太陽の姫
坂牧 祀
「悪いな、秘密だ」1
七十年も経てば、世界はどうとでも変わるだろう。
たとえば全てを巻き込む戦争が起きて、かつて生きていた場所がめちゃくちゃになったとしても、生き残った者が新しい何かを築いてくれる。それまでの文明が衰退しようと発展しようと、時間と現実を受け入れて、人々は前へと進む。
そして、新しい時代が始まる。
リィゼンの旅とは、そんな〝新しい時代〟を見て回ることだった。
黒い髪。黄金の瞳。女性と見間違うほどの綺麗な顔立ちをしているが、身体はしっかりと青年だった。服装は黒のジャケットに、シンプルな
「なあ。あんたもしかして、最近噂の〝
料理屋の店主が、そう声をかけた。
昼時を迎え、そこそこにぎわう店内。一人で食事を摂るリィゼンの横には、通常よりも一回りほど大きな弓が置かれている。
「ああそうだ。私に何か用か?」
飲み物で喉を潤してから、リィゼンは答える。店主の男性は嬉しそうに頷いてから、カウンター越しに話す。
「〝
「自警団に〝
「いないね」
きっぱりと答えた店主は、残念そうに肩をすくめる。
リィゼンは最後の一口を食べ終えてから、弓を持って立ち上がった。
「なら、その自警団に話を聞いてこよう。場所を教えてくれるか?」
「おっ、話が早くて助かるね。もし討伐してくれたら、次来たときはタダにしてあげるよ」
「ありがとう。……ごちそうさま」
場所を聞き、会計を済ませたリィゼンは料理屋を出た。
小さな
天気は快晴無風で、ただ一色の青が無限に広がる。遊んだり洗濯物を干したり、何をするにも文句のない、とても美しい空だった。
「おーい、小僧」
すると、そんな青い空を背景に、ふよふよと一つの物体がリィゼンのもとまで飛んできた。
ツギハギのぬいぐるみだった。丸い頭部に羊のツノ、爬虫類のような身体。黒いマントを羽織っており、太い三つ編みの尻尾の先には、クナイの刃のようなものがくっついている。
声を発するぬいぐるみ。それを見上げたリィゼンは、ちょうどよく戻ってきたな、と言ったあとに、今しがた引き受けた内容を伝えた。
「へえ、
「なら、散歩はもう終わりでいいか? 早速自警団まで向かうとしよう」
承諾したぬいぐるみと共に、リィゼンは歩く。そして自警団が控えるという簡素な建物を訪ねて、再度経緯を説明する。普通の人よりは腕に自信のありそうな男性が数人ほど、リィゼンの話を聞いた。
「弓なんて古臭えもん使ってるから、もっと貫禄のあるじいさんを想像してたぜ。まさかこんなちんちくりんなガキとはな」
「おいこら。せっかく協力してくれると言っているのに、失礼だぞ」
自警団のリーダーと名乗った優しそうな男性は、仲間の無礼を申し訳なさそうに謝罪した。
リィゼンは首を横に振って応じる。
「別に構わない。だが、見た目以上の働きはするつもりだ」
「本当にありがとう。もちろんお礼はするし、君一人じゃ危ないだろうから、俺たちもついていくよ」
「ああ、いや……。気持ちはありがたいが、私たちだけで様子を見に行ってもいいだろうか?」
「私たち?」
「私と、このミツナギで」
リィゼンは、自身のとなりに浮くぬいぐるみをさした。
ミツナギと呼ばれたぬいぐるみに、一斉に視線が集まる。そしてリーダーが代表して、皆が
「あの、これは……。
「まあ、な……。とりあえず危害はないので、安心してほしい」
「この俺に舐めた口利きやがったら、ケツの割れ目を背中にまで伸ばしてやるよ」
「ガラが悪いな、このぬいぐるみ……」
兎にも角にも、〝
「知っての通り、俺たち自警団には
「そうだな。そうならないよう、私たちも最善を尽くそう」
「ひょっとして君は、
「……。一応な」
本当かい? と顔を
「
「もし本当に逃げたりしたら、
「……」
リーダーは睨みつけて、仲間の男を小突く。冗談だよ、と嫌な笑い方で返す男とのやりとりを、リィゼンは無表情で眺める。それから、
「少なくとも、私のせいで村を危険に巻き込むということはしないさ」
断言して、桜の弓を握った。
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