第2話 新地
「ふう、長かったわね。ってそれにしても何よこのボロい駅は!」
「うわー、俺たちが知ってる駅じゃないねー」
「つかこれは最早穴だろ」
三人が到着したと言われ降りさせられたところは駅…といって良いのか、いや、いけないレベルであった。電灯は10メートル間隔くらいで置かれているランタンで、点字ブロックすら無く、床は土で壁すら土、つまり掘っただけである。他にいた子供達も同じような反応をした。
「とりあえず階段を登ろうよ。ここは一応石だから」
「地下鉄に石だなんて聞いたことねぇぞ…」
「同感よ」
三人は地上を目指して階段を登った。
「…ねぇ。何これ」
しかし階段を登った先は三人が思っていたような状況ではなかった。地上ではなかったのだ。掘っただけのところにテントを張って暮らす人々がそこにいた。
「マジでどういう状況なんだよ」
ミルフィンは自分が知らないことがあったことに驚いた。もちろん、彼は世の中の市を全て知っていると自負しているのではない。人間が地下で暮らせることに驚いたのだ。それほど、圧巻であった。住居はテントを張っただけなのにも関わらず、その横では野菜が育っている。歩き進めると地上世界で言うと池のようなものがあって、その中には見知った魚が沢山いた。そして人々は幸せそうだった。人間は太陽の光を浴びずともここまで暮らせるものなのか。
「なんか…凄いわね。地中で暮らしてる人々がいただなんて。マフィンは知ってた?」
「…俺もしらねぇよ。もっと早く知りたかった。こんなに面白そうなところ」
「マフィンが目輝かせてるよ。美味しそうに見えてるのかな」
「あんた、いつか太るわよ」
エルディーゼがそう言うとミルフィンは農作業をしているおばあさんに近づいていった。
「こんばんは、突然すみません。何か特別な肥料とか使ってらっしゃいますか?」
「ん?あらあら、もしかして地上から疎開してきた子?よく来てくれたわねぇ。そうかいそうかい。気になるかい」
おばあさんの言葉にミルフィンが力強く何度もうなづいた。
「あんなマフィン初めてみたわよ」
「僕も」
エルディーゼとモルシャーナが小声で言葉を交わした。
「今からそうねぇ…100年くらい前かしら。世界大戦があったことは知ってるわよね?」
「はい。知っています」
「この国は参戦しなかったんだけどねぇ、政府のお偉いさんたちが今度また再び同じような戦があったらどうしよう、ということでねぇ、子供達が安心して暮らせる住処を探すことになったのよ」
「そんなに前から?でも当時はそんなに文明は発達していなかったはずじゃ」
「えぇ、そうね。でもそれは『歴史』なのよ」
「どういう…ことですか」
ミルフィンは眉を顰めた。
「あなたたちはもうこれを見てしまったから特別に教えるけどね。当時もうこの楽園を作る技術はあったのよ」
「え?」
「でも当時は世界情勢がピリピリしていてね…少しでも技術を見せると戦争が起きるんじゃないかって気が気じゃなかったのよ。だから当時の政府は隠したのよ。その技術を。平和のために」
「…無闇矢鱈にその技術を盗まれて兵器として使われたら…困るからですね?」
「あなた賢いのねぇ。その通りよ。でもね、世界大戦が起きてそんな呑気なことを言ってる場合ではなくなったのよ。政府はここを作って、当時ダムの建設で住処を奪われたりした人間を対象にここに移り住むことを提案したのよ」
「それを言ってしまっては元も子もないのでは?」
おばあさんは微笑んだ。
「あなたは将来の子供のために協力をしてください、と言われたことがある?」
「いえ」
「結構ね…効くものよ。私は二十歳の時に言われたわ。ここはね、二十歳になったら外に出れるかどうかが決まるの。その時に意思決定をしないといけないんだけど、今まで誰一人として出たことはないわ」
「そうなんですか」
おばあさんは大きくうなづいた。
「話が戻るけど、この農作物を作るのに肥料は使ってるんだけど、地上とは少し違うものなのよ。サンニウムが入っているのよ」
