君の死に顔がみたい
廿楽 亜久
顔の見えない彼女
「あぁ、美しい」
「すばらしい笑顔だ」
「愛おしい瞳だね」
薄暗い部屋の中で、男は幸せそうな笑みで、触れていた女の頬を撫でた。
「君は、凛々しいね。男前だ。嫌いではない」
次に触れたのは、端正な男の顔で、これまた幸せそうに眺めれば、満足そうに女の顔の隣に並べた。
「うっげェ……ネッフィー君の賢者タイム。なう。山田くぅーん。一本もいでちゃってー」
部屋に入ってきた大男、
「うるさいぞ。バカ」
「うるさいのはそっちですぅ。毎回毎回、テメェの変態趣味の惚気を聞かされる身にもなれってんだ」
「お前の汚い面を拝まされる方が不快だろ」
「あ゛? 生きてる人間の面がわからねェクセに、俺の顔はわかるとか、これが……愛……?(トゥンク) オ゛ッッゲェ゛~~気持ち悪ッ――」
言葉を遮るように、頬を掠めた弾丸。
撃った張本人は、見事な笑みを浮かべていた。
「安心しろ。殺せばわかる」
嘘ではない、本気の殺気に、多羅氏はやってみろとばかりに舌を出した。
昔から、人の顔がわからなかった。
目や鼻、口がわからないわけではないのに、まとめて顔として認識しようとすれば、靄が掛かったように、認識できなかった。
初めて、人の表情を見たのは、母が死んだ時だった。
美しく、優しい声をしていた母の顔は、黒ずんだ赤と青で染まっていたが、不思議と美しく思えた。
そう、きれいだったんだ。とても。
恋焦がれてしまう程度には。
「まったく……この時間を楽しむために、さっさと仕事を済ませているというのに」
あの不快になるバカは放っておいて、部屋を出ようとすれば、足に当たる小さな頭。
今回の依頼は、珍しいことに、先程の大人たちがターゲットではなく、この小さな頭の方がターゲットだった。
しかも、頭を持って帰ってきてほしいという、戦国時代さながらの依頼だ。
依頼に文句はないが、さっさと袋へ詰めずに、廊下に転がしておくアイツには文句はある。
相変わらず愚鈍な奴だと、小さな顔が見えるように、頭を優しく転がす。
「…………?」
彼女の顔が、どんなものかがわからない。
瞼のある位置を押し広げ、瞳を開き、口角を上げるように頬を引っ張っても、何も見えない。
「なぜ……?」
先程は見えていたはずだと、死体が並んでいる部屋に振り返った時だ。
隣に、首のない少女の体が立っていた。
「――――――」
すぐに銃を空になるまで撃てば、少女の体は、廊下に赤い血だまりを作った。
「さっきの首を落としてきた男といい、失礼な奴らばかりじゃな」
「…………ハァ?」
聞き覚えのない声が聞こえた手元に目をやれば、顔のない頭。
「おいおい……なに漏らしてんだ」
「おいバカ! この生首が話してないか!?」
銃声を聞きつけて、のそのそと現れたバカに、頭を差し出せば、心底呆れたような声が聞こえた。
「ネッフィー君よぉ……特殊性癖に他人を巻き込むのは、マナー違は――――」
パチリと目が合い、瞬かれる生首。
「んぎゃァァァ!?」
直後、多羅氏の投げたナイフが、彼女の頭に突き刺さる。
だが、
「イ゛ッッッい加減にせんかァ!! わしはなにもしとらんじゃろ!!」
「バケモノに何もしてないって言われて信じる奴がいるか!」
「泣いた赤鬼を読んだことないのか!」
「ンなもん教養ある奴に頼め!」
「学がないことに胸を張るな! バカ!」
「バカって言う方がバカなんですゥ!!」
「バカにわかる言葉でバカにしてやっとるんじゃろ!! 感謝せいっ!!」
「…………お前すごいな」
自分が殺した生首と、くだらない口喧嘩をしている多羅氏に、つい感心して言葉を漏らしてしまった。
