鋼と加護と異邦人 メカクレ美少女(不思議ちゃん)と始める異世界冒険ライフ
梅露 案山子
鉱床地帯の地下遺跡
第1話 変人 meet 変人
狭くて小さな工房に、金属を叩く軽快な音がこだまする。
若き職人――ユキトが武器を鍛造する音だ。
熱して叩き、形を整え、剣身を磨き上げる。刃の表面が光を反射するほど綺麗な銀色になると、特別な油へ漬け込み、錆止めを施してから
仕上げに試し斬り用の鎧を斬れば、刃の触れた部分がざっくりと抉れた。欠けや刃こぼれは見当たらない。強度も問題ないようだ。
「すげえ……」
周りの徒弟たちが息を呑む。
「ひとまずこんなものかな」
悪くない。剣の出来映えも、慣れ親しんだこの作業も。ユキトは完成した剣をソードラックに立てかけてから伸びをした。
「いい腕だ。うちで働かないか?」
「本業は冒険者なので」
「もったいないと思うがなあ」
愛想笑いで手伝い仕事の報酬を受け取る。
親方たちに見送られて白昼の通りへ消えた。
日本生まれ、異世界在住。
ひょんなことからドーゼノール大陸へ足を踏み入れ、厳しい二年間を生き延びてきた。
見知らぬ環境へと旅立ち、知己も頼れる家族もいない。そんなユキトはひとりで生きていくために仕事を探さねばならなかった。
剣と魔法と祈りの世界でこれまでの価値観はあまり通用しない。ゼロからのスタートだ。
流しの徒弟に鍛冶を教わり、街々の工房を渡っては仕事を手伝い日銭を得る。そのうちエンチャントの重要性を理解して魔法習得に挑戦。
始めは挫折して適正がないのかと思ったが、親切な同郷者と出会って魔法のいろはを叩きこまれる。苦心の末にエンチャントと、ついでに師匠が得意とする各種の支援魔法を修めた。
「こんにちはー」
ユキトは冒険者ギルドの入口を通る。
依頼の掲示板を観察するが、よさそうなものは残っていなかった。それもそのはず、時刻はすでに正午に近い。朝の依頼はもう売り切れ。
受付嬢たちが届いた依頼を補充するのは午後休憩の後だ。それまで暇だな、と思いつつ水を頼んで適当な席につく。
奥にある酒場の喧騒をぼんやりと眺めた。
武器を作り、修理と強化もできるとくれば、次は自分で振るいたくなってくる。支援魔法を習得した後、ユキトは憧れの冒険者になった。
なったはいいのだが……。
現状、完全にぼっちである。
他人と組んだ回数は片手の指に余るほど。
理由はわかっている。スキルセットがあまりにも自己完結しているためだ。
属性付与、自己強化、多少の回復。
今のところ他人の手を借りるタイミングも必要性もない。この先ランクを上げていけば話は別なのだろうか。
しかしユキトはランクアップに本腰を入れていないし、上位になればなるほど器用貧乏で需要がなくなる気もする。
何より人間関係が楽すぎて。
最低限の業務会話しかしない生活は、誰に気を遣うでもなく、肩身が狭いながらもある種の解放感に包まれているのも事実。
このままズルズルと流されていては人として大切な何かを取り戻せないままだ。
「よし、今日こそは」
誰かを誘って冒険しよう。
気合を入れるばかりで足が動かず、どんどん億劫になっていく。ひょっとすると人への話しかけ方すら忘れたのかもしれない。
「困ったな。どこかに
あまり困っていない表情でつぶやく。すると、聞き馴染みのあるセリフが耳へ届いた。
「ヨナ、お前には今日限りでこのパーティを抜けてもらう」
「……なぜですか?」
「なぜ? なぜだって!?」
リーダーらしき青年はテーブルを指差した。
重ねられた皿が壁のように連なっている。
回転寿司チェーンの会計前かな?
