太陽の姫

坂牧 祀

「悪いな、秘密だ」1


 七十年も経てば、世界はどうとでも変わるだろう。

 たとえば全てを巻き込む戦争が起きて、かつて生きていた場所がめちゃくちゃになったとしても、生き残った者が新しい何かを築いてくれる。それまでの文明が衰退しようと発展しようと、時間と現実を受け入れて、人々は前へと進む。

 そして、新しい時代が始まる。


 リィゼンの旅とは、そんな〝新しい時代〟を見て回ることだった。


 黒い髪。黄金の瞳。女性と見間違うほどの綺麗な顔立ちをしているが、身体はしっかりと青年だった。服装は黒のジャケットに、シンプルながらの入った白くて大きな腰布こしぬのを巻いている。年齢は、十九歳。


「なあ。あんたもしかして、最近噂の〝桜弓さくらゆみのリィゼン〟かい?」


 料理屋の店主が、そう声をかけた。

 昼時を迎え、そこそこにぎわう店内。一人で食事を摂るリィゼンの横には、通常よりも一回りほど大きな弓が置かれている。黒漆こくしつが美しく塗られ、桜の花が添えられたものだ。銃器が普及している今の時代、弓を扱う人間はほとんど消えた。なので余計に、リィゼンは目立つ。


「ああそうだ。私に何か用か?」


 飲み物で喉を潤してから、リィゼンは答える。店主の男性は嬉しそうに頷いてから、カウンター越しに話す。


「〝死獣しじゅう〟を討伐してもらいたい。奴らずっとおとなしかったのに、ここ最近になって急に凶暴性を増してな。この村は他と比べて小さいし山奥だから、煌安隊こうあんたいの手が届いてないんだよ。その代わり自警団の結成を許されているが、それでも死獣しじゅう相手には敵わない」

「自警団に〝煌炎師こうえんし〟はいないのか?」

「いないね」


 きっぱりと答えた店主は、残念そうに肩をすくめる。

 リィゼンは最後の一口を食べ終えてから、弓を持って立ち上がった。


「なら、その自警団に話を聞いてこよう。場所を教えてくれるか?」

「おっ、話が早くて助かるね。もし討伐してくれたら、次来たときはタダにしてあげるよ」

「ありがとう。……ごちそうさま」


 場所を聞き、会計を済ませたリィゼンは料理屋を出た。

 小さな田園でんえんと、急傾斜きゅうけいしゃな三角屋根の家々が並ぶ村。籠をかついだ老婆と猫が寄り添うように歩き、少年たちが木の枝を嬉しそうに拾って戦いの真似事をする。

 天気は快晴無風で、ただ一色の青が無限に広がる。遊んだり洗濯物を干したり、何をするにも文句のない、とても美しい空だった。


「おーい、小僧」


 すると、そんな青い空を背景に、ふよふよと一つの物体がリィゼンのもとまで飛んできた。

 ツギハギのぬいぐるみだった。丸い頭部に羊のツノ、爬虫類のような身体。黒いマントを羽織っており、太い三つ編みの尻尾の先には、クナイの刃のようなものがくっついている。

 声を発するぬいぐるみ。それを見上げたリィゼンは、ちょうどよく戻ってきたな、と言ったあとに、今しがた引き受けた内容を伝えた。


「へえ、死獣しじゅうの討伐? この村マジでクソつまんねえから、やることができて助かったぜ」

「なら、散歩はもう終わりでいいか? 早速自警団まで向かうとしよう」


 承諾したぬいぐるみと共に、リィゼンは歩く。そして自警団が控えるという簡素な建物を訪ねて、再度経緯を説明する。普通の人よりは腕に自信のありそうな男性が数人ほど、リィゼンの話を聞いた。


「弓なんて古臭えもん使ってるから、もっと貫禄のあるじいさんを想像してたぜ。まさかこんなちんちくりんなガキとはな」

「おいこら。せっかく協力してくれると言っているのに、失礼だぞ」


 自警団のリーダーと名乗った優しそうな男性は、仲間の無礼を申し訳なさそうに謝罪した。

 リィゼンは首を横に振って応じる。


「別に構わない。だが、見た目以上の働きはするつもりだ」

「本当にありがとう。もちろんお礼はするし、君一人じゃ危ないだろうから、俺たちもついていくよ」

「ああ、いや……。気持ちはありがたいが、私たちだけで様子を見に行ってもいいだろうか?」

「私たち?」

「私と、このミツナギで」


 リィゼンは、自身のとなりに浮くぬいぐるみをさした。

 ミツナギと呼ばれたぬいぐるみに、一斉に視線が集まる。そしてリーダーが代表して、皆がいだく疑問を口にした。


「あの、これは……。死獣しじゅう、ではないよね? なんていうかその……大丈夫、なのかな?」

「まあ、な……。とりあえず危害はないので、安心してほしい」

「この俺に舐めた口利きやがったら、ケツの割れ目を背中にまで伸ばしてやるよ」

「ガラが悪いな、このぬいぐるみ……」


 兎にも角にも、〝桜弓さくらゆみのリィゼン〟の異名を持つ者から任せてほしいと頼まれては、そうするしかないとリーダーは頷いた。


「知っての通り、俺たち自警団には煌炎師こうえんしがいない。煌炎師こうえんしの炎じゃないと、死獣しじゅうは死滅しない。剣や銃で倒しても、そのうち復活してしまう。つまりこのままじゃ、同じことの繰り返しってことさ」

「そうだな。そうならないよう、私たちも最善を尽くそう」

「ひょっとして君は、煌炎師こうえんしなのかな?」

「……。一応な」


 本当かい? と顔をほころばせたリーダーは、より一層リィゼンに討伐を託した。他の者も、それならばと同意する。


死獣しじゅうは群れで行動している。だめだと思ったら、すぐにここまで逃げてくれ」

「もし本当に逃げたりしたら、死獣しじゅうはお前を追って村を襲うだろうけどな」

「……」


 リーダーは睨みつけて、仲間の男を小突く。冗談だよ、と嫌な笑い方で返す男とのやりとりを、リィゼンは無表情で眺める。それから、ゆるく唇を噛んで、


「少なくとも、私のせいで村を危険に巻き込むということはしないさ」


 断言して、桜の弓を握った。


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