II

 DMを送ってきた父を名乗る人物のことが気になったのには、アカウント名以外にも理由がある。

 プロフィール写真に使われている苺のパフェのアイコン。それが、父と最後に会ったときに食べた巨大パフェだったからだ。


 DMが届いた翌日。私は父を名乗る人物に返信をした。母に確かめたほうがいいという達也の忠告は聞かなかった。


 十年も音信不通だった父から連絡がくる可能性なんて低い。それに、最後に会ったときに父はSNSはやってないと言っていた。だから、このアカウントの相手は父のニセモノかもしれない。


 だけどそれでも……。相手が父だと名乗るなら、そういうことにしてしまってもいいと思った。


《メッセージ、ありがとう。ひさしぶりだね。元気にしてる?》


 そんなメッセージを送ったあと仕事に出かけて帰ってくると、返信がきていた。


《元気だよ。返事をくれてありがとう。》


 短いメッセージだった。だけどそれが、父っぽいなと思った。


 父は、結局再婚したんだろうか。新しい家族は増えた……? 十年ぶりに私を見つけて連絡をくれたのは、どういう気まぐれなのだろう。


 一週間ほど考えて迷った末、私はまた父を名乗る人物にメッセージした。


《お父さん、私、来月結婚するよ。》


 私が送ったメッセージに、返信はなかった。一週間待っても、二週間待っても。


 アカウントの相手がほんとうに父なら、きっとお祝いの言葉をくれるはず。そう思っていた私は、ガッカリした。


 やっぱり、誕生日に送られてきたDMは誰かのいたずらだったのかもしれない。


 私は父を名乗るアカウントをブロックして、届いたDMのことは忘れることにした。


***


 達也との結婚式は、ゲストハウスのチャペルで親族と親しい友人だけを招待してとりおこなった。


 達也との新婚生活が始まって数日が過ぎた頃、突然、実家の母が「渡したいものがある」とうちに来た。


「渡したいものって?」


 お茶を出しながら尋ねると、母が私に紙袋を差し出した。チラッと覗くと、中には包装紙に包まれた箱と封筒が入っていた。


「これ、なに?」

「結婚祝いよ。お父さんから」

「え……?」


 母の口から父の話題が出るのはひさしぶりのことだった。驚く私に、母が続けて尋ねてくる。


「都、もしかして今もお父さんと連絡を取ってる?」

「取ってないよ。連絡先も知らないし」

「そうなの。じゃあ、どこで都の結婚のことを聞いたのかしらね。昨日、突然のお祝いが届いたからびっくりしたのよ」


 母の言葉に、思いあたることがあってドキリとする。

「お母さん、今はお父さんと連絡とってないの……?」

「ここ数年はね。都が二十歳になる頃までは、養育費のことなんかでたまに連絡してたけど。都が大学を卒業してからは、事務連絡もしてなかったの」

「そうなんだ……」

「都が連絡してないなら、共通の友達から聞いたのかもね。大学の友人の何人かには娘が結婚するって話しちゃったし」


 そう言って首を傾げる母をしばらく無言で見つめてから、私は紙袋の中身を出した。

 封筒の中には、ご祝儀と手紙が入っていた。


『都へ

結婚おめでとう。いつも都の幸せを願っています。

父より』


 手紙には、線の細いふにゃふにゃの文字でそんなふうに書かれてあった。


 記憶の中の父の字は、もう少し綺麗だったような気がするけど。手紙をじっと眺めていると、母が小さく息を吐く。


「お祝いが届いたから、実は昨日ひさしぶりにお父さんに連絡をとったのよ。そうしたら、今の奥さんが電話に出られてね。お父さん、今病気で入院してるんだって……」

「入院? なんの病気で?」

「あまり詳しくは教えてもらえなかったんだけど……」

「そう……」


 母の言葉に頷くと、私は包装紙を開けてみた。

 熨斗の巻かれた箱を開くと、ふわっと芳香な香りが漂ってくる。ご祝儀と一緒に送られてきたのは、粒の大きい真っ赤な苺だった。


『都は小さい頃から苺が好きだったよなあ』


 ふいに、最後に会った日の父の言葉が蘇ってきて泣きそうになる。


「お父さん、今も私が苺を頬張ってると思ってるのかな」


 今の私には、苺以外にも好きなものがたくさんある。だけど、父の中での私はきっと中三の夏に別れたときのままなのだ。


 巨大パフェを食べた店で、私は最後に父を傷つけたのに。それでも父は、会わなかった十年間もきっと私を想ってくれていた。


 あのとき、父の再婚に不安になって、つまらない意地を張らなければ、父はもっと今の私のことをたくさん知ってくれていたのだろうか。


 その夜、私は達也と一緒に父が送ってきた苺を食べた。ブランド物の大きな苺は、私が今まで食べた中で、一番甘くて美味しかった。


 苺を食べたあと、私は父を名乗る人物のSNSアカウントのブロックを解除した。

 誰に確かめなくても、それは父のアカウントで間違いない。父が私の結婚を知っていたのは、私がDMで連絡したからだ。


 私は結婚式で撮ってもらった写真をいくつかSNSに投稿すると、父にメッセージを送った。


《お父さん、結婚のお祝いありがとう。

 苺、おいしかったよ。最後に会ったときの苺のパフェもおいしかった。それなのに、ひどい態度をとってごめんね。ずっと謝りたかった。

 SNSに結婚式の写真をアップしました。よかったら見てね。ほんとうは、お父さんにも来てほしかった。

 お母さんから入院してるって聞いたよ。元気になったら、会いに行ってもいいですか?》


 送ったメッセージに、しばらく反応はなかった。

 返信が来たのは、私が父にメッセージを送ってから二週間後のことだった。

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