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「
クリスマスイブの当日。吹喜は興味本位でそんなことを聞いてみた。
濃紺の
彼は目つきが鋭く
その頭上には『使命:聖を支えること』と書いてあった。
誰かを支えるのが使命と言うのは、吹喜の飼い犬である小雪も似たようなものだ。見ていると、使命と言うのは職業だけではなくて、玲央のように禁止形だったり、小雪や恭介のように行動を示す場合があるようだった。
「はい、一応。今日は、夜になったら友達とケーキ食う予定です」
「へぇ……いいね。私もケーキくらい食べようかな」
「秋人さんと食べればいいじゃないですか。ゆっくりしてくださいね。吹喜さんは、まだ本調子じゃないでしょう」
真面目そうな表情を崩して、目を細めながら微笑んだ。優しそうだ。そしてすぐにまた、険しい顔へと戻った。素っ気無いけれど、彼もずいぶん心配してくれていたと玲央から聞いている。これ以上、周りに心配も迷惑もかけたくない。吹喜はしばらく副業を休むことにしていた。
「それじゃ、お疲れ様です。吹喜さん。良いクリスマスを」
礼儀正しくお辞儀をしてから休憩室に入って行く。そこで着替えて、彼の今日の仕事はおしまいだ。
「お疲れ様。クリスマス、楽しんでね」
友達とケーキか。甘いものとか食べるんだな、恭介君も。吹喜はそんな風に思いながら、彼の力強い背中を見送った。
すっかり寒くなり、もうじき年末になる。吹喜は未だに通院していたが、体調は良くなってきていた。体力が落ちてしまい、階段を上ることさえも辛いのが悩みではあったが、蕎麦屋の仕事が手伝えるくらいにはなっていた。
死にかけてからというもの、相変わらず吹喜には使命の文字が見えている。それはもちろん客の頭上にもあった。普段はあまり気にしないようにしているが、たまに変わった人がいる。特に今、窓際で食事をしている女性客は初めて見るタイプだった。
まるで電飾をつけた看板のように目立つ。
年のころは二十代半ばくらいだろう。痩せた女性で、結んでいない長い髪が蕎麦を食べるのに邪魔そうだ。
その頭上には『使命??:??:歌手:作家:結婚:人気者:??』とあった。
吹喜は目を奪われたのちに、慌てて顔を逸らせた。個人差とかそういう問題ではないような気がする。たくさんのクエスチョンマークが不可解だった。
「いけないいけない、見ないようにしなきゃ……」
見えることにも慣れてきたが、使命というのは一体なんなのだろうか。中には本当に意味の分からない人がいる。
あれから自分の使命は変わっていない。正直に言えば少し怖い。吹喜は首を振りながら厨房に戻った。
***
翌日、吹喜が店に行くと恭介の姿が無かった。確か今日はいるはずなのに……と思い、尋ねようと秋人の姿を探すと、客用の給湯器の前に座っていた。疲れた顔をしている。
「今日、志賀君が休みを取ったよ」
秋人が沈んだ声で呟いた。いつも覇気がない人だが、今日は輪をかけて元気がない。
「何かあったんですか?」
不穏な空気を感じていると、秋人は目を伏せながらこう答えた。
「……志賀君の友人が、亡くなったそうだよ」
「えっ……?」
一瞬、意味が飲み込めずに立ち尽くす。
「何日か休んで良いと伝えたから……吹喜君。すまないが、しばらく出てくれるかな」
秋人の静かな声で、吹喜は現実に戻された。
「それは良いですけど……特に予定もないし」
「具合が悪かったら、無理をしないでいいからね。店を休業にしてもいいし」
そう言って顔を上げる。少し混乱しているようだった。
「私の体調なら、もう大丈夫ですよ。どっちにしても、年始になったらお店は休みだし」
「そうだね……この時期は年末以外は暇だしね」
悲しそうに呟いて、秋人はそのままするりと厨房に消えてしまった。
ガランとした店内に取り残される。
もうじき昼なのに客が来ない。昨日よりも更に暇だ。お祭りとクリスマスは、客を他所に取られる。
クリスマスなのに。そう思うと恭介のことで胸が痛んだ。
レジの所にあるツリーを見て、今度は弟を思い出した。
玲央とはメッセージでやりとりをしているが、今日は彼女と出かけると言っていた。楽しそうで安心しているが、玲央の頭上の『使命』は、未だに消えてはいない。
玲央には、去年ごろから彼女ができた。吹喜も何度か会った事がある。
……ここしばらく、死という言葉がつきまとう。
ぼんやりとツリーを眺めていると、一人の客が入ってきた。グレイのコートを着た中年の男性だ。
「いらっしゃいませ……」
そう声をかけて、吹喜は目を見張った。
使命が、まるで鉛筆でぐちゃぐちゃに書き殴ったように表示されていた。否が応でも視界に入る。イライラした人間が、感情のまま書き殴ったような文字だ。規則性のあるその羅列は確かに字だと感じるが、何て書いてあるのか分からない。
「天ぷら蕎麦」
「あっ、はい。天ぷら蕎麦でーす」
厨房にいる秋人に伝えて、客を席まで案内する。
男性はつまらなそうな顔をしながら席についた。しばらくすると席を立ち、健康雑誌を手に取った。やっぱりつまらなそうに読んでいる。
出来上がった蕎麦を運んでから、所在ないので店の中をチェックする。箸も爪楊枝も、調味料も各テーブルにしっかりと補充してある。窓もキレイだ。洗う食器もない。
あの『使命』がぐちゃぐちゃになった客を見ていると不安になる。
しばらくすると、カラン……と軽い音がしたので、箸でも落としたのかと思い客に目をやった。男性はブツブツと独り言を言っている。テーブルの下に視線を送ると、そこにはおかしなものが落ちていた。
……書き殴られた文字のようなもの、に見えた。
彼は吹喜と目が合うと、急に席を立って「会計」とだけ言った。蕎麦は天ぷら以外ほとんど残っている。
客が帰ったあと、テーブルの下を確認したが何もなかった。
あの客は……使命を落としたのだろうか。いや、捨てたのかもしれない。彼の頭上には吹喜の母と同じ、消しカスのような残骸が残っていた。
スプレー状の消毒液とダスターを手に持って、丁寧に掃除する。そして、恭介のことを考えた。今頃どうしているのだろうか――と。
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