カクテルに花束を〜インスマウスの歌姫〜

@Lady_Himali

第1話

私は夢を見ている。

夢を見ている。


それは支離滅裂な物で、私の前には裸の女がいた。


私はそれを好機だと何故か考え裸の女を抱こうとした。


しかし女は抱こうとした瞬間、体をくねらせると

蛇のような下半身へと変わっていった。


「これでもかい?」


意識が遠くなる。起き抜けだ。

下半身が蛇の女はそう言った気がした。


★★★


「おい、起きろハワード」


低い声に揺らされて私は浅い眠りから目を覚ました。

どうやら私は職場で眠っていたらしい。


「ヤマト……刑事……」

「疲れてたのか?無理もないな、昨日はしこたま飲んだからな」


ケラケラと明るく笑う目の前の赤髪の男は与えられたデスクに座り直した。


192☓年12月。

マサチューセッツ州にあるとある都市である。

ジョージア風の古い建築様式が佇む静かな場所である。

何でも昔は魔女狩りがあったとか言われている。

一時は病の流行もあり人口減少もあったが、比較的今は落ち着いている。


「12月はやっぱさびいなぁ」


そう言う男の名前は『ヤマト・ベロッサ』

顔こそ濃いが名前の通り、半分が東洋人だ。

このご時世黒人と白人といった異なる人種間での

結婚はご法度なのだが、彼の故郷のイギリスではそうではないらしい。

こうして態々苦難の道を登りにアメリカのアーカムにやってきたのだ。


そんな私がアーカム警察署へと配属されたのは1年と半年前ほどで、新任だった。『おやっさん』に言われ、このヤマト刑事とバディを組むことになったのだ。

彼に対しては先輩以上の感情を持ち合わせたことはない。

仕事はそこそこ、『おやっさん』と似た野生の勘で動き

どこか少年のようなところが残るそんな男だ。


「ヤマトは何年アーカム住みなんでしたっけ?」

「15年近くじゃねえか?それより昨日の違法酒場美味かっただろ?」

「警察が通うところではないとは思いますけどね」

「舞台もあってダンスや歌の披露もしてくれる、最高じゃないか」


とはいえ、このアーカム警察署にはその歌姫や踊り子に熱心な者も少なくない。

禁酒法が敷かれたとはいえ、守っているのはどれくらいいるだろうか?


