第2話 虚ろな会議

 頬を叩かれて目が覚めた。


「起き──うえっ、こいつ目が赤……」

「サザ。無駄口を叩くな」


 両手首を後ろ手に縛られ、ついでに両足首も拘束されたうえで、小さな部屋の床の上に転がされている。

 キョロキョロと眼球を動かせば、低い机を挟んで黒髪と茶髪の男が二人、顔は見えないが何か議論している様子が窺えた。


「それで、大軍で向かった成果がそこの不気味な女か。もっとマシな戦利品はなかったのか?」

「カレンシャの財は、物ではなく知恵です。戦利品は女ではなく、女の持つ技術と知識ですよ」

 

 口調からしても、苛立ちを抑えきれていない茶髪の男が、おそらくこの場で最も身分が高い。黒髪の方は、目上の者に対して随分飄々としたものだ。


 頬を叩いたと思われる一本結びの金髪の女は、先程サザと呼ばれていた。

 サザはシュナの髪を掴んで引っ張り、顔を顰める。


「だがこの女は、見た目からして下賤の生まれなのでは? 何か特別な知識を有しているとも思えない。そもそも、碌に言葉も話せないのではないか」


 カレンシャの国民は、大多数が褐色肌に暗い色の髪を持つ。そのためおそらくこの女は、白髪に赤い目を持つシュナを、現地住民ではなく異民族だと考えたのだろう。

 その意見に、それもそうだ、と言わんばかりの沈黙が訪れる。


「チッ。気色の悪い……」

 

 女の持つ金色の瞳をじっと食い入るように見ていると、吐き捨てるようにそう言われた。

 女が乱暴に椅子に腰掛け、茶髪の男はしきりにため息をついている。


 黒髪の男は一人シュナを見下ろし、


「君、何か話してみなさい」

「……」


 シュナはゆっくりと上体を起こすと床を這う虫のように動き、扉付近の壁に背をつけた。

 その状態で、キッと男を睨みつける。


 黒髪のその人物は、シュナが気を失う最後に見た顔と酷似していた。おそらくシュナを連れ去った張本人が、このいけ好かない男なのだろう。

 黙っていてもこの男かあの女に処分されるだけだということは、緊迫した空気が皮膚に伝えていた。


(拷問でもされて情報を漏らす前に死ぬべきだ。だが死ぬにしても、何か言い返してからでないと気が済まない)


 ハッ、とシュナはその場の全員を心の底から嘲弄し、男を睨めつけたまま口を開いた。


「ネクトル トーマ アピス、フォラ ヘルヴィティ!」

(禿げた無学の猿どもめ。地獄に堕ちろ!)


 カレンシャの古代語だ。

 帝国の人間に伝わるはずもない言語だが、罵倒した事実だけはありありと伝わったはずだ。これで何の未練もなく死ねる、とシュナは内心ほくそ笑む。


「──おいアルヴィス」

「アルヴィス。あれは早々に処分しておけ。これ以上は時間の無駄だ」

 

 金髪の女の声に重ねて、茶髪の男がそう命じた。規則的に揺れる足からは、シュナへの殺意が滲み出ている。

 しかしアルヴィスと呼ばれた黒髪の男は、変わらず穏やかな様子だ。


「まあまあ。お二人とも、彼女が何と言ったのか分からなかったのですか?」


 その一言が、むしろシュナの発言以上に場の空気を悪くした。

 ピキリと額に青筋を立てた女を手で制し、茶髪の男が舌打ち交じりに尋ねる。


「何と言ったんだ」


 アルヴィスはふふと微笑み、


「『カレンシャには馬鹿しかいない。私もその一人だよ帝国の麗しき貴族諸君』と」

「はあ? おいお前、私はそんなこと一言も言っていない! 馬鹿はお前だバーカ!」


 シュナの流暢な反論に、しんと空気が静まり返った。ぽかんとする二人。

 アルヴィスの堪えきれていない笑い声だけが、僅かに響いて溶けてゆく。


「……あ」


 自身の愚かな失態に気が付き、さっと顔を青くする。まんまと、しっかり多言語を習得していることが知られてしまった。このままでは一生利用されるだけの人生だ。


 青ざめるシュナとは反対に、アルヴィスはご満悦と言った様子だ。


「彼女、帝国の言葉も話せるようですよ。言語は諸学問の根源でもありますし、母国の古代語も知っているとなると、かなり学があるのではないですか?」

「……」

「しかも、この状況で逃げ出そうとしない冷静さもある。理性と言い換えても構いません。まあ多少、頭は悪そうですが」


 何のためにそこまでシュナを売り込んでいるのかわからないが、アルヴィスが褒めるほど、他の二人が渋い顔になっていく。

 金髪の女が異を唱え、


「だが、カレンシャの祖は戦闘民族だ。そいつの血があの土地で脈々と受け継がれたものなら、武術に多少は長けているかもしれないぞ」

「私の身を案じておられるので?」

「……ちっ。理性があると言えど、自国への愛が強すぎる。帝国の反乱分子となられては困る」

「ですから、私が先ほどから提案しているではありませんか」


 ニコリと非の打ち所なく笑うアルヴィスに絆されたのか、二人が言葉を詰まらせている。


 茶髪の男はふうーっと長い息を吐き、背もたれにドサリと身を委ねると、乱暴に言い捨てた。


「……お前の案を採用する」

「はいではもう帰りますね」

 

 食い気味に返答するアルヴィス。

 アルヴィスを除く二人の顔には疲労が見られ、片手で額をおさえている。


 ギシ、と男が席を立つ音が耳に入った瞬間、シュナは腹から大声を出した。


「近づくな! 何を勝手に私の処遇を決定しているのか知らないが、誰が帝国の駒になどなるものか。帝国人に辱めを受けるくらいなら、今この場で舌を噛み切って死んでやる!」


と威勢よく叫んだは良いものの、開いた口に布を突っ込まれた。


「元気が良いね。俺の所に連れていくだけだ」


 先程とは打って変わって冷たい声と眼差しに、ぐっと言葉を飲み込むシュナ。


 シュナに猿轡さるぐつわをするアルヴィスに、茶髪の男が言い放った。


「独断行動がそう頻繁に許されると思うなよ、アルヴィス」

「毎回許せれているではありませんか」

「調子に乗るなと言っている」


 今度は金髪の女が、


「ところでアルヴィス。そこの女は先ほど何と言ったか、解ったのか」

「ええ。『性根の腐った頭の悪い下等生物どもだ。早く死ね。ついでに禿げてしまえ』と」

「ンンーッ(そこまで言っていない!)」

「正解だってさ」


 乾いた笑い声を立て、アルヴィスはシュナを肩に乗せて担ぎ上げる。

 抵抗した際に少し顔を上げると、アルヴィス以外の二人は、当然であるが静かにものすごくキレているのが見るだけで分かった。

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