【一話完結】刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある
久坂裕介
第一話
私、
そしてランチを食べたらユーチューブで
またか。『ちっ』と私は思わず、
重い
「ここに私が呼ばれたっていうことは、また解決できない事件が起きたんですね?」
「ああ、その通りだ」と新藤刑事も、不満そうな表情だ。え、何で不満そう? 逆ギレ? 不満なのは、私なんですけど? とまた私は、不満が顔に出たんだろう。由真さんが、なだめた。
「まあまあ、倫子ちゃん。ちょっと、新藤刑事の話を聞いてあげて~」
今まで散々、お世話になっている由真さんにそう言われると、私も大人にならなければならない。とはいえ不満な気持ちは消えないので、イスに座ってふんぞり返って右手の人差し指で机を叩きまくった。コンコンコンコンコンコンコンコン。そして、聞いてみた。
「今回の
すると新藤刑事は、
「
私は思わず、
「え? あの
「いや、今度こそ本当だ。ガセネタじゃない」
「ふーん、そうですか……」
少し考えてから私は、この話に乗った。
「それで今回の事件は一体、何ですか?」
すると新藤刑事は書類を見ながら、真剣な表情で答えた。
「
「誘拐事件?」
「そうだ。小学一年生の女の子が誘拐された。犯人は
「三億円ですか。とんでもない金額ですね……」
「そうだ。でも何とか三億円を用意したんだが、受け渡し場所に犯人は現れなかった……」
「なるほど」
そこで由真さんが、口を
「今頃、女の子がどうなっているか心配でしょう? だから倫子ちゃん、協力して欲しいの~」
私は、力強く
「確かに」
そして私は新藤刑事から、事件の詳しい内容を聞くことになった。
●
警視庁刑事部捜査第一課に事件の知らせが入ったのは、午前九時のことだった。新藤刑事と三人の刑事が、都内のアパートに向かった。そこには不安そうな表情をした
「まず最初から、話を聞かせてください」
すると夫婦は、話し出した。まず午前八時半ごろ、会社にいた康二のスマホに電話があった。
典子はすぐに、麻衣が通っている小学校に電話をしてみた。すると今日は、まだきていないと言われた。アパートに戻ってきた康二と典子は、考えた。二人には、三億円なんて大金は無い。
でも用意しなければ、娘の麻衣は
「話は分かりました。安心してください。我々が必ず、麻衣さんを取り戻します」
新藤刑事がふと
だがまず問題になったのは、身代金の準備だ。夫婦は三億円なんて大金を、持っていなかった。警視庁もそんな大金を、
そして新藤刑事は夫婦と話し合い、銀行から三億円を借りることにした。三人は近くにある、
すると銀行員は警視庁に問い合わせて新藤刑事と誘拐事件が本物だと確認すると、三億円を夫婦に貸すことにした。手続きとして夫婦は銀行が用意した書類に、サインすることも必要だった。そうして何とか三億円を用意した三人は、
そして、これからどうするのかを新藤刑事は夫婦に説明した。まず、すでに市民公園には警察官を
納得した夫婦は三億円が入ったアタッシュケースを軽自動車に入れて、出発した。新藤刑事も
●
由真さんに
「なるほど……」
だが新藤刑事は、焦っていた。
「きっと警察官を市民公園に配備してあることが、犯人にバレたんだ。だから夫婦も、誘拐されたんだ。親子三人が誘拐されるなんて、
私はそんな新藤刑事を、落ち着かせようとした。
「まあまあ、新藤刑事。由真さんが淹れてくれたコーヒーでも、飲みませんか。
だが新藤刑事は、やはり焦っていた。
「のんきにコーヒーなんか飲んでる場合じゃない! 三人の親子に何かあったら、どうするんだ?!」
仕方が無いので、私は冷静に答えた。
「まあ、三人に何かあることはないでしょう。でも、急がなければならないのは確かでしょう。犯人と思われる人物は、車で移動しているでしょうし」
すると新藤刑事は、
「犯人は車で移動している? どうしてそんなことが分かるんだ?!」
「そんなの、新藤刑事の話を聞いていれば分かりますよ。とにかく事件を解決したいなら、今からすぐに都内に
それを聞いた新藤刑事は、
「は? あの二人は、
新藤刑事の反応に、私は少しイラついた。
「もう! その二人は新藤刑事と一緒に、銀行に行ったんでしょう? それなら防犯カメラに顔が写っているいるはずです! それに二人の正体を知るために、銀行で二人がサインした書類から
「は? 指紋も? それは一体?……」
新藤刑事は、まだ混乱している様子なので私は
「とにかく事件を解決したいのなら、今すぐにやってください! じゃないと犯人も逃げちゃうし、三億円も戻ってきませんよ!」
私の
「お、おう。よく分からんが、とにかくやる。今はお前に従うしかないからな!」
そう言い残して、新藤刑事はこの部屋から出て行った。だが私は、イラついていた。
「こんな簡単な事件も解決できないなんて、バカなんですか?! あと、お前って呼ぶなー!」
