靴を裏返す

 彼女は絶対に靴を裏返す。玄関から入った後、すべての靴を裏にする。私が靴を脱ぎ揃えた後でも、即座にその靴を裏返す。何度聞いても言い淀むので、次第にそんなものだと面倒になり、その癖にも慣れ始めた。

 いつしか私も靴を裏返すようになり、そして子供も裏返すようになった。長靴の裏返し方で悩む子供に、妻は壁を使って立てる方法を教える。客はそれを異様というが、私はそんなものだと笑ってごまかしていた。


 ある時私が仕事から帰ってきて、靴を脱いでいつも通り裏返す際、電話が鳴り仕事の話になってしまった。そのまま部屋へと駆け込んで、案件の指示をして電話を切ると、妻が玄関で泣いている。どうして泣いているのかと尋ねると、離婚したいと騒ぎ出す。気付いてくれたと思ってた、そう言い残して出て行ってしまった。

 靴は玄関に残ったままだ。子供が様子を見に来たので、パパが悪いんだと素直に伝え、実家にいないかと電話をしてみた。義父も途方に暮れているらしく、いつ頃から裏返すのかを聞いてみた。教職員実習が終わった後だと聞いた時、そういえば家に画鋲がないことに気がついた。


 それから私は靴を裏返す。孫に笑われ茶化されるが、妻を看取るまでやめることはないだろう。

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