?……ああ、魔道具みたいなものか。ここに名前を書けば対象との主従関係が結ばれるようだ。使役魔法の主人を移すためだな。値段が高かったのもこの技術の分か。
特におかしな効果もなかったのでサインする。
「はい、確かに。……来い」
サインした書類を奥へと仕舞った後、支配人は扉を開き横になっている少女に呼びかけた。魔法により強制され、少女は壁に背中を擦りつけながらゆっくりと立ち上がる。声が聞こえてきた方向へと向おうとしているが、当然目は見えていないので足元が覚束ない。
支配人がカギを開けた後も、少女の足取りは不安定なままだ。
「抱えるぞ」
見ていられないし、待っているのも時間の無駄なので声をかけてから抱えあげる。持ち上げたその体は異様なほど軽く、両腕がないだけでは説明できないほどだ。食事も最低限の量しか与えられていなかったのだろう。いや、用済みと支配人が言っていたこともあるし、もう与えられていないのかもな。いやほんとよく生きてるなこれ?
「お買い上げありがとうございました。今後ともご贔屓に」
社交辞令とともに一礼する支配人を尻目に、奴隷商館を後にした。
「移動も面倒だから飛ぶぞ」
「……」
抱えた少女からはなんの反応もない。一応生きてはいるはずなんだけどな。
人目につかないように建物の影に入り、転移で自宅の玄関に……いや、ベッドに寝かせる方が先決だな。
自宅の寝室まで転移し、ベッドを少女を仰向けに寝かせ、その状態を観察する。
この少女は奴隷商館にいたときから今まで一言も喋っていない。ただ喋れる精神状態でないだけだと思っていたが、よく考えると両腕両目だけでなく喉も壊れている可能性もあるか?
まあ、見るだけじゃ分かることにも限度があるな。鑑定なら欲しい情報は手に入る。
「鑑定……ってのはつまり、色々体の状態を見ちゃうけどいいか?……まあ、返事はないよな」
一応、声をかけつつ鑑定魔法をかけると、淡く輝く白い光が少女の体を包み込む。
****************
種族:獣人族 狼人種
識別名:テュオ
年齢:12
状態:両腕欠損 両目欠損 栄養失調 心的外傷 隷属
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鑑定魔法は、神の知識的な場所から知識を持ってくる魔法。神の知識の断片を知る魔法なので、結構燃費が悪い。ただ実際に神に会っている俺は、神が実在することを確信しているせいかその知識に比較的楽にアクセスできている気がする。いや、他人がどんなもんかは知らないけど。
どうでもいい話は置いといて、状態が著しく悪いものの喉に異常があるわけではないようだ。これなら喋れると思うんだが、単にそういう精神状態じゃないだけか。
「喉は大丈夫そうだな。じゃあ奴隷契約はとりあえず解消するぞ。解呪、と……後は、鎮痛もやっておくか」
奴隷魔法という露骨な上下関係があるままで今後の話をしたくないので、購入して早々に奴隷化を解除する。ついでに、痛みで喋れないとかそんな事態がないように鎮痛魔法と、軽めの治癒もかけておく。本当は使う魔法の名前を言わなくても発動できるのだが、今は戦闘中でもないのだし分かりやすさ重視だ。無断で魔法を使われたら怖いからな。
奴隷魔法を解除しても、少女の様子に変化はない。聞こえてはいるはずだから、解放されたというのは本人も認識できていると思うんだけどな。
ベッドの横に椅子を作り、少女に話しかける。
「なあ、話を進めていいか?君をどうするかの話なんだけど?」
「……」
反応なし。
「俺は、君の状況が見ていられなくなったから君を買った。奴隷として何かをさせようとしている訳じゃない」
「……」
反応なし。
「だから今、君には、死ぬか生きるかを選ぶ権利がある。もうこの世に疲れちゃったならそう言え。痛みもなく一瞬で殺すぐらいはできる」