「ところで一昨日の件、どうなった?」

「あぁあれはですね、オーナーの意向もあり昨日から店をやっていますね」


ガサガサと資料をめくり、ヤマトへと渡す。


というのもこのアーカムで起こったとある酒場で起こった殺人事件について彼は気になっているのだろう。


事件は一昨日の朝に起きた。

場所は流行りの劇場型にもなっている合法の酒場で

アルコール類は一切提供されていない、綺麗な店だ。

……まぁ、隠し扉があって、一部客にはアルコールが提供されていたようだが目を瞑った。


そんな中、舞台のど真ん中で男が一人死んでいた。

刃物で数箇所刺されて失血死という状況だ。


第一発見者はアーカムに住む歌姫の女で、ほぼ住み込みで

働いているらしく、偶然朝に舞台に用事があり

やってきたところ男が死んでいたという。


「犯人誰なんでしょうね」

「知るかよ、どうも痴情もつれくせえな」

「それは、刑事のカンですか?」

「まぁそうだよ、おやっさんにはいうなよ。『先入観で動くな』とかいうからな」

「第一発見者の女も気になりますね」

「確かにな、スタッフなら朝は寝ていてもおかしくないからな、とにかく行くぞ」


そうして私たちはしばらく書類と格闘して夕方になった頃を見計らい、職場の連中に一声かけると車に乗った。


そして例の酒場へとくりだした。


★★★


合法酒場『クレマチス』は繁華街からは少し離れたところにあった。その名の通り、冬になると花壇のクレマチスが咲き誇るようになっており、丁度見頃だった。


「まるで血を吸ったあとのような花だな」

「ヤマト刑事、やめてください、曲がりなりにもここは普通なら経営しているはずの店ですよ」

「んーまぁそうだな、わりぃわりい」


手のひらをひらひらとふる彼に私は後を追って従業員入り口へとついていった。


警察手帳を見せればあっさり中に通された。


現場はすでに片付いており、歌姫や踊り子たちが楽屋裏で準備をしているようだった。

着替えるところを見るわけには行かないから、ちらりと見た程度だが。


「さて、誰に話を聞くか」

「第一発見者の女はどうです?」

「さっき裏方に聞いたらその女、このエンターテイナー共の中で一番の人気歌姫なんだとよ。会えるかどうか」

「なんでそんな女が第一発見者なんでしょう、怪しく思える」

「さぁな、面倒なことが一枚二枚噛んでそうだ。楽屋行くぞ」

「えぇ、準備中なんでしょ!?その女!?」

「良いんだよ、会えなかったら後、会えたらラッキーだ」


私はヤマト刑事のこういう無計画なところが好きではない。

当たって砕けろというやつなのだろうか、非常識が過ぎてると前々から思っていたが口にはしなかった。


扉をノックすれば、「どうぞ」と小さく声がする。

襟元を正し「失礼します」と入れば私の目の前に金色の髪が透き通るようにして舞い踊った。


「……カローラと言います、刑事さんたち」


人魚を彷彿とさせる青いドレスに青薔薇の髪飾り。

あまりにも美しかった。人形のようだと。

アーカム新聞社はどうしてこの女性で記事を書かないのだ?というくらいには。


彼女はもう衣装の準備はできていたらしく、あとは発声練習くらいだけらしい。


「あの、殺人事件のことですよね」

「そうだ、何度も聞かれてると思うが、頼む」


カローラという女はぽつりぽつりとつぶやき始めた。


「朝……舞台の様子が……その、気になって見に行ったんです。そうしたら男性が倒れていて……それで……」

「なんで朝に?」

「その、……えっと……気になってしまって……だからです」


妙にひっかかる。この女何かを隠している。


「失礼、気になった、とは舞台が、ですか?」

「はい、そうです」


カローラは人形のような微笑みを私達に向けた。

流すべきところではないが、強く出るところでもない。

だが第一発見者が言うのだから仕方ない。


私とヤマトは彼女の楽屋を出た。


「ハワード、どう思う?」

「何かを隠してはいますね」

「そうなんだよな、でも今は聞けねえな」


★★★


隣の楽屋にいけば今さっき出演してきたという踊り子たちが

汗を流しながら私達の方を見てきた。

さながらリオのカーニバルとでも言わんばかりのその派手さは

先程の女、カローラとは違う路線の派手さを感じさせた。


「第一発見者はカローラなんでしょ?だったらカローラが犯人なんじゃないの?」

「仮にそうだとして、よくもまぁ仲間を売るもんだな」


ヤマトが厭味ったらしく言う。


「そりゃそうよ、カローラさえいなくなれば次の売り上げ1位は私達かもしれない。別にカローラに限った話じゃないのよ」

「あいつ売り上げ1位だったのか」

「そうよ、あの子が出演する日は基本売り上げがガツンと伸びるからオーナーもうはうはよ」


はぁ、嫌になっちゃう、と踊り子はグラスの水を飲み干した。


「そういえば居なくなれ〜なんて言えば別の歌の子だけど、ソニアが昨日から居ないわね。まぁ精神的に不安定な子だったから殺人事件があって疲弊したんでしょうけど」

「それは本当ですか!?」


私はつい声を荒げた。


「そそそ。オーナーにでも聞けばなんかわかるんじゃないの」

「わりいな、ありがとう」

「ドーモ、今後もご贔屓に〜」


私とヤマトは踊り子に礼をすると急いでオーナーの元へ向かった。

