輪廻の悪魔

アナーキー

第1話 輪廻

 2023年6月。ニノン政府が緊急事態宣言を発表。

 「速報です。ニノン政府が先程、緊急事態宣言を発表いたしました」

ある少年はテレビを切った。

「なんなんだよ緊急事態宣言って。どうせ悪魔なんているわけないの…に」

同日、ニノン初の悪魔による人間の殺害が起こった。

 同日首都アルジャスディスにて、軍隊による協議及び報告会が開かれる。

以下は交わされた内容の抜粋である。

 2014年、石跡が資源大国であるサスタン王国にて発見。現在使われていない解読不可能な文字のようなもの書かれているということで調査開始。その後当国にて次々に同じ文字のようなものが書かれている石跡が発見。

 2018年末に全貌が明らかにされ始め、2019年当国がサリファー王国と悪魔崇拝の存在を発表。それにより悪魔崇拝が広がる。

 2020年悪魔教会の最高権力者、ユズルヒ・ドゥウィルスを中心にサリファー王国の復活を求めて挙兵、様々な国の軍隊のエリートもいたためサスタン王国の中のサリファー王国があったとされる領地が占領される。同年に国際連合にて国家承認をするよう呼びかけるも民間人が虐殺されたことなどを理由に全ての国がせず、国際的に孤立。

 2021年、世界各地で黒い霧のようなものが飛び回るのが確認される。同年にユズルヒが悪魔が現実にいることを主張。

2022年、世界各地で人が失踪する時間が多発。同年末に失踪した人の家の周りでよく黒い霧が確認されていたことを理由に黒い霧の正体を協力して明かすことを約束する条約が締結。世界の143カ国が加入。

2023年、様々な検証の結果、悪魔の存在が正式に認められる。

 ニノン政府は緊急事態宣言発令後、未成年を対象に田舎に分散させることを発表。

 アルジャスディスの隣の市、サマランジーにて。

「ミルフィン、お母さんとの約束よ。この一ヶ月は絶対に向こうの家の外には出てはいけないからね」

ミルフィンと呼ばれた少年はお母さんに手を握られたまま話されていた。

「えぇ…?どうせ悪魔なんていないって。仮にサリファー王国?があったとしても千年以上前だって言われてるんでしょ?その後に何も無かったとかありえないじゃん。なのに何も無かったってことは悪魔はいないってことだよ」

「あんたね、今はそんなこと言ってる場合じゃないの。あんたが頭が良いことは重々承知よ。トンビがタカを産むとはこのことだと思うわ。でもね、あの腰抜け政府がこんな大々的なことをやり始めたということは相当にやばい状況なの。あんたもわかってるでしょ」

「なんか金銭でも絡んでんじゃないの」

ミルフィンは仰け反った。

「バカおっしゃい。そんなことがあったら反乱じゃ済まされないわ」

ミルフィンの母、エルビャバは自分の時計を見ると握っていたミルフィンの手を離した。

「電車が来るわ。良い?絶対に体を外に出したらいけないからね」

「もーはいはい。わかったから」

「お友達作るのよ」

「どうせ俺の話わかんないから別にどうだっていいよ。友達なんて」

エルビャバはため息を着き、そのあと微笑んだ。

「良い?ミルフィン」

「何」

「世界は広いの。私だって運動神経が良すぎてずっと友達がいなかったけど、良い人に出会えた。お父さんのことよ。だからね、ミルフィン。絶対に良い人に出会えるわ。それにね。お母さん今、凄く良い感じがしてるの」

「どんな?」

「この集団疎開がね、ミルフィンに何か良い刺激を与えてくれる感じよ」

「は?何それ意味わかんない。どうしてそれがわかるのさ」

ミルフィンは眉を顰めた。

「勘よ。良い?人間にも本能、ってやつはあんのよ」

「はぁ?」

遠方から微かに壁に反射された音が聞こえる。

「電車が来たわ。じゃあね、元気でやるのよ。すぐに迎えに行くからね」

「はいはい」

 ミルフィンは電車に乗った。

「割と人いるな」

ミルフィンは空いていた角の席に座った。ミルフィンは電車の中を眺めた。普段であれば大きく外(地下鉄なので外、といっても壁でしかないが)が見られる窓や扉の窓は鉄で塞がれ、地下鉄であるのにも関わらず電気は常夜灯のみが付いており、六月といっても気温は28度を変えているのにも関わらず冷房はついておらず、サーキュレーターが設置されているのみだ。どう見ても節約しているとしか言えない状況である。

