第3話 メカクレ乙女・ヨナの実力


 ネフェシュ精錬地帯。


 地上から地下にかけて鉱床が広がる土地だ。掘った鉱石を現地加工するための古代施設があちこちに点在している。また、地下には探索の進んでいない遺跡も多数存在している。


 地下遺跡は敵が強いわりに副産物がおいしくない。街からそれなりに距離もあり、鉄なら他に安定鉱山があるため、冒険者・一般人問わずあまり人気のあるスポットではない。


 ふたりは近くの森に簡易キャンプを設営すると、放棄された露天掘りエリアで敵を探した。


「岩バロットばかりのようで」


「おーい、アイアンゴーレムちゃんやーい」


 ユキトは鎖帷子を裏打ちしたフード付きコートを着て、先端に青い宝石が光る鉄杖を装備。ヨナは粗製大剣を担ぎ、なんと防具は無しで戦っている。


 殺気への肌感覚が鈍るとかなんとか。

 見ている側はひやりとするが、今のところ危なげない圧勝を重ねていた。


 お目当てのゴーレムにはなかなか巡り合えない。ゴーレムからは魔力を含んだ鉄鉱石を採取できる可能性がある。上手くいけば素材で良い武器を作れる。


 ぜひとも早い段階で手に入れたい。


 魔力化素材は魔力を付与するエンチャントとの相性もいい。エンチャントには時限式のものと長期的なものの二種類があり、後者は素材の付与適正が高ければ高いほど持続時間が長い。


 しかし先ほどからバロット――ガマガエルのような肌質をした、前傾気味で短足のモンスターばかりと遭遇していた。


 このスポットには過去に数回足を運んでいる。表層に鉄を求めるゴーレムがいないのは珍しい。


 ヨナは表情を曇らせた。


「また岩バロット……数は十二ほど」


「群れかなー。引っ張ろうか?」


「いえ、突っ込みます」


「りょーかい」


 彼女は岩石や地表の凹凸に身を隠しながらバロットの群れへ接近する。突貫しようとするまさにその瞬間、ユキトが身を乗り出して杖を掲げた。


「支援魔法――移動妨害!」


 魔力の筋がバロットたちの足へ伸び、触れた先からツタを生やした。足を取られた敵は手にした棍棒や錆びた剣で蔦を切るのに時間を取られ、位置を分断される。


「いいですね!」


 ヨナの大剣が大上段に振り下ろされ、敵の頭を砕く。流れるように足を動かす彼女は大剣を横薙ぎに払い、三体の喉をへし折りながらかっ飛ばした。なんという怪力……!


 驚嘆する間にも彼女は止まらない。斬るというより叩き潰すように敵を屠り、あっという間に十二体のバロットを殲滅してしまった。


「どんなもんです」


「お見事で」


 延べ九十体を葬って未だにかすり傷ひとつなし。


 ヨナは強い。

 前衛として非常に高いレベルにある。


 正直、ユキトはやることがない。遠隔の攻撃手段に乏しいのでなおさら。ヨナの後ろをくっついて素材を剥ぎ取る従者や荷物持ちの様相を呈していた。


「野外の敵はこれが面倒だよな~」


「ですが、倒した獲物をじっくり眺めるのは悪くありません。迷宮内だとすぐに消えるので」


「確かに」


 この仕事を続けていると、ハンターたちが勲章代わりに写真を撮る気分もわかる気がする。


 ユキトは砕かれたバロットの岩頭――彼らは周辺環境に合わせて身体的特徴が変化する――を眺めつつ、この乙女は意外に優秀な掘り出し物だ、と思った。


「休憩しようか」


「賛成です」


 作業小屋だろうか、壁だけ残った廃墟の影に隠れてふたりで座る。青空の下に広がる閑散とした灰色世界。妙な話だが静かで穏やかな時間が流れていた。


「大剣、見せてもらえる?」


「どうぞ」


 連戦に次ぐ連戦でさすがに刃こぼれや欠けが目立つ。このままだと折れる可能性もあった。


 ヨナの戦闘スタイルを考慮すると、翌日以降の戦いにはついてこれそうもない。もっと手荒に扱えるよう調整を加えたほうがいい。


 アイテムボックスと念じ、中から調整済みの強化素材を引っ張り出す。師匠が開発したこの魔法は信じられないほど便利だ。


 取り出したのは強靭性を向上させてくれる星石せいせきの粉。魔力回復用のポーションを塗り、粉をまぶして練り込む感覚で魔力を流していく。


「属性魔力付与エンチャント――強靭」


 手の触れた場所が鈍く光り、すぐに元通りになる。見た目は元のままでも性能強化には成功しているから大丈夫。今回使った素材は安物で、付与したエンチャントは時限式。ゴーレムと遭遇していない現状、あまり追加の出費を増やしたくない。まあ、冒険が終わるまではこれで持ってくれるはず。


