第4話 陶器に宿る力

翌日、私は再び骨董市の会場を訪れることにした。正確には、あの九谷焼の猫を売っていた店主に会いたかった。彼の話をもっと聞きたいと思ったのだ。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。


不安を押さえ込むようにゆっくりと歩き、会場に足を踏み入れる。日曜の午後で人が多かったけれど、今回は以前ほど息苦しく感じなかった。それが九谷焼のおかげなのか、私自身が変わり始めているのかは分からない。


「あ、また来てくれたんですね」


あの店主が笑顔で迎えてくれた。白髪混じりの優しい顔が、私の緊張を少しほぐしてくれる。


「この間の猫、家に置いてます。すごく気に入ってて……」


言葉を続けるとき、少し恥ずかしさを感じた。こんなふうに誰かに感謝の気持ちを伝えるのは久しぶりだ。


「それは良かった。その猫も喜んでるでしょう。どうぞ、ゆっくり見ていってください」


店主の言葉に促され、私は棚に並べられた九谷焼の器たちを眺めた。小皿、湯呑、壺……それぞれのデザインが繊細で、何とも言えない温かさがあった。その中で、一つの小皿に目が留まった。


「これ、素敵ですね」


取り上げたのは、赤い花模様が描かれた小皿だった。模様は繊細でありながら、どこか力強さを感じさせるものだった。


「それも九谷焼です。江戸時代から続く技術で作られています。この模様は、九谷五彩といって、九谷焼特有の色使いなんですよ」


店主の説明を聞きながら、私はその小皿を手に持ってみた。温かく、しっかりとした感触が手のひらに伝わってくる。ただの器なのに、不思議と心が落ち着く。


「陶器って……すごいですね。ただの物じゃなくて、何か力があるみたい」


思わずつぶやいた言葉に、店主は微笑んだ。


「そう思ってもらえたなら嬉しいですね。九谷焼は、色彩と模様を通じて作り手の想いを伝えるものなんです。だから、見る人の心に何かを残せるのかもしれませんね」


作り手の想い――その言葉に、私ははっとした。ただ美しいだけではなく、何か目に見えない力が宿っている気がする。それが私の心を動かしているのかもしれない。


帰宅すると、九谷焼の猫の隣に新しく買った小皿を並べた。小さな花模様が猫の模様と響き合うようで、不思議な調和を感じる。


「陶器に力があるなんて、少し不思議だけど……」


私は九谷焼をじっと見つめながら、心がほんの少し軽くなっているのを感じた。何かが自分の中で変わりつつある。それはまだ小さな芽だけれど、確かにそこに存在している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る