オーナーはまるでしくじった、とでも言いたげな顔をすると


「あの子はインスマウスの出身でね……。住み込みでいたからここの寮にいないなら……もしかしたらな……」


インスマス、聞いたことはある。

寂れた漁村だというが、良い噂は聞かない。

何でも魚人がいるとかいう話だからだ。バカバカしいと、私は思っていた。

なお、オーナーもソニアという名前以外知らないらしく、それでも快く置いていたらしい。

そんなワケアリが多いと、語っていた。


「インスマスか、厄介だな……ハワード、明日にでも車出せるか?」

「明日、ですか」

「やべえんだよあの地方。夜に動くのは危険すぎる。朝一で行くぞ」


私はこの時、その危険さについて微塵も知ろうとはしていなかった。


★★★


朝一、ヤマトと共にアーカム警察署を出ると、インスマウスに向かった。

昨日ちらりと確認したがソニアは寮には戻っていないらしい。

ならばと車で飛ばして数時間、ようやくついたのは

本当に寂れた漁村であった。


「なぁハワード、インスマウス顔って知ってるか?」

「いえ、知りません」

「簡単に言えば魚みたいな顔のことだ。大人になるにつれてそうなる、と言われている」

「そんなバカバカしい」


これでも将来的にはワシントンの方で働きたいと思っている刑事である。

そんな話を鵜呑みにできるわけがない。


しかしだ、まばらにすれ違う人たちはどこかぬっとりとしていて、明らかに不気味めいた魚のような顔をしている。


「………」

「たまには俺の話も聞くもんだな、ハワード」

「それは……」

「とにかくソニアを探そう。話はそれからだ」


私はまばらな人影を声をかけようとして、止まった。


「ソニアという女性を知りませんか?」


そう聞けば聞くほど深淵に落ちていくような感覚がしたからだ。


そんな中、ひときわ目立つ白髪に美麗と言わんばかりの男が立っていた。

私は何故か人間がいる、という安心感に心を奪われつい話しかけてしまった。


「すみません、ソニアという女性を知りませんか?インスマウスの人でして」

「あぁ失敬、俺も観光客のようなものでして。でもその人かは知りませんが若い女性なら先程海岸沿いの崖近くにいましたよ」

「ありがとうございます…!」


私はヤマトに報告すると二人で急いで海岸沿いへと向かった。


★★★


海岸沿いの崖っぷち、若い茶髪の女が一人立っていた。

私達が走ってそちらに向かおうとしている間、何度も飛び降りようとしては辞めてを繰り返していた。


「ソニアか」


たどり着いたヤマトが聞く。

長い髪のせいもあって彼女の様子は伺いしれない。


「なんで私の名前……」

「なんででもいい。そこから動くな」

「嫌よ!嫌!!私に未来なんて残されてない!!あんたたちも見たでしょう!?私の故郷、この惨状を!!」

「……だからって男を殺したのか」

「あの人は私のことを愛してくれた!だから怖かった!!いえ、あの人は私がインスマウス出身だと聞いたとき私を否定した!!だから!!」

「カローラには口止めしたのか」

「あの子は私達の口論を偶然にも見てた!だから、本当は殺して……でも、あの子は私にインスマウス出身だときいても否定も肯定もしなかった……だから」


その時


「ソニア!!」


どこかで聞いたような女の声がした。


「カローラ!!」

「歌い終わったあと、刑事さんたちをつけていたの、それでソニアがインスマウスにいるんじゃないかって……」

「カローラ……」

「ソニア、一緒に帰りましょう。私もあんまりインスマウスのことなんてわかってない、でも、ソニアのことは助けたくて」




「助ける?」



ソニアはふらふらと立ち上がると、その長い髪で顔を覆う。


「バカじゃないの、インスマウスの血が入ってて、人殺して、もう夢なんてないの。あーせいせいした。歌姫様、せいぜい鳥籠の中にいてね。あ、私が殺せばいいのね」


風が吹いた。


ソニアの顔面が顕になる。


それは大きなギョロリとした目をした、魚のような、まさに『インスマウス顔』そのものであった。


奇声を発しながらカローラに走っていく。


「カローラさん!!あぶな……!!」


バンッ!


発砲音がした。


その刹那、ソニアだった化け物は額を撃ち抜かれて絶命した。


「俺を裁くか?ハワード、カローラ」


ヤマトは拳銃をしまいこんだ。

あぁ、撃ったのかと私はその場に座り込んだ。


今のは何だったのだろうか。

あぁ、詳しいことはアーカムに戻ってからにしよう。


私達3人は夕暮れになりかけの道を車で走らせた。

インスマウス、ここにはなにか我々の触っては行けない何かがある、そう頭は遅めの警告音を鳴らしていた。


★★★


結局、カローラを守るためということでヤマトは特になんの罪を被ることもなかった。

ヤマトはいつもどおりベーグルを食べている

ソニアの変貌、あれは何だったのだろうか?


「ソニアが変貌したっていってもヒステリーで処理されたな、当たり前だけど」

「私はもっと魚みたいにって言ったんですけどね」

「ま、処理できないわな」


私はこの先未知と遭遇するのだろうか。


それから数年後、イスンマウスが焼き払われることをこの地点では誰も知らない。

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