「何ですかそれ」
「太陽の効果を補ってくれるの。この物質はね」
「そんなものが…!」
おばあさんはミルフィンの年相応に輝いた顔を見て微笑んだ。
「もし良かったら一緒に農業してみる?一日。私も多少楽になるし!」
「お願いします!」
ミルフィンが大きくうなづいた。
「ねぇ、私たち完全に蚊帳の外なんだけど」
「そうだね」
「微笑ましいですね」
二人が慌てて振り返るとそこには紫色の髪の毛を持った美しい女性が立っていた。漆黒のワンピースが彼女の美しさを際立たせている。
「彼の分のキャラケース、私が待ちますね。テントまで案内します」
「…あ、よろしくお願いします!」
二人はそう返事をした。
「本当にあいつ楽しそうだったね」
「そうだね」
火の前で二人は椅子に座っていた。塩が塗された鱒が焼かれていた。
「マフィン何時に帰ってくるのかしら」
「知らなーい。でもそろそろ帰ってくるんじゃない?今もう二十時だし。つか甘いもの食べたい」
「はぁ…我慢しなさい。どれだけ探し回っても砂糖だけは無かったでしょう」
「地下だから取れないのかなぁ。マジでショック」
「ないものはない。しょうがないわ。私はきちんとわかっているのよ」
「わかったよ…」
そう二人で話していると足音が近づいてきた。
「あ、マフィンじゃないの」
「やっと終わったの?」
「ああ。実に興味深かった」
「それなら良かった」
エルディーゼは微笑した。
「あ、荷物ありがとうな」
「なんかちょー美人さんが運んでくれたわよ。まぁ私の方が美人だけど」
「はいはい。明日お礼言わなくちゃな」
「あんた、そういうところはしっかりしてるのね」
「お母さんがうるせーんだよ」
「あらそうなの。ってちょっとモルシャーナ!マフィンの分の魚を食べようとしない!」
エルディーゼはモルシャーナの頭を引っ叩いた。
「そうだぞー、今俺腹が減って死にそうなんだ」
「そりゃそうだわ。農作業って大変だもの」
「お前はお前でそういうところは理解あるよな」
「当たり前よ?私は王女になるんだから!」
「はいはいそうですか」
「ちょっと軽く受け取らないでよ!!…まったく。あ、そうだ。お風呂は入ったの?」
「向こうで入らせてもらったよ」
「あらそう。なら良いわ。ほら、食べなさい」
エルディーゼは二本持ち上げて片方をミルフィンに渡した。
「どーもありがとう」
二人は鱒にかぶりついた。モルシャーナはそんな二人を羨ましそうに見た(自分はすでに食べ終わっているのにも関わらず)。
「それにしても驚いたわね。こんな地下都市があっただなんて」
「あぁ。マジで心臓飛び出るかと思ったわ」
「それにめちゃくちゃ広くない?」
「それな。こんなにも大人数が新たに入って大丈夫なのかと思ったが余裕だった。なんならまだまだ土地が余ってる。それに食料が十分にあるんだ。こりゃマジでとんでもねぇものを政府は隠してやがった」
「隠蔽力すごいねー」
「あぁ…本当にな」
ミルフィンがモルシャーナの言葉にうなづいた。
「はぁ…でもちょっと寂しいわね」
「何が?」
「昼夜の移り変わりが見られないこと。ここじゃ一生時計を信じて動かないといけないでしょう」
「まぁそれはそうだな。まぁでもここの人からすりゃもう全員が太陽の光だなんて浴びたことがないし見たこともないんだろうな」
「そうね。ここの人たちにとってはこれが普通なのよ」
そうエルディーゼが行った瞬間モルシャーナがいきなり姿勢を正した。
「そういえばここには砂糖が無いんだよ〜、どうしてだと思う?マフィン!」
「…そりゃあ…必要無いと判断されたんじゃねぇか?真相は知らんが」
「酷すぎるよ…」
「こんなところじゃギリギリまで削ってんだろ。我慢しろ」
「うぇーん」
「緊急事態宣言が解除されれば元のところに帰ることが出来るだろうしな」
「うん…そうだね」
緊急事態宣言が解除されれば。元の生活に戻ることができる。
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