小話 混血純白ゲノム

橙鰐 心助

真珠の生産方法

こんな話がある。

真珠は、人間の血液で出来ているものが存在していると。あくまでも噂で都市伝説なのかもしれない。

ただ、信じざるを得ない僕の体験談がある。


僕の友人、正確にはそいつの彼女さんの話だ。Aさんという。Aさんは特別アイドルとかみたいに可愛いって訳じゃないけど、初対面の僕に対して丁寧に対応してくれる礼儀正しい人だった。

友人も誇らしげな態度でAさんについて話している。出会いとか、気が合うところとか。惚気だった。うんざりとしていると、彼女のある部分に目がいった。耳だ。(たまたま目に止まった。僕にそんな性癖はない。)

ピアス穴が空いている訳ではないらしいが、耳朶に違和感を覚える。その耳朶に何かが詰め込まれているように膨らんでいる。好奇心のあまり、僕は思わず聞いてしまった。

「あの、Aさん。その耳って…」

「あ、気づかれました? 」

Aさんはにっこりと笑って僕を見た。

「これ、生まれつきなんです。 何かを閉じ込めているみたいでしょう?」

確かにそう見える。

「別にAちゃんも気にしてないみたいだから大丈夫じゃね?病気とかじゃないんだしさ。」

友人もそういってケラケラと笑う。そんな話をして僕たちは解散した。


その帰り道だった。

いつも通る廃ビルの向こうから声がした。このビルは数年前に廃墟となったはずだった。

好奇心の赴くまま、声のするほうへ歩みを進める。

進んだ先に、2つの人影が見えた。

「ねえ、大丈夫…?」

「大丈夫だ。…今しないと危ない状況なんだよ。」

女性と男性の声が何かを話している。よく聞こえなかったが危ない話であることがよく分かる。

「……ん?あの声って、」

その瞬間、絶叫が響いた。女の人の甲高い悲鳴。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっっ!!!」

「おい、落ち着け!」

やっぱりその声には聞き覚えがあった。Aさんだった。暗くてよく見えなかったが、Aさんはどこかを必死に抑えているようだった。

人間は脳の信号によって、痛いと感じたところを抑え、少しでも和らげようと抑えるという話を聞いたことがある。これは僕だってやってしまう。無意識、それらの元凶は脳の信号だ。


僕は怖くなって立ち尽くしていると、

からからから……と、足元から音がした。手探りで思わずそれを拾い上げる。そして僕はその場から走って逃げてしまった。

逃げた、というより警察に通報しようと走った。だが、遠くからサイレンの音が聞こえる。近所の人が声を聞いて通報したのだろうか。なおさら僕は走って逃げてしまった。

ようやく家について、手のひらを開ける。

きらきらと光る、真珠があった。


次の日、友人はやつれたような顔をして僕に声をかけてきた。なんでもAさんから別れ話をされ、一方的に振られたのだという。

僕はあの時のことを話そうかと思ったが、その前に友人を慰めるのが先だろう。その日の夜、僕は友人を連れて居酒屋に行った。

ネットの評価だけを見て決めた初めての居酒屋だった。なんでも、刺身が有名らしい。

居酒屋に入ると、水槽があり、たくさんの魚が泳いでいる。中でも貝がいくつか入った水槽を覗き込んでみた。膨らみのある貝が水の中に静かに入っている。

「いらっしゃいせー。あ、おにーさんそれ気になります?」

僕が見入っていたのか、店員さんが声をかけてきた。

「あ、ええっと…」

「こいつ、アコヤガイって言うんですよ。貝柱が食べれるんです。うちでは出してないんですけどね。」

「え?なんでですか?」

友人が聞く。どうやら僕と同じように水槽を見ていたようだった。

「んー。事件が原因っていうのもあるんすけど、アコヤガイって真珠を作るんですよ。貝に異物が入ったり細胞が離れちゃったりしたせいで袋?みたいなのが作られるんですよ。そして、層が出来あがっていくことで真珠が作られるんです。」

「事件?」

友人が聞き返す。僕はスマホで検索をかけた。すると、一週間前のニュースがヒットする。

店員さんがいつの間にかスマホの画面を見ていたらしく、ああ、これだ!と画面をタップする。

[アコヤガイ、人間のゲノムと同等である事が発覚!? 違法販売の被害多発]

ざっくりとした内容は、つい最近人間の遺伝子とアコヤガイの遺伝子がほとんど同じ反応を示したと研究によって発覚したらしい。

それを知って人間を実験体として真珠を養殖させ、それらを売りさばくという事件。

その実行犯と被害者は見つかっていないとのこと。

「おにーさん達も気をつけてくださいね。……あ!席ご案内します!二名様ですー!」

店員さんが声を上げた。僕たちは案内された席へ移動する。

「なんか変な事件だなー。お前も気をつけろよ?まあ、お前なら大丈夫か!」

あの時のようにケラケラと笑う友人。僕はまったく笑えなかった。

昨日のAさんらしき人の絶叫、アコヤガイのゲノム、真珠の養殖……まさか、まさか。そんなことが有り得るはずがない。

人間の血液であんな真珠が作れるか……?あんな吸い込まれそうな純白の真珠が……?

僕はさっきの話を思い出した。異物が入った時、細胞が離れたとき、袋が作られる……。

それらを全て人間の構造、特に耳の特徴や性質に当てはめる……。


これで僕の体験談は終わりです。

すいません。説明が下手くそで。……この話、信じてもらえないかもしれないですけど、とりあえずこれを見てください。

きれいな真珠でしょ。…今回の件に応じたのはこれを見せるためでもありました。

ほんものかどうか分かりません。いや、知りたくもないですよ。ただ一つ考えたんですが……

耳から白い糸が出てくる、っていう都市伝説聞いたことありません?まあ、角栓が糸に見えるってだけなんですけどね……笑

知ってますか?

アコヤガイって岩礁に足糸をだして自分の体を固定して生活してるらしいんですよ。

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