【一話完結】刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある

久坂裕介

第一話

 私、羽田はねだ倫子りんこは刑事総務課の仕事が一段落ひとだんらくすると、スマホの時計を見た。すると午前十一時だったので、ワクワクした。もうすぐ警視庁の内部にある食堂で、美味おいしい日替ひがわりランチを食べられるからだ。昨日きのうは豚肉のしょうが焼き定食だったからなー、今日は何かなー。


 そしてランチを食べたらユーチューブで雄之助ゆうのすけの『PaⅢ.SENSATION』とか聞いて、まったりしよーっと。と昼休を期待してワクワクしていると、机に置いてあるスマホが鳴った。


 いやな予感がしながらも私は、スマホを見た。すると、予想通よそうどおりの文字が並んでいた。『新藤しんどうだ いつものところに今すぐきてくれ』


 またか。『ちっ』と私は思わず、舌打したうちした。数分前までのワクワクを、返して欲しい。でも仕方が無いので、行くことにした。隣の席の職員に、「すみませーん。ちょっと鑑識課かんしきかに行ってきまーす」と言い残して。


 重い足取あしどりで鑑識課の一部屋に入ると、当然いた。新藤刑事と鑑識課の徳永とくなが由真ゆまさんが。新藤刑事はけわしい表情をして、由真さんはいつも通りニコニコしていた。あともう少しで昼休みなのに、という不満を顔に出して私は聞いてみた。

「ここに私が呼ばれたっていうことは、また解決できない事件が起きたんですね?」


「ああ、その通りだ」と新藤刑事も、不満そうな表情だ。え、何で不満そう? 逆ギレ? 不満なのは、私なんですけど? とまた私は、不満が顔に出たんだろう。由真さんが、なだめた。

「まあまあ、倫子ちゃん。ちょっと、新藤刑事の話を聞いてあげて~」


 今まで散々、お世話になっている由真さんにそう言われると、私も大人にならなければならない。とはいえ不満な気持ちは消えないので、イスに座ってふんぞり返って右手の人差し指で机を叩きまくった。コンコンコンコンコンコンコンコン。そして、聞いてみた。

「今回の報酬ほうしゅうは、何ですか?」


 すると新藤刑事は、真剣しんけんな表情になった。

捜査そうさ第一課の川島かわしま課長に、不倫ふりんのウワサがある。それだ」


 私は思わず、いついた。

「え? あの真面目まじめで有名な川島課長が不倫? うん、これは報酬として十分です。でも本当ですかあ? 新藤さんの報酬って、いつもガセネタですから……」

「いや、今度こそ本当だ。ガセネタじゃない」

「ふーん、そうですか……」


 少し考えてから私は、この話に乗った。

「それで今回の事件は一体、何ですか?」


 すると新藤刑事は書類を見ながら、真剣な表情で答えた。

誘拐事件ゆうかいじけんだ」

「誘拐事件?」


「そうだ。小学一年生の女の子が誘拐された。犯人は身代金みのしろきんとして、三億円を要求ようきゅうしている」

「三億円ですか。とんでもない金額ですね……」

「そうだ。でも何とか三億円を用意したんだが、受け渡し場所に犯人は現れなかった……」

「なるほど」


 そこで由真さんが、口をはさんだ。

「今頃、女の子がどうなっているか心配でしょう? だから倫子ちゃん、協力して欲しいの~」


 私は、力強くうなづいた。

「確かに」


 そして私は新藤刑事から、事件の詳しい内容を聞くことになった。


   ●


 警視庁刑事部捜査第一課に事件の知らせが入ったのは、午前九時のことだった。新藤刑事と三人の刑事が、都内のアパートに向かった。そこには不安そうな表情をした村瀬むらせ康二こうじ典子のりこ夫婦ふうふがいた。そして「娘の麻衣まいが誘拐された!」と二人とも、取り乱していた。そんな二人を落ち着かせて、新藤刑事は話を聞いた。

「まず最初から、話を聞かせてください」


 すると夫婦は、話し出した。まず午前八時半ごろ、会社にいた康二のスマホに電話があった。公衆電話こうしゅうでんわからだった。電話に出てみると、いわゆるボイスチェンジャーで変えられたような機械的な声がした。『娘をあずかった。返してほしければ三億円を用意して、市民公園に午前十時に夫婦二人で持ってこい。警察には連絡れんらくするな』という内容だった。