すると由真さんが、不安そうな表情で聞いてきた。
「ちょ、ちょっと倫子ちゃん! 誘拐された女の子は無事なの?! それにご夫婦も無事なの?!」
私は由真さんを落ち着かせるために、冷静に答えた。
「大丈夫ですよ、由真さん。誰も、誘拐なんかされていません。私が心配しているのは、三億円だけです」
「え? それって、どういうこと?」
「つまりこの事件は誘拐事件ではなく、『
「え? 『銀行詐欺事件』?」
「はい。それじゃあ私は、職場に戻りますね。あ、コーヒー、美味しかったですよ」
●
午後零時三十分。私は自分のデスクでスマホで動画を観て、まったりとしていた。すると再び、スマホが鳴った。見てみると、予想通りの文字が表示されていた。『新藤だ いつものところに今すぐきてくれ』。今は昼休みなので、私は
その言葉に、私は食いついた。報酬! これは行かねば! 私はすぐに、鑑識課のいつもの部屋に向かった。するとそこにはやはり、由真さんと新藤刑事がいた。私は、新藤刑事を
「ほ、報酬をくださいよ! あの真面目な川島課長が、不倫してるっていうウワサを!」
と急かす私を新藤刑事は、なだめた。
「まあ、待て。実は事件は、解決したんだ。つまり、三億円を軽自動車に入れて都内から出ようとしていた夫婦が検問で捕まった。村瀬康二、典子というのも
説明すれば報酬が手に入りそうなので、私は答えた。
「私がまずこの事件で違和感を感じたのは、どうして犯人はあの夫婦の子供を誘拐したのかということです」
すると新藤刑事は、疑問の表情になった。
「ちょっと待て。
私は、『はあ』とため息をつくと新藤刑事に聞いてみた。
「ちょっと、想像してみてください。もし新藤刑事が三億円の身代金目的で子供を誘拐しようと思ったら、アパートに住んでいる夫婦の子供を誘拐しますか?」
「な、何だと? どうして俺が身代金目的で子供を誘拐するんだ?!」
私は少し、
「だから、たとえ話ですよ。これは今回の事件で、重要な事です。さあ、新藤刑事。誘拐しますか、しませんか?」
すると新藤刑事は、少し考えてから答えた。
「いや、しないな。アパートに住んでいる夫婦の、子供は誘拐しない。もし誘拐するんだったら、大金を持っていそうな高級マンションや大きな
やっと新藤刑事が本気で想像してくれて、私は『ほっ』とした。
「はい、そうですね。もし私でも、そうするでしょう。さて、ここで問題です。今回の事件に誘拐犯人がいるとして、なぜそうしたのでしょう? つまり、アパートに住んでいる夫婦の子供を誘拐したのでしょう? 犯人は、父親のスマホに電話をかけています。つまり、
すると新藤刑事は、
「分からない。どうしてだ、教えてくれ!」
はいはい。やっぱり、そこまでは分かりませんか。仕方が無いので、私は説明した。
「それは今回の事件の犯人の目的が夫婦から身代金を
私は、こんな簡単な事件も解決できない新藤刑事にも分かるように、説明した。まず今回の事件は、偽名ですが村瀬康二、典子の二人が計画したものです。二人は過去に詐欺で捕まっているので、詐欺の
そして二人は、アパートを借りた。理由はただ単にマンションを買うよりも、アパートを借りる方が安かったからでしょう。でもそれは、間違っていました。それでアパートで暮らしている夫婦から三億円を要求するという、不自然な事件になったので。
とにかく二人は、計画を実行しました。まず典子が午前八時半ごろ公衆電話から、康二のスマホに電話をかけます。これはもちろん、アリバイ作りのためです。康二のスマホに、公衆電話からの
そして今度は、康二が典子に電話をかける。そして二人は、アパートに戻る。それから康二が、110番通報をします。娘が誘拐されて三億円の身代金を払えという、電話が公衆電話からかかってきたと。もちろん二人に、娘はいません。そういう設定に、しただけです。典子が学校に確認の電話をしたというのも、もちろんウソです。
そうして二人のアパートに、新藤刑事たちが
今回は銀行から借りることになったんですが、ここで大事なのが新藤刑事です。本物の刑事である新藤刑事も銀行に行くことで、銀行の職員に事件を信じ込ませたんです。
後は、簡単です。まんまと三億円を手に入れた二人は、身代金の受け渡し場所の市民公園などには行かずに車で逃げればいいんです。二人そろって逃げるために、『二人で身代金を持ってこい』という電話がかかってきたとウソをついたのです。だから市民公園には誘拐犯人どころか、夫婦も現れなかったのです。そしてこの計画は、完全犯罪を
でも世の中には、完全犯罪なんて存在しません。新藤刑事から話を聞いた私は、疑問に思いました。身代金の受け渡し場所に、誘拐犯人はこなかった。これは、まあいいでしょう。誘拐犯人が警察を
身代金も用意したし子供を返してもらうにためには、夫婦は絶対に受け渡し場所にこなければいけません。でも、こなかった。ここまで話を聞いた私は、一つの