「なかなかに削ってんな…」

ミルフィンがそう呟くと肩をトントンと叩かれた。

「ねぇ、マフィンとモンブランだったらどっちが良いと思う?」

「あ?」

横を見ると目を大きく輝かせてミルフィンを見る金髪の少年がいた。

「ねぇねぇ、どっちが良いと思う?」

「知るか」

「ねぇねぇ!」

依然、金髪の少年はミルフィンを見つめたままである。

「…はぁ、そんなもん体に悪すぎて吐きそうだから食べたことねぇよ」

「え!?無いの!?頭おかしいんじゃないの!?」

「なんだとテメェ」

ミルフィンは拳を作り指の骨が出っ張っているところを金髪の少年のこめかみに当てぐりぐりと押した。

「痛い!!痛いよ!!やめてよ!!」

「初対面の人間にそんなこと言うやつの方が俺は人間性を疑うけどな」

「だって本当のことでしょ!?つかまさかお菓子食べたことない系??ケーキは?」

「ない」

「クッキーは?」

「ない」

「ゼリーは?」

「ない」

「グミは?」

「ない」

「飴は?」

「ない」

「クレープは?」

「ない」

「はぁ!?信じらんない!!!どうやって生きてきたわけ!?お菓子は人生そのものでしょ!?」

「なんで人生がお菓子なんだよ」

ミルフィンは目を細めてふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「わかってないなぁ君。いくつ?」

「十六」

「は!?同じじゃん!誕生日は?」

「四月二十四日」

「僕より早い!!なんで!?なんでこのことについて君は理解できてないの!?」

「知るか」

金髪の少年がミルフィンの肩を掴んでわーわー騒いでいるとカツン、と硬いものどうしがぶつかる音が聞こえた。

「ちょっと。うるさいんだけど。私の睡眠を邪魔しないでくれる?」

「あ?」

その音は向かい側に座っていた女性がヒールを鳴らした音だった。

「そりゃあ悪いな。でも、こいつが勝手に騒いでるだけなんだ。俺のせいじゃない」

「は!?元はと言えば君がお菓子を食べたことないのが悪いんじゃないか!!」

「そんなことどうだっていいわ。私の睡眠を邪魔したことが悪いのよ。良いわ。あなたたちを私の奴隷として認めてあげるわ」

女性は長い髪を広げた。

「頭沸いとんのか」

「沸騰してないわよ。そうね、黒髪のアンタ。賢そうだから記念すべき私の奴隷第一号にして差し上げるわ。感謝しなさい」

「頼んでねぇしそもそも人の下につくのなんてごめんだね」

「あなたの魂が私に頼み込んでるわ。『エルディーゼ様、どうかわたくしめ奴隷にしてください』ってね」

「頭大丈夫か」

「沸騰してないわ。ご主人様への心配ありがとう。でもその心配は無用よ」

ミルフィンは頭を抱える。何故俺はこんな頭の悪いやつらと話しているのか、と。

「あら、頭なんて抱えちゃって!私の美しさに圧倒されてしまったのね!!」

「お前とコイツの頭の悪さに圧倒されてるんだよ…」

「え、僕も!?…少なくともこの人よりはマシだと思うんだけど…」

「それは一理あるかもな」

目の前にいる女性、エルディーゼは二人の様子を訝しげに見た。

「何よ」

「あはは…何ともないよ」

金髪の少年が答える。

「あら、そう。そうそう、次はあんたね。あんたは二号、よろしく」

「丁重にお断りしたいかな…」

しかしそんな金髪の少年の言葉に耳を貸すことなくエルディーゼは言葉を続けた。

「そうだわ。と、く、べ、つ、に、あなたたちのお名前を聞いてあげる。感謝しなさい」

「僕はモルシャーナ」

金髪の少年はそう答えた。

「一号は?」

ミルフィンはため息を吐いた。

「ミルフィンだ」

「マフィン!?君やっぱマフィンが好きなんだね!」

「は、?」

ミルフィンはモルシャーナを信じられないといった表情で見つめた。

「え?マフィンって言ったの!?マフィン…美味しそうな名前じゃない!」

「いやだから、!」

「最高だねマフィン君!!」

「意外と可愛い名前じゃないの」

ミルフィンはもうダメだと判断し、「もう…それで良いわ…」とつぶやいた。

 「ねぇ、それにしても今私たちは何処に向かってるの?」

「しらねぇよ。田舎に行くとしか聞かされてねぇ」

「なんとかしてわからないの!?」

「無理だ。こんな地下じゃな。スマホで調べるのも良いが生憎回線が混み合ってて使えたもんじゃない。しかも政府が緊急事態宣言を出してる以上、何が起こるかわからないからできるだけ充電は残しておきたい」

「あんた、本当に頭が良いのね」

「そりゃどーも」

「はぁ、ちゃんとシャワーとか浴びれるのかしら。心配だわ」

「僕も美味しいものが無かったら生きていけない」

二人して項垂れるのを見てミルフィンはため息をついた。

「お前ら平和ボケがすぎるだろ…」

「あんたが冷静すぎなのよ!!大体悪魔とか意味わかんないし!」

「美味しいのかな」

「俺も悪魔の存在はよくわからねぇ。それにタイミングがタイミングすぎて俺は何かの陰謀なのかとすら思ってるよ。あと金髪のお前、頭大丈夫なのか」

「陰謀、ってかっこいいよね!」

モルシャーナが目を輝かせているのを見てミルフィンは頭を抱えた。

「もういいわ…」

 電車は目的地に向かってどんどん進んで行った。

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