 あわてた康二はまず、パートに出ていた妻の典子に電話をした。娘の麻衣が、今どこにいるのか確認するためだ。


 典子はすぐに、麻衣が通っている小学校に電話をしてみた。すると今日は、まだきていないと言われた。アパートに戻ってきた康二と典子は、考えた。二人には、三億円なんて大金は無い。


 でも用意しなければ、娘の麻衣はもどってこないだろう。だから犯人からは『警察には連絡するな』と言われたが、なやんだ二人は警察に連絡した。そこまで聞いた新藤刑事は、二人を落ち着かせた。

「話は分かりました。安心してください。我々が必ず、麻衣さんを取り戻します」


 新藤刑事がふとたなを見てみると、可愛かわいい女の子がうれしそうに赤いランドセルを背負せおっている写真が、写真立ての中におさまっていた。新藤刑事は必ず取り戻してみせると、決意した。


 だがまず問題になったのは、身代金の準備だ。夫婦は三億円なんて大金を、持っていなかった。警視庁もそんな大金を、すことはできない。かといって、ニセの三億円を用意する訳にはいかない。それを受け取った犯人が、麻衣に何をするか分からないからだ。


 そして新藤刑事は夫婦と話し合い、銀行から三億円を借りることにした。三人は近くにある、高尾たかお銀行本店に向かった。そこは最近、国会議員への違法献金いほうけんきん問題でさわがれているが、今は気にしている場合ではない。警察手帳を見せて新藤刑事は、銀行と交渉こうしょうした。必ず誘拐された娘と三億円は、取り返す。だから一時的に、三億円を貸して欲しいと。


 すると銀行員は警視庁に問い合わせて新藤刑事と誘拐事件が本物だと確認すると、三億円を夫婦に貸すことにした。手続きとして夫婦は銀行が用意した書類に、サインすることも必要だった。そうして何とか三億円を用意した三人は、一旦いったんアパートに戻った。


 そして、これからどうするのかを新藤刑事は夫婦に説明した。まず、すでに市民公園には警察官を配備はいびしてある。夫婦は軽自動車を持っているから、それに乗ってここから市民公園に行って欲しい。そしてそこに身代金の三億円を受け取るために現れた犯人を逮捕たいほして、麻衣を取り戻すと。


 納得した夫婦は三億円が入ったアタッシュケースを軽自動車に入れて、出発した。新藤刑事も覆面ふくめんパトカーに乗り、市民公園に向かった。だが犯人が指示した午前十時になっても、それらしい人物は現れなかった。それどころか夫婦も市民公園に、現れなかった。もしかしたら夫婦も誘拐されたのではないかと、新藤刑事はあせった。


   ●


 由真さんにれてもらったコーヒーを飲みながら、私は冷静につぶやいた。

「なるほど……」


 だが新藤刑事は、焦っていた。

「きっと警察官を市民公園に配備してあることが、犯人にバレたんだ。だから夫婦も、誘拐されたんだ。親子三人が誘拐されるなんて、前代未聞ぜんだいみもんだ。俺は、どうすればいいんだー!」


 私はそんな新藤刑事を、落ち着かせようとした。

「まあまあ、新藤刑事。由真さんが淹れてくれたコーヒーでも、飲みませんか。美味おいしいですよ?」


 だが新藤刑事は、やはり焦っていた。

「のんきにコーヒーなんか飲んでる場合じゃない! 三人の親子に何かあったら、どうするんだ?!」


 仕方が無いので、私は冷静に答えた。

「まあ、三人に何かあることはないでしょう。でも、急がなければならないのは確かでしょう。犯人と思われる人物は、車で移動しているでしょうし」


 すると新藤刑事は、おどろいた表情になった。

「犯人は車で移動している? どうしてそんなことが分かるんだ?!」

「そんなの、新藤刑事の話を聞いていれば分かりますよ。とにかく事件を解決したいなら、今からすぐに都内に検問けんもん配備はいびしてください。対象者は村瀬康二、典子夫婦です」


 それを聞いた新藤刑事は、混乱こんらんした表情になった。

「は? あの二人は、被害者ひがいしゃだぞ。どうしてつかまえる必要があるんだ? それにもし検問するにしても、顔写真などが無い……」


 新藤刑事の反応に、私は少しイラついた。

「もう! その二人は新藤刑事と一緒に、銀行に行ったんでしょう? それなら防犯カメラに顔が写っているいるはずです! それに二人の正体を知るために、銀行で二人がサインした書類から指紋しもんを調べた方がいいでしょう。私のカンでは、二人は初犯しょはんではないと思うので」

