第6話 挨拶未然
パチパチと火の弾ける音で目が覚めた。
既に日は暮れているようで、暗闇にぼんやりと火が浮かんでいる。
シュナは眼前にある焚き火に勢いよく飛び起きると、火を挟んで座る男から距離をとった。
恐怖を露わにするシュナを一瞥し、男はすぐに視線を火へ移す。
「寝るなら、家の中にした方が良い」
呟かれたその忠告に、シュナは耳元で鳴る鼓動を落ち着かせる。
狼が立ち去った後、シュナは森の中で具合の良い木や石を集めて弓矢を作っていた。しかしどうやらその途中で無用心にも眠ってしまったらしく、シュナの周りに木屑や木の葉が散らばっている。
串に刺した何かを火にかざしている男に向かって、シュナは寝起きの頭で問いかけた。
「……なあ。お前、狼だったりしないか……」
言っている途中で愚かな問いであることに気づき、語尾に向かって空中にかすれて漂った。
シュナの質問とも言えない質問に、男が無言で見つめてくる。
「……人が獣に──」
「あ! いや、違うんだ。まちがえた。昼にな、美しい白い狼を見たんだ。背は灰色の、利発そうな狼だ。瞳が金色だったから、もしかしたらお前が化けたんじゃないかと……思っては、いないが……」
弁明しつつ、向けられた怪訝な視線にシュナは顔を赤くした。
間違えたと言いながら、弁明の内容は自分の愚かな質問を補足するだけのものになっていたからだ。
(何を言っているんだ、私は)
勘違いを恥じて黙り込むシュナに、男が呆れ混じりに答える。
「人が獣に変化するはずがない」
「……」
恥辱に俯くシュナの視界に、頭を落とされ皮を剥がされたヘビが映り込んだ。波打った身は表面がこんがり焼けている。
「……ありがとう」
受け取ると、そのふっくらと焼けた身にかぶりつく。若干生臭いが、空腹に滋養が沁みる。
その様子を眺めて男が一言、
「……警戒心が薄い」
その呟きにシュナは口をピタリと止め、今口にしたヘビの肉を見つめた。
逡巡し、再度肉にかぶりつく。
「良いことを教えてやろうか。私の故国カレンシャには、ルーン魔術というものがある。私のルーンは生命だ。癒しの効果のおかげで、私に毒は効かないのさ」
「そうなのか。俺も氷のルーンを持っていると言われたことがあるが、力の使い方が分からない」
「嘘だ。私のルーンは生命ではない。敵に手の内を晒す阿呆はお前くらいだろうさ。単に、毒が入っている可能性を考えていなかっただけだ」
「……」
「はは。お前も随分抜けている」
シュナは食べ終えると背後に置いてあった木の枝を手に取り、先ほど小屋の中で見つけた小型のナイフで細く削り始めた。
先に尖った石をはめれば、簡易的な弓矢が完成する想定だ。
「お前のルーンは氷か。ルーツにカレンシャの民がいるのかもな。お前の祖先の生まれ故郷を、お前は滅ぼしたのかもしれないな?」
木を削りながら意地悪くそう尋ねたのだが、何の反応もなかった。不思議に思って顔を上げれば、男はシュナの手元を眺めていた。
目が合った瞬間シュナはさっと視線を落とし、再度木を削り始める。
「……私を生かす理由はなんだ。知恵がどうのと言っていたが、それならカレンシャにいる民衆で十分だろう。民家に火は放たれていなかったから、製鉄も服飾も、あそこの技術は人と一緒に残っているはずだ」
「そのうち分かる」
「今知りたい」
顔を上げてそう言うが、今度は目が合わない。
パチパチと音を鳴らす火の中に、削った木屑を放り込む。
「……私の予想では、見世物か妓女か奴隷だ。この外見で妓女になれるのかという懸念もあるが、まあ問題ないだろう。なぜなら私は美しいからな」
「ああ」
「世辞はいらんわ。気色の悪いやつだな。──どうだ、私の予想は当たっているか」
「そのどれかの方がマシかもしれない」
「なら私は好待遇だな。予想が外れて良かった」
木を削りながらそう言うと、男は何か言葉を飲み込んで立ち上がった。スタスタと家へ向かっている。
シュナも立ち上がるとその背に向かって、
「なあ! 私の名はシュナだ。姓はないが、大公ユハイジャの娘だ。お前の名を教えてくれないか」
男は振り返ることもせず戸を開けると、
「寝るなら二階が空いている。動物の餌になりたければそこで寝れば良い」
と言い残した。
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シュナの抗戦 雪田 八朔 @setta_hassaku
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