「この皿の量を見てみろ! ひとりでどんだけ食べる気だよ? お前がいると稼いでも稼いでも食費で赤字なんだよーーー!」
青年は顔を真っ赤にして叫ぶ。メンバーたちもこめかみに青筋を立てていた。
「でも、ここのご飯はおいしいです」
「感想は聞いてない!」
「半分こ?」
「そういう話じゃないから! 勝手に武器を売っておやつ代に充てるしさー!」
メンバーたちは一斉に席を立つ。
「ともかく、パーティーとしてはこれきりだ」
「待ってください。対話を提案します」
白銀ショート髪で片目隠れの乙女は、無表情かつ平坦な声で仲間を引き留めようとする。だがその手は止まることなく料理を口へ放り込んでいた。青年たちは呆れ果て、首を振って去っていく。
「その皿の会計は自分で払えよ」
「え」
銀髪乙女の手が止まる。
「え?」
澄んだ翡翠の左眼には動揺がありありと浮かんでいた。視線があちこちへさまよう。
「そんなー」
人々はササッと顔を逸らしたが、半分意識を飛ばしながら頬杖をついていたユキトは逃げ遅れた。ばっちりと目が合い、乙女は思案からの閃いた顔になる。
彼女はユキトの席へ近寄ってきた。
「もし」
「…………」
「もし、ぼっちのお兄さん」
ユキトは辺りを見渡した。
それらしき人影はない。
「黒髪のあなたのことです」
「ああ、俺。何か用かな」
「一緒にご飯、どうですか?」
こてんと首を傾げる銀髪乙女。
「会計を持てとおっしゃる?」
「まさか……まあ、その可能性も否定はできませんが。ささ、こちらへ」
「やだよ。自分が食べた分ぐらいは自分で――いだ、いだだだだ」
想像以上の力で引っ張られる。引っ張るというより、ほぼ抱っこされる格好で持ち上げられた。なんという怪力。ユキトがもがくと乙女はさらに強く抱きしめてくる。
麻のシャツを持ち上げる神秘の感触に敗北し、ユキトはされるがままに運ばれた。
「私はヨナ。凄腕の大剣使いです」
彼女は小さく微笑んだ。
眠たげで無感情な印象ながらぱっちり開いた眼。控えめだがバランスよく通った鼻筋。薄い桜色の唇。パーツが人形のような整い方をしており、近くで見るとすんごい美人。
顔の右半分を鼻の横まで隠す前髪のせいでわかりにくいが。
「自分で凄腕とおっしゃる。てか、大剣は?」
「旅に出ています」
「お戻りの予定は」
「……あの子にはあの子の道があるので」
ヨナはふいっと目を逸らした。
「俺はユキト。前衛もこなす魔法使いってことになるのかな?」
「はっきりしませんね」
「わりと万能なので」
「自分で万能とおっしゃいますか」
ヨナは焼き串を手に取ると、こちらへ向けてくる。
「さあ、どうぞ。あーん」
なんとも抑揚のない声だ。
「あーん。むぐむぐ、おいし」
「食べましたね?」
「え、うん」
左目をキラリと光らせ、悪そうに身を寄せてくる。
「これで我々は一蓮托生です。ユキトさん、お会計を。さもなくば一緒に罰を受けましょう」
「見知らぬ人にタダでおごれってのもなー」
「それだけの価値はあると思いますよ?」
「自己評価高いね?」
ユキトも焼き串を引き寄せた。
短期は損気。逆の発想で考えれば、これはぼっち脱却のチャンスかもしれない。
「じゃあ、貸すってのはどう?」
「お恥ずかしながら、返せる当てがありません」
なら食べるなよ、というのは野暮。
「いいよ。体で返してもらうから」
「えっ」
ヨナは串を取り落とす。
緩慢な動作で己を抱きしめ、胸を隠した。
「ユキトさんは変態さんなんですか?」
「失礼な」
「では私のことが好きなんですか?」
「初対面で好きも何もないけど」
彼女は返答をなかったことにして震える……フリをする。
「困ります。そういうのはもっと関係を深めてから」
「勘違いしてるみたいだけど、体でってのは依頼に同行してもらうって意味だよ」
「えー」
静かに、しかしどこか不満そうに抗議してくる。
「えーって。ヨナさんは凄腕の戦士なんでしょ? 前衛を連れて戦いたい依頼のときに力を貸してよ。で、報酬を返済に充てればいい」
「……本当にそれだけ?」
「なんで不服そうなんだよ」
彼女はしばらく考え込み、
「しょうがないですね。今のところはそれで」
と、肉片を噛みきった。
ミステリアスというか、マイペースというか。
こうしてユキトは勘定を肩代わりして、クールで変人な協力者をゲットした。
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