「は? 指紋も? それは一体?……」


 新藤刑事は、まだ混乱している様子なので私は発破はっぱをかけた。

「とにかく事件を解決したいのなら、今すぐにやってください! じゃないと犯人も逃げちゃうし、三億円も戻ってきませんよ!」


 私の気迫きはくに、新藤刑事もやる気になったようだ。

「お、おう。よく分からんが、とにかくやる。今はお前に従うしかないからな!」


 そう言い残して、新藤刑事はこの部屋から出て行った。だが私は、イラついていた。

「こんな簡単な事件も解決できないなんて、バカなんですか?! あと、お前って呼ぶなー!」


 すると由真さんが、不安そうな表情で聞いてきた。

「ちょ、ちょっと倫子ちゃん! 誘拐された女の子は無事なの?! それにご夫婦も無事なの?!」


 私は由真さんを落ち着かせるために、冷静に答えた。

「大丈夫ですよ、由真さん。誰も、誘拐なんかされていません。私が心配しているのは、三億円だけです」

「え? それって、どういうこと?」


「つまりこの事件は誘拐事件ではなく、『銀行詐欺ぎんこうさぎ事件』っていうことですよ」

「え? 『銀行詐欺事件』?」

「はい。それじゃあ私は、職場に戻りますね。あ、コーヒー、美味しかったですよ」


   ●


 午後零時三十分。私は自分のデスクでスマホで動画を観て、まったりとしていた。すると再び、スマホが鳴った。見てみると、予想通りの文字が表示されていた。『新藤だ いつものところに今すぐきてくれ』。今は昼休みなので、私は返信へんしんした。『昼休みが終わったら、行きます』。するとまた、スマホが鳴った。『新藤だ 報酬が欲しくないのか?』


 その言葉に、私は食いついた。報酬! これは行かねば! 私はすぐに、鑑識課のいつもの部屋に向かった。するとそこにはやはり、由真さんと新藤刑事がいた。私は、新藤刑事をかした。

「ほ、報酬をくださいよ! あの真面目な川島課長が、不倫してるっていうウワサを!」


 と急かす私を新藤刑事は、なだめた。

「まあ、待て。実は事件は、解決したんだ。つまり、三億円を軽自動車に入れて都内から出ようとしていた夫婦が検問で捕まった。村瀬康二、典子というのも偽名ぎめいで二人とも、過去に詐欺で捕まっていた。そして今回の誘拐事件は、自作自演じさくじえんだと白状はくじょうした。それはいい。それはいいがどうしてお前は、それが分かった?」


 説明すれば報酬が手に入りそうなので、私は答えた。

「私がまずこの事件で違和感を感じたのは、どうして犯人はあの夫婦の子供を誘拐したのかということです」


 すると新藤刑事は、疑問の表情になった。

「ちょっと待て。くわしく話してくれ」


 私は、『はあ』とため息をつくと新藤刑事に聞いてみた。

「ちょっと、想像してみてください。もし新藤刑事が三億円の身代金目的で子供を誘拐しようと思ったら、アパートに住んでいる夫婦の子供を誘拐しますか?」

「な、何だと? どうして俺が身代金目的で子供を誘拐するんだ?!」


 私は少し、あきれた。

「だから、たとえ話ですよ。これは今回の事件で、重要な事です。さあ、新藤刑事。誘拐しますか、しませんか?」


 すると新藤刑事は、少し考えてから答えた。

「いや、しないな。アパートに住んでいる夫婦の、子供は誘拐しない。もし誘拐するんだったら、大金を持っていそうな高級マンションや大きな一軒家いっけんやに住んでいる夫婦の子供を誘拐する」


 やっと新藤刑事が本気で想像してくれて、私は『ほっ』とした。

「はい、そうですね。もし私でも、そうするでしょう。さて、ここで問題です。今回の事件に誘拐犯人がいるとして、なぜそうしたのでしょう? つまり、アパートに住んでいる夫婦の子供を誘拐したのでしょう? 犯人は、父親のスマホに電話をかけています。つまり、下調したしらべをしています。それならアパートに住んでいる夫婦が、三億円なんて大金を持っていないことも知っていたと思われますが」


 すると新藤刑事は、降参こうさんした。

「分からない。どうしてだ、教えてくれ!」 


 はいはい。やっぱり、そこまでは分かりませんか。仕方が無いので、私は説明した。

「それは今回の事件の犯人の目的が夫婦から身代金をうばうことではなく、銀行からお金を奪うことだったからです」


 私は、こんな簡単な事件も解決できない新藤刑事にも分かるように、説明した。まず今回の事件は、偽名ですが村瀬康二、典子の二人が計画したものです。二人は過去に詐欺で捕まっているので、詐欺の常習犯じょうしゅうはんでしょう。そこから二人は、知り合ったのでしょう。


