灯台守
天川
第1話 戦間期という時代
……こんな時代に戦争など始めるような余裕のある国など無いと思っていたのだが、実際その通りであったようだ。どこぞの自称民主主義の共産的独裁国家が、隣国の領地である小さな無人島を「俺のもんだ」と言い出し実効支配を始めたというニュースが世界を駆け巡ってから、かれこれもう十年にもなる────。
島を奪われた側の国民は最初こそ断固阻止、武力奪還も辞さないという態度を前面に出していたのだが、いかんせんこの不景気なる時代。
遠くの領土よりも目先の生活、戦時体制の拡充で税金が上げられるよりは遺憾の意を示すに留めて無用な血を流すことを良しとしない……という建前での姿勢を見せつつ、内情は単に日和って我関せずを決め込んだ平和ボケ体質という国民性が浮き彫りになっただけであった。
以降、両国は名ばかりの戦争状態ということになっているのであるが、今のところ銃弾が飛び交ったり、国交を封鎖したりなどということもなく表向きは第三国を介して平和に付き合っている。
とはいえ、各国の思惑の渦巻く緊張感張り詰める海域にあっては、国民の無関心を他所にその主導権を巡って、あちらこちらで水面下での激しい攻防を政治的に繰り広げていた。
先の二国間領土問題においても……、侵略された側の政府は当事国による直接解決を早々に諦め、双方に影響力のある第三国に仲裁を丸投げすることで当面の衝突を避けるという……なんとも玉虫色の結末を見るに至った。
どさくさでぶん取られた領土については、件の第三国の強力な睨みを受けて手放しまではしなかったものの有効な活用もできないまま、殆ど死に体の有り様で放置され、現在は衝突のようなものは起こっていなかった。
以来、その海域は一応の平和を得ていた──。
そんな緊張感を生む国家の領土問題に
これら島々は、双方の領海の隙間に細く入り込んでいる第三国の領土であり、かつて領海を接する両国の首脳が突発的な衝突を避けるための緩衝地帯として敢えて手を付けなかった不可侵の領域でもあった。そして今に至るまで、この名も無き小さな島々のお陰で双方の国は第三国の仲裁とお世話にもあやかることができているのである。
詳細までは知らないが、どうやら世界にはこんな緩衝地帯を生んでいる小さな島が数多くあるという。どれも隣国同士ではなく、全く関係ない第三国に敢えて譲り渡し領海線を分断することで紛争を回避しているという。
一方、前述の奪われた島というのは、隣国同士で直接主権を主張していたために揉める原因となってしまっていたのだ。
もちろん、長い歴史の中では「こんな面倒くさい事、辞めちまおうぜ?」という国主が稀に現れて、お隣同士で仲良く領土を割譲した例が他にもあったらしいが……それらは例外なく数年後に政治的対立や実際の戦争に発展したりしていた。
人でも国でも、家庭であっても……ある程度距離が離れていれば大きな問題にはなりにくいものである。大騒ぎする場合は、大抵が隣近所同士であることのほうが多いのだ。
世界に点在する島々は、そんな貴重な教訓のおかげで今もその役目を全うしている。
そんな、国家の存亡に関わるような重責を負いながらも現場は極めて平穏な、とある小さな島。
見渡す限り、360度……海
ここは本国より遠く海に浮かぶ孤島、通称『
そして、この島の灯台を管理する灯台管理官
────それが私だ。
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