第1話 人生をやり直したい

 俺は田中文也たなかふみや――彼女なし・友達なし・金なしのホームレスの30歳だ。正直俺の人生はもう終わっている。


 普通の家庭に育って特に不自由した生活は送っていなく、できないなりに勉強を頑張って、なんとか高校は3000人規模のマンモス進学校に合格。

 そこまでは良かったものの、元々の自信のなさからいつしか学校では孤立してしまい、地元の大学に進学しようとしたところで両親が交通事故で他界。


 親の遺産でなんとか暮らしながらバイトを始めるも、仕事ができなすぎて気まずくなって飛びグセがつく。


 ある日駅のホームで痴漢と勘違いされて、コミュ障すぎて誤解が解けずにそのまま捕まる。それからは絵に描いたような転落人生でついには家も仕事も見つけられなくなり、新宿エリアを彷徨うホームレスに成り下がった。



 どこで間違ったんだろう――――いや、全部間違ったんだ。死ぬ勇気なんかないけど、誰か殺してくれないか?――というくらいには人生に絶望している。



 早朝――いつものように食べ物を探しに街を歩いていると、駅の目立たない場所に大量のおふだが貼ってあることに気が付く。


 は見るからに不気味で、絶対に近づいちゃいけない雰囲気がすごかったが、今の俺には心底どうでも良く、お札を剥がしたことでテキトーに呪われて死ねたらどんなに楽か――という気持ちでその場所に近づく。しかし――――


 「いてっ......!」


 ホームレスでろくなものを食べてない上に運動もしていない俺は足がおぼつかなくなっていて転んでしまった。


「くっそ......!何なんだよ!! みんな俺を馬鹿にしやがって!!」


 絶望した状況になると、やりどころのない苛立ちで癇癪を起こしやすい危ない人間になるみたいだ。俺はその勢いでお札の貼ってある壁を蹴った。


「あ........」



 すると俺はその勢いでおふだを3枚ほど剥がしてしまったようだ。

一瞬ヤバいと思ったが、今のこの状況よりもヤバくなることなんかない俺にとっては、我に帰るとどうでも良い気持ちになった。



「ちっ、帰るか......」


 転んだ身体をゆっくりと起こして、俺は立ち去ることにした。まあ帰る場所なんかないのだが。そう思ったその時――――。




「え、やったー!!ありがとう!!」



 すると何かに喜ぶ女の子の声が目の前で聞こえる。

「........え?」



「うわ......最高!これで自由じゃん!ねえ、ありがとう!」



 ――――そこには黒装束で黒髪長髪の奇妙な女の子が笑顔で立っていた。


「ねえ、聞いてんの......?ありがとうって言ってんだけど!」


「え、ありがとうって......何が?」

俺は訳もわからずその女の子に質問する。人に――――いや、人以外にも感謝されるようなことはした覚えがない。


「いやーさ、おふだ剥がしてくれたでしょ? これ自分じゃ剥がせなくて困ってたんよ!」

「お札......!?」


 おふだを剥がしたことで感謝される意味がわからなかったが、その女の子は間髪入れずに説明をしてきた。


「あーごめんね!わけわかんないよね!結論から言うと、私は人間が言うところの悪魔的なやつなんだわ!」

「あ.......悪魔!?」

 ものすごい衝撃的な結論だ。悪魔というより死神のように見えるが。


「まあいつか説明はするけど、いろいろあってやらかしちゃって、ここに閉じ込められたんよ で、君が剥がしてくれたおかげで出られたっていうね〜 感謝すぎ!」


「あ......いや、その......」

人間相手でさえコミュ障な俺は、その自称悪魔の馴れ馴れしい言葉に圧倒されてまともな言葉が返せない。


「と言うわけで、なんかお礼してあげるから願い事3つ言って!大きい願い事と小さい願い事2つね? 引き受けるかどうかはジャッジ入るけどw」

「は、はい......?願い......ごと?」


いきなりそんなことを言われても何も出てこない。しかし大きい願い事1つと小さい願い事2つ。――これって結構いい条件なのでは?