 そして二人は、アパートを借りた。理由はただ単にマンションを買うよりも、アパートを借りる方が安かったからでしょう。でもそれは、間違っていました。それでアパートで暮らしている夫婦から三億円を要求するという、不自然な事件になったので。


 とにかく二人は、計画を実行しました。まず典子が午前八時半ごろ公衆電話から、康二のスマホに電話をかけます。これはもちろん、アリバイ作りのためです。康二のスマホに、公衆電話からの通話履歴つうわりれきを残すための。


 そして今度は、康二が典子に電話をかける。そして二人は、アパートに戻る。それから康二が、110番通報をします。娘が誘拐されて三億円の身代金を払えという、電話が公衆電話からかかってきたと。もちろん二人に、娘はいません。そういう設定に、しただけです。典子が学校に確認の電話をしたというのも、もちろんウソです。


 そうして二人のアパートに、新藤刑事たちが到着とうちゃくします。それから皆は、考えます。どうやって三億円の身代金を、用意しようかと。もし警視庁がお金を貸すことができたのなら、二人はそのお金を盗んだでしょう。


 今回は銀行から借りることになったんですが、ここで大事なのが新藤刑事です。本物の刑事である新藤刑事も銀行に行くことで、銀行の職員に事件を信じ込ませたんです。


 後は、簡単です。まんまと三億円を手に入れた二人は、身代金の受け渡し場所の市民公園などには行かずに車で逃げればいいんです。二人そろって逃げるために、『二人で身代金を持ってこい』という電話がかかってきたとウソをついたのです。だから市民公園には誘拐犯人どころか、夫婦も現れなかったのです。そしてこの計画は、完全犯罪をねらったようです。


 でも世の中には、完全犯罪なんて存在しません。新藤刑事から話を聞いた私は、疑問に思いました。身代金の受け渡し場所に、誘拐犯人はこなかった。これは、まあいいでしょう。誘拐犯人が警察を警戒けいかいしてこなかった、とも考えられるので。でも、夫婦もこないのはおかしいです、絶対に。


 身代金も用意したし子供を返してもらうにためには、夫婦は絶対に受け渡し場所にこなければいけません。でも、こなかった。ここまで話を聞いた私は、一つの結論けつろんを出しました。


 それはこの事件は夫婦が計画した、自作自演だと。なのでもちろん、誘拐犯人なんていません。子供もいません。だから私は犯人である夫婦を捕まえるために、検問を配備してくださいと新藤刑事に頼んだのです。そこまで説明したが、まだ新藤刑事は納得なっとくしていなかった。

「そうなんだよなあ、二人に子供はいなかった。でも俺は、確かに見たんだ。二人のアパートに、子供の写真があるのを」


 それを聞いた私は、ため息をついた。

「今時、子供の写真なんてネットでいくらでもひろえますよ。それは警察に誘拐事件を信じ込ませる、小道具だったんですよ」

「なるほど……」


 そして今度は、私が疑問を聞いた。

「それを言うなら、私にも一つ疑問があります。二人は新藤刑事という本物の警察を連れて行って、銀行に事件を信じ込ませました。でもそれでも銀行が、三億円もの大金を二人に貸した理由です」


 すると今度は、新藤刑事が説明した。

「ああ、それか。それは銀行が、イメージアップをしたかったからだ」


 疑問に思った私は、聞き返した。

「イメージアップ?」

「ああ。三億円を貸してくれたのは高尾銀行だが、知らないか? この間、高尾銀行が国会議員に違法な献金をして今、マスコミがさわいでいることを。それで高尾銀行は誘拐事件が解決したら三億円を貸したことを公表して、イメージアップをしようと考えたようだ」


 私は満足して、うなづいた。

「なるほど。そう言えば、そんなことがありましたね。それなら私も、納得です」


 それから私は、付け加えた。大体、今時、誘拐事件を起こすなんてバカですよ。身代金の受け渡し場所に犯人が現れたところで、まず警察に捕まります。運よく逃げることができても、奪った身代金を使うことはできません。


 身代金の紙幣しへいの番号は全てひかえられていて、使ったらバレるからです。身代金を通帳に振り込ませるのも、ダメです。やっぱり、引き出す時にバレるので。だからここ何年も、誘拐事件なんて起きてないんですよ、と。


