第2話 そんな話はどうしても信じられないよ

「こころ、それって悪の組織の勧誘かもしれないよ。魔法少女の話ばかりツイスターに投稿しているから、目を付けられたんじゃないの?」

「えー、それなら魔法少女になりませんかってDMが来るんじゃないの?」

「さすがにそれだったらこころも引くでしょ?」

「椎にはDM来てない? 椎もツイスター使っているよね」

「来てないよ。あたしは好きなミュージシャンの話の投稿が多いからかな。それで、こころはどうするの?」


「どうしたらいいと思う?」

「その会社のことは正直言ってよくわからないけど、こころが相談してくるってことは興味があるんでしょ?」

「うん、なんか気になるんだよね」

「大きなビルに入っている会社ってだけで安心はできないけど、いきなり人さらいってことはないんじゃないの。一緒に行ってあげようか?」


「ううん、万が一椎を巻き込んじゃいけないし、ひとりで行くわ」

「怪しげな話だったらすぐに席を蹴ってくるといいわ。それに、なんかあったら向こうの股間でも蹴っ飛ばして帰ってきちゃえ」  

 さすが椎乃。

 

 向こうが男性とは限らないけれど、一応股間を蹴っ飛ばすイメージトレーニングをしたあと、GWが明けたある日、私は副都心のその会社のビルを訪れた。

 DMで打ち合わせていたとはいえ、オフィスの立派さにビビって、場違いな私は追い返されるんじゃないかと心配した。

 幸い受付で丁重に扱われ、第一応接室とプレートに書かれた部屋に通された。

 調度品の豪華さに更にビビっていたら、二人の若い男女が入ってきた。


「初めまして。私は『ティーツィアプロジェクト』の責任者、箕輪青葉です。そして、こっちはあなたを担当するハンドラーとなる、東山五條です」

「東山です。よろしく」

「あ、私はココロン、いや、藤ヶ谷こころと言います。よろしくお願いいたします」

 思わず立ち上がって私はそう言った。

「このプロジェクトは秘匿性が高いので、ココロンさんとお呼びしますよ。さ、座って」

 

 箕輪と名乗った女性に促されて、私はソファーに腰を下ろした。

 それにしても、こんな豪華な応接室でココロンって。

 本名で呼ばないって、何か秘密の組織みたい。秘匿性が高いって言ったし。

「あの、いきなりですみませんが、今おっしゃったティーツィアプロジェクトって何ですか?」

「ひとことで言って、世界を救うためのプロジェクトです」

 せ、世界を救う?


 この人、いきなり何を言い出したんだろう。

「ここのところ頻発している、銀行の金庫での現金紛失事件はご存じですよね?」

「はい、毎日ニュースでやっていますから」

「それは感心。最近の若い人はテレビのニュースなんて観ないし、新聞も読まないのに、さすがは私たちが見込んだだけのことがありますね」

「うちでは夕食のときは、テレビでニュースを観ることになってますから。いや、箕輪さん、そうじゃなくて、世界を救うって」


「あの事件への対処として、秘密裏に立ち上げられたのが、ティーツィアプロジェクトです。『スペシャルバイト社』というのは隠れ蓑で、私たちは自分たちのことをティーツィアと呼んでいます」

「ティーツィアってどういう意味ですか?」

「自分でこう言うのはどうかとは思いますが、『善なる存在』くらいの意味と思ってください」

 善って。


「わかりました。でも、あの事件は警察が捜査しているんじゃないんですか?」

「あれは警察の力ではどうしようもないんです。そこで私たちの出番なのです」

「箕輪さんたちの出番?」

「ええ、私たちは『ウィース』を持っています」

ウィースって?」

「東山君、見せてあげてください」


「見ていてください」

これまで黙っていた東山という男性が、そう言って私の目の前に置かれたコーヒーカップに右手をかざした。応接室に入ったときに出してくれたコーヒーだ。

いきなりコーヒーカップが目の前から消えた。

 驚きで目を見開いていたら、消えたはずのコーヒーカップが、いきなり箕輪さんの両手の中に現われた。


「どうですか?」

「どうですかと言われても、手品ですよね? お上手です」

 私は東山さんにそう答えた。

「これではわかりませんか。それでは」

 そう言って、東山さんは私の横に置いておいた、私のデイバッグに手を向けた。

 

 今度はデイバッグがいきなり消えちゃった。

「ココロンさん、隣の第二応接室へ行ってみてください。ドアを出て右の部屋です」

 教えられた第二応接室へ行ったら、私のデイバッグがソファーの上に鎮座していた。

「これでおわかりでしょう」

 コーヒーカップくらいなら何か細工ができそうだけれど、デイバッグを部屋をまたいで動かすことは手品とは思えないよね。


 デイバッグを持って呆然と第一応接室に戻った私に、東山さんは言った。

「物体の瞬間移動、ご覧になりましたね。私たちはこうした力を持っています。魔法でも超能力でも、好きに呼んでもいいですが、先ほど述べたとおり、私たちはそうした力をウィースと呼んでいます」

 魔法? 超能力? ウィース

 本当にそんなものってあるの?


 いや、今見せつけられたものが、そうなのかな。

「いや、おわかりかと言われても、それが銀行の事件とどんな関係があるんですか? それに、そもそも私となんの関係があるんでしょうか?」

 なんとか頭を働かせて私はそう言った。

「それでは説明しますね」


 箕輪さんの説明はこうだ。

 箕輪さんや東山さんたち、つまりティーツィアのメンバーは、魔法のようなことができる力(ウィース)を持っている。

 今問題となっているのは、物質を瞬間移動できるウィース

 ウィースを持っている人は、持っているだけではなくて、そのウィースの行使も察知することができる。ウィースを受け入れることができる資質のある人に、力(ウィース)を分け与えることもできる。

 そして、ウィースはティーツィアのメンバー以外にも、持っている人がいる。


「ということは、もしかしたら、銀行の事件って、誰かがそのウィースとかいうのを使ってお金をどこかに移動させているということですか?」

「ご明察です」

 箕輪さんがそう言った。

「とすると、このウィースを使った銀行強盗みたいなものですね。銀行の厳重な金庫の外からでも使える力なんですか?」

「いや、このウィースは、目の前のものしか動かせません。それに、銀行強盗で済まされることではありません」

 そう言って、箕輪さんは説明を続けた。


 物体の瞬間移動のウィースは、力の強い人は自分に対しても使える。

 つまり、自分をどこかへ瞬間移動させられる。

 銀行からお金を盗んだ犯人も、それができると考えられる。

 犯人たち(箕輪さんたちは「マールム」と呼んでいるとのこと)は、金庫内に瞬間移動し、目の前の現金をどこかへ移動させている、いや、強奪している。


 さらに問題なのは、マールムは何億円か、何十億円かの金額を手に入れており、それを武器に換える可能性があること。

 大げさかもしれないが、最終的にはその武器を使い、この世界の征服を企んでいる可能性もある。

 単に、強奪したお金で遊んで暮らそうというレベルではないとのこと。


 いやでも、魔法とか世界征服とか、この人は本当に何を言っているんだろう。

 次は魔法少女でも出てくるんじゃないでしょうね。

 瞬間移動は目の前で見せつけられたものの、そんな話はどうしても信じられないよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る