それはこの事件は夫婦が計画した、自作自演だと。なのでもちろん、誘拐犯人なんていません。子供もいません。だから私は犯人である夫婦を捕まえるために、検問を配備してくださいと新藤刑事に頼んだのです。そこまで説明したが、まだ新藤刑事は
「そうなんだよなあ、二人に子供はいなかった。でも俺は、確かに見たんだ。二人のアパートに、子供の写真があるのを」
それを聞いた私は、ため息をついた。
「今時、子供の写真なんてネットでいくらでも
「なるほど……」
そして今度は、私が疑問を聞いた。
「それを言うなら、私にも一つ疑問があります。二人は新藤刑事という本物の警察を連れて行って、銀行に事件を信じ込ませました。でもそれでも銀行が、三億円もの大金を二人に貸した理由です」
すると今度は、新藤刑事が説明した。
「ああ、それか。それは銀行が、イメージアップをしたかったからだ」
疑問に思った私は、聞き返した。
「イメージアップ?」
「ああ。三億円を貸してくれたのは高尾銀行だが、知らないか? この間、高尾銀行が国会議員に違法な献金をして今、マスコミが
私は満足して、
「なるほど。そう言えば、そんなことがありましたね。それなら私も、納得です」
それから私は、付け加えた。大体、今時、誘拐事件を起こすなんてバカですよ。身代金の受け渡し場所に犯人が現れたところで、まず警察に捕まります。運よく逃げることができても、奪った身代金を使うことはできません。
身代金の
そこまで説明した私は、新藤刑事に
「それじゃあ、報酬をくださいよ! あの真面目な川島課長が一体、誰と不倫をしているんですか?!」
すると新藤刑事は、あっさりと答えた。
「は? 誰と? そんなことは知らん。あくまで、ウワサだからな」
「そ、そんな……」
私は思い切り、落ち込んだ。また、新藤刑事に
「それじゃあ俺はまだ仕事があるから、これで失礼する。倫子ちゃーん、お疲れー」
私はその背中に、思い切り叫んでやった。
「うるさーい! アンタが、倫子ちゃんって呼ぶなー!」
それでもまだ私の怒りは収まらなかったが、由真さんは満足そうだった。
「まあまあ、倫子ちゃん。良かったじゃないの、事件が無事に解決して。さすが、推理小説家だわ~」
それを聞いた私は、腕組みをしてふんぞり返った。
「いやいや。こんな簡単な事件くらい解決できないと、推理小説なんて書けませんよ!」
そうなのだ。実は私は『
しかし一カ月前、私はミスをした。私は出版社での打ち合わせを終えて出てきた時、担当編集者から声をかけられた。
「すみませーん、青柳先生ー! 一つ、伝えておくことがありましたー!」
何だろうと振り返ろうとした時、通行人の一人と目があった。それは、新藤刑事だった。私は刑事部刑事総務課の職員なので、新藤刑事を知っている。そして新藤刑事も、私のことを知っている。ヤバイ。私は警視庁の職員なので、地方公務員である。公務員の
だが担当編集者が大きな声で私に、「ちょっと待ってくださーい、青柳先生ー! 今度の推理小説の、締め切りについてですがー!」と近づいてきたので言い訳できなかった。私が推理小説を書いていることが、新藤刑事にバレてしまった。私はその時の、新藤刑事の目を忘れない。あの、死んだゴキブリのような目を。
私は高校を卒業すると、警視庁に入った。理由は、警視庁のリアルな
それを知りたくて私は、警視庁の職員になった。するとリアルな警視庁の描写が評価されて、私は推理小説家としてデビューすることができた。だがもちろんそれは、警視庁内では秘密だった。
しかし私が推理小説家であることが新藤刑事にバレたある日、その新藤刑事に相談された。どうしても解決できない事件があるから、推理小説を書いている私の意見が聞きたいと。場所は、鑑識課の部屋だった。
二人でコソコソ話していると余計なウワサが立つかもしれないので一応、新藤刑事は気を使ったようだ。そしてその部屋にいた由真さんは口が堅くて信用できると、紹介された。
だから三人で話していたのだが、何と私のアドバイスでその事件は解決した。それに味を
だが私は新藤刑事にいいように使われるのは
だが新藤刑事が持ってくる情報は、ウワサばかりのガセネタだけだ。それでも私が新藤刑事に協力するのは、私が推理小説家だという弱みを
『こんな簡単な事件も解決できないなんて、バカなんですか?!』と。
するといつも由真さんに『まあまあ。事件が解決したからいいじゃない~』と、なだめられる。だが私は、決心している。いつか新藤刑事の、弱みを握ってやろうと。
【一話完結】刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある 久坂裕介 @cbrate
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