 そこまで説明した私は、新藤刑事にせまった。

「それじゃあ、報酬をくださいよ! あの真面目な川島課長が一体、誰と不倫をしているんですか?!」


 すると新藤刑事は、あっさりと答えた。

「は? 誰と? そんなことは知らん。あくまで、ウワサだからな」

「そ、そんな……」


 私は思い切り、落ち込んだ。また、新藤刑事にだまされた。報酬に、おどらされた。私が新藤刑事をにらんでいると、彼は逃げ出した。

「それじゃあ俺はまだ仕事があるから、これで失礼する。倫子ちゃーん、お疲れー」


 私はその背中に、思い切り叫んでやった。

「うるさーい! アンタが、倫子ちゃんって呼ぶなー!」


 それでもまだ私の怒りは収まらなかったが、由真さんは満足そうだった。

「まあまあ、倫子ちゃん。良かったじゃないの、事件が無事に解決して。さすが、推理小説家だわ~」


 それを聞いた私は、腕組みをしてふんぞり返った。

「いやいや。こんな簡単な事件くらい解決できないと、推理小説なんて書けませんよ!」


 そうなのだ。実は私は『青柳あおやなぎ真澄ますみ』というペンネームで推理小説を書いている、小説家なのだ。だから本物の刑事が解決できない事件も、簡単に解決できるのだ。


 しかし一カ月前、私はミスをした。私は出版社での打ち合わせを終えて出てきた時、担当編集者から声をかけられた。

「すみませーん、青柳先生ー! 一つ、伝えておくことがありましたー!」


 何だろうと振り返ろうとした時、通行人の一人と目があった。それは、新藤刑事だった。私は刑事部刑事総務課の職員なので、新藤刑事を知っている。そして新藤刑事も、私のことを知っている。ヤバイ。私は警視庁の職員なので、地方公務員である。公務員の副業ふくぎょうは、微妙びみょうだ。とにかく私が小説を書いていることは、知られない方がいい。特に、口が軽くて有名な新藤刑事には。


 だが担当編集者が大きな声で私に、「ちょっと待ってくださーい、青柳先生ー! 今度の推理小説の、締め切りについてですがー!」と近づいてきたので言い訳できなかった。私が推理小説を書いていることが、新藤刑事にバレてしまった。私はその時の、新藤刑事の目を忘れない。あの、死んだゴキブリのような目を。


 私は高校を卒業すると、警視庁に入った。理由は、警視庁のリアルな現状げんじょうを知るためだ。私は高校生の時から、警視庁の刑事が主人公の推理小説を書いていた。だがいつも、悩んでいた。リアルじゃない。本当の警視庁内は、どうなっているんだろうかと。


 それを知りたくて私は、警視庁の職員になった。するとリアルな警視庁の描写が評価されて、私は推理小説家としてデビューすることができた。だがもちろんそれは、警視庁内では秘密だった。


 しかし私が推理小説家であることが新藤刑事にバレたある日、その新藤刑事に相談された。どうしても解決できない事件があるから、推理小説を書いている私の意見が聞きたいと。場所は、鑑識課の部屋だった。


 二人でコソコソ話していると余計なウワサが立つかもしれないので一応、新藤刑事は気を使ったようだ。そしてその部屋にいた由真さんは口が堅くて信用できると、紹介された。


 だから三人で話していたのだが、何と私のアドバイスでその事件は解決した。それに味をめた新藤刑事は、解決できない事件の相談を私にするようになった。


 だが私は新藤刑事にいいように使われるのはいやなので、一つの条件を出した。警視庁内の私が知らない情報を、教えてくれと。そうして私は、新藤刑事に解決できない事件のアドバイスをする。新藤刑事は私に、警視庁内の情報を与えるという奇妙きみょうな関係ができ上ってしまった。情報はもちろん、推理小説を書く時に参考にするつもりだ。


 だが新藤刑事が持ってくる情報は、ウワサばかりのガセネタだけだ。それでも私が新藤刑事に協力するのは、私が推理小説家だという弱みをにぎられているからだ。この秘密が警視庁内に、バレるとマズイ。だから私はくやしくていつも、悪態あくたいをつく。

『こんな簡単な事件も解決できないなんて、バカなんですか?!』と。


 するといつも由真さんに『まあまあ。事件が解決したからいいじゃない~』と、なだめられる。だが私は、決心している。いつか新藤刑事の、弱みを握ってやろうと。

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