「悪いな、秘密だ」3


 やがて……。


「おっ」


 最後の一匹を残したところで、ミツナギは動きを止めた。恐怖の色に染まる死獣しじゅうはぶるぶると震えて、その場から逃げられずにいる。


「溜まったわ」

「そうか、よかったな」

「ああ。これで久々に……」


 言葉の続きを言う前に、ミツナギの小さな身体から影が生まれ、彼を中心に大きく渦巻いた。一体何が起きているのかとうろたえる死獣しじゅうをよそに、影の渦は止んで消える。

 そして、


「……ひっさびさに、この姿になれたぜえええ?」


 豪胆さと残酷さが同時に滲み出るような笑みを浮かべる、人間の姿をした男が、そこにいた。

 二メートルは超えるだろう、たくましい大柄な体格。紫混じりの黒髪に、緋色の鋭い瞳を持つ男性。真紅のシャツにベスト、黒の大きなコートが怪しくなびく。

 これこそがミツナギの、本来の姿。死獣しじゅうを殺し、生命を吸収することで得られるもう一つの顔。しかしある程度時間が経つと、またぬいぐるみに戻ってしまう。


 ミツナギは、前後に刃がついた両刃槍りょうばそうという長柄武器を慣れた手つきで振り回す。目玉が装飾された禍々まがまがしい獲物を前にちぢこまる死獣しじゅう一匹に、じりじりと近づいていく。


「光栄に思えよ? この姿でゴキゲンな俺に殺されるんだからなぁ?」


 見下ろすミツナギの風格は、まさに魔王。それを見上げる小さな死獣しじゅうは、さながら魔王のしもべ。ゆえに歯向かうことなど、決して許されない。

 やがて全てを観念した死獣しじゅうは、敬意と服従を示すように、ミツナギの前で静かにこうべを垂れた。潔い振る舞いに応えるため、ミツナギは両刃槍りょうばそうを上げる。


「俺のもとに還れ。しもべども」


 そうして垂直におろした刃は、死獣しじゅうの頭を貫いて、地面にざくりと突き刺さった。



 + + +



「そうか、討伐してくれたのか。ありがとうリィゼンさん」


 夜になり、無事に戻ってきたリィゼンを迎えた料理屋の店主が、感謝の意を述べる。だが、すぐそのあとに、どこか戸惑うような表情に変わった。


「ええっと……。そのおとなりさんは、あんたの知り合いかい?」

「……ああ、そうだな」


 リィゼンのとなりには、食事と酒を堪能する人間姿のミツナギがいた。自警団から討伐の報酬をいただき、更に食事代をタダにするという店主との約束を良いことに、遠慮なく好きなものをたらふく食う。昼のときにはいなかった大男に色々と疑問をいだく店主だが、彼も功績者の一人だというリィゼンの言葉を、ただ信じるしかなかった。


「はあ〜〜、シャバの空気はうめえし飯もうめえ! おう店主、これもう一つくれ」

「あ、ああ……。わかったよ」


 ミツナギがいま平らげた品を追加するために、キッチンへ引っ込む店主。その背中が見えなくなるのを確認してから、リィゼンは呆れたようにため息をついた。


「店の料理を全て食べ尽くすつもりか?」

「それでもいいんだろ? タダなんだしよ」

「食べ放題とは言っていない。……君は人の姿に戻ると、いつもこうだ」

「うるせえ。普段味わえないんだから、これぐらい大目に見やがれ」


 酒を水のように呑み干して、ミツナギは自分で新しいものをそそぐ。それから、リィゼンのお茶がからになっていることに気づいて、断りなくついだ。


「おい、勝手に入れるな」

「いい加減お前も楽しめよ。せっかく〝酒を呑める年齢の身体〟になったんだからなぁ?」

「……余計なお世話だ」


 何やら意味を含めた言い方をするミツナギに、そっぽを向くリィゼン。からかうように笑ったミツナギは、また豪快に呑んだ。


「お待たせ。ほら、どうぞ」

「おう、ありがとよ」


 店主から料理を受け取り、嬉しそうに口へ運ぶ。その食べっぷりを見ているうちに段々と心地よい気分になったようで、店主は苦笑いを浮かべながら、ふとこんなことを聞いた。


「あんたたち、なんだか不思議な組み合わせだよなぁ。噛み合わないように見えて、一緒にいるのがぴったりだ。……一体、どうやって出会ったんだい?」


 店主の問いに、二人はぴたっと手を止める。

 それから多少間を置いて、ゆっくりと視線を上げ、皮肉めいた顔つきで同時にこう答えた。



「悪いな、秘密だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽の姫 坂牧 祀 @sakamaki-matsuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