「エンチャントも自前でやれるのですか!」


「今回はあくまで応急処置だけど。これで多少激しく扱っても大丈夫……なはず」


「はっきりしませんね?」


「君の膂力は底が見えなくて」


 大剣を受け取るヨナはドヤ顔だ。


「ところで、あの」


「どうしたの?」


「お腹が減ったのですが……」


「そろそろお昼だねー。そうだ」


 ユキトはアイテムボックスからあるものを取り出した。コンビニで売っているカツサンドだ。ドーゼノールには何人かの地球人がいる中で、おそらく彼と知己だけがある方法で調達できる。


「がんばっているヨナさんにはいいものをあげよう」


 ビニールを剥がして差し出すと、ヨナは掴んだサンドイッチを丸ごと口へ投入した。


「ワ、ワァ。豪快だぁ」


「はむはむ――なっ! これは!?」


 ヨナは雷に打たれたように固まっている。ユキトが顔の前で手を振ると、その指を取って己の頬に当てた。


「なんと美味なる料理。さぞ高価なものと推察します」


「そうでもないけど」


「ご冗談を。このようなものを供するということは、私の気を引く意図だと受け取りました」


「せいぜい四、五百円ぐらいなんだけど」


 だが、目をつむって心底おいしそうに咀嚼している姿を見ると、差し出した甲斐があるというもの。


「別のもあるけど食べる?」


 くわっと目を見開いたヨナは黙って口を開けた。


 その後、敵を一定数倒していくたびに休憩してご褒美を渡す。ユキトは餌付けする楽しさに目覚め始めていた。


 照り焼きたまご、いちごホイップ、BLTにフルーツミックス。与えるたびに最高の笑顔とやたら具体的な食レポが返ってきて面白い。


「まったく。私をこんなに喜ばせてどうするつもりですか」


「いや~、クールな君があんまりにいい笑顔で食べるから。ついつい楽しくなって」


 ヨナは指の先をぺろりと舐めた。


「しかしユキトさんのくれる料理は知らないものばかりですね。大陸料理はそれなりに網羅してきた自負がありますが」


「遠く離れた故郷の料理だからね」


「きっと素晴らしい土地なのでしょう。いつか行ってみたいものです」


 ユキトは歯切れ悪く答えた。


「んー、それはやめといたほうがいいかも」


「なぜです?」


「ちょっと色々あって行くのが大変なんだ」


「ふむ。何やら複雑なのですね」


 ヨナはそれ以上突っ込んで聞かない。

 結局、その日はゴーレムに出会えなかった。



 キャンプに戻るとヨナが手を引っ張る。


「ユキトさん、少しいいですか?」


「どうしたの……ってちょっと」


「よいしょ」


 ヨナは服を脱ぎ捨て、裸になってぺたりと座った。


「な、な、何を!」


「マッサージを手伝ってください」


「マッサージ!?」


「はい」


 彼女は股を開いて座り前屈のような動きをする。


「体の筋を伸ばして解すんです。溜まった緊張を放置すれば翌日以降の戦いに差し支えると、母から教わりました」


「そうなんだ」


「いつもはひとりでやるのですが、人の手を借りたほうが効率は上がります」


「だからって裸になる必要は」


「やましいことはありません。さあ、押して」


「医療行為、みたいなものなのかな~」


 ユキトは遠慮がちに背中を押す。手のひらを通して素肌の感覚が伝わり、怪しい気分になってきてしまう。


「これはマッサージ、これは医療」


「はうんっ♡」


「だ、大丈夫?」


「はい、効いてます。あっあっ、気持ちいい」


「いちいち変な声出すのやめよう!?」


「無理です、これ、何かきちゃいます……!」


「帰ってもらって!」


 意識しないように体のあちこちを思いっきり押し込むユキト。その晩は悶々としてしまい、見張りを買って出て焚火の側で夜を明かした。


「珍しい人ですね」


 逆向きに横寝するヨナのつぶやきは彼には届かなかった。

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2024年12月12日 19:00
2024年12月13日 19:00
2024年12月14日 19:00

鋼と加護と異邦人 メカクレ美少女(不思議ちゃん)と始める異世界冒険ライフ 梅露 案山子 @meilu_anshanzi

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