 試しに俺は聞いてみる。

「あの......その前にひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「――うん、いいよ!今ので小さい願い事1つってとこかな!」


「んな.......!!」


 ――――やられた......!願い事をする前の質問をカウントされてしまった。


「で、聞きたいことって何?」


「お、大きい願い事って どれくらい大きい願い事なら聞いてもらえるん......ですか?」

 悪魔というのがハッタリだとしても、明らかに人間ではないこの風貌を見て――この自称悪魔の女の子はすごい力を持っているんじゃないかと思った俺は、一応これを聞いてみることにした。たとえそれが大したことでなくても、人生に絶望している俺は、この願い事とらで少しでも何か希望が見えるならと期待してしまっていた。


「うんうんなるほどね、いい質問だね!」

「そうだな......たとえば世界一のお金持ちになるとか、独裁者になるとか 他人に成り変わるとか 偉大な発明家になるみたいな――君が直接世界の均衡を揺るがしたり、歴史を大きく変えちゃうみたいなことはできないかな!」


 いきなり規模の大きいことを言ってきた......!しかしそれは無理らしい。


「じゃ、じゃあ......逆にどんな願い事ならOKしてくれるん......ですか?」


「あれ〜質問が二つだけど〜?これで残りは大きい願い事だけねwww 小さいのはなしwwwww!」

「そ、そんな......!」


 しまった......不覚にも二度目の質問をしてしまった!


「OKラインなやつで言うと、中小規模の会社を持つとか ルックスを超絶かっこよくするとか 運動神経をプロアスリートレベルにするとか ――――」


 確かにどれも魅力的だが今の俺がそんなものを手に入れてもどうにかなるのだろうか......?



「あとは ――――」



とか――そんなとこかな!」



「え......?」

 最後にいたことが耳に響く。



「じ、人生を......やり直せる??」

 俺はまた質問を返してしまった。


「君は質問が多いな〜そう!」

「あ、でもさっきも言ったけど、転生して他人の人生を生きるとか、超絶イケメンになって人生やり直すみたいなオプションは無理だからね〜」



「あと人生をやり直すって言っても、最初からは無理だよ?せいぜい15年程度かな それでもよければね」

「なる......ほど」


 俺は考える......。確かに人生をやり直せるのは魅力的だが、所詮は誰でもない自分自身の人生だ。スペックが同じなら同じ轍を踏んでしまうのではないか?――そう思った。


 それに15年遡るとしても俺は今すでに30歳だ。15年前は高校1年生ってところか?

確かに大人からすれば失われた青春を取り戻すのに十分な年齢だろうが、15歳というのは、すでにそれまでの経験がものをいう年齢になっている。


 ――15年前に戻ったところで、中身がクソな俺がやり直して取り返せるのだろうか?


「なんかすごい悩んでるね〜 見たところ君は負け組の人生を送ってきたようだし、やり直したところでどうにもならないっていうんだろ? でもその考えは賢いね!」


「そ、やっぱりそうだよな......」

 俺はどうしていいかわからなくなる。宝くじ当選よりもありえない状況が起こってもなお悩んでしまう自分のクソさに嫌気がさす。




「――――そんなに悩まれてもめんどいから、2つとも叶えてやってもいいよ?」




「え......!?い、いいのか??」


「うんいいよ〜その代わり、すこーしだけがあるけど」

 自称悪魔の女の子は、ニヒルに笑いながら言う。


「じょ....ってのは!?」

「はい〜質問はもう受け付けません〜!はい か いいえで答えて〜wwww」


「......わ、わかったよ!じゃなくて......は、!」

「ふ、よかろうwww」



 もうこの際条件付きでも何でもいいや......!どうせ今の人生良くなるなら......。



「君は優柔不断そうだから私が決めるよ〜!」

「君に必要なのは対人間力レベルを上げる&学習能力を上げる――これが一番いいよ!もちろんだから、別人レベルで劇的にってわけにはいかないけど、人間ってのはそれだけで長期的に見たら相当生き方が変わるもんだよ?」


 確かにその通りだ。デフォルトの俺でさえも、もっとこういう行動できたよなとか ――わかっているはずでも勇気が出なかったり、それを実践に活かすに至れなかっただけの状況が過去に何度もあったはずだ。


「なるほど....わかっ....いや、わかりました それでお願いします....!!」



「契約成立〜♡」

 自称悪魔の女の子は、再びニヒルに笑いながら言う。――今度は本物の悪魔みたいに。


 


「じゃあ今から私は君をぶち殺して15年前の過去にタイムリープをさせるから、覚悟してね?」

「ぶ、ぶち殺すって......」


 自称悪魔の女の子は突然右手に鋭い大きな刃物を出現させると、それを振り上げた。


「ひい....!」


 色々と展開が早すぎる。本当に人生をやり直せるのか?本当なら願ったりだが、実感が湧かないし何より準備もできていない。それに――――


「あ......!!」



「ん〜?まーた何かあんの??」



「そ、その前にあれ......条件! 条件ってのは結局何なんだ!?」

 危なく忘れるところだった。小さな願い事の代わりとなる条件を聞いておかなければ意味がない!


「あ〜そのことねw」



「まだ教えな〜いwwww 追って伝えま〜す!」

「は、はあ!?」


「じゃあ、ぶち殺します♡」


 やっぱりコイツは......だ。


――――ザクッ.....





◇◇◇◇◇◇◇◇


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