「あ゛ーつまり、今回の妙な依頼は、変態趣味野郎の依頼じゃなくて、UMAファンからの捕獲依頼だったと」
多羅氏は、大きくため息をつきながら、首を一先ず階段に置いて、穴だらけの体は拘束していた。
「まったく……いくら死なぬ体とはいえ、痛いものは痛いし、血が抜けたら貧血になるのじゃぞ」
そして、生首は生首で、呆れたように、階段の上でため息をついていた。
「こっちは、死ぬと思って首落としてんだよ。痛ェも貧血も知るかよ」
「ターゲットの中に不死の吸血鬼がおるかもしれぬと、少しは考えぬのか」
「考えるか。そんなこと」
そんな特例中の特例なんか、頭が宇宙にでも備わってなきゃ考えてるわけないだろ。
「まぁ、頭にないというなら、仕方なし。なら、さっさと体と頭をくっつけてくれぬか。体を作るのはできるが、疲れる」
「くっつけるわけないだろ」
「電動おろし金でも、首の下にくっつけとくか。似たようなのが、事務所にあった気がする……」
「やめんか。サイコパス共」
「うるせェサイコパス量産機」
事務所へ連絡し、状況を伝えてば、案の定信じてもらえず、笑われるばかり。
自分でも、同じ立場なら同じように笑うだろう。
仕方なく、一度電話を切った後、テレビ電話にして、多羅氏と生首の口喧嘩をリアルタイムで配信してやった。
『社長!? ちょっ!? 社長!! いいから!! 雪見大福食ってる場合じゃないんだよ! 至急ッッ!! 金庫の金横領してトンズラするぞ!?』
カメラの向こうで慌てたように声とノイズ音が響いた後、のんびりした社長の声が聞こえてきた。
ようやくまとも会話ができると、もう一度状況を説明すれば、社長は少し唸るような声を上げる。
さすがの多羅氏も、社長の判断は気になるのか、口喧嘩をやめて、こちらのカメラに目をやっていた。
『まぁ、殺せないなら仕方ない。うちで囲うしかないな。吸血鬼程度で、せっかく致死率100%の評判落としたくないし』
聞いた? 吸血鬼”程度”だってよ。
とばかりに、ジェスチャーをしてくるバカに、揃ってしまったのは、本当に腹立たしい。
「わしを囲っても構わぬが、その前に、そこら男どもに流された血の代金を受け取りたいんじゃがな」
『あぁ、構わないぞ。デカい奴に、血気盛んな奴だしな。そう簡単には死なねぇだろ』
「「おいジジィ」」
無責任に許可を出す社長に、文句を言うが、聞くはずがない。
「じゃあ、あとは若者でドゾー」
「はっ……!?」
こういう時だけ、素早く生首を拘束していた体に乗せると、こちらに少女を放り投げ、素早く距離を取りやがった。
「あやつ、絶対モテぬな……まぁ、よいか」
「なにもよくなィッテェ……!!」
遠慮なく腕に噛みつかれ、振り解こうとすれば、いつの間にか後ろに回っていた多羅氏に拘束され、抵抗できず、歪んでいく視界。
徐々に白く霞んでいく視界に、足から力が抜け、多羅氏に支えられている状態になると、ようやく少女は腕から口を離した。
「満足した感じ? じゃあ、俺の分はいらないってことで」
「んー……まぁ、良いだろう。見逃してやろう。ほれ、膝位貸してやる。ゆっくり寝かしてやれ。特盛チー牛」
「うぃー」
少女は、床に座ると、膝を叩けば、多羅氏は青白くなった顔の根本を、少女の要望通り膝に寝かせる。
物理的に血を抜かれ、唸っている根本の頭を優しく撫でながら、立てかけられていたスマホへ目をやる。
「して、わしを所望したUMA趣味とは誰なんじゃ? わざわざ首を所望したのなら、わしを知っておるのだろう」
『依頼者のことを教えるわけないだろ。信用商売なんだ』
「仲間を売ったジジィが信用とか言ってやがる……」