「……」
やっぱり反応なし。
「……なあ、聞こえてる?」
「……」
反応、なし。本当に聞こえてんのか?人形と話しているみたいで悲しくなってきたぞ。……死にたいという意思表示をしないのは幸いといっていいのだろうか。奴隷商で呼ばれたときは両足で何とか立ってたから、全身動かないなんてことは無いと思うんだけど。
「生きる気があるなら、その腕と目を治しちゃうぞ?それじゃ不便だろ?」
ぴくり、と体が反応したように見えた。失ったものを取り戻せることに希望を見出したのか、はたまたそんなことはあり得ない、と否定しようとしたのか。どちらでもいいか。とりあえず、治そう。俺としては、治療を受けて生きてくれた方が気分がいい。
「じゃあ、やっちゃうぞ」
傷口に浄化魔法をかけた後、少女に巻かれている包帯を外し、復元魔法を発動する。
この魔法は、見た目は治療魔法のようで、実は時空を扱う分野の魔法だ。過去から昔の少女の体の情報を抜き出し、それを魔力によって実体化して現実との整合性を……とにかく、気合いと魔力量でどうにかして治す。こういう類の魔法はやたらと燃費が悪く、そこそこに多いはずの魔力がゴリゴリと削られていく。特に、相手は未知の種族だからな。自分を治すなら簡単なんだが、情報の無かった相手だとどうしてもこうなる。もう既にしんどい。
強く輝く白い光が少女の全身を包み込む。しばらくその状態が続いていたが、光が収まるとそこには傷一つ無い少女が横たわっていた。
乱雑に切られ灰色に汚れていた髪も、今は美しい白銀に輝いている。散髪までしてくれる魔法じゃないから、伸び放題だけど。次からは改良しようかな。
「……ぇ?」
少女はゆっくりと目を開くと、小さく声を漏らした。
「お、初めて声を聞いたな。体調はどうだ?」
「いやっ……」
「ん?」
少女の呼吸は、事実を認識するにつれて徐々に荒くなっていく。
「嫌ぁ!やめてっいやだぁ!いやだいやだあああああっ!!!」
「なんだ、おい、どうした?大丈夫か?」
赤い目を見開いて両手を見つめたかと思うと、治ったばかりの腕をガタガタと震わせ、狂ったように悲鳴を上げ始めた。治ったばかりでうまく使えていない両腕を必死に振って、ベッドから逃げ出そうとしている。
おいおいなんでだ。
「やめてっいやだあああ!」
「ああもう、とりあえず一旦寝ろ!」
「ああっ──」
一度落ち着けるために魔法で眠らせる。ベッドに倒れ込んだその体は、今の一瞬だけでじっとりと汗で濡れているようだった。
「……うーん?失敗した感触は無かったんだけどな」
復元魔法自体は自分に何度もかけているが、痛みや苦しみを感じたことはない。やっていることはだいぶ力技だが、その割には安全な魔法だったはずだ。だが、今の彼女を見ると尋常でなく苦しんでいたように見える。魔法が失敗したような感覚もなかったし、そうなると原因は肉体的な苦痛ではなく、精神的なもののはずだが、うーん。
…………あ。腕と目を売り物にされてりゃ、それを復活させる目的はもう一度売るためとしか思えないか。少女にとって俺は、体を元に戻して、それを切り刻んで儲けようとしている人間に見えるな。そっか。そっかぁ……。
「しまったな」
こりゃ、どう見ても奴隷商の仲間にしか見えないな。
いやぁうかつだった。無理矢理でも治療してやれば生きようとしてもらえると思ったんだが、早まりすぎたな。
精神的にずいぶん苦しんでいたようだけど、どうしたものか。せっかく助けたんだし、殺したくはないもんだけど。
頭を悩ませるなんて似合わないことをしていたら睡魔の限界がきた。もう夜だしな。他人の体を復元するために、魔力を枯渇させたのがそもそもの原因だけど。
俺も、一度寝るか。
あ、ベッド埋まってる──
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