「悪いな、秘密だ」2


 ヒース大陸の東側、【鹿しかの村】と呼ばれる場所。若者や老人の数がどちらかにかたよりすぎることはないが、人口は合わせて千人ほど。加えて山奥にあるため、大陸治安維持組織である煌安隊こうあんたいの目もほとんど届いていなかった。


「しかし、平和ではあるな。村もそこまでさびれている様子はないし、出会う者も皆優しい。死獣しじゅうの問題さえなければ、きっと毎日を穏やかに過ごせるだろう」


 指定された山の中へどんどん足を進めながら、リィゼンは言う。俺は退屈という毒に殺されそうだったけどな、とミツナギが文句をたらした。


死獣しじゅうは複数いるそうだ。今回は君も戦うか? ミツナギ」

「ま、必要ならな」

「そう言って前回は何もしなかったが」

「俺が考えるより前に、お前が全部やっちまったんだろうが」

「君は案外、決断が遅い」

「お前は猪突猛進すぎるんだよ」


 やがて、目的の場所に着いた。ここで戦ってくださいと言わんばかりの、ひらけた空間。草や土は乱暴に踏みならされており、周囲の木々は無理やりへし折られている。


「ふぅ……」


 リィゼンは一つ息を吐いて、ここまでの疲労を回復する。そして桜の弓を構え、いつでも矢を放てる体勢を作る。ミツナギは、気の抜けた様子で待つ。


「……」

「……」


 ざわざわと、凪いでいた風が葉を鳴らす。早くここから逃げなさいと、天が優しく息を吹いて知らせているかのようだった。だが、その程度の忠告では、二人は動かない。

 流れる風の中で、邪気と寒気の針が二人の頭をぴんと刺した。探しに行く手間がはぶけたと話していると、幾重にもかさなる足音がこちらに向かってきているのが耳に届く。


「お出ましのようだ」


 リィゼンがそう呟いた瞬間、前方から四つ足の小型の死獣しじゅうが現れた。

 凶悪な獣たちは獲物を前に、牙を濡らして舌を出す。濃い紫色の毛は逆立ち、赤い両目が怪しく光る。


「ほう。群れとは言っていたが、思ってたよりも数が多いな」

「撤退するか? 村まで逃げようぜ」

「いいや。数が多いだけだ」


 ミツナギのたわむれを鼻で笑い、リィゼンは早速討伐にかかった。

 跳んで襲う死獣しじゅうの波に、次々と矢を放つ。口を大きく開けるものには喉の奥を目がけて、突進してくるものにはひたいや眼球に矢が的中する。時には足も使いながら、リィゼンは快調に蹴散らしていった。

 短い悲鳴をあげる死獣しじゅうたちの動きは怪我を負ったことで鈍くなるが、どれも致命傷には至らず、まだ誰も倒れてはいない。


「おい小僧、遊んでんのかぁ? 炎じゃないと殺せねえだろうが」

「わかっている、これは特訓だ。しばらく実践を離れていたからな」


 戦いの中で淡々と答えたリィゼンは、矢の羽根を少しだけ噛みちぎる。そうして飛んだ矢は意志を持ったかのように湾曲わんきょくえがき、うしろから死獣しじゅうの脳天を貫いた。


「うん、満足だ。さて殺すか」


 自身の腕前が衰えていないことを確認し、リィゼンは弓を離した。

 右手を、横にまっすぐと伸ばす。すると腕から黄金の炎がゆらりと生まれ、右手に巻きつく。それはすぐに形を成し、炎の刃となった。

 リィゼンは駆けた。先程とは違い、踊るような斬撃を繰り出す。死獣しじゅうの血飛沫はリィゼンの戦いを彩る花となり、身体はひれ伏すように地面へ落ちる。

 これこそが煌炎師こうえんし。炎を操る者の呼称。煌炎師こうえんしの炎を浴びた死獣しじゅうは、二度と息を吹き返すことはない。


「待て、小僧」


 突然、ここまで傍観してきたミツナギが前へ出た。それに気づいたリィゼンが呼び声に応じようとした瞬間、隙ありと牙を光らせた死獣しじゅうが背後から飛びかかる。だが、ミツナギが伸ばした尻尾によって無念に斬り裂かれた。


「残りは俺に譲れ。お前は引っ込んでろ」

「……? どうしてだ? 私は何も困ってはいないが」

「馬鹿野郎、そうじゃねえよ」


 ふよふよとのんきに進むミツナギを、リィゼンはゆっくり目で追う。


「あの村をクソつまんねえとは言ったけどよ。このまま出ていくのもなんだし、せめて酒と飯くらいは楽しもうと思ってな」

「……なるほど」


 ミツナギはぬいぐるみで、一応三日月のような口はあるが、その上をツギハギに縫われている。物を食べることも飲むことも、〝今は〟できない。


「だからお前らはおとなしく、俺のかてになりやがれ」


 そう豪語する、新たに登場した小さな存在を前に、死獣しじゅうたちはどこか怯えた様子を見せる。人間であるリィゼンと比較して圧倒的に弱者と捉えていいはずなのに、むしろ少しずつ後ずさっていく。


「来ねえのかよ害獣ども。だったら俺が、遠慮なく喰らうぜ」


 死ね。そう呟いてからのミツナギは、あっという間だった。

 伸縮可能な尻尾を器用に動かし、ミツナギは飛び回る。刃で突き、時には鞭のように殴る。炎でしか殺せないはずの死獣しじゅうたちはわめき声と共に、どんどん数が減っていった。

 その様子を、今度はリィゼンが傍観していた。必要ならば援護をするつもりだが、必要なさそうなのでただ見守る。まるで鬼ごっこをする子どもを追いかけるように、ミツナギはゲラゲラと笑いながら、眼下の獣を狩り尽くしていった。


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