第2話 創世神話のおさらい
(わりといい値段したな……)
軽くなった財布に若干の後悔を覚えつつ、ふたりで依頼掲示板の補充を待つ。
「見ろ、暴食がまた別のパーティーにいるぞ」
「おいおい破産するわアイツ」
「見た目に騙されちゃったんだな」
「かわいそうに」
人々のひそひそ声が心をちくちく苛む。ヨナは相変わらずの無表情でどこ吹く風。ユキトは不安を振り払うように明るい声を出した。
「そうだ。ヨナさんはどこの神殿に祈ってる?」
「神殿ですか。私はレミガリア――戦神の血を引く眷属の末裔。もちろん戦神レミガンテ一筋です。そういうユキトさんは?」
「俺は炎神グラズオの加護を受けたから炎神神殿がメイン。智慧神ノルカンにも寄付してる」
「
ヨナは口角をニヒルにへにゃっと上げた。
先ほどから出ている固有名詞は、この世界における神々や種族の名前だ。
ユキトはかつて師匠から聞いた世界観の話を思い出す。長い話だ。
―――
創世神話によると、世界は初め無限の可能性を秘めた巨大な宝玉だったらしい。宝玉の中にはすべてがあり、同時に何もなかった。
あるとき、星海の神々がこの宝玉を発見。
秘められた可能性の虜になり、先を争うようにして内側へ飛び込むと、力を使ってそれぞれ理想の形を創ろうとする。宝玉は、神々が注いだ心血の積み重ねで洗練されていった。
世界の形ができあがると、神々は己の最高傑作として生物を創り出す。ところが趣味も意見も様々なため、衝突が起こり、ついには戦争へと発展した。
争いは激化の一途を辿り、今よりも多くの種族、今よりも多くの神々が滅ぼされた。それでも争いは止まらず、地上は住めない場所になり、ついに生物は死に絶えてしまったとさ。
深く嘆いた一部の神が世界の再生を試みるものの、すべてが元通りにはならなかった。
宝玉は歪な形の新世界として復活した。
だが、かつてほどの可能性はない。
原初の世界を深く愛した守護神シュザンは、新世界の生物を見て、どれほどの手間をかけてもかつての輝きに至ることはないと考えた。
そして決断した。原初の生物を生み直すため、今ある生命の皆殺しが必要だと。シュザンは殺戮の神に変貌し、内部から宝玉の殻を壊すと異界の超常存在たちを招き入れた。
それからしばらく世界は混迷を極める。
新世界のことも愛していた楽園神ライネルは、この状況をよしとせず、地上に安寧をもたらしたいと願った。ライネルはすべての力と引き替えに世界の法則を作り替え、そして強力な結界を張り、神々が干渉しづらいようにすると長い眠りについた。
世界の趨勢は地で生きる者に託され、淘汰を経て今の形に落ち着いていく。
人や魔族の物語が幕を開けたのである。
むろん強敵は山のように跋扈したまま。弱き地上の民たちは生存のために加護を必要とした。一方で、ほとんどの神々は信仰を増やし、かつてのように世界を己の理想へ導くことを望んでいる。
こうして新世界は、神の代理者が信者を奪い合う敬虔な時代に突入したのだった。
―――
以上がこの世界の成り立ち。
世間に流布された話とは異なる部分が多い。
が、師匠いわく同郷――地球の友人が、神代を知る神族から直に聞いた話だという。
まあそんなわけで、この世界には複数の神とあまたの種族が存在する。
代表的なのは九大神。
元は十二大神だったが三柱は表舞台の歴史から存在を抹消されている。いずれも神魔が跋扈する神代の争いを勝ち抜いてきた強者だ。
これに異神と呼ばれる中立的な神々と、邪神と呼ばれる十柱のヤバい神々が加わる。
世に知られていないマイナー神もおり、これは他神、外神と位置づけられる。
ユキトは九大神のひとつ炎神グラズオから加護を与えられた。ヨナも九大神の戦神レミガンテに従っているので恩恵を得ているわけだ。
