*
「!」
「みんな聞いてたと、思うんだけど。そもそも、祟りって……なんですか? そんなもの、この町にあるんですか」
今度こそ重苦しい沈黙が降りた。これは本当にどこぞの小説のように、村ゆかりの祟り伝説や怪異の噂があるのか――と忠は身構える。
しかし。
「いや、それなのよね……」
「叔母さん、何か知ってるの?」
「いいえまったく。全く知らないからこそ困惑してるの。祟りもカカ様? も初めて聞いたわよ。何それって感じ」
「えっ」
「そもそも母さん、祟りと神とか、そういうの信じてるたちだったかしら。一番母の様子に詳しいのは楊梅に住んでる賢一さんたちよね。何か知ってます?」
いえ、聞いたことがありませんね、と賢一が首を傾げながら言う。おまえは、と父親に問われた幸也が、残念ながら俺もよく知りません、と付け加えた。
「そもそも月子様は特に信心深い人というわけではなかったよな。父さん」
「ああ。……まだ楊梅町が榛摺村だった頃に、軽い気持ちで踏み入れると祟りがあると言われていたらしい山々を、次々開発していったのは月子様ですから。ケイビングで人気の、この屋敷の裏山は残していますが。もはや物置と化してますが、蔵もあることですし」
京嶌邸の後ろに聳える大きな山のことだろう。なんと、屋敷の裏山も観光資源に使っているらしい。徹底している。
「ふーん、で、古い村にありがちな言い伝えが残っていそうな山々を次々潰していった月子様は、祟りには?」
「まあ、普通に考えて遭っていないでしょうね。でなければ病気が見つかるまでぴんしゃんとしてらっしゃらないはず」
もっともな話だった。また、山の開発工事中に不審な事故で人が死ぬようなことも、特にはなかったらしい。
「しかし、祟りはともかく、カカサマとやらはなんなんだ? その、言い伝え? とやらの山の神か何かなのか?」伯父が首を捻る。「母さんの母親が、何か祟るような何かになっていたりするのか?」
「ああ、母親を『かか』と言うこともあるものね。うーん、母さんの母親が、人を祟るような何かにねえ……そういえば母さんから昔の話って、ほとんど聞いたことないかもしれないわ。思った以上に親のことって、よく知らないもんなのね」
でも、とそこで叔母が首を傾げる。
「――それでどうして陽葵ちゃんだけ、祟られるから帰れ、って話になるのかしら」
「それは……」
伯父も、勿論他の誰も答えられずに気まずげに俯く。
再び重苦しくなった空気に気がついたらしい陽葵が、「まあ別に大丈夫です」と言った。
「どうして帰らなきゃいけないのか、おばあちゃんが目を覚ましたら直接聞きます。どうせ、二日くらいは町の観光がてら泊まっていく予定だったんだし。ね、お兄」
「え? ああ、うん。そうだな」
「そうよね、そうしなさいよ」叔母が同調する。「祟りなんてこの現代でバカバカしい話だし、せっかくきたのに帰れって言われて、大人しく従う必要もないわよ。あたしたちだって『カカサマ』が何か気になるし、ついでに陽葵ちゃんに聞いてほしいわ」
「もとからその辺も聞くつもりだったよ。気になるもの」
「抜け目ないわね、陽葵ちゃん」
――カカサマとやらが何で、祟りとは何なのか。
しかし、伯父も叔母も賢一さんらもよく知らないらしい、得体の知れないその名について――陽葵が祖母月子に尋ねることは叶わなかった。
なぜならその夜、祖母の容態が急変し、昏睡状態となってしまったからだ。
2
「――京嶌月子さんは毒を摂取した可能性があります。部屋の水差しの水に、毒が入れられていました」
居間には、二人の男が並んで座布団に座っている。伯父によって居間に通された、地元の警察署から来た刑事だった。
診察した主治医の伊藤が警察を呼ぶべきだと判断し、調べてもらったところ、なんと、祖母の部屋に置いてあり、祖母が愛用している水差しに毒が仕込まれていたらしい。容態が急変し、昏睡状態になったのも、病気の進行と言うよりは毒物のせいだろうという。
それを聞き、「そんな」と声を上げたのは叔母だった。
「母は末期の癌なんですよ? どうしてわざわざ毒なんて。自分で飲んだにしても、他人に飲まされたにしてもおかしいでしょう」
「娘さんの京嶌敦子さんでしたね。それは我々も同感です。言い方は悪いが、たしかに月子さんはそのままにしていても近いうちに命を落としてしまうであろう方だ。それなのに、何故か毒で昏睡状態に陥った。これはたしかに、不自然です」
「なら……」
「――ただね、娘さん、こうなってくると調べない訳にはいかないんですよ。警察としてはね。殺人未遂だったとしたら、犯人がいるということになりますからね」
あくまで淡々とした正論に、叔母が押し黙る。
代わりにとばかりに、賢一が壮年の刑事を見て釘を刺した。
「京嶌家としても、捜査が必要であることは承知しております。ただ、無理な捜査はなさらないで下さい」
「わかっておりますよ。我々とて楊梅町民。天下の京嶌家に睨まれたくはないのでね」
ただね、調べるところはきっちり調べさせてもらいます――と刑事は続ける。鋭い眼光だった。
「何せ京嶌月子さんは楊梅の町民にとっては、豊かにしてくれた恩人だ。誰かに害されたかもしれないとあっては放ってはおけない。詳しく調べなきゃならないんだ」
「それは、もちろん。ありがたいことです」
伯父が叔母の肩に手を置き、身を乗り出す。「京嶌家一同ももちろん、捜査の邪魔をしたりは致しません。な、敦子」
「ええ……ごめんなさい。あたし、取り乱して変なことを言ったみたい」
項垂れる叔母に「いいえ」と首を振った壮年の刑事が、横にいた若い刑事を横目で見る。
慌てて立ち上がった若手の刑事が、「では順番にお話をお聞きしますので、長男の勝也さんから別室に移動していただけますか」と言った。とりあえずは親世代から話を聞くつもりらしい。
それならばこの中で一番年下の忠と陽葵の事情聴取は自然と最後ということになる。
呼ばれるまでどうしていよう、と忠が陽葵と顔を見合せたところで、呼ばれた賢一が振り返り、「しばらく、そこらへんを散策していたらどうかな」と言った。
「屋敷の中で閉じこもっているんじゃ退屈だろう? 裏山も道はそこそこ整備されているから、上まで行かなければそう危なくないよ」
「え、でも。いいんですか……」
忠はちらと刑事二人の様子を窺ったが、彼らとしては特に何かを言うつもりもないようだ。問題はないということだろう。
「中腹の辺りには京嶌の蔵もある。倉庫みたいなところだし、がらくたばかりではあるが面白いよ。陽葵さん、たしか、そういうの好きなんだろう?」
「名家の蔵探検ってことですか? ……確かに、気になるかも。なんかドラマみたいで」
「おい、陽葵……」
ドラマがサスペンスドラマを指していることに気がつき、忠はさすがに不謹慎だろうと妹を睨んだが、賢一が「確かに、いい気分転換になるかもしれませんね」と朗らかに言う。
「今、管理しているのは私なので、鍵は渡しておきます。暇潰しにはなるでしょう」
「ありがとう賢一おじさま。お兄、行こう!」
「えええ……」
陽葵に引きずられるようにして外に出る。
そして門まで辿り着いたところで、後ろから、「事情聴取の番が来たらライン電話するからね」と叔母の声が追いかけてきた。
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