士書になる
1
「はい、作業中はこのエプロンを着けてね……分からないことがあったらなんでも聞いて」
真由美が赤色のエプロンを竜美に手渡す。
「えっと……」
「どうかした?」
「いや、トラックの中に入ったと思ったんだが……気のせいだったか?」
「ううん、気のせいじゃないよ」
「じゃあ、これはなんだ!? このだだっ広い空間は!?」
竜美が周囲を見回しながら大声を上げる。そこには実際の図書館のような空間が広がっていたからである。真由美が口元に人差し指をあてる。
「図書館ではお静かに……」
「と、図書館って……荷台部分よりも明らかに広い空間だぞ、一体どうなってんだよ……?」
竜美が小声で尋ねる。
「ここはちょっと不思議な図書館だからね」
「ちょっと不思議な図書館って……」
竜美が戸惑う。ちょっとどころではないだろう。
「見える人は滅多にいないんだよ」
「そ、そうなのか……」
「じゃあ、龍波さんには今日は図書の貸出と返却の手続きをやってもらおうかな。外に戻ろうか」
「あ、ああ……」
竜美は真由美の後について外に出る。外に置いたテーブルの前に、利用者たちが本を持って、列を作っている。真由美が声をかける。
「お待たせしました」
「これ借りたいんですけど……」
真由美が本を受け取り、本の後ろについたバーコードを機械で読み込む。
「はい、期限は二週間です……次の方……返却ですね……はい、完了しました。またのご利用をお待ちしております。龍波さん、この本をそこの青いかごに入れてくれる?」
「あ、ああ……」
真由美の隣に立っていた竜美が頷いて、真由美から本を受け取り、後ろの青いかごに入れる。
「溜まってきたら、本棚の方に戻すから」
「な、なるほど……」
竜美はしばらく、真由美の手慣れた仕事ぶりを見つめている。比較的長身の竜美からは比較的小柄の真由美のつむじが見える。
「龍波さん」
「なんだ?」
「なんとなく分かったかな?」
「あ、ああ……貸出と返却の手続き作業だな」
「そういうこと」
真由美が笑みを浮かべる。
「大体は分かったけどよ……」
竜美が自らの後頭部をポリポリと搔く。
「それじゃあ、お願い出来る?」
「え?」
「私は他の作業もしないといけないし」
「い、いきなり一人にされてもな……」
「落ち着いて対応すれば大丈夫。さっきみたいに混み合うのは閉館時間が近くなってからだし、その時は戻ってくるから」
「あ、ああ、分かった……」
「お願いね♪」
真由美がその場から離れる。
「おいおい……まあ、やるしかねえか……」
竜美は作業に当たる。
「お姉ちゃん、新入りさんかい?」
老人に声をかけられる。竜美は返事をする。
「えっ……ま、まあ、そんなもんです」
「頑張ってね」
「あ、ありがとうございます……」
竜美は頭を下げる。
「お姉ちゃん!」
「ど、どうした?」
子どもがテーブルに本をドンと置き、声をかけてきた為、竜美はやや驚いてしまう。子どもが笑顔で告げる。
「この本、とっても面白かった!」
「あ、ああ、そうか……ただな、坊主」
「?」
「本は大切に扱え、お前だけのものじゃねえぞ……!」
「う……」
「し、しまった……!」
竜美が慌てる。ついつい凄んでしまった。
「うう……」
子どもが今にも泣き出しそうになっている。
「い、いや……」
「あらあら……」
子どもの母親が寄ってくる。竜美はクレームをつけられるのではと警戒して身構える。
「こ、これはですね……」
「きちんと叱ってくださってありがとうございます」
「へ?」
母親が丁寧に頭を下げてくる。
「ほら、たかくんもちゃんと謝って」
「ご、ごめんなさい……」
子どもも頭を下げる。
「い、いや、次から気をつければいいさ……」
「また借りていいの!?」
「そ、それはもちろん……」
竜美が頷く。
「やったあ!」
子どもがまた本を借りにいく。母親がまた頭を下げる。
「どうもすみません……」
「い、いえ……」
そんなこんなで2時間ほどが経過した。真由美が声をかける。
「龍波さん、お疲れ~」
「あ、ああ……」
「なかなか様になっているじゃん」
「! そ、そうか……?」
「うん」
「ふ、ふ~ん……」
竜美がやや恥ずかしそうに鼻の頭をこする。
「龍波さんが良かったらなんだけど……」
「ん?」
「また、手伝ってくれるかな?」
「え? い、良いのか?」
「うん、人手不足だしね」
「むう……」
「どうしたの?」
「ほ、本当に良いのか?」
「え?」
「お前もよく知っているだろう? アタシが学校で浮いちまっているヤンキーだってことを……」
竜美が俯く。
「ああ……でも……」
「でも?」
「世の中は学校だけが全てじゃないし」
「えっ……!」
「ここでは結構馴染んでいるみたいだし……龍波さんが落ち着ける居場所がここでも別に良いんじゃない?」
真由美が微笑む。竜美が周囲を見回しながら呟く。
「アタシの居場所……」
「それじゃあ、溜まった本を棚に戻してこようか」
真由美がかごを持ち上げる。
「いや、ここは……?」
「熊さんにお願いしたから」
「! お、おおっ……」
エプロンをかけた熊が竜美の後ろに立っている。
「ね?」
「マジで人手不足だな……まあいいか……」
竜美も隣のかごを持ち上げる。二人は中の図書館に入る。
「……本の後ろに貼ってあるひらがなと番号をたどれば、どこの棚のものかすぐに分かるから」