「ユキトさん?」
「ああうん、なんでも」
この手の話が好きなユキトは没頭しすぎたと自戒した。
すでに依頼が張り出され、人の波が掲示板を洗っている。おしくらまんじゅうに参加して依頼内容を確認。よさげなものを掴んで戻る。
「これなんかどうだろ」
「ふむ。ネフェシュ精錬地帯ですか」
ヨナは顎に指をあてて紙面を覗いた。
「ゴーレムに興味がおありで?」
「より正確には副産物に」
「珍しい。鉄鉱石など大した値段にはならないと思いますが」
「鉄鉱石だけならね」
鍛造して商人に卸せばいい稼ぎになる。
鍛冶スキル
「私は構いませんが、少し困った問題が」
「武器のこと?」
「凄腕といえど素手でゴーレムは砕けません。まだ加護の階位が足りないので」
「上がればできるんだ……」
ユキトは苦笑いした。
「その件なら問題ないよ。ついてきて」
ふたりでギルドから出て、宿泊している宿屋へ足を向ける。
部屋に入るとヨナは顔を赤らめてもじもじした。
「こんな場所へ連れ込むなんて。私をどうするつもりですか?」
「手、出して」
ユキトはヨナの手を恋人握りする。
「あっ。その。お金のこともありますし、覚悟はしていました。どうか優しくお願いします」
目を閉じてキス顔になる彼女をスルー。
「握り返してもらえる?」
「はい……」
「もっと力強く」
「え? やめておいたほうが――いえ、わかりました。変態さんのプレイは理解できませんが、私、がんばります。せいやっ」
ミシミシ、メキョッ。
「ああああああ! ストップ! やめやめ!」
拳が大惨事になったユキトは左手を押さえて転がる。涙目で呪文を唱え、回復効果のある支援魔法をかけた。
「だから言ったのに」
「想像以上だった。まあ、大体わかったよ」
「私もわかりました。痛みで喜ぶ変態さん」
「違うって。武器を用意するんだよ」
「恥ずかしがらなくても。大丈夫、パートナーはお互いを理解し合うものですよ」
頬に手を添えくねくねするヨナは無視。アイテムボックスから鉄塊と槌を取り出す。亜空間からいきなり出てきた物質への疑問には答えず、槌に魔力を流してスキルを発動した。
「
澄んだ音が響くたびに鉄塊が姿を変えていく。形を整えて握り手を調整すると、大ざっぱな武器が完成した。見ためは粗削りな大剣。機能的には斬撃能力を備えた巨大な棍棒に近い。
鍛冶スキル・魔力鍛造。
槌一本で武器を仕上げることが可能な技。
お手軽で時間効率もいいが、性能面ではイマイチな出来となるのがネック。ちゃんとした武器を作るなら、やはり工房で炉に火を入れるのが一番だ。
「こんなもんかな」
「びっくり。やりますね」
「振ってみて。……家具には当てないように」
両手と全身を使って粗製大剣を運ぶ。ヨナはそれを片手で持ち上げ、まるで木の枝で楽隊を指揮するかのように軽々と振り回した。
「なかなか手になじみます」
「指を折られかけた甲斐があったよ」
大剣を肩に担ぐ姿は力強い戦士そのものだ。
この平均的な体格のどこにそんな力が……。
(食事量か? やっぱたくさん食べる子は元気に育つってことなのか?)
「ふふふ。ひ弱な人間基準でレミガリアを測っちゃいけませんよ」
彼女は得意げに碧眼を光らせた。
「さて、出発ですか? それとも一発?」
「旅の準備をしよう。往復で六日。探索にも二、三日はかかるから」
「なるほどお預けプレイ。野外でしっぽりと」
「いちいち変な方向に寄せないの」
ユキトたちは道具と食料を買い込み、ロバを借りると目的地へ出発した。
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