宇宙ネズミ

ナガレ=ガマガエル

第1話

宇宙ネズミ


『……えー、65回、活動記録。月面調査隊の堀内貝ほりうちけいだ。通信が隔絶されて、二ヶ月が経過した。我々を幽閉している【見えない箱】の解明に進展はない。引き続き、調査を続けるが……物資が底をついた。生き残った船員クルーは私を含めて二名。新田隊員の健康状態は最悪だ。このままでは全滅する可能性もある。隊長として、出来る限りのことはやるつもりだが、外側からも、どうか。力を貸して欲しい……以上で報告を終わる』



「クソッタレ!」


 堀内は声を荒げ、通信機が設置されている壁を蹴り付ける。

 無理もない。架空に向かって助けを求めているのだから。


 ここは、月面にある調査用の基地。


「た、隊長……やめてください……らし、くない」


 背後からかぼそい声がする。

 ベッドに横たわる、船員の新田だ。手足は随分と痩せ細り、ミイラのようだ。顔も随分とやつれており、虚な表情をしている。


「……喋るな。新田。身体に障る」


 堀内は先程とは打って変わり、優しい声色で新田に声をかけ、残り少ない食料と水を差し出す。


「う、受け取れません……」


「いいや、受け取れ。病人が何言っている」


「……隊長。あなたこそ、何日食べてないんですか? 寝ずに調査にむかっているじゃありませんか!」


「……平気さ。【見えない箱】の調査に行ってくる」


 堀内は、新田の「死なないで」という声に背を向け、拠点の外に足を運ぶのであった。


⭐︎


 月面を踏みしめる堀内の足並みは、おぼつかない様子だ。

 月の重力は、地球に比べ、六分の一。

 本来ならば軽快なステップを踏めるところ、もう三週間は食事を摂っていない彼の身体にとっては、それすらも大きな負担になる。


 はぁ、はぁ、と息を荒立てる堀内の顔にはヘルメットは装着されておらず、生身のままだ。


 月面着陸に成功してしばらく経ち、調査隊は【見えない箱】に囲まれていることを自覚した。

【見えない箱】は、拠点を中心に、10キロメートル四方の壁で構成されている。

 本来のならば、月に生き物が呼吸するのに必要な酸素量は存在しない。外部から酸素が送られてこない状況では、とっくに生き絶えていたのに。この壁の中では酸素が十分にあることに気づいた。


 理由は不明だがな。


 「……不幸中の幸いか。皮肉だな」


 堀内は皮肉混じりの言葉をこぼし、目的地へと向かうのであった。






「……ふぅ、着いた」


 拠点から何もない更地のど真ん中、堀内の足が止まった。

 

 辺りの地面には、不規則にクレーターが空いておいる。

 しかし、堀内の目の前にあるクレーターは、半分で途切れており、断片は垂直、手前は人工的に埋め立てたかのように平になっている。あきらかに不自然だ。


(これが自然に起ったとでもいうのか?)

 

  堀内が境目に手をかざすと、見えない壁に指先が触れる。

 グッ、グッと、押してみるが、やはりびくともしない。


(やっぱ、ダメか……)


 堀内はため息をついた後、透明な壁面を指先でつたいながら、右向きに歩き始めた。


(どこでも良い……どこか。空いているスペースはないか……)


⭐︎


 しばらく歩いただろうか。

 相変わらず、状況に変化はない。


(今日も変化なしか。クソ、ダメだ。意識が……)


 堀内は疲労と空腹、過度な脱水により、朦朧もうろうとしていた。とうに限界を超えているのだ。


 「……うっ」


 堀内は倒れてしまった。



 ザァ……ザァ……


 どこからか水音がする。


(心地良いなぁ……ぐっすり眠れそうだ)


 堀内はまじたを閉じ、自分の命運を受け入れていた。


ザァ……ザァ……


(すまない。新田……待て。水音?)


 堀内は飛び起きた。

 無理もない。ここは月なのに水音がするからだ。


 ザ ザァ……


(間違いない! 水源がある!)


 堀内はありったけの気力を振り絞って、水音がする方へ向かった。



 10分程度、歩いたところに水音の正体があった。

 

 直径一キロメートルはありそうな湖。水は黄色く、半透明で水底が見える。


「はぁ、はぁ、なんだこれは!」


 驚きを隠せない堀内。

 調査隊が月に来て、二ヶ月が経つが、【見えない箱】の中はとっくに調査済み。つまり、こんなところに湖があるはずがない。確かに存在していなかったのだ。

 

(……この水。飲めるならば、仲間を救えるかもしれん!)


 堀内は調査用の容器に水を注ぐと、期待を胸に急足で拠点へと向かった。


⭐︎


「帰ったぞ! 新田……おい! しっかりしろ!」


 希望を手に新田へと詰め寄る堀内だったが、冷たくなった新田の様子を見て、顔が絶望に歪んでいく。


 新田隊員は死んだ。


「クソ! もっとはやくこの水が手に入れば!」


堀内はヤケクソになり、容器を叩きつけようとするも、手が止まる。


 新田の「死なないで」という言葉が脳裏に浮かでしまうからだ。


(生きてやる! 俺は、絶対に死んでたまるか!)


固く決心した堀内は、新田が手をつけなかった残りの非常食を貪った。



『66回、調査記録。月面調査隊の堀内だ。謎の水だが、解析の結果、飲めることがわかった。さらにビタミンやカルシウムまで豊富に含んでおり、健康状態の改善に役立つことがわかった。さらに新種の小動物を発見。【宇宙ネズミ】と名付ける。……引き続き調査を続けるつもりだ。それが私の使命だと思っている……以上』


「さぁ、飯にしよう! 今日のご飯は宇宙ネズミ! いただきます」


 堀内は、宇宙ネズミの首を折って、血を抜いたものを頬張る。


「……うまい」


 意外と美味だったのだ。


 ⭐︎


 【見えない壁】の上を宇宙船が停泊している。

 宇宙船の中には、地球人ではない、なにか異形のものが乗っており、誰かと通信しているようだ。


『えー、月で飼育中の生命体の記録。例の生き物はクリアケースで飼育している。最初は五匹いたが、脱水と拒食のため、一匹だけとなった。餌用※※※《マウス》が口に合わなかったのか。何より水入れの設置が遅れたのが大きいだろう。最後の一匹は問題なく餌を食べているからだ。……引き続き経過を観察する。それと、私はこの生命体を【宇宙ネズミ】と名付けようと思う。報告は以上だ』


〜宇宙ネズミ 完〜



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宇宙ネズミ ナガレ=ガマガエル @sironaga28

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