「そも、わしはこの後、そやつに届けられる予定だったのだろう? それなら、数時間後か、今かの違いしかなかろう」
『……ちょっと待ってろ。連絡取ってみる』
一度切れた電話に、廊下は一気に静かになり、より一層鮮明に聞こえる寝込んでいる根本の恨み言。
「殺してやる……殺してやる……絶対、殺してやる……」
「あらぁ~……ネッフィー君ってば、大胆」
「その情熱を別の方向に向けられぬのか……ネッフィーとやら」
ポムポムと背中を優しく叩けば、また小さく唸った。
「それにしても、ネッフィーとは、珍しいあだ名よな」
「ん? そいつ、死んでないと顔がわからねぇ、ネクロフィアなんだと。だから、ネッフィー」
「ほぅ……それはまた……」
静かに寝息を立て始めている根本を、少女は静かに見下ろすと、
「ふふ……殺せると良いな。殺せねば、また血はもらうがな」
そう優しく言い放つと、慈愛に満ちた手で頬を撫でた。
『つーことで、先方に確認してきたが、殺しても殺さなくてもいいが、そいつの金を払わせろだと』
「…………」
社長の言葉に、起きた根本と多羅氏の視線は、自然と少女へ集まる。
「……人を見世物小屋に入れて、詐欺がバレた挙句、借金背負わされた連中じゃな。そんな奴らに払う金などない」
『まぁ、今のは、2件あった内の片方な』
「2件?」
吸血鬼の捕獲などととんでもない仕事内容が、被る事なんてあるのかと、三人は驚いていれば、社長は何でも無さそうに言葉を続けた。
『おう。片方は、”とにかくそこの吸血鬼を頭を持ってこい”って依頼でな。もうひとつは、”匿ってる奴ら諸共殺せ”って依頼でな』
そのふたつの依頼を合わせて結果、”首を落として持ってこい”という依頼が完成したらしい。
確かに、ただの人間であれば、”頭を持ってこい”と”殺せ”は、同じ意味だが、不死の吸血鬼となれば、話が変わる。
先程まで、一切動揺していなかった少女が、少しだけ頬を強張らせ、画面の向こうの社長を凝視している。
どうやら、もう片方の依頼者も心当たりがあるらしい。
「か、匿ってくれ……!! 元々、囲う予定じゃったろ!?」
「なんだ……急に」
慌てた様子で、社長に懇願し始める少女に、根本も眉を潜めるしかない。
随分と、先程までの態度とは違う。
「今、金がないんじゃ! 家賃取られたら、あと半月、水も飲めぬではないか!」
「…………は?」
「家賃?」
『おう。片方は、大家だからな』
今回の依頼、くたびれ損というものな気がする。
『っつーわけだ。とりあえず、そいつをその大家に連れて行った後に、事務所に連れて帰ってこい。以上』
「いーーーーやーーーーじゃーーーーっ!!」
先程までの落ち着いた様子はどこに行ったのか、今は子供のように廊下に転がって、駄々を捏ねている。
「いや、こっちの方がいやだわ」
「なら、ウィンウィンじゃろ!?」
「いいから、家賃なんかさっさと払って来いよ。不死なら、水飲まなくても死なないだろ」
「死なずともリアルミイラになるわ!! 数十年しか生きぬぬしらと、わしらの家賃にかかる金額は比べ物にならんのじゃぞ!?」
「へいへい。ご長寿トークはここまでにして、お車乗りましょうねーおばあちゃん」
「ぬぁぁ!!!! 人攫いぃぃいいぃいい!!」
「吸血鬼でしょーが。ボケちゃったのぉ?」
駄々を捏ね続ける少女を抱え、車に乗せた多羅氏は、シートベルトをしっかり絞めさせると、無情にもドアを閉めたのであった。
君の死に顔がみたい 廿楽 亜久 @tudura
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