「ああ、うん……」
真由美の指示に従い、竜美が本を棚に戻していく。
「うん、やっぱり二人でやるとすぐに終わるね。じゃあ、戻ろうか」
「ああ、あ、ちょっと……」
「なに?」
「この本は……?」
「ああ、その本は表の棚のやつだね」
「そうか」
二人は外に出る。すると……。
「あっ!?」
熊が豪快に投げ飛ばされて地べたに転がっている様子が見えた。
「ふふっ、やはりこの図書館にある本は特別のようだな……」
黒いシルクハットを被ったスーツ姿の男性が熊の上に腰かけて呟く。
「熊さんになんてことを!」
真由美が男性を睨む。
「紳士的に話をしたのだが、受け入れてもらえなかったのでね……」
男性が両手をわざとらしく広げる。
「……話?」
真由美が首を傾げる。
「この図書館を買い取りたいというお願いをしたんだよ……」
「なっ!?」
「調べによると、君もなかなかの古株のようだね……どうだろうか?」
「そ、そんな話、受け入れられるわけないでしょう!」
「そうか……女性に手荒な真似はしたくはないのだが……」
「むっ……」
「失礼……!」
「ぐっ!」
真由美が男性によって首根っこを抑えられる。
「苦しいだろう? この図書館を売ってくれたまえ……」
「い、嫌よ……」
「何故?」
男性が首を傾げる。
「そ、そんなの決まっているでしょう……この図書館は……誰のものでもない、みんなのものだからよ……!」
「やれやれ、強情だな……」
「おい、手を離しな……」
竜美が男性をキッと睨み付ける。
「うん?」
「うん?じゃねえ、手を離せと言っている……」
「君は誰だ?」
「誰でも良いだろうが」
「……そのエプロン、職員か?」
「そんなことどうでも良い。離しやがれ」
「君が引き離してみたらどうだい? 出来るものなら……」
「そうかよ……!」
「!」
竜美が一瞬で男性との間合いを詰め、男性の腕を掴んで、投げ飛ばす。男性はくるりと一回転して、着地する。
「猫田、大丈夫か?」
竜美が真由美に声をかける。
「な、なんとか……」
「てめえ、やってくれんじゃねえか……」
竜美が再び、男性を睨み付ける。
「ふん……」
「ふざけた真似を……てめえが悪いんだぞ……こうなったら……」
「どうするつもりだい?」
「……ぶっ飛ばす!」
「ははっ、そんなことが出来るのかな?」
「出来らあ!」
「!!」
竜美が男性の懐に入り、男性の襟を掴んで男性を投げ飛ばす。
「へっ……」
「ば、馬鹿な……」
「どうよ?」
「分かった、少々痛い目に遭ってもらうとしようか……」
男性が体勢を立て直し、竜美の方に向き直る。
「出来るのかよ? ……ん!?」
竜美が驚く。男性がどこからかまさかりを取り出したのだ。
「ふふふっ……」
「お、斧!?」
「惜しい、これはまさかりだ」
「ど、どっちでも良い! 刃物とか汚くねえか!?」
「『きんたろう』の力だからね、仕方がないね」
「き、きんたろうだと?」
「ああ、私は本の力を引き出すことが出来るんだ……!」
「は、はあ!? な、なにを馬鹿な……」
「さきほど、熊を投げ飛ばしただろう?」
「た、確かに……」
「そういうわけだよ!」
男性が竜美に迫る。
「龍波さん!」
「おっと!」
真由美が絵本を投げる。竜美がそれを受け取る。絵本には『ももたろう』と書いてある。真由美が声を上げる。
「この移動図書館が見えたあなたも……本の力を引き出せることが出来るかもしれない!」
「そ、そんなことが……」
「とにかく強く念じてみて!」
「わ、分かった!」
「この空間に訪れたばかりの君にそんなことが出来るわけが……なっ!?」
竜美の手になにか武器のようなものが発生するのが見える。竜美自身も困惑しながら手を見つめる。
「こ、これは……」
「ふ、ふん、ももたろうの持っている細い剣で、きんたろうのまさかりに対抗出来るものか!」
「おらあっ!」
「!?」
竜美の手に金棒が発生し、竜美がその金棒を思い切り振るう。思わぬ攻撃を食らった男性が吹っ飛ばされる。真由美が歓声を上げる。
「や、やった!」
「お、鬼の金棒の方を発生させるとは……その発想は無かった……!」
「まだやるか!?」
「くっ、今日のところは退散しよう……」
男性は姿を消す。
「な、なんだったんだ……」
「やったよ、龍波さん!」
真由美が竜美に抱き着いてくる。
「あ、ああ、しかし、今のは……」
「龍波さん、やっぱりこの図書館で働いてよ!」
「え、ええ……?」
「龍波さん、『ししょ』の才能があるよ!」
「し、『司書』?」
「うん!」
「司書って……書を司る人だろう? ちょっと手伝ったくらいのアタシにそんな才能があるとはとても……」
「ああ、そっちじゃないよ」
真由美が首を左右に振る。
「そっちじゃない?」
竜美が首を捻る。
「私が言っているのは、書を士る方だよ」
「ま、まもる?」
「うん、こういう字……」
真由美が士という字を空中に書く。竜美が困惑する。
「そ、それって、武士の士じゃねえか?」
「そう、龍波さんは『士書』の才能があるよ! この移動図書館を守る為に戦って!」
「え、ええっ!?」
真由美のお願いに竜美は面食らう。
ヤンキーJK、士書になる 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます