宇宙ネズミ
ナガレ=ガマガエル
第1話
宇宙ネズミ
『……えー、65回、活動記録。月面調査隊の
「クソッタレ!」
堀内は声を荒げ、通信機が設置されている壁を蹴り付ける。
無理もない。架空に向かって助けを求めているのだから。
ここは、月面にある調査用の基地。
「た、隊長……やめてください……らし、くない」
背後からかぼそい声がする。
ベッドに横たわる、船員の新田だ。手足は随分と痩せ細り、ミイラのようだ。顔も随分とやつれており、虚な表情をしている。
「……喋るな。新田。身体に障る」
堀内は先程とは打って変わり、優しい声色で新田に声をかけ、残り少ない食料と水を差し出す。
「う、受け取れません……」
「いいや、受け取れ。病人が何言っている」
「……隊長。あなたこそ、何日食べてないんですか? 寝ずに調査にむかっているじゃありませんか!」
「……平気さ。【見えない箱】の調査に行ってくる」
堀内は、新田の「死なないで」という声に背を向け、拠点の外に足を運ぶのであった。
⭐︎
月面を踏みしめる堀内の足並みは、おぼつかない様子だ。
月の重力は、地球に比べ、六分の一。
本来ならば軽快なステップを踏めるところ、もう三週間は食事を摂っていない彼の身体にとっては、それすらも大きな負担になる。
はぁ、はぁ、と息を荒立てる堀内の顔にはヘルメットは装着されておらず、生身のままだ。
月面着陸に成功してしばらく経ち、調査隊は【見えない箱】に囲まれていることを自覚した。
【見えない箱】は、拠点を中心に、10キロメートル四方の壁で構成されている。
本来のならば、月に生き物が呼吸するのに必要な酸素量は存在しない。外部から酸素が送られてこない状況では、とっくに生き絶えていたのに。この壁の中では酸素が十分にあることに気づいた。
理由は不明だがな。
「……不幸中の幸いか。皮肉だな」
堀内は皮肉混じりの言葉をこぼし、目的地へと向かうのであった。
★
「……ふぅ、着いた」
拠点から何もない更地のど真ん中、堀内の足が止まった。
辺りの地面には、不規則にクレーターが空いておいる。
しかし、堀内の目の前にあるクレーターは、半分で途切れており、断片は垂直、手前は人工的に埋め立てたかのように平になっている。あきらかに不自然だ。
(これが自然に起ったとでもいうのか?)
堀内が境目に手をかざすと、見えない壁に指先が触れる。
グッ、グッと、押してみるが、やはりびくともしない。
(やっぱ、ダメか……)
堀内はため息をついた後、透明な壁面を指先でつたいながら、右向きに歩き始めた。
(どこでも良い……どこか。空いているスペースはないか……)
⭐︎
しばらく歩いただろうか。
相変わらず、状況に変化はない。
(今日も変化なしか。クソ、ダメだ。意識が……)
堀内は疲労と空腹、過度な脱水により、
「……うっ」
堀内は倒れてしまった。
★
ザァ……ザァ……
どこからか水音がする。
(心地良いなぁ……ぐっすり眠れそうだ)
堀内はまじたを閉じ、自分の命運を受け入れていた。
ザァ……ザァ……
(すまない。新田……待て。水音?)
堀内は飛び起きた。
無理もない。ここは月なのに水音がするからだ。
ザ ザァ……
(間違いない! 水源がある!)
堀内はありったけの気力を振り絞って、水音がする方へ向かった。
★
10分程度、歩いたところに水音の正体があった。
直径一キロメートルはありそうな湖。水は黄色く、半透明で水底が見える。
「はぁ、はぁ、なんだこれは!」
驚きを隠せない堀内。
調査隊が月に来て、二ヶ月が経つが、【見えない箱】の中はとっくに調査済み。つまり、こんなところに湖があるはずがない。確かに存在していなかったのだ。
(……この水。飲めるならば、仲間を救えるかもしれん!)
堀内は調査用の容器に水を注ぐと、期待を胸に急足で拠点へと向かった。
⭐︎
「帰ったぞ! 新田……おい! しっかりしろ!」
希望を手に新田へと詰め寄る堀内だったが、冷たくなった新田の様子を見て、顔が絶望に歪んでいく。
新田隊員は死んだ。
「クソ! もっとはやくこの水が手に入れば!」
堀内はヤケクソになり、容器を叩きつけようとするも、手が止まる。
新田の「死なないで」という言葉が脳裏に浮かでしまうからだ。
(生きてやる! 俺は、絶対に死んでたまるか!)
固く決心した堀内は、新田が手をつけなかった残りの非常食を貪った。
★
『66回、調査記録。月面調査隊の堀内だ。謎の水だが、解析の結果、飲めることがわかった。さらにビタミンやカルシウムまで豊富に含んでおり、健康状態の改善に役立つことがわかった。さらに新種の小動物を発見。【宇宙ネズミ】と名付ける。……引き続き調査を続けるつもりだ。それが私の使命だと思っている……以上』
「さぁ、飯にしよう! 今日のご飯は宇宙ネズミ! いただきます」
堀内は、宇宙ネズミの首を折って、血を抜いたものを頬張る。
「……うまい」
意外と美味だったのだ。
⭐︎
【見えない壁】の上を宇宙船が停泊している。
宇宙船の中には、地球人ではない、なにか異形のものが乗っており、誰かと通信しているようだ。
『えー、月で飼育中の生命体の記録。例の生き物はクリアケースで飼育している。最初は五匹いたが、脱水と拒食のため、一匹だけとなった。餌用※※※《マウス》が口に合わなかったのか。何より水入れの設置が遅れたのが大きいだろう。最後の一匹は問題なく餌を食べているからだ。……引き続き経過を観察する。それと、私はこの生命体を【宇宙ネズミ】と名付けようと思う。報告は以上だ』
〜宇宙ネズミ 完〜
宇宙ネズミ ナガレ=ガマガエル @sironaga28
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